#48 差し出すは、剣

 静まり返る廊下。


 歩み寄る少女は騎士鎧を身にまとい、目鼻はヘルムで覆われている。その隙間から覗く眼光はビリビリと闘志を放っていた。


「が、がんばれっ!」


 ユスティ嬢を泣きながら抱えていた女生徒の声援にコクリと頷き、一定の距離を置いて右剣の切っ先を俺に向けた。


 双細剣ツイン・レイピアはその扱いづらさから使い手の少ない武器だが、使いこなせば無類の攻撃力を発揮する。果たしてこの少女がどれほどのものなのか興味は尽きない。


 切っ先を向けたまま微動だにしないのは『お前も抜け』と暗に示している。


 俺は最上級魔法に敬意を表し、再び舶刀はくとうを手にした。


「……参ります」


 グンと踏み込み、最初の一撃は二本の細剣を同時平行に薙ぐ横の斬撃。


 これに対し俺は受け止めるでもなく受け流すでもなく、舶刀を振りかぶり真向打ち合った。


 ギャゴッ!!


 ビリビリと衝撃が右腕に生じ、到底打ち勝ったとはいえない。だが、俺はこの雄弁な一撃に僅かな感動を覚えた。


 鎧を身に纏ってはいるが明らかに線は細く、細剣の性質上武器自体に重さがある訳でもない。


 にもかかわらず、俺に重さを感じさせるほどの一振りを繰り出すのに、この少女はどれほどの鍛錬を積んできたのだろうか。


 打ち返された次の攻撃は剣に強化魔法をまとわせている。発動の速度も申し分ない。


 ゴッ! ガッ! ギン!


 両手、片手で繰り出される斬撃をことごとく打ち返していく。こうなってくると普通なら一旦退いて次の一手を考えるか、未熟な者なら力任せに隙だらけの一撃を振るってくるのだが、少女は違った。


 慌てることなく俺の構え、体勢を冷静に見極めて俺がもっとも嫌がる箇所を的確に狙って来ていた。


 細剣は突き一辺倒になる者が多い。最近で言うとシスティナ嬢がそうだったのだが、目の前の少女は突きはもちろん水平、切上、両袈裟と言った具合に、身体をくるくると回転させながら双細剣の強みである連続攻撃をこれでもかと放ってきている。


「はっ!」


 ピュンッ!


 鋭い突きを後ろに退いてかわすと、今度は反対側の剣で突きを繰り出してきた。これにも敢えて後ろに退いてかわしてやると、少女はギリッと歯を食いしばる。


 おそらく横へ回避される事を想定していたのだろう。二突き目の踏み込みが若干浅くなったのを見て俺は一気に距離を詰め、鎧の上から腹に膝蹴りを食らわせた。


 ドゴッ!


「ぐっ!」


 鎧の上からとはいえ、俺の強化と少女の強化の差、加えて前のめりになっていた体勢への一撃は、その衝撃を逃がす事が出来ない。


 少女は細剣を支えにギリギリ膝を突かずに堪えているが、これすら難しいものだ。その気力は見上げたものである。


 しかしここで回復を待ってやるなどありえない。俺は舶刀の柄頭をもたげている頭に振り下ろした。


 ゴッ!


「むっ」


 ヘルムを被っているとはいえ、後頭部への一撃は気を失ってもおかしくはない。


 だが柄頭を経てきた感触はそれを疑わせるものだった。


 鈍い音と共に地に伏すかと思わせ、少女は驚くべき動きを見せる。


 結論から言うと、俺の頭への攻撃は誘いだったのだ。


 姿勢を崩しながらも地面に両手を突いて上下反転。柄頭を振り下ろし、前に出ていた俺の肩口に左右の脚を交互に振り下ろした。


 ガガッ!


 トドメのつもりでいた俺は危うく一撃入れられそうになったが、辛くも横へ打ち払うと少女はそのまま両脚を回転させてバランスを取り、床に置かれたままの細剣を拾い上げると同時に体勢を元に戻す。


「ふっ、ふっ」


 肩で息をしつつも、細剣の切っ先は油断なく俺に向けられてる。


 治癒魔法に加え、先に見せた剣技。体術も学院生とは思えない次元にまで昇華されている。さらには俺の攻撃直後の隙を狙うため、身を削った駆け引きまでできるとなると、もう驚く他ない。


「ふーっ……はっ!」


 ダンッ!


 少女は大して息つく間もなく踏み込み、二歩目で方向を変えて未だ健在の学院長室の壁を駆けるという、変則的な動きをみせる。


(身軽なことだ)


 そして強化により大幅に上がっている脚力を持って壁を蹴り、垂直に踏み込んだ力を全て推進力に変えた突撃は、俺の膂力と互角の力を発揮した。


 ガキィン!


 激しい剣戟の音が響く。


 互いの剣を押し合う格好になる前に俺はフッと力を抜き、二本の細剣を後ろへと流した。


 だがこれを予期していたのか、前のめりになる寸前に片足を大きく踏み出し、流れた剣を力づくで袈裟に切り返してくる。


 ヒュアッ


(すごいな……)


 これも受け流さんと舶刀を傾けるが、そうはさせぬと細剣はピタリと目の前で止まり、反対側の剣の刺突がこれに呼応する。


(決して止める前提の斬撃ではなかった。この子は舶刀の傾きを見てから止めたんだ。凄まじい反応速度……老練な使い手なら経験からその判断もできようものだが、正直今の俺でも難しい手。天賦の才か、尋常ではない鍛錬の賜物か)


 止める剣と動かす剣を同時に繰り出す。強化魔法無しにそんなことは到底出来ない。先の壁からの突撃もそうだが、強化魔法の配分もすでに騎士の域に達しているだろう。


 ともあれこの至近から繰り出された刺突はかわして対処し、今度は俺の手番。


 刺突からの繋ぎの甘さを見過ごすことなく舶刀を振り下ろす。


 ギュリィン!


 少女は斬撃に合わせて二本の細剣を盾に身をよじり、俺の膂力を利用して間合いを取ることに成功。


 続けざまに攻撃を加えようと出来たばかりの間合いを詰めてやると、受けに回っては防戦一方になることを知ってか、果敢にも打ち合いに応じてきた。


 ガガガガガガガガガガッ!


 互いの剣が交わる度に、まとっている強化魔法が散ってゆく。


 俺の斬撃を二本の細剣で見事に捌いているが、少女の打ち返す力は徐々に弱まっていった。


 もう気づいているだろう。これは剣の打ち合いだが、魔法戦でもあるのだ。魔力が尽き、満足に強化できなくなった瞬間、少女の剣は弾き飛ばされる。


 加えて俺の剣を少女の身体で捌き続けるには、身体にもそれ相応の強化が必要となるのだ。


「く……っ!」


(なかなか頑張るな)


 このまま押し切ってしまうのは時間の問題だが、それでは少女への敬意が足りない。


 俺は入れ替わりで振るわれる細剣の引きに合わせ、瞬間的に二連撃を振るった。


 ガキッ!


「あっ!?」


 振った後の剣は振っている剣より握りが甘くなるもの。打ち合っているはずの剣と同時に反対の剣に強打を入れられ、少女の手から細剣がこぼれる。


 宙へ弾き飛ばされた細剣に刹那目を泳がせた隙を逃さず、死角から上段蹴りを見舞う。それに気づいた少女は慌ててもう片方の細剣で防御を試みるが、俺は意に介さず脚を振りぬいた。


 ゴガッ!


「ぐっ!」


 少女は細剣を持ったまま脱げたヘルムと共に大きく吹き飛び、うめき声を上げて地に伏した。


「う……うう……っ」


(もう立つな)


 心の中でそう呼びかけるが、細剣を支えにググッと立ち上がろうとする。


 かなりの強さで蹴ったし、弾き飛ばされた細剣を持っていた手も負傷しているはず。


 勝ち目がないから諦めろと言ってから、エトらは援軍を持って大いに反撃してきたが、この少女が一人で向かって来ているのは周りの様子からも明らか。


 リッツバーグが『僕たちは下がる』といった以上、周囲で見守る生徒らが加勢に入ることは騎士学院の教えに反する。


 立ち上がるのなら、負けを認めないのなら、俺はその意志を叩かなければならない。これ以上痛めつけるのは正直心苦しいのだが、審判がいない以上、俺から戦いを放棄することは出来ない。


「仕方がない―――」


 俺は手に火球を浮かべ、少女に向けた。





(な、何もできない……このまま私ではない誰かのまま終わらせて……)


 立ち上がろうとするアリアだったが、その動機に大いに揺れていた。


 腰の剣すら抜いていないのに、剣を交えて未熟を証明しただけ。


 ユースにあれだけ言っておいて自分を叩きなおすどころか、忘れられているかもと恐怖から姿を覆っている。


 近くで拝見しただけで鼓動を狂わせて不純な剣を振るった挙句、潔さもなく立ち上がろうとしてる。


 諦めなければお認め頂けるの? もう一度剣を交えてどうなるの?


 そんなことをしても 私は醜く 弱いまま


(もう……)


 アリアの細剣を握る手が戦う意思を手放そうとしていた。


 立ち上がろうとしていた膝はガクリと折れ、このまま戦いの終わりを迎え、何も無かったことにして遠くからジンの旅立ちを見送ろうと思った瞬間、


「立って!」


 仲間の声がその耳に届いた。


「っ」


 ダンッとユスティは足を踏み鳴らす。


「もう一度聞くわ。本当にいいの? このまま先生とお別れして」


 ……


「先生は冒険者よ。もう一生会えないかもしれない」


 ……いや


「ここまで来てあっさり引いちゃうなんて、忘れられても仕方がないのかもね」


 ……いやっ


「あ、何なら一緒に馬に乗っていた方と仲良くどこかに―――」


 嫌っっ!


 ユスティはクラリとふらつき、ファニエルに支えられながらも力強くアリアの目を見る。


「貴方は誇り高く、誰よりも強いっ! だから絶対に届くっ!」


「……醜い私でもいいのかな」


「そんな卑屈、あなたに相応しくない」


「こんな私でも、まだ向かい合っていいのかな」


「この一月でわかったわ。あなたが誰のために剣を取るのか」


「……ふふっ、そうですね。ありがとう、ユース」


 誰のため


 そんなの


 物心ついた頃から決まっています





 仲間の鼓舞が終わるまで待ってやるのは間違っているだろうか。


 そう思いつつ、俺の火球はどんどん大きくなっていく。復活を待ってやる分、それ相応の対応をしなければ他の生徒に示しがつかないのは自明の理だ。


(誰がために剣を取る、か。考えたこともないな……強いて言えば自分のため。この少女は想像以上に大きなものを背負っているのだろうな)


 それにしてもほとんどは掻い摘んでも訳の分からない話。別れを惜しんでもらえるのは嬉しい事だが、忘れるも何も俺はこの少女を知らない。


 人違いも甚だしいが、とにかく馬に乗ってその者にどこかに行かれるのだけは断固として拒否したいらしい。


 ともあれ少女は立ち上がり、手にある一振りの切っ先をこちらに向けた。


 その姿を見て俺は火球を大火球へと変貌させる。


 これが最後の一撃となるだろう。



 ―――大火球魔法ノーブル・スフィア



 ゴッ!



 対するアリアは大火球を前に地に手を突くほどにまで前傾、細剣の強化魔法を切っ先に集め、脚に部分強化を施し全力で踏み込んだ。


 それは偉大な母から授かった、至極の一撃。



 ―――流穿一閃エナ・フルーレ



 渦巻く炎玉と煌めく剣閃が相対す。



 カッ―――ボバンッ!



「!?」


 少女は果敢にも火球へ突進し、その信じがたい貫通力をもって渦巻く炎玉を突き破った。


「あ゛ぁぁぁぁっ!!」


 散りゆく炎に巻かれながらも未だその威力は衰えず、乾坤一擲の切っ先が俺に向かってくる。


(見事!)


「来いっ!」


「はっ!」


 俺は強化の集中している切っ先を避け、突き出された刀身に舶刀を振り下ろす。


 バキィン!


「っつ!!」


 硬質な音を立て、真っ二つに折れる細剣。


 俺は続けざまにもう一閃、流れるようにその身体へ刃を滑らせた。


 ガシュッ


「……かはっ」


 斬撃は鎧を切り裂き、舶刀の刃先は赤い血で滲む。


「―――れか―――治――魔―――っ!」


 ジンが何かを叫んでいる。



 よく聞き取れないまま、想いが痛みを覆っていく。



 ジンさま


 わたくしはちゃんとできましたか?


 たくさん 剣をふってきました


 たくさん 魔法のれんしゅうをしてきました


 お友達もたくさんできました


 みんながんばり屋さんで


 負けないよう わたくしなりにがんばってきました


 でも


 ほんとは騎士なんて どうでもいいんです


 ジンさまのお傍にいたい


 ただ それだけで―――



(わたし……は……まだ……っ!)



 アリアは遠ざかる意識とかすむ視界の中、折れた細剣を手放し、腰にある短剣に手を伸ばす。


「なっ!?」


 それを見た俺は驚きを隠せずにいた。頭をもたげ、息も絶え絶えの中、未だこの少女は闘志を失っていなかった。


 致命傷ではないが、立っているのは難しい傷を負わせたのは間違いない。


 多くの血を失う前に治癒魔法ヒールを施せば回復はすぐに見込めるだけに、俺は即座に生徒らの中の治癒隊に声を上げたのだが、駆け寄ろうとした治癒隊の生徒は少女の意志を見て動きを止めた。


 その時、俺はある気配を察知した。


(これは魔道!?)


 魔道とは魔力の通る道である。つまりはここを何かしらの魔法、あるいは魔力を宿したものが通過するということ。


 刹那俺は周囲の魔力を探り、魔道の在り様、さらに源を辿る。


 魔道は三本形成されており、一本は俺の頭へ。もう二本は俺の左右を塞ぐかのように形成されていた。


 一体誰がこの手を予想できるだろうか。


 魔道の先は、今にも倒れそうな少女が俺に差し向ける短剣だった。


 少女はクッと顔を上げ、その相好を初めて俺に向ける。





 ……………………え?





 浮かびゆくのは白き光の矢


 俺もよく知る不可避の魔法





「―――浄化の矢オーバーレイ




「くっ―――瞬雷!」












―――――――――


クライマックスで日を空けてしまってすみませんでした。

ようやく確定申告も終わり、本日からまた通常運転です。

1話丸々タイマン対人戦って父親以来? たぶん。

とにかく、はやく次をと必死こいて書きました(ツカレター

楽しんでもらえたかなぁ……


                  2022.3.13 詩雪


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る