#57 続く激闘

 木偶を操り、リアムの操る巨像と真向ぶつけ続けている魔法師学院長のパルテール・クシュナー。


 巨像を操りながらも次々と撃ち出される礫や石針に対し、自身が得意とする木属性魔法は、その腕で発光し続けている皇輪ドラウプニルをもって極点に達していた。


「―――岩牙ロックファングッ!」


「―――深樹の衝盾アルボ・イムプルス


 地面から前後に突出し、その名の通り巨大な岩の牙がパルテールを串刺しにしようと襲い掛かる。


 広げた探知魔法サーチによりこれを目視することなく、パルテールは硬質の木を生み出してこれを防ぎ、さらにはその葉を風に乗せてリアムに即反撃を行う。


 葉は触れる物を斬り裂く切れ味を持っていたが、自身を中心に舞い踊る葉に対し、リアムは壁を創り出して防ぎ返した。


(まずいですねぇ……彼の魔力は聖獣の魔力。底が見えない分、いい勝負などをしている場合ではないのですが)


 皇輪によって自身の操る魔法は原素魔法となり、同じく聖獣の力を得て原素魔法を操るリアムと接戦を繰り広げることが出来ている。


 しかし、いかに帝国一の魔法師と称されるパルテールとて、聖獣の魔力量には敵うはずも無い。


 ならば自身の技術と経験でそれを補うのが勝ち筋なのだが、リアムの魔法を操る才能はパルテールの予測をはるかに超えていた。


 並の者なら早々に勝負を決めねばと焦るところだが、パルテールがその程度であるはずもなく。戦いつつも、一切の妥協なくその頭脳は高速回転し続ける。


(地には木が有利。しかし現状全くの互角です。ならば彼には一つ驚いて頂きましょうか)


 パルテールはリアムを囲う壁に目がけて魔法を放つ。


「―――植樹魔法アルボ・グロウ


 ギュギュギュギュ


「うわっ!」


 何事かと身構えたリアムだったが、突然壁に生えてきた植物に一切の攻撃性が無い事が分かり、クスリと笑う。


「何これ―? 驚いて損しちゃったよ。 全然大丈夫だよシュリ」


(ふむ、聖獣は常に少年を見守っていると考えるべきですか。と、いうことは)


 パルテールは指先に魔力を集め、壁に密集している植物に向かって小さく魔法を弾いた。


「―――発火イグニッション


 ボワッ!


「あっ!」


 パルテールが生み出していた植物は油脂を含んだもので、野営の際に多用されるもの。


 火魔法による持続的な火種により植物はみるみる内に燃え上がり、リアムは煙に包み込まれていった。


「こ、このぉっ!」


 ならばとリアムは壁ごと解除して火を消そうと試みるが、新たに生み出す壁にすかさずパルテールが同様の魔法を放つので状況は変わらなかった。


 派手で高威力の魔法では決してない。


 だが、強大な攻撃に対して人は全力で立ち向かうように、地味で貧弱とも思える攻撃にもそれ相応の対処をしたくなるのが人の性である。


 つまり、これでどうだ、これならどうだと、二手、三手と手数は増えていくのだ。


(隙ありですね)


「―――落雷魔法サンダー・ロア


 リアムの頭上に現れた魔力塊は雷へと変わり、一筋の稲妻が走った。


「あっ……」



 ドンッ!



(やはり)


『ジィィィ……』


 だが、完全にリアムを捉えていた落雷はシュリイクサの尾に防がれ、その双眸がパルテールを射抜いた。


 そしてシュルシュルと舌を出し大口を開けるや、その牙にジワリと液体を馴染ませる。


「どこ見てんだっ」


 ビュン!


 パルテールに猛毒を発射しようとしたシュリイクサを防いだのはジェイク。だが、喉元を斬り付けようと振るった剣はかわされ、傷を負わすことは出来ない。


「すみません、パルテールさん」


「いいえ、読み通りですよ」


 ジェイクは一旦戦域を離れてパルテールの傍に着地する。


 そして自身が引き付けておかねばならない聖獣を行かせてしまった事を謝罪するが、パルテールは思った通りだと首を振った。


「やはり聖獣は主を守る、か」


「それが勝ち筋になりますか」


「まだわからない。だがあの程度の雷を防ぎにかかるという事は、あの少年にとって脅威だったと教えるようなもの」


「つまり、少年はただの人間に過ぎないと」


「魔力は人間離れしているがね」


 二人はどうすれば『勝ち』なのかを考え抜く。現状互角に戦えてはいるものの、時間と共に状況が悪くなるのは分かりきっていた。


 闘技場に蔓延する毒はパルテールの風魔法により吹き上げられ、さらに闘技場にいる全員に風の壁を作り続けている。


 これによりジェイクは毒を食らわず戦えているのだが、こうしている間もパルテールの魔力は減り続けていた。


 ノルンの魔法により観覧席にいた生徒と教士らは回復し、既に避難してはいるもののその負担は未だ大きい。


 パルテールはこの場の全員を風魔法で守り、さらに化物並みの魔力を持つリアムと戦っていたのだ。


「……おやおや、どうやら終わらせに来るようだ」


「っつ!」


「やりますよ、ジェイク」


「……ええ」


 ジェイクは皇剣ブリュンヒルドの切っ先をシュリイクサに向け、パルテールは右腕にはまる皇輪ドラウプニルを前にかざし、現れた巨像五体を見上げた。


「初めてだよ、こんなに出すの」




「お゛おおおっ!」


 ガガガガガガッ!


 聖獣シュリイクサはその巨体からは想像もつかない素早い動きでジェイクと相対している。振られる尾は舞台の床をまるで水を切るかのように削いでゆき、掠めるだけで人間にとっては大きなダメージとなる。


「―――治癒魔法ヒール

「―――解毒魔法アンチヴェノム


 鎧が弾けるたびにノルンは即座に治癒魔法を飛ばし、攻撃が生身にかすった瞬間に解毒魔法を施している。


 一瞬でも遅れればジェイクは動けなくなり、腐食性の毒牙の一撃で殺されてしまうだろう。彼がシュリイクサと戦えているのは、ノルンの援護があればこそだった。


 だが、シュリイクサにとってはノルンの存在は邪魔な事この上ない。不死身のように立ちはだかる目の前の男よりも、それを可能としている聖属性魔法の使い手の方がよほど厄介であることは分かっていた。


『ジュアァァッ!(面倒なメスっ!)』


「っ!―――聖槍魔ホーリーラン……」


「やめろっ!」


 ガシュン!


「お前は回復に専念してくれ!」


「……了」


 ジェイクは再度目標を自分に変えたシュリイクサに向かい、激しい戦闘に入る。


 ノルンは努めて落ち着き、反撃を試みようとした自分を諫めた。


 普段のジェイクなら間に合うはずのない今の迎撃も、皇剣による強化魔法はノルンの想像をはるかに超えているようだった。


 治癒隊は守るのが使命。


 それが頭のてっぺんから足の爪先まで浸透している騎士団員は皆が皆そういうだろう。


 だがこれほど強大な敵を前にして、ノルンの心は普段通りとはいかない。


(私が参戦しても何の役にも立たない。でも見ているだけというのがこれほど苦痛なのは、入団以来かもしれませんね)


「ふーっ」


 為すべきことを成す。


 これを貫徹してこそ帝国騎士である。魔法師団とてそれは変わらず、ノルンは深呼吸をして目の前の激闘を見据えた。



 ◇



 鉄を打つ音、鋸を引く音、男たちの掛け声。


 帝都北部の拡張工事現場は活気にあふれている。


「くぁ~」


 四角に切り出された巨石を丸太に乗せ、壁近くまで押すのが今日のシリュウの仕事である。


 背に乗せて運んだ方がなんだかんだで早いのだが、シリュウを案じる近隣住民の監視の目もあり、他の者らと同じ方法に変えられている。


 当のシリュウもこれは力要らずで楽だという事もあり、すんなり受け入れていた。


「シリュウ、加減しろよ?」


「ん、ぜんぜん力いれてない」


「そうじゃねぇ。今日は運びすぎるなってつってんだ」


 建設現場は段取りが命。日によっては無計画に石を移動させても、その先で邪魔になるだけである。


「親方はわがまま―――」


 苦情を言おうとしたシリュウの脚がピタリと止まり、慣性で動き出した巨石に親方と周りの者が大いに慌てた。


「おい、何やってんだ! とめろとめろ!」


「……」


 全く動こうとしないシリュウを見て、周りの男たちが一斉に巨石を押さえる。


 なんとか事なきを得たが、またシリュウの気まぐれが出たと、親方はこめかみに青筋を浮かべた。


「今度はなんだ! あれだけ昼飯食っといて、もう腹減ったなんざ言わせねぇぞ!?」


 詰め寄る親方だったが、当のシリュウは一点の方角を見つめたまま、微動だにしない。


 いつもは飽きたのなんだのと信じられないワガママを言い出すのがお約束なのだが、今日は明らかに様子がおかしい事にすぐに気が付いた。


「一体どうしたってんだ」


「……よんでる」


「なんだって?」


「きっとお師がよんでる。親方、シィ休みーしていいか?」


(いつもそれぐらい真剣にやれってんだ)


 いつになく真剣な顔つきのシリュウに、親方は一抹の寂しさと不安を覚えた。


 ただ事ではないのかもしれない。


「ジン・リカルドの呼び出しじゃあ仕方ねぇ。行ってこい。ギルドには黙っといてやる」


「ありがとう親方!」


 ニカッと笑ったシリュウは脚に力を入れ、反応のあった方角へ猛スピードで駆けだした。


「シリュウ! 明日が最後だ、ちゃんと来やがれ!」


 背に受けた声に振り返ることなく、シリュウは拳を突きあげる。


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