#53 背負いし者
学院北に位置する大闘技場。
そこへ向かう俺は、先導するリッツバーグにこの異様な静けさの理由を聞いてみた。
「静かすぎやしないか?」
「はい、僕もこんなことは初めてなので何とも言えませんが……おそらく、皆帰ったという事ではないと思います」
彼が言うには俺とアリアが医務室にいた頃、課程中の全生徒へ俺と五剣の者が決闘を行うという通達が行われたらしい。
彼の予想が当たっているのなら―――
そして、大闘技場に足を踏み入れる。
◇
「さーて、いよいよねぇ~♪」
大闘技場最前列に陣取り、魔法師学院五陣のミラベル・パジは両手を頭の後ろにやり、前の手すりに両足を乗せて機嫌よさげに闘技場の舞台を見下す。
「おいおい、さすがに品ないんじゃねぇの? ミラちゃん」
ミラベルの行儀悪さに苦言を呈しつつ、五剣のマルクとフランが隣席に座って同じく舞台を見下ろす。
斜陽の眩しさにフランは目を細めつつ、此度の作戦最大の不安点を口にした。
「本当に後でどうなっても知らないからね? 私は反対したわよ」
「またまた~、分かってるくせに~。これがセンセーの言ってた戦争ってやつでしょ。グレンもそれで怒ってちゃ話になんねぇし、アレに勝つにはそんくらいの犠牲を払わなきゃム~リ」
「あたしもさすがに馬鹿マルクやっば~って思ったけどぉ。今日までのあの黒髪の戦っぷり見てたらさ、真面目なやり方じゃムリムリじゃんって思ったのよね~」
「はぁ……騎士の風上にも置けないわね」
「おぅよ。誉め言葉な、それ」
呆れるフランをよそ目に、今日まで準備を進めてきたマルクとミラベルはこの決闘を利用し、ジンを倒そうと考えている。
グレンなら必ず決闘を申し込むと踏んでいたマルクは予想通りの展開になった事にほくそ笑みつつ、これから犠牲にするつもりの仲間のことなど歯牙にもかけない。
勝つために必要な事。
これがマルクを突き動かす原動力である。
「おっ、きたきた」
先に舞台の袖から現れたグレンを見て、マルクはいよいよだと腕をまくった。
「で、結局最後まで見届けるの?」
フランの質問にマルクは顎に手をやり、自らを軍師候補生とする彼は殊更に軽く答えつつも、五剣足りえる言葉を吐き出す。
「ん~、そうしたいのは山々だけどなぁ。さすがに状況次第だわな。初めからこうするって決めつけちゃ、ここぞって勝機を逃すってもんなのさ」
「あたしの出番、見逃さないでよぉ♪」
「任せなさーい」
言葉と同時に真剣な顔つきになるマルクに、フランはこういう狂える人間こそが戦場を支配する軍師なのかもしれないと、ある意味恐怖を感じずにはいられなかった。
ミラベルに関しても同様で、彼女は自分のやりたいことには正直な性格の持ち主である。自分が見たことの無い魔法を初日に駆使したジンを見て、珍しく他人に興味を示していただけに、この在り様も納得できてしまうというもの。
ミラベルはジンが窮地に追いやられた時どんな魔法を使うのかにしか興味がなく、さらに、自分より優れた才能を見せつけられたように感じたことへの仕返し程度に思っていた。
(まともなのは私だけ。分かってたことよ……)
フランは
◇
観覧席を埋め尽くす生徒と教士ら。
(やはり……これじゃあ、まるで見世物だな)
決闘は立会人が不可欠である。この場合、ヴィント学院長かクシュナー学院長のいずれかで事は足るのだが、これも課程の一環だと言って学院側は通達を行ったのだろう。
確かにまたとない異常な機会なのは認めざるを得ないが……不謹慎とまでは言わないが、相手が生徒である以上、俺も受け入れるしかない。
ざわめく大闘技場は俺の入場でシンと静まり返り、既に舞台に立っているグレン・バロシュ・アルベルトには静かな闘志がみなぎっていた。
騎士鎧に身を包み、彼が地に突き刺している波打つ大剣、フランベルジュは斜陽の光を反射し、その形も相まって揺らめく炎のように見える。
(なるほど。学院最強と言われるわけだ)
相手を威圧するわけでもなく、殺気を飛ばすわけでもなく、必要最低限立っていることに必要なだけの力で立っている。
無用な力みは緊張を生み、柔軟な思考には邪魔である。
分かっていてもこと決闘において実践するのは難しいのだが、グレンはまるで深い森に佇む大木のように佇んでいた。
大勢の生徒と教士が観覧席で見守る中、俺は舞台に上る。
コクコクと首を鳴らして所定の位置につくと、グレンはフランベルジュを右手で軽々と持ち上げ、切っ先を天に、左手を刃に添えて第一声を放つ。
「我が名はグレン・バロシュ・アルベルト。よくぞ決闘をお受けなさった。貴殿に勝利し、己が最強をもって大帝国の導き手たらんとす」
グレンはギラリと俺を見据えつつ、静かにこの決闘の場に立つ意義を述べた。
彼は五剣の中の五剣と言われ、既に騎士団入りは確実で、四、五年を待たずに隊長格の座を得ることは間違いないと評されている。
さらにアルバニア騎士団を筆頭に、ディオス、ビターシャ、ガーランドに新都市エレ・ノアを加えた、特に大きな戦力を有する騎士団、いわゆる帝国五大騎士団の団長も十年以内で就き得るのではないかと言われているほどらしい。
ただ、グレンの目指すところはそれに留まらないように映った。
(守り手ではなく導き手と来たか。国でも獲るつもりか?)
まぁ、それくらいの気概を見せても罰は当たるまい。
それにしてもどうやら俺はもの凄い評価を得ているらしい。
「ジン・リカルドだ。俺を倒したところで最強とは言えないと思うが?」
「それは貴殿の決める事ではない」
「ふっ……そのとおりだ」
さすがによく分かっている。強いのなんだのは全て他から見れば、という事だ。自称最強など何の意味もない。
これ以上の言葉は不要。俺は夜桜の鯉口を切り、腰を落として静かに構えに入った。
「始めよう」
「尋常に」
相変わらず静まり返っている闘技場。
互いに構えたことでそこに重苦しい緊張感が加わり、生ぬるい一陣の風が両者の隔たりを吹き抜けた。
立会人は、闘技場にいる全員である。
両者の無言の合図を受け取った学院長のヴィントは貴賓席を立ち、
―――始めっ!!
「うぉぉぉぉっ!」
「ふっ!」
ヴィントの開始の合図と同時に踏み込んだ両者。
それを見届ける全員が学院最強のグレンならあるいは、という心持でいた。
声高に語られてはいないが、グレンは騎士団とともに魔物狩りに出向き、すでに単独で相当数の魔物を狩ることに成功している。
さらに帝国に三つある騎士学院を上げての対抗戦でもグレンは無敗を誇っている上に、現役の騎士らとの手合わせでも負けなしという噂もある。
騎士学院生の皆が皆、グレン・バロシュ・アルベルトの強さには絶対の信頼を置いているのだ。
両者の剣が刹那、交差する。
シュオン―――
――――……
「全力をもって殺さぬように、ですか」
「決闘において手心など言語道断。ならば互いの全力をもってしてぶつかるのみである。なればこそ、ここに抜き差しならぬ矛盾が生じる」
「教士や生徒に死人を出すわけにはいきませんね」
「いかにも。生徒間の決闘は固く禁じられているが、教士と生徒の決闘に関しては学院の規則に明示されているものはない。したがって、帝国法に基づいて判断することになるのだが……」
そう言うと、ヴィント学院長は帝国法規が記された分厚い本の一部を抜粋した紙を取り出し机に置いた。そこにはこう書かれている。
公言サレタ嘘
咎メラレタ名誉
肉体ニ与エラレタ理不尽ナ打撃
コレラ不当ニ扱ワレタ尊厳ニ対シ
義侠ノ行為ヲモッテ真実 名誉 自由ヲ守ルタメニ
法ノ裁キヲ経テナオ
両者同意ノウエ一対一ノ争イニヨリ
相手ニソノ悪ノ報イヲ与エル事ヲ禁ジ得ズ
「ふむ。私の場合、この『咎められた名誉』という枠に入りますね」
派手に学院生を侮辱したのだ。たとえそれが本心ではなく皆を煽るための言葉だったとはいえ、これを受けて学院側が生徒らに常時武器を持つことを認めた段階で『報いを与える』ことを許し、俺を敵とすることを許したという事。
したがって、決闘を認めないのは帝国法により逆に禁止されているとも取れるのだ。
「決闘の勝敗は何も生死だけではないのである。相手に負けを認めさせるか、もしくはどちらかが戦闘不能の状態となれば、そこで終わる」
「問題はその相手が負けを認めるかどうか」
「いかにも。だが、それは難しいのだ。グレン・バロシュ・アルベルトにはそれが出来ぬ理由がある」
「……」
事ここに至って理由がある、と言ってその理由告げないのは、言わないのではなく言えないという事。グレン・バロシュ・アルベルトは貴族であり、下手をすれば国家機密に関わる可能性があるのでここでは問わないのが正解だ。
「承知しました。では、半殺しにしましょう」
「貴殿が賢き者で本当に助かる。半……とは些か不穏ではあるが、致し方ないのである」
「申し訳ありません。ここまで気を使わせられる事に、私も少々苛立っております」
「た、頼んだぞ?」
「ふっ、戯言です。アルベルト氏の生命力を信じましょう」
……――――
ヒュンヒュンヒュン―――ザスッ
フランベルジュの刀身半分が空中をクルクルと回り、その切っ先を舞台に突き刺した。
おびただしい血飛沫は舞台に鮮血の華を咲かせ、それでもなお倒れぬグレンは華を支える茎となる。
「きゃぁぁぁっ!!」
「グレンさんっ!」
「うわーっ!」
―――やかましいっ!!
ビリビリビリッ!
悲鳴を上げるぐらいなら見に来るなと、俺は騒ぐ生徒らを一喝する。
観覧席を揺るがす威圧と大声にビクリと反応した生徒らは口を閉じ、ある者は凄惨な光景に目を覆った。
「がふっ!……こ、こうなる事は……わかって、いたっ……!」
「……」
背後から歩み寄る俺に傷口を押さえながら向き直るグレン。
刀身の半分を失ったフランベルジュを手放し、震える手でまるで役に立たなかった兜と鎧を何とか脱ぎ捨てる。
強化魔法で出血を押さえつつ、その目はまだやれると全力で俺に訴えかけていた。
顔面から胸、腹にかけてアリアとは比較にならない深さで骨まで斬りつけた。出血と痛みで立っていることもままならないはずだ。このまま放っておけば、間もなく死ぬ事になる。
「倒れぬ事を許さぬ意志が自らをさらに死に近づける。わかるぞ。俺もそうだ。……だがまだやるというのなら、俺は
「な、にっ……!?」
俺の言葉にグレンはうつむいて肩を震わせ、自分が今かけられている情けに怒り狂う。
「ふ、ふざっ……ふざけるなぁっ!!」
ヒュゴォォッ!
「むっ、氷魔法!?」
その怒りの熱とは対照的に、グレンの身体から一気に冷気が吹き荒れ、彼を中心に舞台は極寒の世界へと誘われた。
「俺が……ごはっ!……その程度に、見えるのかっ! はあっ、はあっ……受けるは、万死に値するっ!!」
そして冷気は次第に吹雪へと変わり、彼の傷口を凍らせて出血を止めてゆく。視界を覆いつつある吹雪に目を細めていると、グレンはフランベルジュと同等の大きさの氷大剣を手にしていた。
情けを受けるか否かの返答ではない。俺が舞台を去るとグレンは死ぬと言っているのだ。騎士になるために学院に学んでいるのなら、国益に沿わぬ死を選ぶことは許されない。五剣たる彼がその事を知らぬはずはない。
ならば、グレンが未だ剣を握る理由は、騎士という枠に留まらないという事を意味している。
「ぐお゛ぉぉぉぉっ!」
「グレン・バロシュ・アルベルト! 一体何を背負う!」
質問に応えることなく、グレンは咆哮を上げて氷大剣を振りかざす。
俺は夜桜を頭上で横一文字にかざし、氷大剣を受け止める構えをとった。
一方は決死の覚悟のみを、一方は戸惑いを含んだ剣。
二つの剣が交わる瞬間を迎える。
だが、
ドッ―――
「!?」
夜桜は氷大剣を受け止めることはなかった。
刹那起こった異常事態に、俺は神経の全てを動員するが時すでに遅し。
目の前から突然消えたグレンの残した血の匂いが、極寒が晴れると同時に鼻につく。
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