#55 未来の大戦士たち

 地に落とされた衝撃でかすかに意識が戻る。


「ぐ……ぅ……」


(このままでは)


 だが身動き一つ、声を上げることもできぬまま視界が赤く染まってゆく。


 両腕、あばらのほとんどをへし折られいるにもかかわらず、麻痺のおかげで痛みがなく、全身から血を吹き出しているという感覚すら感じられない。


 だが薄く遠のいてゆく意識は、確実に死に歩み寄っている。


「もう死んじゃったかな? この魔法ね、優楽絶死カロシサナトスっていうんだって。今まで死ななかった人はいないんだよ」


 辛うじて聞こえてきたリアムの声。滑らかさに欠けた舌足らずな発音と、喉の上っ面での発声は今の状態では非常に聞き取りづらい。


「もっと楽しみたかったんだけど、仕方ないよね? あ~あ……またタイクツな日が続くなぁ」


 俺は何もできないまま、再度意識を手放した――――……





「え? 上?」


 仲間の声にリアムは上空を見上げる。


 するとそこには、風人エルフの少年が風の力でフワフワと宙に浮いていた。


「うわぁ浮いてるー、すごいねキミ! 降りてきなよぉー! せっかくだし遊ぼうよー!」


「はぁ? 誰が下りるかバーカ!」


 リアムの呼びかけに、エトは眼下にうごめく恐ろし気な魔獣を凝視しつつ、意地で喧嘩腰に反応する。


「こらぁーっ! バカって言った方がバカなんだよ!?……もしかして怖いの?」


「おぅ、こえーよ。お前こそその気持ち悪ぃヘビ、魔獣だよな? こんなとこ連れてくるんじゃねー!」


「っ!?」


《 シュリっ! あいつシュリのこと見えてるよ!? 》


《 ……あれは風霊の子ね。初めて見るけど、聖霊や古代種の子らはと同じ魔力を持ってるの。だから私のことも見えるのよ 》


《 そ、そんなっ! 》


 リアムは自分以外に友達を視認されたのは初めてだった。


 自分に悪態をついただけでなく友達の事を悪く言い、あまつさえ―――


「シュリは……」


「ん?」


「シュリは僕だけのトクベツだったのにぃっ! お前はイラナイ! ここで死ねぇっ!」


 途端に発狂したリアムは地魔法を発動させ、無数の石針を浮かべた。


 シュドドドドドドド!


「おわっ!」


 エトは襲い掛かる石針を空中で前後左右、上に下にかわし、何とか被弾を免れるが、決して舞台に下りようとはしなかった。


 焦れたリアムは再度魔力を収縮させ、今度は巨大な岩石を創り出す。


(デカっ!)


「落ちろ!」


 ゴォッ!


「うおぉぉっ! ―――風の巨星エア・アステラ!」


 バシュン!


「くっそ!」


 不可避と判断したエトは得意の風魔法で巨岩を迎え撃ったが、咄嗟に繰り出した魔力で練られた魔法に大した威力はない。


 一瞬で風星はかき消され、回避も間に合わずに直撃を食らってしまった。


 ドッ―――


「弱っちいクセに僕をイラつかせないでよ」


 舞台に叩き落されたエトは寸でで乱気流を発生させ、落下の衝撃を和らげることには成功したが巨岩のダメージは色濃く残る。


「お、お前らっ」


 腰の短剣を手にギリリと食いしばり、リアムとその隣に佇む巨大な蛇に切っ先を向ける。


 だがその時、エトの目に信じられないものが映った。


「に、兄ちゃん!?」


「兄ちゃん?……ああ、ジン先生のことかな? 死んじゃったよ、割とあっさりね。仲良しだったのかな? なんかごめんねー」


 どす黒く変色した血だまりの中央に倒れていたのは紛れもなくジンだった。なぜか剣を納めたままピクリとも動かないジンを見て、エトに激しい動悸が襲い掛かる。


《 ねぇ、シュリ。なんでこいつ動けるの? 》


 落ち着いているかのように見えるリアムだったが、倒れるジンの姿を見て動揺するエトと同じく、リアムもおかしな現象に困惑していた。


 闘技場全体に麻痺の毒は行き渡っている。この舞台に下りてきた時点でその影響下に入り、即動けなくなるはずだったのだ。


 しかし目の前の風人は自由に話し、さらに短剣を抜いてこちらに向けてきている。これまで敵対する相手には武器すら抜かせてこなかったリアムにとって、それは不愉快でしかない。


《 あのメスが私の力を闘技場ここに拡散させたのと基本的に同じ。でも、風霊の子の風は私たちと同じ魔力だから、こんなに近くでも毒が舞い上げられてるの 》


「なんだよそれ……」


《 今の内に早く殺してしまいましょう。未だに風を纏っているという事は、毒に気づいてるのかもしれない。成長すれば私の天敵になりうるわ 》


 当のエトは魔獣が放っている毒に気づいている訳ではなかった。


 ジンとの交戦で疲れ果て、遅れて大闘技場にやってきたエトらは闘技場を覆っていた奇妙な魔力の前に二の足を踏み、レーヴとスキラの警告も相まって先に奇妙な魔力の範囲外から偵察に来ていたのだ。


 そこで見たのは決闘を行っているはずのジンではなく、無陣の学院生と見た事も無い魔獣。


 訳も分からぬまま交戦となり、さらにそこにジンが倒れているのを見て大いに狼狽したが、今為すべきことはジンと、おそらくジンの決闘の相手だったであろう壁際で倒れている学院生を助けること。


 無邪気さの中に強さとはまた別の狂気をリアムに感じたエトは、再度大きく下がり手のひらに魔力を集中させた。


(おいらだけじゃ負ける!)


 ゴオッ!


 生み出された不規則な風は闘技場の門をくぐり、外で待機していた仲間に届いた。


「エト君の風だわっ!」


 アリアは闘技場内部から感じる驚異的な魔力反応にざわめきを覚えつつも、胸に去来する不安を拭うため、後の二人に先んじて闘技場へ駆け出した。


「う~ん、あいつの風にまとわりつかれるとなんか気持ち悪ぃ」


「つべこべ言ってないで行くわよスキラ!」


 アリアに続き、レーヴとスキラも風に呼ばれるがまま闘技場へ突入。


 道中の異様な静けさに違和感を覚えつつも、たどり着いた舞台に見たものは、二人にとって畏怖を感じさせる存在だった。


「ば、ばけものだっ」


「なんなのアレ……」


 レーヴとスキラはエトと違い、女王ルーナという強さよりも先に種として敵わないと思える存在がいる。


 エトが風人の姫であるアイレを敬愛しているように、レーヴとスキラも女王を敬愛してはいるものの、その思いはまず戦士として強大な存在に対する畏れがあるからこそなのだ。


 戦ってはならないと思える存在がこの世には存在するというエトとの認識の差は、二人に恐怖という自己防衛本能を植え付けていた。


 目の前の巨大な蛇から女王に近しい力を感じ取った二人。


 勇敢に思えるエトの行動は、二人にとって蛮勇以外の何者でもなかった。


 そして巨大な蛇と少年を相手取るエト。


 蠢く巨獣の動きに合わせ、ケラケラと薄気味悪い笑い声をあげながら少年が石針と岩石をこれでもかと撃ち出していた。


「うおーっ!」


 ガキッ!


「硬っ!」


 先に舞台に到着していたアリアは、エトと無陣の少年が戦っている光景に立ち尽くしていた。


「エト君は何と戦っているの……?」


 何もないところに短剣を振り下ろしたと思ったら、何かに弾き返されてしまった。無陣の少年が放つ魔法にも反応が鈍く、エトはまるで踊らされているように見える。


 舞台上からは重苦しい圧力を感じ取ることは出来たが、少年から放たれているようには思えない。アリアの知るエトなら、あの程度の遠距離魔法は軽く避けてしかるべき。


 まるで見えない何かとの交戦に気を取られ、単純な投石攻撃に苦慮しているように見えた。


 アリアはエトの身に何が起こっているのか、生徒はなぜエトを攻撃しているのか、どうして観覧席は静まり返っているのか、何もかもが分からない。


 アリアの混乱に気づくことなく、謎の巨獣にすくんだレーヴとスキラの脚はそれ以上前に進むことを許さないままだった。


「エトぉっ!」


 だが、それに果敢に立ち向かうエトを見て、スキラは思わずエトの名を叫んだ。


「お、お前らっ! 早く、早くっ! 兄ちゃんを助けてくれ!」


 激闘の中ようやく三人の存在に気が付いたエトは、舞台上で倒れるジンを助けるよう叫ぶ。


「えっ!?」


 アリアは訳も分からないまま慌てて舞台へ上がろうとするが、そうはさせぬと、リアムは地魔法の矛先を変えた。


「君も動けるんだ……イラつくよっ!」


 ガガガガガガガッ!


「っ!」


 リアムを起点に地面が盛り上がり、中から極太の石針が猛スピードで突き出てくる。


 アリアは跳躍して辛くも串刺しを逃れたが、そこへ今度は無数の石礫が撃ち込まれた。


「あーはっはっは! そこの獣人さんもおいでよ! まとめて相手してあげるよ!」


 リアムの挑発を受けてもなお動けないレーヴとスキラ。巨獣に立ち向かうエトといい、何のためらいもなく舞台に向かってゆくアリアに言葉が出ない。


 一本の細剣レイピアを抜き放ったアリアは飛んでくる石礫を次々に撃ち落としていくが、それも次第に間に合わなくなっていった。


「くっ!」


 礫が体に命中するたびに骨が悲鳴を上げる中、アリアは舞台上に倒れる人物をとうとう目の当たりにする。


「そん……な……っ、ジンさまぁーっ!!」


 その無残な姿にアリアは絶叫。


 ぐらりと目の前が暗くなりショックで気を失いかけたが、アリアは身体に当たる礫などに目もくれずジンに駆け寄った。


「危ない避けてっ!」


 ズドン!


「か、はっ」


 ダァン!


「アリアーっ!」


「っ! 何やってんだよアイツ!」


「くそぉっ……動けよこの脚ぃっ!」


 レーヴの警告も虚しく、巨獣の一撃をまともに食らってしまったアリア。


 相対していたエトは、自分が巨獣を引き付けられていなかった事に対する恥じる気持ちに加え、反応する素振りすら見せずに尾に打ち付けられたアリアに違和感を覚えた。


《 あの子には見えないみたいだね 》


《 そうね。やっぱり無力な人間はつまらないわ 》


《 あっちの二人は見えてるんだよね? 》


《 ええ。私を見て震えているのよ。この風の子が死ねば、古代種の子らを守る風も消えてすぐに動けなくなるわ 》


 早くも闖入者の最期が見えたリアムの口角が不自然に吊り上がる。


「よくもわちの仲間をーっ!」


「俺様は戦士だっ……逃げるくらいなら、ここで死んでやる!」


 バチン バチン バチチチチチ!


「あれれ? 変身してるー、すごい! かっこいい!」


 壁に打ち付けられ気を失ったアリアを見て、レーヴとスキラは恐怖を怒りで塗りつぶし、絶叫とともにその姿を獣化させた。


「レー! 俺ハアイツト化物ヲヤルッ! ソッチノ後輩ハ任セタ!」


「了解ッ!」


《 あらあら、勇ましいこと。リアム、そろそろ遊びは終わりにしましょう 》


「そうだね! 僕ももうちょっと本気だすよ!」


 不遜に笑う少年と巨獣に向かい、レーヴとスキラの二人は絶望の戦いに身を投じる。


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