#62 共に還らず

 遡る事三年前。


 ここはリーゼリア王国王都クーランジュより東に位置する寒村。


 そこから付近の森を経て進んだ先に動植物の一切が枯れ、魔物すら寄り付かない一帯がある。


 村長の指示でここまで足を運んできた男らは、荷馬車から次々に荷を下ろし、一言二言言い残して立ち去っていった。


 それからしばらくして目を覚ました聖獣シュリイクサは、鼻先に置かれた荷の山にチロチロと舌を出して触れることなく中身を確認する。


《 ……あら? 》


 バガッ!


 荷の一つだった樽の中から不思議な力を感じたシュリイクサは尾を払い、大雑把に荷を改めると、壊れた樽の中から一人の人間の子供が転がり出てきた。


《 おいしくはなさそうね 》


 数年前に気まぐれでこの場所をねぐらとし、初めて供物として置かれていった人間の子供をまじまじと見つめ、食ったものかと思案を巡らせる。


 数えきれないほど人間をあやめてきたが、未だ口にしたことは無い。前の主が死んでから久しく人間と関わっていなかったシュリイクサは、退屈しのぎにそれを観察することを選んだ。


「う……」


 転がった衝撃で気を取り戻した少年は、痛む全身を押さえながら何とか立ち上がる。


「ここは」


 まだ日も高い。


 差す日の光に目を細めながら辺りを見回す少年は、ぐぅと音を上げる腹を気にすることなく背後を振り返る。


「わぁぁぁぁぁっ!!」


 視界を覆いつくす純白の蛇の顔を見て悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、その細った脚は彼を遠くに運ぶことはできなかった。


《 …… 》


「ふーっ、ふーっ!」


 ズリズリと這いずり、なんとか視界に入った魔物から距離を取ろうとする少年に、シュリイクサは昂ぶりを抑える事は出来なかった。


《 あなた、私が見えるの? 》


「ひっ、食べないで!」


 頭を抱えてうずくまる少年。


 返答らしい返答ではないが、自分の声にも反応を示した人間の子供に、シュリイクサはその双眸を光らせた。


《 フフッ、フフフフフフ…… 》


「?」


 襲われることなく、聞こえる笑い声を振り返るがやはり巨大な白い蛇しかいない。


 少年は、恐る恐る話しかけた。



 ……―――



「お父さんが戦争で死んじゃって、街にいられなくなって……やっと村に入れてもらえたのにお母さん病気になっちゃって……そしたら最初は優しかったみんなが役立たずって」


《 役立たずはいらないわね 》


「お母さんが死んじゃった日からぼくはなんだって」


《 ……疫病神ですって? 》


「うん。だからね、石とか牛のうんことかいっぱい投げられたんだ」


《 それは食べても美味しくないわね 》


 懇々と語る少年に対し、慰めにもならない返答を繰り返すシュリイクサ。それでもなお話を続ける少年の名はリアムというらしい。


 終始共感できないリアムの話だったが、相変わらず人間は同族で殺し合い、互いを傷つけながら生きているようだ。


 数百年、数千年、人間はいつまで同じことを繰り返しているのかと、シュリイクサは砂の眷属として顕現したその時から感じ、進歩することなく増え続ける人間に呆れている。


「ぼくはもうひとりぼっちなんだ……うっ……ううっ……」


《 これからどうするの 》


「ど、どうって……村でいっぱい働くしか……」


《 もう村はないわよ 》


「……え?」


 シュリイクサの何気ない一言は、リアムの理解を一瞬で超える。


《 この私に疫病神を置いていった人間ごと消したわ 》


 リーゼリア王国から一つの村が消えたことを確認する術は今のリアムに無い。だが、現にシュリイクサは身体の一部を毒液に変えて送り出し、リアムを運んできた男たちのみならず、男たちがやってきた村に住む人間を皆殺しにしていた。


「そ、そっか……もうみんないないんだ」


 シュリイクサに改めて疫病神と言われたリアムだったが、そんなことは気にも留めず、母を、自分を虐めた者らはもういないんだと知ったとたん、言葉では言い表せない胸の高まりを感じた。


「ね、ねぇ、蛇神様? ぼくと……その……」


《 いいわ。私と契約しましょう 》


「けいやく?」


《 人間で言うと『お友達』かしら? 》


「ほ、ほんとに!? ぼく、お友達になりたい!」


《 決まりね。私の目を見て 》


 二人の視線が深く交わると、シュリイクサの身体が光り輝き、リアムの身体も合わせて光を纏う。すると傷だらけで弱弱しかったその身体に圧倒的な魔力だけでなく体力までもがみなぎり、リアムはみるみる生気を取り戻していった。


「すごいや、お腹へってたのに無くなった! なんだか力いっぱいだよ! ありがとう蛇神様!」


 リアムからキラキラと眩しい視線を浴び、シュリイクサの水晶体はそれに呼応するように怪しく光を灯した。


《 新たな主リアム。私は砂の眷属。願わくば理に至り、共に還るその時まで、幾久しく 》



 ◇



 大闘技場を出、その周囲を固める騎士団、魔法師団に合流したジェイク、ノルン、パルテールら三人と生徒たち。


 皇器を通して広げる三人の探知魔法サーチは、闘技場内の魔力反応を鋭く観察していた。


 ジンとシリュウが敗れた場合、魔法師団員が構築していた闘技場を囲む陣魔法を発動させてなんとか聖獣の動きを止め、すみやかに皇帝を帝都から脱出させなければならない。


 戦いの行く末に皇城内にいる貴族や隠者の目ハーミットだけでなく、帝都全体に避難指示を出すために散らばっている騎士団員も即座に対応できるよう、皆各地で固唾を飲んで各団長、隊長の指示を待っていた。


 さらに騎士団、魔法師団だけではない。


 学院区画の異常をいち早く察知し、万が一の事態に備えて騎士団から依頼を受けていたアルバニア冒険者ギルドにもそうそうたるメンツが集められていた。


「ノーラ君。どれくらい集まっていますか?」


「はい。Aランクパーティー『千の咆哮サウザンドバンシー』四名を筆頭にBランク以下三百名ほど、すでに壁外の魔物、魔獣らの討伐に百名ほどが向かっています。ですがいつまでも依頼が出ない状況はあまりよくないかと……」


「事が事です。帝都避難となれば騎士団らを含めても壁外に出る三百万の民を到底守り切れません。彼らには内容を隠しつつ、皇城から緊急依頼が出る可能性は私が伝えます。引き続き避難経路の安全確保と招集を続けてください」


「わかりました」


 執務室を後にしたノーラが扉を開けるや階下から聞こえる喧騒にため息をつくと、ギルド間通信魔法でそれを聞いていたマイルズ冒険者ギルド、ビターシャ冒険者ギルドのそれぞれのマスターもアイザックに進捗を伝える。


《 マイルズからも帝都までの経路に五十人出してる。ウチのエースもジンがやり合ってる最中だと聞いてやる気になってるよ 》


「助かります。そういえばアーバイン君らはジン君と知り合いでしたね。なんならウチに来ていただい―――」


《 やるか! ビターシャと違ってマイルズウチも人員不足なんだ! 》


《 ええっ!? ビターシャこっちも全然足りてませんよ! 中央と違って南部は依頼がめちゃくちゃ多いんですからね!? 》


「はいはい、お二人とも。今の私の心労に比べればまだマシだと思って下さい」


 悲鳴とも取れるセリフを吐いたビターシャ冒険者ギルドマスターのイルマは、アイザックの一言で言葉をつぐむ。


 余談だが、世界中にあるギルドで最もその土地の権力者に気を遣うとされているアルバニアギルドマスターは誰もやりたがらないポジションだけに、アイザックはギルド内でもかなり強い発言権を持っている。


《 す、すみません、アイザック先輩……ビターシャからは三支部合わせて四百人ほど出せると思います。今ビターシャ帝都間の街道を中心に、近くの森まで探索に出しています 》


「ありがとうイルマ。レイモンドさんも。結果がどうであれ、帝都に波風が立つのは確実です。また何かしらのお願いをさせていただくと思います」


《 ああ、いつでも言いな 》


《 私も気にせず仰って下さい! 》


 ギルド間通信魔法を切り、アイザックは窓の外を見やる。


 帝都内部で魔物、ここでは聖獣の襲撃を受けている事など民に知られる訳にはいかない。だが、皇帝の威厳を守るべくその危機をひた隠しにし、いざ脅威を止められないと判断した後に民の避難を行っても間に合わない可能性がある。


 その線引きは非常に難しく、帝国の政治とは一線を画す冒険者ギルドとてその事情は嫌でも察しなければならない。こと皇帝の座す帝都ではそれが顕著に出るのは仕方のない事であり、ギルドマスターのアイザックは騎士団と同様に、帝国の威厳と民の安全、その両方に神経を尖らせる必要があるのだ。


 アイザックは皇城からの依頼書をグシャリと握りしめた。


「四年前の黒王竜といい、君は危機に好かれでもしているのかな?」


 笑えない事実を口にしたその時、学院区画から遠く離れているはずのギルドがガクリと揺れた。



 ◇



 闘技場上空に出現した超巨大火球は、学院区画に留まらず帝都全域にその威容をさらけ出した。


「こ、これはヤバいんじゃ……」


 火球を見上げて闘技場周囲を固める者たちは口をそろえ、その熱に目を細めて身じろぐ。


《 全隊、衝撃に備えろぉっ!! 》


 通信魔法トランスミヨンを通じ、騎士団長のジェイクがこれを見て大声を張り上げる。


 その声で騎士団員らは腰を落として強化魔法を纏い、大盾を携えた重装歩兵部隊は盾をかざして魔法師隊の前に立ちふさがった。


(来るっ、来るっ!)


 攻撃を受ける訳でもないにもかかわらず、高ランクの魔物を前にする以上の緊張感が皆に襲い掛かる。


 そして超巨大火球はその大きさに反して急激に高度を落とし、闘技場に巨大爆発を引き起こした。


 ズン―――ドゴォォォォォン!!


「うおっ!」


 衝撃と爆風は闘技場の観覧席を吹き飛ばし、周囲に瓦礫を爆散させた。さらに飛び散った瓦礫は次々と校舎に降りかかり、凄まじい破壊音が学院区画に響き渡る。


《 まだ来るぞ! 油断するなっ! 》


《 次は今のを遥かに凌ぎます! 》


(噓だろっっ!?)

 

 飛び交うジェイクとノルンの声に、全隊が心中冷や汗をかきながら次の覚悟を決める。



 キンッ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 一瞬甲高い音が聞こえた途端、地の底を這うような音と共に足元が揺れ始めた。団長二人の宣告とは打って変わり、先の衝撃ほどではなかった事に皆が顔を上げたその時、帝都全域が脈動する。



 ドンッ!!



 ―――大地の神の怒りじゃぁっ!


 ―――おお、神よ! どうか怒りをお収め下さい!


 ―――きゃぁぁぁっ!



 帝都中が民の悲鳴と建物のきしむ音で溢れかえり、皆が皆膝を折って祈りを捧げる。


 そしてようやく収まった地揺れの後、帝都南部に高々と突き出た黒柱を見て、全帝都民は恐怖のどん底に突き落とされた。


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