#65 また旨いもん食わせてやる
壮行会も無事終了し、宿に帰り疲れ切った身体を寝床に横たえる。
夜も更けているので開けた窓の外に人の気配はない。たらふく食い散らかして爆睡しているシリュウを横目に、虫の音も無い静寂の夜の月を見上げていた。
酒は十分になめたが、食事にはあまり手を付けられなかったので若干腹が減っている。
しかし、どうも何か入れようという気にならない。
(帝都の月も今夜で見収めだな)
体を起こして丸テーブルに置いてある水差しに手を伸ばしたその時、階段を踏む軋み音が聞こえ、扉向こうで気配が止まった。
(ここか)
コンコン―――
「ジン君。ギルドの方が急用でお見えなんだけど、大丈夫?」
他の客の迷惑にならないよう女将がささやく。部屋の明かりがついているので、まだ起きていると判断したのだろう。
「出ます」
寝床からゆっくりと立ち上がり扉を開けると、ランタンを持った女将が申し訳なさそうに頬に手を当てていた。
こんな時間の来客は宿の方で断るのが一般的なのだが、女将の言った通り急用なら案内せざるを得ないこともある。万の客を見てきた女将や店主ならば、来訪者が本当に急用なのか否か見極めるのは容易いことだろう。
女将の先導で階下に降りると、俺を見て制服を着た男のギルドの職員が
「夜分に申し訳ありません、リカルド様。至急お伝えしなければならない事が」
コクリと頷いた俺を見て、女将は隅の一角に吊るされているランタンに火を分ける。ここを使えという事だ。
席に着くと、女将は手早く二人分の茶を注いで奥へ消えて行った。
「こんな時間にご苦労なことです。何用でしょう」
無駄話をするつもりはないと、さっさと要件を伺う。
「はい。つい先ほど、リカルド様への指名依頼が入りました」
「ふむ」
指名依頼は久々だ。Bランクに上がった頃から俺への指名が徐々に増えていたが、Aランクをピークに、Sランクに上がると同時にパタリと止んでいた。
ギルドは俺への指名依頼をことごとく断っているらしく、依頼を受けるには自分で依頼主を見つけるか、掲示板に張り出されている依頼をこなすしかない。
言い換えると、今の俺は依頼をこなさずとも冒険者であり続けることが出来るということだ。
「して、内容はいかに」
温かい茶を喉に通し、若干緊張の見て取れる職員に茶を飲むよう勧めて続きを促した。
(ギルドが急ぎ通してくるという事は、依頼主は騎士団か、はたまたどこぞの貴族か)
乾いた唇を茶で濡らし、職員は懐から一枚の紙を取り出して確認するように読み上げる。
「依頼内容は明日正午、登城されたし。依頼主は……アルバート帝国十五代、ウィンザルフ・ディオス・アルバート帝でございます」
「ぶっ!! げほっ、ごほっ!」
まさかの依頼主と依頼内容に俺はつい茶を吹き出してしまった。職員の持っていた紙に吐き出した茶が飛ぶが、依頼書ではなくただの記録紙だったようで事なきを得た。
なんとか大声を出さなかったが、どういうことかと職員に詰め寄る。
「マスターアイザックは聖獣討伐の功績を称えるためだと推察しています。ただ、依頼内容にそのような旨は記載されておらず、登城すれば白金貨二百枚、とだけ記されていました」
「し、城に出向くだけで白金貨二百枚!?」
信じがたい報酬額に頭が痛くなるが、アイザックさんの予想は大方当たっているだろう。黒王竜の幼体を倒した時は感状に加えて今と同額の報奨金を賜ったが、今度はそのような形ではなく、依頼料という名目で扱いたのか。これもSランク冒険者に対する何かしらの思惑があるのだろう。
「……謁見せよという事かな?」
「間違いないかと」
大帝国皇帝に一平民が謁見するなど、史を鑑みてもあってよいものなのかと頭を抱えた。確かに帝国を統べる者がどのような姿形をしているのか興味はあるが、いざ会うと考えただけで頭だけでなく腹も痛くなってきた。
「あー……断ったら?」
「帝都四方の門を全て封鎖するという緊急依頼を冒険者方に出し、アルバニア、マイルズギルド職員を総動員してリカルド様をご説得に参ります……と、マスターアイザックは申しております」
アイザックさんに俺が断ろうとする可能性は考慮されていたらしい。
依頼内容と依頼主を鑑みれば、ギルドマスターであるアイザックさんがここに訪れていてもおかしくない。まさかと思い、目の前の職員に
「失礼」
俺は自身に通信魔法陣を描き、職員の通信魔法陣にも魔力を送って両魔法陣を繋いだ。
《 こんばんはアイザックさん。不躾ですが、今は何を? 》
俺が通信を飛ばしてくることも予想していたのか、通信先のアイザックさんから笑いが漏れる。
《 さすがですねぇ。今動ける冒険者に一晩中門を見張るよう依頼を出したところです。いわばジン・リカルド帝都監禁作戦の第一弾、といったところでしょうか 》
「はぁ……」
確かに、相手がSランクと言えども冒険者ギルドが冒険者を御せないようではギルドの名に傷がつく。相手が皇帝ともなれば、それはもう俺に限らず全力で事に当たるだろう。
抵抗はやめておいた方がよさそうだ。
「わかりました、お受けいたします。さっさとそのふざけた作戦は終了してください」
《 ふざけてなんかないさ。こっちは本気も本気だよ。とにかく受けてもらえてよかった。たった今皇城に受ける旨の報せは出したから、もう覆せないよ 》
早すぎる。
おそらく、皇城にいる連絡員と通信魔法が繋がっているのだろう。
《 なぜアイザックさんがアルバニアにいるのか今になってよく分かりました 》
《 私の苦労を察してもらえて何より。では明日は頼んだよ、
《 ……承知 》
「一つよろしいか」
「はい、何なりと」
此度の発端は俺が学院にいたからとも取れる。放っておいてもリアムと聖獣は帝都に仇なしたと思われるが、闘技場と本館を破壊したのは冒険者である俺とシリュウである。
「依頼料の半分をギルドから学院へ寄金を。残りの半分を私とシリュウで分けて頂きたい。それが私からの条件です。叶わなければ二人して暴れるとアイザックさんへ伝言願いたい」
どの道復旧の予算は皇城から出るだろうが、ギルドを介して費用の一部を供すれば多少なりともギルドが帝国に恩を売れるだろう。
この願いに職員は目を丸くして固まった。
「よ、よろしいのですか?」
「頼みます」
「……ご用命、承ります」
そういって職員は宿を後にし、扉の閉まる音を聞いたのか、今度は女将ではなく店主が奥から現れて無言でランタンの火を消して扉に鍵をかけた。
「明日、帝都を出ます。長らく世話になりました」
「……ああ」
言葉少なめに返事をして奥へ消えて行った店主と共に俺も部屋に戻って横になるが、到底眠れたものではない。
「疲れてるはずなんだがなぁ……」
こういう夜は、月を見ながら夜桜を磨くに限る。
―――……
日が昇って間もない翌朝。
カッと目を見開いたシリュウが寝床から跳ね起きてうんと伸びをする。ギシギシと寝床の軋む音を立てながら、振り向くその顔に一切の曇りはない。
何度見てもこの目覚め様は羨ましい。
「おはよーゴザイマス!」
「おはよう」
かくいう俺は夜桜を抱えたまま、一睡もしていない。
「お師、なんかかおしんでる」
どんな顔をしているのか定かではないが、疲れと緊張から酷いことになっているのは間違いない。
「これが真の戦いを間近に控えた戦士の顔だ」
「まことのたたかい!?……って、なんです?」
「飯にしよう」
「あっ、まつですっ! まことの戦士おしえて!」
適当な事を言ってしまった罰としてしばらくまとわりつかれたが何とか黙らせ、この宿最後の朝食をとった。
頼んでいないはずの豪勢な料理が並んでいたので驚いたが、昨晩から腹が減っていたので願ったりかなったりだ。
食後、シリュウが店主に楽しそうに話しかけているのを見ながら、女将が耳打ちしてくれた。
「ジン君とシリュウちゃんが今日でお別れって聞いて、あの人張り切っちゃったみたい」
なんという心遣い。
この料理がうまかっただの、これは嫌いだのと、やかましいシリュウの話をこの一月黙って聞いていた店主。俺が学院生活で共に居ない間に、二人に何かしらの絆が生まれていたのかもしれない。
「では、これにて」
「じゃーなー! てんしゅ、おかみ! また来てやる!」
「うふふっ、待ってるわ」
「―――る」
瓦版で顔を隠した店主の声は聞こえなかったが、シリュウには聞こえたのか『にしし』と笑みがこぼれている。
地蔵のような店主と笑顔の女将に見送られ、俺たちはアエドの宿を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます