#59 揃い踏み
《 何処へゆく 》
《 !? 》
上空へ跳躍した聖獣へ向かい威圧と言葉をぶつけると、聖獣はおどろいた様子でその双眸を俺に向けて再び舞台に降り立った。
《 お前、その力は――― 》
《 教えろ。
《 ……くだらない事を聞くな。人間 》
《 そうか 》
答えるつもりは無いらしい。
マーナといい、その後のルーナといい、
だがやったのは十中八九この聖獣の力だろう。主である少年の意志による行動だったとしても、人に害をなすならばここで逃がすわけにはいかない。
毒をまき散らし、人を殺め、呪い、あまつさえ原素魔法による目の強化を施さなければ不可視の存在。それは人にとって天災と言える。
(前世では白蛇は縁起物だったんだがな。まぁ九尾大孤、白虎、聖王竜。これに比べればこ奴はまだマシか)
俺は今度こそ夜桜を抜き放ち、坐禅を解いて立ち上がった。
「クシュナー先生、代わります」
「やはりバレましたか」
星刻石を備えている腕輪であれだけの魔法を放ち、さらに闘技場全体を覆う魔法を使い続ければ、いかにクシュナー先生とて魔力はもたない。
そう言うとクシュナー先生は肩をすくめて舞台から降り、腰を落として壁に身を預けた。
「ふーっ……このような有様では陛下に怒られてしまいますねぇ」
年齢を重ねれば魔力とともに知力、経験値は充実してゆくが、いかんせん体力はそうもいかない。
さらに極度の緊張下で聖獣と戦い、敗れれば帝都の、ひいては帝国の危機ともなりえる戦いは、クシュナー先生に極度の精神疲労を与えていた。
あとは任せたと言わんばかりに俺の背に視線を送る。
「聞いときたいことはあるか?」
「ありません。その時も奴は与えないでしょう」
「だな」
俺はジェイク団長に並び立ち、夜桜の切っ先を聖獣に向けた。
《 お前はここで斬る 》
《 フフッ、フフフフフ…… 》
聖獣シュリイクサは覚悟を決めたようにその巨体を震わせて純白の鱗を逆立たせ、その獰猛な牙を天に向けて吠える。
『ジュア゛ァァァッ!!《 図に乗るな、脆弱な人間っ!! 》』
ビリビリビリビリッ!
《 緊急事態! 申し訳ありません、学院区画内に侵入者です! 我々では止められません! 》
ノルンに
《 紅髪の少女ではありませんか? 》
落ち着いてノルンが侵入者の特徴を言い当てると、団員はそうだと言って喧騒に紛れてしまった。どうやら区画の外では、学院から聞こえてくる怪物の雄たけびで大騒ぎになっているようだった。
《 放っておきなさい。こちらの味方です。それより警備を怠らないよう。民間人は誰一人学院区画に入れてはなりません。強引に突破を試みる者は捕縛してください 》
《 ――っ、承――い―し―――た! 》
人の好奇心とは御し難いものである。闘技場内で帝都の命運をかけた戦いが繰り広げられているなど、民に知られる訳にはいかなかった。
通信魔法は不自然に途切れ、再び戦いに目をやるノルン。それはこの闘技場内に魔力干渉を起こすほどの歪みが起こっていることを意味する。
「―――瞬雷!」
パパパパパァン!
聖獣の胴を駆け上がるように移動を繰り返し、それぞれの点で夜桜を走らせる。その切っ先は白蛇の逆立った鱗を斬り裂くが、傷を負うごとにすぐさま再生してゆく。その再生速度を目の当たりにすると、ダメージが入っているとは到底思えなかった。
(手ごたえがまるでないな)
『シュア゛ァッ!』
俺の高速移動を追えずにいる中、頭上にいる少年に届かせまいと白蛇は身体を震わせる。すると全ての鱗がさらに逆立ち、胴に対して直角になった瞬間、勢いよく射出されてきた。
辛うじて鱗の射線を外れたのはただの運だ。
「こ、これはっ!」
「とんでもねぇな!」
白蛇を中心に舞台を埋め尽くす鱗の嵐。
飛び交う一枚一枚に殺傷性があるのは言うまでもなく、掠っただけで毒をもらうという凶悪さだった。
俺とジェイク団長は迫りくる鱗を叩き落すが、白蛇の巨体から放たれた鱗の枚数は限りない。しかもすでに再生してしまっているようで、いつでも二発目を撃てると言わんばかりに白蛇は俺とジェイク団長を睨みつけた。
《 リアム。気が変わりました、逃げるのはやめにしましょう。路傍の石ごときが、神の眷属たるこの私に二度と分不相応な口が聞けないようにします 》
《 ぅ…… 》
聖獣の言葉に若干の反応を示した頭上の少年。
生気の無かった目に徐々に光が宿り、鱗の嵐が渦巻く中、少年は普段の快活さを取り戻した。
「シュリ! 凄い事になってるね!」
呪いが解けたのか、あるいは今も呪いがかかったままなのかは判別できない。
とにかく、これで聖獣のみを相手取る訳にはいかなくなった。動きを止めていた不気味な巨像五体は再び動き出し、その巨像にとって飛び交う鱗などまるで影響がない。
再度少年に操られ始めた巨像らはズシンズシンと地を揺らし、俺とジェイク団長に立ちはだかる。
「ジン、互いに全てを相手にする、でいいな?」
「あー……像はあやつに任せましょう。間に合います」
「間に合う?……っ、なるほどな、お前らには世話になる。この高揚感、俺も狂っちまったみたいだ」
「ふっ、わかります」
不意に含み笑いを浮かべたジェイク団長。その心境を分かってしまう俺も、他人から見れば狂っているのかもしれない。
帝国最高クラスの戦力であるアルバニア騎士団長ジェイク・ブエナフエンテにとって、背を預けられる者はこの帝国内に限りなく少ない。
久しく味わっていなかった戦いの高揚感と緊張感はジンと、新たに参戦してくる者を得ることによって最高潮に達していた。
「いくぞっ!」
「応っ!」
合図で俺とジェイク団長は飛び交う鱗を搔い潜り、白蛇に向かって駆け出した。
ジンとジェイクに放っておかれたまま動き出した巨像。再び地に足を付けたリアムの標的はシュリイクサの願い通り、魔法師団長のノルンだった。
「あの人は強いのかな~?」
容易くジンとジェイクの脇を抜けてきたリアムに、レーヴ、スキラの二人にグレンの治癒を終えたアリアが加わり、それぞれに更なる緊張感が走る。
エトは闘技場を覆う風に毒が当たり続け、相殺されないよう今も必死に風を生み出し続けているので共に巨像と戦う事はできない。
ジンとジェイクの二人が巨像を無視して後方に行かせたのは、とにかく聖獣を倒すまで持ちこたえろという意味だと捉えた三人は戦いの覚悟をした。
「アリアは治癒よろしく」
スキラは再び獣化し、レーヴに視線を送りながらアリアに願い出る。
「わかりました」
「心強いって、こういう事をいうのねっ」
巨像の拳一撃で沈んだレーヴにとってはその相手が五体もいるのだ。恐怖心をあおられその時の強烈な一撃が脳裏をよぎるが、アリアの治癒魔法があれば多少の時間は稼げるはずだと、雷をほとばしらせ同じく獣化する。
方や巨像五体の標的となっているノルンは逃げる素振りすら見せず、後ろで座り込むパルテールも同じく微動だにせず、どころかその顔には笑みが浮かんでいた。
この男は日々魔法研究に明け暮れてはいるものの、結局は戦いの最中、まだ見ぬ力を目にするのは楽しみで仕方のない人種だった。
「獣人は引っ込んでなよ! 何回やっても同じだよ!」
リアムの指示が飛び、五体の巨像が同時に拳を振り上げる。
「「「危ないっ!!」」」
アリア、レーヴ、スキラの三人は同時に叫び、聖獣に注視しているノルンに危機を訴えた。
だがその時、聖獣に相対しているジンが剣を振るいながら叫ぶ。
―――シリュウ、皆を守れ!
ドゴォォォォッ!
声と同時に、巨像五体に凄まじい炎柱が降り注ぐ。
「うわっ!」
燃え盛る自身の巨像を見上げ、リアムは何事かと警戒を強めた。パルテールが壁に火をつけた時のような次元の炎ではない。
「こ、この炎はっ!?」
「アチーッ! 今日熱イノバッカリダ!」
「火!? ドコカラ!」
アリアら三人は炎に巻かれてぼろぼろと崩れ落ちていく巨像を見つめ、その凄まじい炎柱は瞳を紅く染めた。
地魔法と火魔法の相性は火にとって圧倒的に不利である。にもかかわらず、巨像が形を成せなくなるほどの火力が降り注いだことに、その場の全員が驚愕をもって受け止めた。
ダンッ!
炎を繰り出した主は遥か高所からノルンの前に着地し、地面に大きくヒビが入る。
「助かりました、シリュウちゃん」
ノルンはここぞという完璧なタイミングで現れた紅髪の少女に礼をいうが、本人の顔には不満げな表情が張り付いていた。
「ん。ノルいいやつだからいい。でも……おーしー! シィもそっちのヘビがいいです! かわって!」
……。
聖獣を相手取るジンに返事をする余裕は無い。
代わりに深緑の魔力光が彼女を包み込み、この放たれた大地魔法により溢れんばかりの戦闘意欲がシリュウを支配する。
「オ前、
「フーッ!!」
「ふ、二人とも! ここで争っている場合ではありません!」
そんなシリュウに里で聞いた通りの噂をノルンに言い放ち、スキラとレーヴが毛を立てて威嚇するのをアリアは必死になだめる。
いつもなら売られた喧嘩を秒で買うシリュウだが、それよりもジンに相手にされなかったのが彼女はショックだった。
「……いし」
「「「「?」」」」
(ふふっ、シリュウさんには少々酷かもしれませんね)
何かをつぶやいて肩を震わせるシリュウを不思議がる皆を横目に、パルテールはシリュウの不満を心の中で言い当て、若き力の台頭を心強く思う。
そして、シリュウの不満がすぐさま爆発する。
「石、石、石、石っ! 石ばっかりもういやだ! せっかく休みーしたのに、石はシィになんのうらみがある!?」
「チョッ、前! 前!」
頭を抱えるシリュウに、スキラは慌てて警告する。
崩れ落ちた巨像が再び形を成し、いつの間にか拳を振り上げていたのだ。
「いきなり何なんだよ、お前! 邪魔するな!」
リアムはあっという間に焼き尽くされた巨像の恨みを込めて、突然現れた紅髪の獣人に新たな巨像の拳を振り下ろす。
ズドン!
「ん~、
「なっ!?」
砂埃が舞う中、拳は獣人の片腕にあっさり止められ、ギシギシと音を立てて動きを止めた。
リアムは決して手を抜いていない。全力で巨像を操ったにも関わらず、それを軽々と止められたのはこれが初めてだった。
シリュウは止めた拳に鋭い爪を立てて掴み、無造作にグンと腕を捻る。
「石のくせに、シィにはむかうなっ!」
ゴギャッ!
千切った巨像の腕をポイと投げ捨てると、腕は黄土の魔力光を湛えて消えてゆく。その光景に驚いたリアムが魔力の供給を忘れ、腕を千切られた巨像はそのまま後ろに倒れ込んで腕と同様に消えていった。
魔法も技術も何もない、全くの力任せの所業にリアムの背筋に冷たいものが走る。
「うわぁぁぁっ!」
ズゴゴゴゴゴゴゴ―――
リアムは恐怖を振り払うように地属性魔法を発動させ、新たな複数の巨像だけでなく、自身を囲むように石針、壁、柱を無造作に創り出し、防御態勢を敷いた。
「なはっ! 石はきらいだけど、あの子供人間なかなかやるのか!?」
シリュウは案外楽しめるのではと、ジンの大地魔法により準備運動なく戦闘状態に入っていることもあり、その紅髪を沸き立たせ、小さな火球を辺りにまき散らして半竜化した。
その圧倒的な存在感に、自分たちは到底及ばない領域だと悟ったレーヴとスキラは力なく獣化を解く。
そしてスキラは諦めたようにシリュウに声をかけた。
「りゅ、竜のねぇちゃん。俺らは―――」
「獣人のこども戦士はノルのこと守れ」
「お、おうよ!」
シリュウはガキリと歯を鳴らし、捕食者の如く巨像に襲い掛かった。
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