#50 束の間Ⅱ
(ど、どうしましょう……盗み聞きしているようで居たたまれない)
目を覚ましたアリアは、カーテンの向こう側から聞こえてくるユスティ、ファニエル、そしてジンの三人の会話に聞き入っていた。
知らせるタイミングを逃し、おろおろしながらも聞き耳を立てずにはいられない。
どうやら話の流れからジンが学院における自分の立ち位置、評価などを二人から聞いているようだった。
今のところ話している内容は周知の事実であり、取り立てて隠す必要のない事なので黙って聞いていたのだが、徐々におかしな方向へ話が流れている気がする。
「でねー、その三剣の人がぁ、リアの手にチューしたんだよぉ?」
「ちゅう?」
「く、口づけの事です……先生。貴族の挨拶のようなものなのであまり気になさらないで下さい。ファニも妙な言い方はお止めなさいっ」
「……ほぅ」
それくらいは知っている。
「えー、でもでもその人リアの事お日様のようだーとか、おーごんのかがやきも君の前ではくすんでみえるーとか言ってたよ?」
ファニエルは身振り手振りで一生懸命その時の光景を再現しているようだが、どうにも滑稽に見えてしまうのは愛嬌か。
『ファニがやるとその人が馬鹿に見える』とユスティは一蹴し、それも貴族のごっこ遊びのようなものだとまたもフォローを入れてきた。
言葉の端々に俺への気遣いのようなものが見え隠れするユスティだったが、その後のファニエルの暴露話にも大筋は否定しない。
どうやらこの二人はよくよくアリアが口説かれる場面に遭遇しているらしく、ユスティはその度に割って入り、困った顔をしているアリアに助け舟を出しているらしい。
(はて、こういった話を聞いてしまってよかったのか……)
今更ながら不安になってきた。
取り立ててアリアの不名誉な事ではないと思うが、際限なくアレコレ聞くのも趣味が悪いと切り上げようとしたその時、ファニエルがサラリと質問を投げてきた。
「せんせーはコイビトいるの?」
「そうだな。恋仲と呼べるような者はおらんな」
「よかった……」
ファニエルの質問にガタリと立ち上がったユスティだったが、俺の即答に安堵したような表情を浮かべ、小さくつぶやいた。
(むっ、これはいかん)
俺は知っている。間違いない。ユスティは俺の事が気になっているからこその『よかった』だろう。悪いがこういった芽は早めに潰しておくのがこの娘のためになる。
一年ほど滞在していたマラボ地方でも、俺は先手先手で手を打ってきた。俺が当時Aランク冒険者と知り、街の有力者から街娘まで言い寄ってくる者は後を絶たなかったのだ。
「ユスティ。俺は根無し草の冒険者だ。すまないが、君と共に歩むことは出来ない」
「……はい? 何を勘違いなさっておられるのですか? 一昨日から出直されてくださいませ」
「これは手厳しい」
冷ややかな視線を俺に浴びせ、腕を抱きつつ身をよじるユスティ。
どうやら無事、自意識過剰の気持ちの悪い男と思わせることに成功したようだ。
気の強さが滲み出ている彼女だが、性格はともかく、真っすぐに伸びた彩度の高い赤毛を毛先で内側に緩く巻いた洒落た髪にスラリと伸びる手足。理性的な冷たい、いくらか悪魔的にも見える強い光を放つ瞳をしている。
見た目は中々に美しい部類に入るだろう。ユスティはアリアと同様に、社交界でダンスのパートナーに困ることはなさそうだ。
そんなユスティの本気で人を蔑む視線は、おそらく多くの男子を射殺して来たに違いない。
ユスティとは正反対の、まるで性格の異なるファニエルが共に居るのはよい緩衝材になっているのだろう。
「え~っ、ユースひどいよぉ。せんせー強いし、きっとやさしーよ? ユースのこと助けてくれたもん」
ファニエルは胸のポケットから取り出したペンの尻を
「それは……感謝しています。打算でやったこととはいえ、エト君たちにも怪我をさせてしまいましたし、実際にこうして無傷でいられるのは先生のおかげですから」
「自分を犠牲にして全体の勝ちを得ようとするのはいい心がけだが、得られるものの大きさ、価値を見誤っては犬死だ。隊を率いているのなら尚更。あのやり方は君の仕事じゃない。冷たい言い方だが、他の者にさせるべきだった」
「も、申し訳ありませんでした。このような手段を取らずに済むよう、精進いたします」
「うむ。まぁ、今はそれでいい」
いきなり口説いてきたかと思えば、それを無かった事のように自分に説教を食らわせてきたジンに、ユスティは大いに戸惑いながらも若干引っかかる言い回しに逡巡する。
ユスティは頭が良い。言葉の裏を捉え、的確に自分に当てはめる事が出来る人間だった。
仲間に頼らなかった。
頼れなかった。
自分がやればいい。
それはすなわち、指揮官としての覚悟の無さが自らして自爆という手段を取らせたのだ。
犠牲無くして勝ちは無し。犠牲無くして得られたもの、それすなわち罠だと思え。
騎士学院の戦術課程で学ぶことであり、魔法師学院に在籍するユスティにとっては預かり知らぬことではあるが、この言葉を騎士学院の生徒らから聞いたことがある。
ユスティは仲間の犠牲を怖れるどころか、良し悪しはさておき、仲間に代わりにさせるという発想に至る事すらできなかった。偉そうに指揮官なんてやっておいて、『このような手段を取らずに済むよう』などという言葉は、ジンからすれば何も分かっていないのと同義である。
歴史課程教士、イストワルドの出戦の送り出しの言葉が頭に浮かぶ。
『己に打ち克つ者こそが真の勝利者じゃ。ゆめゆめ胸に秘め、戦の本分を果たして参れ』
「あっ……」
力尽きそうになったアリアに言ったこの言葉が、実は最も実行できていなかったのは自分だという事にようやく気が付き、ユスティは恥ずかしさと情けなさで途端に押しつぶされそうになった。
「もう、やめておけ」
「っ」
言葉少なめに言われ、ユスティは何もかも目の前の教士に見通されていると思い知らされる。
あまり自分を責めるべきではないと、後に続けないのが優しさだと言うのなら、ファニエルのいう『きっとやさしい』は的を射ている。
「……先生はお優しいのかお厳しいのか、私には判断がつきません」
「なんのことだ?」
答え合わせをするつもりは、この教士にはないらしい。
(ああ、もう! そうですか、わかりましたっ! 勝手に落ち込んで勝手に立ち直れってことですねっ!)
「私、先生の事嫌いですっ!」
「これまた手厳しい」
「あ~♪ ユースがせんせーにほれたぁ♪」
「ファニ!? 貴方の耳は飾りですか!?」
ガタッ!
「っつ!」
「……アリア?」
ファニエルの言葉と同時にベッドから物音が聞こえ、ユスティがカーテンを開ける。
するとうずくまりながら頭を押さえ、アリアが目を覚ましていた。
「あっ……」
涙目で俺たち三人に目をやりながら気まずそうにしている。物音は頭をぶつけた音のようだ。
「リアぁー!」
ファニエルは俺から離れ、今度は気が付いたアリアに抱き着き、ユスティも立ち上がり一声かけて抱き着いたファニエルをさっさと引っぺがした。
「先生。アリアをお願いしてもよろしいでしょうか。私はエト君たちに謝りに行かなければなりませんし、みんなのところへ戻ります。ほら、行きましょうファニ」
「ああ。ありがとうな、ユスティ、ファニエル」
「うぇ~……リアぁーせんせーまたあとでねぇ」
「ユース、ファニ……」
ぷらぷらと手を振るファニエルとさっさと医務室を後にしようとするユスティに、アリアは助けを求めるような目を二人に送るが返ってきた視線は否だった。
(がんばって!)
(無理よ! 何を話せばいいのか―――)
ガラガラガラ―――タン
扉は乾いた音を立て、二人の空間に誘った。
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