#64 壮行会Ⅱ

「そこの二人。この場を何だと思っているのかしら?」


 難しい顔をして眉間にシワを寄せる俺とジェイク団長に、呆れにも似た表情でカツと歩み寄る人が一人。


 美しい薄水色のドレスに身を包んだその女性は、普段の穏やかな雰囲気そのままに長い髪にふわりと指を通す。


「げっ」


 反射的に否定的な嘆詞を飛ばしたジェイク団長に仄暗い視線が突き刺さり、彼は慌ててもたれる壁から離れた。


「申し訳ありませんノルン団長。その立ち居振る舞いと美しさで、我々がいかに無粋だったのか気付きました」


「……お前なんかズルくないか?」


「ありがとう。わかったならいいわ。ジェイクと違ってジン君もよく似合ってる」


「恐縮です」


「うるせぇ!」


 俺の誉め言葉をスッと受け入れ、反対に俺の金糸と銀糸が入った着慣れぬ正装についても言葉少なめに賛辞を贈ってくれる。よほど場慣れしているのか、ノルン団長の振る舞いには一分の隙もない。


「少しはジン君を見習えばどうかしら。あと貴方のせいで生徒がジン君に挨拶も出来ないのよ?」


「あー……」


 チラリと周囲を見渡し、ジェイク団長は大勢の生徒の視線を感じ取る。確かに騎士団長が側にいては横から入るのは憚られるだろう。


 俺も大いに話に乗ったのでジェイク団長だけのせいではないのだが、ここで余計な口は挟まず、ノルン団長のしようとしている事を察せない俺ではない。


「へいへい」


 確かに祝いの場でする話ではなかったと、ジェイク団長はポリポリと頭を掻いてその場を立ち去ろうとするが、ノルン団長が半歩それを遮った。


「ちゃんと治っているか診てあげる」


「そ、そう来るかよ」


「ふふっ。ジェイク団長、私が代わっても?」


「お前が行っちゃ意味ないだろ……」


 一つ咳ばらいをして、にっこりとほほ笑むノルン団長にジェイク団長が右手を差し伸べる。


「俺と踊れ」


「不躾けだこと……でも、それが精一杯なのは知ってるわ」


 二人は手を取り合い、中央の踊り場までカツカツと歩いてゆく。騎士団長と魔法師団長のペアに大勢が感嘆を上げ、折よく変わった曲に合わせて二人は見事な足運びを披露した。


「さっさと共になればいいものを……」


 そんな二人を見て、軍に属していてはそれにも様々な壁があるのだろうと勝手に解釈しておく。


 そしてようやく空いた俺を見て、大勢の生徒らが別れの挨拶を告げに来た。意外にも俺に痛めつけられた生徒ばかりで驚いたが、その心意気やよし。


 リッツバーグら一剣の生徒たちに二剣、三剣の生徒らと続き、俺をフォルモンドにけしかけた四剣のロキまでもが挨拶に来た。


 去り際にモゴモゴと何か言いにくそうな事を口にし、それを聞いた俺が笑ったところで対象が登場。彼は顔を赤らめながら俯いてそそくさとその場を後にした。


「何か面白いことでも?」


「いや、気にすることは無い」


 首をかしげながら俺を見上げ、システィナ嬢が声をかけてくる。


 生徒は基本制服で会場入りしているが、男子生徒は胸元に羽を、女子生徒は制服の上から肩にレースケープと呼ばれるヒラヒラの布を身に着ければ正装という事になるらしい。色彩は個人の自由とされているようで、色鮮やかな華々がここ大広間に咲き乱れている。


 だが、システィナ嬢は胸元から裾にかけて緑から白に変わる色調のエンパイアドレスを身にまとっていた。生徒の中にもドレスのを着ている者は少数見かけるので、システィナ嬢だけがとりわけ着飾っている訳ではない。


 おそらくだが、それなりの地位にある貴族子女はドレスを着ているのだろう。


 ノルン団長のドレスも美しいが、こっちはこっちで目を見張るものがある。腰から広がるスカートは他の者に比べて控えめだが、凛とした佇まいと落ち着いた色合いも相まって、彼女の雰囲気に見事に調和している。


「美しいな、よく似合っている」


「とりあえずそう言っておけばいいと思われていませんか」


 この娘はノルン団長を見習うべきだと思う。


 リージュの街でほぼ同じやり取りをした記憶が蘇りピクリと眉が動くが、あのオテンバ姫よりはマシだと思いたい。


「ん゛ん゛っ! と、とにかくシスティナ嬢には世話になった。今日で俺は学院を去るが、エリスの国で君が成す事、何があろうとこの先も応援している」


「……」


 大公女という立場に甘んずることなく、誰よりも強く気高くあろうとする心はこの上なく美しい。この先折れそうになることもあるだろうが、きっと彼女なら乗り越えられる。


 冒険者を続ける限り俺はいつ死ぬ事になるかもわからない。その時までシスティナ嬢の味方でいようと思っている。


 彼女は俺の言葉に応えることなく、おもむろに右手を差し出した。


「システィと。親しい者は皆そう呼びます」


「……システィ、乗馬と同様、俺は貴族の踊りは知らんのだ」


「お任せを。私に合わせながら、先生なら見様見真似で大丈夫でしょう」


 ただでさえ女性から誘うのははしたないとされているこの貴族社会。高位貴族という立場であるならなおの事だ。ここまでさせてこれ以上公女に恥をかかせるわけにはいかないと、俺は彼女の手を取った。


 一応俺はこの壮行会兼祝勝会の主賓ということになっている。


 ジェイク団長とノルン団長という大物ペアがいなくなった踊り場へ、手を取り向かっていく俺とシスティナ嬢を見て、来場客から拍手が湧いた。


(まいったな……生死のやり取りのほうがまだマシに思える)


 キリキリと痛む胃は、俺に華やかな場はそぐわないと告げている。


 体の軸が地面に対して常に垂直を維持しているので、体重移動を読むことは難しい。序盤はシスティの脚と腕の行く先にそれらしくついていくので精一杯だったが、他のペアとぶつからぬよう気を配りつつ動きを盗む。


 そして段々コツがわかり始めた頃、試しにと繋いだ左手を上げて腰に当てた右手を離すと、システィナ嬢はクルリとその場で回った。


「おお。回った回った」


「さすがです。ですが、私は玩具ではありません」


「すまん。つい」


 その後は無難にやり過ごす。一文字につぐまれたシスティの口は終盤に差し掛かると緩み、彼女は俺の先の言葉への感謝を口にした。


「先生に応援して頂けるなら心強いです。また……いつの日かお会いできますか」


「ああ。簡単にはくたばらんよ」


「ふふっ。エリスの国でお待ちしております。約束です」


「心得た」


 曲の終わりと共に脚を止め、互いにいつかの再会を約束。


 取り合っていた手は宙に浮き、スカートの裾をつまみ上げてシスティは静かにその場を後にした。


 国という大きなものを背負う彼女の背。そこに少しの寂寥感が垣間見えたのは、俺にとって名誉なことだろう。


 ジェイク団長のおかげで緊張はほぐれたとはいえ、今の踊りでまたも慣れない疲労が襲い掛かる。


 拍手の中恭しく頭を下げ、踊り場を後にした俺は料理の並ぶテーブルの一角へ向かった。


 実は、ここにも特大の懸念が存在する。


「うまい! ちまちましてよくわかんない味だけどうまい!」


「シ、シリュウさん失礼ですよっ。あとお皿を重ねてはなりませんっ。ああ、食べこぼしが……もうっ!」


「コノ肉ハドウヤッテココマデ柔ラカクシタンダ? ソレニコノニオイ、香リヅケハドウヤッテルンダ?」


「ズミフのおっちゃん、その人困ってるって! そろそろ勘弁してあげようよ!」


「アウ。コノサケト、コノニコミリョウリ、アウ……コノフク、クビガクルシイナ」


「ゴトーさん、ここで服を抜がないで下さいませっ」


「はぅ~、めちゃくちゃです~」


「ぎゃははは! やっぱ獣人オレら以外に人間の常識なんか分かるわけねぇ!」


「スキラっ、あんたも似たようなもんよ!」


 アリアとユスティはともかく、ファニエルにエトとレーヴまでもが暴走する三人をたしなめている。この一角だけやたらと騒がしいだけに、遠目からもかなり目立っていた。


 シリュウは聖獣討伐に一役買ったという事で学院側から正式に招待されてここにいるのだが、こうなることは分かりきっていた。


 ズミフさんとゴトーさんは俺の招待客で、一昨日水走を教わったお礼にと学院区画で営業を再開したラコスタに連れて行ったとき、何気なくこの壮行会の事を話すと是非にというので今に至っている。


 皇帝主催の催しなら許されない三人の振る舞い。学院主催となるとある程度は目を瞑ってもらえるというが、場所が場所だけに目に余るようなら追い出されても文句は言えない。


「オオ、ジン。思ッタ通リ、美味ダゾコノ城ノ料理ハ。ヨク連レテ来テクレタ」


「マッタクダ。カンシャスル」


 俺が気を取り直して近づくと、気が付いた水人アクリアの二人が来て肩にポンと手をやる。


「いいえ。お二人には世話になりましたので」


 ズミフさんは特段行儀は悪くないのでそのままにしておき、とりあえずゴトーさんの第一ボタンを緩めて食事を続けるよう促すと、二人はいそいそとテーブルに戻っていく。


「で」


 ギロリとシリュウを睨むと、料理に夢中になっていた彼女は不穏な視線を感じ取ってピタリと動きを止めた。


「うっ。あ……え、えーっと……お師、これ」


 囲っていた料理の一皿を差し出し、アリアに口を拭われながら『これがうまいです』と媚びるような目線で俺を見上げる。


 シリュウの方が年上なのにもかかわらず完全に子供扱いされている様子にただ情けなくなるが、相手がその辺りを完璧に仕込まれているアリアともなれば多少溜飲が下がる。


 無言で皿から一口取り上げて口にすると、最初にさっぱりとした柑橘系の香りが鼻を抜け、肉の旨味が口いっぱいに広がったと思いきや、野菜のシャキッとした食感とともにしつこそうな後味がスッと消えた。


 魔法のような見事な調和に素直に感想を述べると、怒られると思っていたシリュウの表情がすぐにパッと明るくなる。


 そんな顔をされては怒るに怒れない。ノルン団長とシスティの優雅な佇まいを見習い、ここは説教はやめておくことにした。


「すまないアリア。世話をかける」


「い、いえ……シリュウさんにも危機を救って頂きましたし、おいしそうに食べるシリュウさんを見てると私も楽しいですから」


「アリもいっしょにたべよう」


 ノルン団長と共にいいヤツ認定を受けたアリアが手を引かれるが、俺は二人に待ったをかけ、アリアの前で跪いて右手を差し伸べた。


「今年の聖誕祭は終わってしまったが、ここで代わりに踊らないか?」


「……えっ、あ……ええっ!?」


 皆の前で誘われたのが恥ずかしいのか、慌てふためいてオロオロと周囲を見回す。それを見たユスティがサッとアリアに何かを耳打すると、フンスと拳を握った。


「よ、喜んでっ!」


 差し伸べる手をバッと勢いよく取ったアリア。俺がやかましい一帯にやってきた目的が果たせそうで何よりだ。


「シリュウ、大人しく食べてろよ。皆、引き続きシリュウを頼む」


「シィは子供じゃな……まいっか。あむっ」


 貴族のゆるりとした踊りには興味がないらしい。シリュウは再度ナイフとフォークを握りしめ、料理に頬を膨らませた。


 俺の手を取ったアリアを見て、エトが今こそと言わんばかりにレーヴとスキラにニヤリと笑いかける。


「くっくっく……おい、お前ら。兄ちゃんとアリアに勝つチャンスじゃね?」


「「は?」」


「ここでおいら達が二人より華麗に目立てば、勝ったことになる」


「「……はっ!!」」


「へぇ……珍しくいい事言うじゃねーか」


「おもしろい。人間にわちら獣人族ベスティアの伝説の踊りを見せる時が来たようね」


 不気味に笑う三人を見て、同じく側で見ていたユスティに嫌な予感が渦巻く。


「ちょっとやめなさいよあなた達っ。絶対ロクなことにならないわ!」


「ユースはおいらの相手な」


「なんで私が!? ちょまっ、きゃぁっ!」


 レーヴとスキラが手を取って同じく前に出、エトの風に浮かされ、強引に誘われたユスティが悲鳴を上げながら俺とアリアに続いた。


「あいつら……だが、負ける訳にはいかん。アリア、コーデリアさんから学んでいるな?」


「ジンさま? もしかしてアレを……?」


 俺はニヤリと口角を上げてアリアのいう『アレ』を肯定し、コツコツとかなり速いを足裏で出し、奏者を率いているマスターに次の曲の変更を願い出る。


 主賓である俺の要求を聞き、マスターはほほ笑んでコクリと頷いた。


 さらに出入口に待機している者に視線を送って照明を落とすよう指示しておく。


 新たに太鼓を持った奏者が登場し、やる気満々で踊り場との境界線に並んだ三組を見て、何が始まるのかと会場がざわつき始める。


 やがて曲が終わり、指示を受けたマスターが一呼吸入れるや照明が落ち、会場は暗闇に包まれる。


 テーブルのほのかな明かりが皆の緊張を誘う中、マスターは携える弦楽器を構えたまま上下にブンと振った。


 ドンッ ダダダダダダダダダ


 連続する野太い太鼓の音が大広間に響き、明らかに優雅な曲調とは一変。


 これこそが俺の知る舞踏ならぬ武踏の曲である。


「うん。わちもこっちのがいい」


「たまんねぇな、このゾクゾクする感じっ」


「くぅーっ♪ 風人エルフこそが舞の達人ってこと思い知らせてやるっ!」


「私は人間よ!?」


 波のように強弱を繰り返す太鼓の音と周囲のざわめき。


 俺が生み出した状況だが、貴族の参加する宴に全く相応しくない。今更だがシリュウに説教しないで本当によかった。どの口が言うんだと言われるところだった。


「ふーっ……」


「いけるな?」


「はい」


 そしてピタリと止んだ太鼓のあと、奏者たちが一斉に楽器を振り上げる。


「……いくぞっ!」


「はいっ!」



 ―――ジャン!



 一斉に奏でられた音にあわせ、三組が勢いよく躍り出る。


 明らかに優雅な踊りに不向きなテンポに、先に踊っていた者らは皆場を後にしていたので踊るのはこの六人のみ。


 一部のお堅い貴族が無作法だと文句を言う間もなく、激しい曲に合わせて踊る彼らを見て大広間に歓声が響き渡った。


「「はっ!」」


 お互いコーデリアさんに教わった鼓舞の舞を、俺とアリアは息ぴったりに合わせる。曲芸師よろしく飛んだり跳ねたり、クルクルと回ったり、二人の腕が交錯した時に出す乾いた衝撃音は、初めて見る者はさぞ衝撃的だろう。


 優雅に踊るのも知性溢れてよいものだが、俺はこっちの方が性にあう。


「(兄ちゃんたちやるなっ!)風よ!」 


「わっ、キレイ……(って、言ってる場合じゃない! マクウィリアの名に懸けて、恥をかくわけにはいかないっ!)」


 ジンとアリアに負けじと繰り出したエトの風は更に魔力濃度を上げ、原素魔法特有の鮮緑の光を帯びて会場全体を包み込んだ。エトにいざなわれるユスティは何とか合わせ、二人は妖精のようだと喝采を浴びる。


「「雷っ!」」


 レーヴとスキラも同様に雷を纏い、動きに合わせて尾を引く白黄の光の美しさと、どう猛さを兼ね備えた獣人伝統の舞に騎士や男子生徒らは大喜びした。


(俺とアリアのお膳立て、感謝するぞお前たちっ!)


「ジンさまっ、楽しいですっ!」


「そうだな!」


 アリアの満面の笑みを見て、位置を入れ替えた後視線を送って両手を膝まで落とす。それを見たアリアが手に足をかけて跳躍の姿勢をとった瞬間、上空高く放り投げた。


 勢いよく横回転しながら、アリアは得意の聖属性魔法を発動して自身を白光で包み込むと、見る者全員の視線を奪った。


 その間、俺は全ての十指にほんの小さな火球を生み出し、次々に数を増やしておく。


極光回復魔法オーロラヒールっ)


 光のカーテンが大広間に浮かび上がると、会場は先の二組に負けない歓喜に包まれた。俺は腕の中に落下してくるアリアと入れ替わりに、創り出した大量の小火球を一斉に打ち上げた。


火弾魔法スフィア・バレット!)


 そして落下してきたアリアをしっかりと受け止め、アリアを抱えたままその勢いを利用してクルリと一回転。


 ドドン!


 曲を導いていた太鼓と、一斉に火弾がはじける音が重なる終演。


 床に下りたアリアがスカートの裾を上げて頭を下げ、赤く染まった会場に息を切らせた後の五人が合わせて周囲に頭を下げると、万雷の拍手が降り注いだ。


(あんなのズルいよ兄ちゃん!)


(うぷっ、気持ち悪い……)


(あれじゃ魔法対決よっ!)


(そもそもあんなの踊りじゃない!)


 約一名の顔色が若干悪いが、そう言いたげな目を向ける三人に、頭を下げつつポツリと一言告げておく。


「俺たちの勝ちだ」


「ふふっ」


「「「ぬがぁーっっ!!」」」







――――――――

加筆に次ぐ加筆で昨日の予告より更新遅れました……

嘘ついてごめんなさい!

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