#56 皇器その手に

「それそれー、そんなんじゃいつまでたっても届かないよー?」


 ゴガンゴガンゴガンッ!


 スキラの号令で獣化したレーヴが突っ込んだのは、地属性魔法を駆使するリアム。


 レーヴは無陣の学院生など早々に倒し、巨獣と戦うエトとスキラに加勢しようと思っていたのだが、その攻撃は繰り出される石壁にことごとく防がれていた。


(ちびっ子のくせにコイツやばい! この壁、わちの雷でビクともしないっ)


 獣人の繰り出す雷が人間のモノとは別格だったことをこの学院で知ったレーヴは、これまで他の学院生が繰り出す魔法に対し、自身の雷の優位性に絶対の自信を持っていた。


 だが、目の前に次々と現れる壁は獣化した膂力をもってしても簡単に壊すことが出来ず、壊しては復元、壊してはまた新たに生み出される石壁の前に突破口を見いだすことが出来ない。


 友人たる巨獣の魔力を得ているリアムの魔法は、既に人間が繰り出す魔法とは異質なものになっていたのである。


「う~ん、本気出すって言ったのにこれじゃあなぁ」


 行く手を阻む壁に苦戦するレーヴに向かって、リアムはため息をついた。


 そして壁を創り続けながら、攻守交代を宣言する。


「君ダメダメだねぇ……もういいや。僕のとっておき出しちゃおうかな。出ておいで! ―――動く巨像ロドース!」


 ズゴゴゴゴゴゴ―――


「エッ! 何!?」


 リアムが手をかざすと同時に地面が盛り上がり、舞台と同じ材質の巨大な石像がムクムクと形作られていく。


 頭、胴、脚とみるみるうちに組み上げられていく様にレーヴはあっけにとられ、あっという間に十メートルほどの巨像を見上げることとなった。


「ふっふー、すごいでしょ? いっくよー!」


 巨像と動きをリンクさせたリアムが右腕を振り下ろすと、その動きに合わせて物言わぬ巨像の腕がレーヴの頭上に降りかかる。


 ドォン!


「ガァァァッ!」


 バチバチバチバチッ!


 避けられぬと判断したレーヴは全力で雷を解き放ち、持ちうる膂力の全てを動員して巨像の拳を受け止める。


「すっごー! とめたとめた! みんなプチッってつぶれてたのに!」


 リアムがパチパチと手を叩くと巨像もその動きに合わせ、レーヴから拳をどけてガンガンと手を叩き始める。


 はたから見れば滑稽なこの光景も、当のレーヴに反応する余裕はない。巨岩をまともに受け止め、無事であるはずがなかった。


 体中を駆け巡る激痛に顔を歪め、重さから解放された両脚は力を失い膝を突く。


「グッ、ソ……馬鹿ニシテ……」


「シュリ、そっちはどお?」


《 終わったわ 》


 巨獣に話しかけたリアムに釣られ、レーヴが巨獣と戦っているはずのエトとスキラに視線をやると、二人はいつの間にか舞台に倒れていた。


「スキラ゛ッ! エトォ゛ッ!」


 レーヴの必死の呼びかけにも、二人に反応はない。


 エトとスキラは巨獣の直接攻撃により、風の防御を破られて麻痺毒と出血毒の融合魔法である優楽絶死カロシサナトスを食らい、ジンと同じ状態に陥っていた。


「……ルー、ナ……サマ……」


「ち……く……しょ……」


 徐々に血の池を広げてゆく二人を見たレーヴは駆け寄ろうとするが、立ち上がることもままならず、前のめりのまま顔から倒れ込んだ。


(一日に二回も負けるなんて……おっとう、おっかあ、ルーナ様、ごめんなさい)


 もはやなす術はないと覚悟を決めたレーヴは獣化から元の姿へ戻り、仰向けに倒れて天に向かって叫ぶ。


「殺せ! わちは大戦士アギョウの娘、レーヴ! 死んでも逃げ傷は受けない!」


「??? 何言ってるのこの子」


 意味が分からないとキョトンとするリアムは、あっさりと二人を引けた友人を見上げて首をかしげる。


《 顕現して初めて殺せなんて言われたわ 》


「すごいの?」


《 ごめんねリアム、人間の事は分からない。ああ、これは古代種の子……獣人だったかしら 》


「ふ~ん。シュリにも分からないことがあるんだね」


 首を傾げつつも考えることをやめたリアムがクィと腕を上げると、巨像も合わせて腕を上げる。


「じゃあ僕たちはそろそろ行くね。君も、退屈な学院も、さよならだよ」


 振り上げられた無慈悲な拳は容赦なく振り下ろされ、レーヴは静かに目を閉じた。





 ザクッ―――





 巨像の振るった腕はブォンと野太い風切り音を立て、その豪速により生み出された風が舞台上の塵を巻き上げる。


 だが、肘から先の無くなった腕は虚しく空を切り、レーヴを脅かすことは無かった。


「……あれ?」


 魔力の繋がりを失い、切り落とされた腕がフッと消えるのを見てもなお、リアムは何が起こったのか理解できない。




「そのくらいにしてもらおう」




「え?」


 巨像の腕をあっさりと切り離した張本人の声に、リアムと巨獣は目を見開いた。


《 まさか……まだこの力を使う人間が……っ、これだけじゃない! リアム、気を付けて! 》


「ど、どうしたのシュリ!」


 突然警戒を呼び掛け、巨獣はその身体でリアムを包み込むようにとぐろを巻いた。


 説明のないまま気を荒立てる友人に、リアムの混乱は増すばかりである。


 だが、混乱は巨獣も同じこと。まさか、自分たちを脅かす存在が同時に何人も現れるなど考えもしていなかったのだ。


 巨像の腕を切り離したであろう男は、目の前で起こっている惨劇を振り払うように仲間の名を呼んだ。


「ノルンっ!!」


「了」


 舞台袖の離れた位置にいたノルンは呼ばれると同時に目を瞑り、祈りを捧げるように杖を空にかざす。


 その手に携えるはアルバート帝国国宝、星刻石より生み出された八皇器が一つ、皇杖アピドクルス。


 ノルンの魔力に反応した皇杖は白光を湛え、彼女の魔法を原素魔法へと変えた。


『ギシャァッ!(させるかぁっ!)』


 巨獣は身体を収縮させて溜めた力を解放させ、魔法を放とうとするノルンにその牙を向ける。


「お前の相手は俺だっ!」


 ギャリィン!


 だがそれを予期していたかのように、皇剣ブリュンヒルドを手にその牙を阻んだのはアルバニア騎士団長のジェイク。


 本来なら人間に見えるはずのない自身の攻撃を遮られ、あまつさえ人間の武器では起こりえない反響音に驚いた巨獣はつい仰け反った。


 皇剣を介した強化魔法により、ジェイクは不可視の存在をその目に捉えていたのだ。


『シャガァッ!(おのれぇっ!)』


 迫り来た巨獣に眉一つ動かさず、魔法発動の準備を終えたノルンは聖母と呼ばれるにふさわしい、魔法師団長の神髄を発揮する。




 ―――紫羅欄花の衣ストック・アンフィアー




 舞台と壁際に倒れる者らを、等しく光の衣が包み込む。


 まばゆい光が明滅しながら色調を変えてゆく様は、まるで虹のゆりかごのようだった。



 

 ◇




 俺は一体


 なにがなにやら


 しかし あたたかいな


 思い出せ


 たしか


 生徒と決闘をした


 勝った


 いや 勝負はついていなかったか


 そうだ


 邪魔が入ったんだ


 生徒は弾き飛ばされ


 正体すらわからず


 俺も抜くことすらままならず打ちのめされ


 その辺りから意識が朦朧として


 最後は―――




 ―――立って! ジン君!


 たれだ


 ―――ジン君 君はまだまだやることがありますよ!


 この声 どこかで


 ―――ジン! さっさと起きて手伝ってくれ!


 何を手伝わされるんだか




 誰ともわからぬ声が、かすかに戻った聴覚に触れて俺の意識に揺らぎを与える。


 そして、未だぼんやりと薄らぐ意識を一瞬で覚醒させるに至ったのは、明らかに聞き覚えのある声。



 ―――ジンさまっ! どうか私を置いて逝かないで下さいませ!


 ―――お願い申し上げます どうか どうかっ!



 それは幼馴染の、悲痛な絶叫だった。



 ドクン



「がはっ!」


「ジンさまっ!」


「ア、リア……」


 薄く開いた瞼の先に映ったのは、顔を覗き込み、俺の吐き出したドス黒い血をまともに受け止めたアリアの不安に満ちた顔。


 覚醒した俺は仰向けのまま、血と涙でくしゃくしゃになっている彼女の顔を袖で拭ってやるが、余計に汚れてしまった。


「おかえり……なさいませ」


 触れた袖口に頬を寄せ、アリアは慈しむように俺の手を取った。


(また、泣かせてしまった)



『シャギャァァァッ!』


 ギャドッ!


「ぐっ! ったくよ、強えーなぁおい! ―――おらぁっ!」



 押し寄せる自責の念に苛まれる間もなく、激しい戦闘の剣戟がすぐそばで起こり、俺はようやく戦域の真っただ中にいることを理解した。


 さらに俺とアリアを覆っている謎の風。異質な力を感じつつも、ふと懐かしさも感じられた。


(ジェイク団長が戦っている。この風といい、巨像といい、分からぬことだらけ……とにかくここは危険だ)


「アリア。退避する」


「は、え!?」



 パァン!



 俺は返事を待つことなく立ち上がってアリアを抱え上げ、瞬時に壁際まで移動した。初めて人を巻き込んで瞬雷を発動させたが、巻き込まれた本人はさぞ痛いに違いない。


 なんせ、俺の雷を全身にまとわされるのだから。


「すまないアリア。痛かっ―――うっ」


「あ、ジンさまっ」


 視界が突然暗闇に覆われ、グラリと倒れかけた俺をアリアは慌てて支える。


「申し訳ありませんジン様。私は行かねばなりません。ここでお休みになられて下さい」


「なっ……待つんだアリア。危険すぎる」


 アリアは俺の警告に耳を貸すことなく、そっと壁に俺を預けると、再度舞台に向かっていった。俺は鉄球のように重く感じる頭を何とか持ち上げ、彼女の向かう先を見ると、そこには倒れたエト、レーヴ、スキラの三人がいた。


(アリアはあやつらを助けに行くのかっ。くそっ、俺はここで何をしている!)


 血を流し過ぎたのだろう。眩暈は収まることなく、全身に力が入らない状態のままだが、アリアを舞台に向かわせるわけにはいかない。


「下がれ、アリア!」


 怒気をはらんだ叫びに、アリアは足を止めて俺を振り返る。


 ―――瞬雷!


 パパパァン!


 目視する間もなくジンはその場から姿を消し、アリアは尾を引く雷光の行く先を追った。


 ジンは方々で倒れていた三人の元へ順に移動し、それぞれを抱えながら再度壁際まで距離を取った。とりあえずここなら闘技場中央で起こっている激しい戦闘の余波は免れるだろう。


「ジンさま、あまりご無理は……いえ、三人はお任せください」


 駆け戻ってきたアリアはすぐさま三人の状態を観察。傷は塞がり、受けていた毒もどうやら完治しているようだと胸を撫でおろした。


「助かったよ、ジン君」


 三人の退避を確認し、ふわりと風の力で宙に浮きながら俺の下にやってきたのはクシュナー先生。


 見えざる敵に対し、獅子奮迅の活躍を見せているジェイク団長と同じく、クシュナー先生も激しい魔法の撃ち合いを演じていた。


 敵であろう巨大な石像と、それと同等の大きさの木偶が戦っている様に、混乱の極みに達した俺の脳は当初この二体に触れることを拒否していたのだ。


 薄氷の戦いを繰り広げる中、戦域に倒れたままの三人を守りつつどう避難させるかに苦心していたという。


 色々聞きたいことは山ほどある。だが、感謝も含めて全てが終わってからだ。今すべきことはただ一つ。


 俺は収納魔法から増血剤を取り出して一気に飲み干し、夜桜を膝に置いて坐禅を組む。


(気づいてくれ)


 帝都北に向かってあえて荒々しい探知魔法サーチを展開し、静かに目を閉じた。


 何も聞かないまま回復の姿勢をとったジンを見て、アリアはパルテールに視線をやってコクリと頷いた。


「ジン君、これだけ伝えておくよ」


 パルテールは木偶を操りながら、瞑想に入ったジンに向かってはっきりと告げた。


「敵は東の聖獣、シュリイクサ。数百年間、人類に対する無慈悲な残虐的行動で、東大陸の各国から『王』の名を剥奪された死神だ」









―――――――――

■近況ノート

近況ノートって近況書くところで合ってるよね

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16816927862190962357

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