#63 壮行会Ⅰ
「ふぅ……」
ヴィント学院長の式辞、クシュナー学院長と学院生を代表してシスティナ嬢の送辞に対する答辞が終わり、貴族官僚、教士らの挨拶を個別に受けた後、俺は酒の入ったグラスを片手に大広間の片隅に避難している。
今行われている、聖獣シュリイクサ討伐から一週間後の壮行会兼祝勝会。
戦いの余波を受けた学院は瓦礫の山と化し、特に大闘技場に近かった騎士学院、魔法師学院本館と舞踏場は瓦礫の被害を受けて半壊していた。
当初予定していた舞踏場での開催は出来なくなったと聞き、俺はここぞとばかりに中止を提案したのだが受け入れられることは無く。
ジェイク団長とノルン団長が軍務大臣のカーライル卿へ頼み、卿が掛け合ったおかげで会場がクルドヘイム城の大広間となったのだ。
城の一室を貸し出すという事は、城の主である皇帝がそれを許したという事。それほどの事をやってのけたのだとジェイク団長に懇々と言われたが、当初ため息が尽きなかった。
唯一足を踏み入れたことのある城だった旧ジオルディーネ王国の王城を思い出すが、クルドヘイム城はその大きさもさることながら、中に入るとその造りや重厚さは王城の比では無く、筆舌に尽くしがたい。
巨大な柱に掲げられている大帝国旗は、街中で見かけるものとは重さが違うのだと改めて思い知らされた。
極度の緊張を強いられた答辞が終わり、片隅に避難した俺は無意識に天井を見上げる。
出席者は華やかな衣装に身を包み、煌々と光を放つ高すぎる天井からぶら下がる多灯式の吊下げ灯に照らされ、ある者らは酒を片手に談笑し、またある者はずらりと並ぶ料理に舌鼓を打っている。
鍵盤と弦楽器の調べに身を預け、皆身体を揺らせて最大級の危機が去った事への安堵を噛みしめていた。
市井に報されているような『地中から魔獣が突如現れ、それは無事討伐された』という宣伝ではなく、事の真実を知っている者のみがここに出席している。
「ソツなくこなしやがって。つまらん」
「何を期待されていたのかわかりませんが、ありがとうございます」
前日から練りに練った俺の答辞。持ちうる知識と経験を総動員して一日中考えた言葉は、見事に何事も無く場を乗り切った。
相手は冒険者や平民ではなく、貴族やその子弟である。下手な事を言って冒険者の格を貶める訳にはいかないので、それはもう必死に考えたものだ。
俺の答辞になぜか不満を漏らし、酒が入っているのか若干顔を赤らめたジェイク団長が俺の横で壁にもたれかかる。
離れていた右腕は毒も抜け、あるべき場所に戻っている。特に挙動も問題ないというが、その場に立ち会っていた俺も一緒にノルン団長に諭された。
腕を差し出したジェイク団長と、それを斬り落とした俺の判断は状況を鑑みて間違ってはいなかった。それを分かっていてもなお『堕ちてはならない』と言ったノルン団長の言葉は、誰かが言わなければならない噛みしめるべきもの。
彼女の言葉は忘れてはならないと深く胸に刻んだ。
「あの少年だがな」
と続け、ジェイク団長は聖獣シュリイクサの主だった、リアムという生徒の続報を口にする。
「どういう訳か、聖獣の記憶は丸ごと消えてる。あれは嘘をついてるとは思えない」
「っ!? そんなことが……急激な体の成長と何か関連するのでしょうか」
俺とシリュウの放った黒炎閃と炎星は聖獣シュリイクサを消滅させ、その存在を原素へと還した。
闘技場跡に出来た大穴は今なお騎士団の管理下に置かれ、立ち入りは禁じられているが、その大穴の奥から傷一つ負っていない一人の少年が見つかったのだ。
その少年はシリュウに殺されかけたあとシュリイクサに飲み込まれ、死んだと思われていたリアムという魔法師学院無陣の生徒。
仮にシュリイクサの体内で生きていたと仮定しても、あの轟炎で燃え尽きなかった事にも驚きだったが、さらに驚くべきことは、見つかったリアムは元の大きさとは異なり、その身体は成長していたのだ。
マーナと契約せず、ただ共にあったクリスティーナさんは例外として、その身に聖獣を宿した者の時が止まることは
クシュナー先生は聖獣との契約から今までの時が一瞬で進み、急激に身体の成長を促したと予想していたが、こんな事は初めてだといって断定はしていない。
「パルテールさんの予想が正しいとするなら十分考えられる。リアムの中で聖獣との時が無かったことになってるんだろう」
「私もそう思います。であるならば、帝都で起こした殺人や学院襲撃の罪は問えないという事になりますね」
通常、これほどの罪は理由を問わず死罪である。だが、聖獣に操られていたとなれば話は変わってくると思うのだが、ジェイク団長は苦々しい表情で口元に手を当てた。
「それだがな……リアムは帝国とリーゼリアとの小競り合いで兵士だった父親を失っているらしくてな。そのせいで母親も病を患って死んだと。帝国をたいそう恨んでいる」
「だから聖獣と共に帝都を標的にした、と」
「ああ。だが聖獣は呪眼を使ってリアムの帝国を恨む心を助長したとノルンは言ってたな。負の感情を煽って恐怖や判断力、つまり感情と思考を鈍らせる呪眼だったら、犯行と今の言動も説明がつく」
「なるほど。確かに戦闘中の聖獣とリアムの会話から推測すればあり得ます」
戦いの後、俺はクシュナー先生、ジェイク団長とノルン団長の三人に聖獣の声が聞こえていた事を話し、会話の内容も覚えている限りで話した。
まさかの俺の力に三人は言葉を失って驚いたのはとりあえず置いておくとして、ノルン団長の予想も十分に頷ける。
参戦する前、闘技場から逃れることを拒んだリアムに対し、シュリイクサは呪眼を使って彼を黙らせていたという事実は大いに手がかりになったと言えるだろう。
「聖獣が死んで本人にその記憶がないとなっちゃ、真実は闇の中だ。だがリアムが覚えていたこともある。それが教士、アルメイダ」
「え? なぜ彼女の名が出るのです」
「シリュウちゃんがリアムを追い詰めたとき、聖獣の他に助けを求めた相手がいたらしい」
「それがアルメイダ先生だと」
「ああ。シリュウちゃんは全く覚えてなかったが、実際は『先生』としか口にしなかったらしい。パルテールさんもノルンも、生徒らもそれを確かに聞いていた。それで『先生』について聞いてみたら、アルメイダ先生と廊下で仲良くなっただと」
「アルメイダ先生は三剣以上の受け持ちだったはず。接点ができるとは考えづらいでかと」
「だからこそだ。聖獣の記憶がないにもかかわらず、不自然に残るアルメイダの記憶。今アルメイダは証拠がないとそれ以上だんまりを決め込んでるが、パルテールさんは初め闘技場に聖獣の麻痺毒を風魔法で拡散させ、教士と生徒を動けなくしたのはアルメイダの仕業だと踏んでる」
「……」
仮にその通りだとしたら、アルメイダ先生はとんでもない反逆者という事になる。証拠うんぬん言い出した時点で十分に怪しい気もするが、それでも廊下でたまたまリアムと知り合っただけの可能性も依然あるだけに、罰するのは難しいだろう。
ここでふと、俺はある単語が引っかかった。
(アルメイダ先生の風魔法……?)
「リアムは風も使えるんですかね?」
「地属性魔法だけだ。調べはついてる。何かあるのか?」
「いえ、大したことではありません」
学院初日、俺が闘技場で宣戦布告した日の事だ。
まず一番槍でエトの挑戦を受け、レーヴとスキラがそれに続き、そのあとシスティナ嬢の決闘を受けた。魔法師学院の生徒らの猛攻をかわして最後、巨岩が落とされた。
俺は後で知ったミラベル・パジという有名な五陣の生徒の魔法だと思っていたのだが、違うという噂を耳にしてからは詮索など無意味だと、事を記憶の片隅に追いやった。
だが、今になってあの巨岩を放ったのはリアムの仕業だったと思えてくる。初日から目を付けられていたとは普通考えづらいが、聖獣を従えていたとなると話は変わる。
聖王竜リンブルムが一目で俺の中にある力を警戒したのと同様に、聖獣シュリイクサも異様な力を感じとり、何かしらの警戒、もしくは興味をかき立てるような事をリアムに言っていれば、俺を試すという意味でも巨岩攻撃は頷ける。
そして問題なのは巨岩を包み込んでいた風だ。リアムが風と地の
あの巨岩の勢いを加速させ、さらに安定化を図るほどの風魔法となると、それができる生徒がいるかどうか。
仮に風を放ったのがアルメイダ先生だとしたら、俺は初日から彼女に殺意を持たれていたという事になる。
(待てよ……だとすると、グレンとの決闘の場を利用し、アルメイダ先生はリアムと聖獣を唆して俺を殺そうとしたという可能性もあるんじゃないか? 彼女は冒険者である俺を学院から排除したがっていたのは周知の事実だ。他の教士や生徒が見る前で俺を仕留めるために、皆が闘技場から避難できぬよう聖獣の麻痺毒を風で散らしたという事に……)
「いや、考えすぎだな」
不意のつぶやきにジェイク団長は何か思うところがあるならと言ったが、俺の証も何もない妄想に次ぐ妄想でアルメイダ先生を反逆者に近づける訳にはいかない。
性格に難ありだとは多少は思うが、彼女は彼女で教士としては優秀だと思う。ここは騎士団、ひいてはクシュナー先生に任せておくのが一番いいだろう。
「まぁ、あれだ。聖獣が死んで、当の主人があの状態じゃ全部予想の範疇を出ねぇわ」
「ですね」
リアムの今後はまだ決まっていないといい、しばらく拘束して様子を見るのだという。縛に伏した状態で暴れでもすればそれこそ即死罪となるが、今は落ち着いて尋問に応じているらしい。
復讐は果たすべきだと俺は思う。
だが果たすにせよ果たせぬにせよ、先にあるものは満ち足りた充実とは限らない。その後の空虚な己と向き合う覚悟も必要となる。
(それが分からぬ子供に、死罪だけは避けて欲しいものだ)
引き続き帝国、ひいては民の脅威と見なされれば、たとえ子供だろうが法は容赦なく裁きを与える。それはたかが一冒険者にはどうすることも出来ないのが現実だ。
俺は主と共に還らぬことを選んだ聖獣シュリイクサを想い、手にあるグラスを傾けた。
……―――
ジンが帝都を出た数日後、教士アルメイダは正式に反逆罪で拘束された。
決め手は『リアムと聖獣が全てを話した』という騎士団員のブラフ。
逃れられぬと観念したアルメイダは、ある日リアムの力と聖獣の存在を明るみにされ、彼らの帝国に対する恨みに便乗して観覧席の生徒に危害を加えないという条件で協力したと白状した。
闘技場に毒を拡散させ、教士と生徒らに冒険者の無能さ、そして魔法師の偉大さをその目に焼き付けさせ、思い知らせようとしたという。
さらに学院最強、五剣筆頭の騎士候補生であるグレン・バロシュ・アルベルトの敗北をもって、『最強と言えども所詮騎士は役に立たない』ということをほのめかす発言までしたのだ。
学院教士は立場上、帝国の重要情報を多数知り得ているという事は特に重く、半端な処罰では後々国外に情報を流される事が懸念された。
帝国軍の根幹を揺るがすこの発言も大いに問題視され、一月後、アルメイダは半狂乱の中首を落とされたという。
―――――――――――――――
GW、更新ガッツリサボってしまいました。ごめんなさい。続けて明日9日21時、更新します。
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