#60 未だ還らず

(おかしい……火竜の末裔まで現れるとは。神の導きとしか思えない)


 シュリイクサは起こりえない現象の数々に、これまでにない焦りを覚えていた。


 聖獣である自分を傷つける事のできる武器を持つ人間。

 その人間に不死のごとき力を与える人間。

 自身の魔力を得た主と互角にやり合う人間。

 得体のしれない加護を身にまとい、一度自らの毒で死んだはずが蘇って剣を振る人間。


 ただでさえ東大陸では見たことが無かった古代種の子らや風霊の子が現れたのも驚愕だったのに、ここへ来てまた現れたのが数千年前に大陸を揺るがした竜種の終末戦争に敗れ、姿を消した火竜の末裔である。


(運命の神よ、砂の眷属よ、私は……まだ還らない!)



 ―――シュア゛ァァァァッ!!



 白蛇は咆哮してさらに別の毒を辺りにまき散らし、毒が滴った舞台はドロリとその形を失っていった。


 強力な溶解性をもつそれは見えぬ毒ではなく、明らかな液状をしていた。風で舞い上げることは出来ず身をかわすか、魔法で迎え撃つかの選択を迫られる。


「―――炎刀」


 ここで俺が選んだ手段は夜桜に炎を纏わせるというもの。


 熱を纏わせることは以前から出来ていたので、そのイメージを模せば出来ない事ではない。


「おおおおっ!」


 バシュン!


 飛び交う鱗をかわし、降り注ぐ毒液を夜桜で蒸発させてゆく。


(駆けろ! 駆けろ!)


 超危険地帯と化している舞台上を全速力で動き回る。俺が激しく動くことで、白蛇の注意は同じく鱗と毒液をかわしつつ迫るジェイク団長への注意を逸らすことが出来る。


《 ウロチョロと……この羽虫めが! 》


 ガガガガガガ!


 苛立った横殴りの鱗尾が広範囲に地を撫で、舞台の石敷きを削りながら迫りくる。


(好機っ!)


 これを逆手に持ち替えた夜桜の刃を斜めにして迎え、接触の瞬間に跳躍しつつ身体を傾けた。


 すると鱗尾は自身の勢いで刃を食い込ませ、スッと刃が抜けると同時に俺の浮いた体の下を勢いよく通り過ぎる。


《 っつ! 》


 大振りの後は隙が出来るというもの。俺の迎撃と受け流しに、白蛇は迫りくる剣に気が付くのが一瞬遅れた。


 ヒュカッ!


『ギアァァッ!』


 ジェイク団長は白蛇の下顎を深々と斬り上げ、割れた顎から深紫の毒々しい液体が噴き出る。


「ここだっ、見つけたぞ!」


 頭を斬り付けられた白蛇は悲鳴を上げ、激しく頭を振った。切り口と牙を覆っている毒液がそこら中に振りまかれるが、胴体のどこにダメージを与えても何事も無かったかのように反撃してきていたのが、ついに弱点を見つけた。


「奇利なり! 参るっ!」


 タンタンタン!


 俺は暴れまわる頭を追うように風渡りを駆使して追撃に出る。


「痛みは初めてか!」


『ジャァァッ!《おっ、おのれぇっ!》』


 我を失い暴れていた白蛇は声で振り返り、目の前まで迫っていた俺に向かってその大口を開け放つ。


 思った通りの白蛇の動きについ口角が上がった。


(やはりこ奴、戦い慣れていないっ)


 声を上げたのは俺の存在を知らしめ、暴れまわる頭を止めるため。


 鼻先まで迫られれば大抵の獣は大口を開けて噛みついてくるが、この白蛇は下顎が未だ割れたままなのでそれは出来ない。怒りで回避という選択肢も取らないだろうと思っていた。


 となると、繰り出してくる迎撃はただ一つ。


 強烈な酸の臭いが鼻を突いた瞬間、ドロドロとした塊が飛び出してきた。


 全てが予想通り。



「―――竜の炎閃フレアブラス!」



 ドゴォォォッ!



 炎閃は毒玉を包み込んで蒸発させ、そのまま白蛇の頭部を通り過ぎた。


『ガ―――ガ―――』


 呼吸もままならないのだろう。白蛇は焼けた口と喉を広げたまま天を仰ぎ、何とか倒れまいとゆらゆらと身体を揺らせている。


(これで終わりだっ)


 俺は着地するや夜桜を順手に持ち替え、切先に風を圧縮させてゆく。


 腰を落とし、高所で揺れる白蛇の頭に向かってすべての風を押し出した。


「ぶちかませ、ジンっ!」



 ―――暴風の刺突エン・リルッ!



 ズドンッ!



 渦巻く風の刺突は夜桜の切先を起点に、焼け焦げた白蛇の頭を貫いた。そして遅れて追い風が頭部全体を斬り裂き、貫いた箇所の周りを食い破っていく。


『ギッ――――』


 完全に頭部を失った白蛇の胴が力なく傾き、吹き出した深紫の液体が帯状となって上空に弧を描く。


 ドシン


 荒れ果てた舞台に横たわった白蛇。


 さすがに頭を失えばもう再生することもないかと思えるが、相手は聖獣である。夜桜を構えたまま警戒を続け、魔力反応を慎重に探り続けた。


(魔力が霧散してゆく。直胴体も消えるだろう。勝負ありだ)


「ジン君! ジェイクを!」


 俺がひとまず安心して納刀しようとすると、後方からノルン団長が叫ぶ。


 その声でジェイク団長に視線をやると融けて穴だらけの手甲を捨て、剣を持っていた右腕にできた黒い斑点が広がり、徐々に肩先まで浸食しつつあった。


「ジェイク団長!」


 解毒魔法が飛ばされているようでその身体は白光に包まれているが、汚染は未だ止んでいない。


 かなりの激痛を伴っているようで、その表情は苦悶に満ちている。


 ふっと息を吐いて駆け寄る俺に向かい、ジェイク団長は右腕を差し出した。


「もらった返り血が毒だったらしい。やってくれ」


「……御免っ」



 シュオン



 パッと赤い血が床を濡らし、ジェイク団長の腕が床にボトリと落ちる。


 俺は即座に落ちた腕と腕の切り口に氷魔法を施す。


「氷もいけるのか。さすがだな。助かる」


「いえ。団長こそ、お見事でした」


 切り口を強化魔法で覆って出血を最小限に食い止め、ジェイク団長は凍った自分の腕を舞台外まで蹴り飛ばした。


 ノルン団長は蹴飛ばされた腕を拾い上げてこちらを見て……いや、明らかに怒気を放っている。


 あっさり自分の腕を手放したジェイク、そして何のためらいもなく仲間に剣を振り下ろしたジンに、ノルンは呆れを通り越して怒っていた。


 戦場では常に最短最善を求められるがゆえにこうすることも一つの手段ではあるが、二人には何かが欠けているように思えてならない。


(終わったら二人ともお説教です)


 ゾクリと背筋に冷たいものを感じた俺とジェイク団長は、それに振り返ることなく白蛇に視線をやる。


 魔力の霧散と共に白蛇の純白の胴はジェイク団長の腕と同じように黒ずんでいき、黒ずみが広がった部分から液状に融け出している。


「……聖獣の最期、か」


「あちらも終わります」


 視線をシリュウに移すと、一帯に崩れ落ちた巨像らの残骸が黄土の魔力光を放ちながら消えていた。




「そ、そんな……全然魔法も使ってないのに……」


 巨像からすればシリュウのサイズなど赤子のようなものだった。だが、最初に放ってきた炎を使う様子もなく、ただただ巨像に拳を振るい、蹴りを見舞う。


 その度に巨像の一部が砕かれていく様に、リアムは圧倒的な力の差を見せつけられていた。


 ザンッ


「とうちゃーく」


 コキコキと首を鳴らして手をあてがい、目の前に立ったシリュウを見上げ、リアムはここへ来て初めて恐怖というものを味わうことになる。


「うわーっ! くるなぁっ!」


 及び腰のまま地属性魔法を発動させ、さんざん避けられ、撃ち落とされてきた石針を性懲りもなく放つ。


「またそれか」


 ガガガガガガッ


 シリュウは飛んできた石針をひょいひょいと軽く避け、たまに掴んでは握り潰し、力の差をこれでもかと見せつけた。


 その様を見てリアムは逃げるように後ろに退きながら、今度はシリュウの両側に壁を創り出す。


「それも知ってるぞ。お師がザコけちらすときにやるやつだ。でもシィはザコじゃないからきかない」


 挟み込もうと両側から迫るうず高く積まれた壁。両腕を左右に伸ばし、シリュウはかわすことなく真向受け止めた。


 ドシン!


「おわりか? 久々にカラダうごかせて、思ったよりたのしかったぞ、こども人間!」


「う……ぐ……」


 壁に挟まれながらニッと笑顔を向け、そのまま踏み込んで壁を抜けてリアムの顔面を掴み上げる。


「あがっ! は、はなせっ、この馬鹿力獣人め!」


 顔面を掴まれたままシリュウの腕を殴りつけるが、全く効果の無い攻撃にシリュウは首を傾げつつ、必死に手の中でもがく子供に向かって間違いを訂正する。


「むっ、シィは竜人だ!」


 ギリギリギリギリ!


「あ゛ーっ! 痛い、痛いっ!」


「このままアタマつぶしてやる」


「ひっ! や、やめろ! シュリ、先生! 助けてぇっ!」


「お前ダメダメだな。ヘビはもうアタマないぞ? 殺されるかくごもないのに、あんなのあてにしてお師と団長さまとたたかったのか?」


「え、シュリが……? そんなの嘘だ!」


「竜人はうそつかない」


「あ……あそび! そうだよ、ジン先生とは遊びだったんだ! みんなが邪魔するから殺そうとしただけなんだよ!」


「ふ~ん、わかったわかった。お前ダメなやつの人間だ。もう死ね」


 一切の容赦なく、シリュウはリアムの頭に爪を立て手に力を込めた。


「ぎゃぁぁぁっ!」


 リアムの悲鳴が闘技場に響き渡る。



 ……―――



「つ、つえぇぇ……どっちもバケモンだ」

「竜人……噂どおりだわ……」


 圧倒的な力で少年の巨像を蹂躙し、いともたやすく勝負をつけたシリュウの姿にスキラとレーヴは目が離せずにいた。


 先に聖獣の頭を吹き飛ばしていたジンだけでなく、亜人の中でも最強と名高い竜人の戦いを見たのは二人にとってこれが初めて。


 闘技場に充満していた毒が聖獣が倒れたことによって収まり、風の壁を解除したエトが興味深い情報を口にした。


「兄ちゃんが言ったシリュウって、たしかドラゴニアの大戦士ガリュウの妹じゃね? 竜人だし」


「「……あっ!」」


 二人は思わず膝を打ち、それならあの強さも納得だと顔を見合わせた。


「そういえば戦争が終わる前に追放された竜人の戦士がいるって聞いた気が……」


「違うわスキラ。たしか里の掟を破って自分で出て行ったって聞いたわ」


 目の前の戦いが終わった事で緊張感が抜けたのか、あーだこーだと議論を始めた三人。亜人らにとっては強い戦士の情報はかなり重要な問題なだけに、普段なら時を忘れて話し込むこともある。


「皆さん。まだ終わっていませんよ」


 そんな中、三人に割って入ったのはアリア。


 前で戦う者が剣を納めない限り、後方も気を抜くべきではないとキッと彼らを睨みつけた。


 ギクリと肩をすぼめた三人が大人しくアリアの言う事を聞くのを見て、壁際で魔力枯渇により離脱していたパルテールが立ち上がる。


「三人とも。シリュウさんの事はシリュウさんに聞けばよろしい」


 そう言い残し、舞台に向かってゆくパルテールにアリアは待ったをかける。


「クシュナー学院長、私共はまだ動かない方が……」


「ふむ。アリア君が正しい。だけどね」


 切り離されたジェイクの腕に解毒魔法をかけて集中しているノルンにチラリと視線をやり、パルテールは自分が代わらなければとポツリと言い残した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る