#47 白光
「
ユスティ決死の陣魔法は、魔力を注がれると同時に発動。
魔法陣を中心に紅の魔力光が放射線状に広がる様からそう名付けられ、その場で爆発を引き起こす性質から設置型の罠として使われるという、美しくも無情な一面を持つ陣魔法である。
魔力光は臨界点を超え、廊下は紅に染まった。
……――――
「はぁっ!? コノヤロウ! こないだおれ様に一人で自爆しとけとか言ったくせに、どのツラ下げて言ってやがる!」
「おいらも自殺なんたら言われたぞ! ……てか、スキラよぅ。『どのツラ下げて』ってカッコイイな。おいらも使っていいか?」
「……いいよ」
「いいんだ……」
教室に残るよう言われてしぶしぶ残っていたエトとスキラの二人。快諾し、馬鹿なやり取りをここでも外さない二人に呆れるレーヴはさておき、男二人はユスティのとんでもない頼みに当然反発した。
『生贄になって頂戴』
これがユスティが発したセリフだ。
「あの時は言い過ぎたわ……ごめんなさい」
「「うっ!?」」
散々自分たちを叱りつけてきた彼女とは思えない素直な謝罪に、エトとスキラは背筋に悪寒が走る。
「ねぇ、どういうこと?」
レーヴの当然の質問に、ユスティは自らの考えを告げた。
「む~ん。おれ達ごと爆発に巻き込めば先生は逃げられない、か」
「先生はわちらを爆発から守るためにその場から動けなくなるわけね」
「……」
三人はユスティの案に逡巡する。
負ける前提なのが癪に障るが、実際このやり方は身を切るだけの価値はあるのではないだろうかと、レーヴとスキラは思う。
いくら敵を演じているとはいえ、教士たるジンが命の危険にさらされる自分たちを放っておくはずがないと、ユスティは考えたのだ。
「もちろん私も一緒よ。それでもあなた達には迷惑しかないのだけれど……先生が一人避けちゃう可能性も当然ある。ある意味賭けなんだけど、仮にそうなったとしても、あなた達なら私の魔法くらいで死んじゃったりしないでしょ?」
「どんだけ信頼されてんだよ……訳わかんねぇ……」
「まぁ、
「私の魔法よ? そんなのどうとでもなるわ」
「ふ~ん。陣魔法って便利なのね」
陣魔法など扱えないレーヴはユスティのいう事に早々と納得し、生き死にはともかく、どうにも腑に落ちないまま頭を掻くスキラ。
だが、エトだけが一人黙りこくっていた。
「エト君は……その……駄目かしら?」
「ん、ああ。いいんじゃね? お前の魔法なんかちょちょいのちょいで防いでやんよ。そん代わり、あとでご飯おごれよな!」
「お安い御用よ。じゃあ、みんな。お願いするわ!」
他の三人とは違い、エトはジンとの付き合いが多少あった。ユスティの予想は本当にその通りになるだろうかと考えている。
(う~ん、兄ちゃんがおいら達を守る……? 兄ちゃんって優しいけど優しくないんだよなぁ)
……――――
「エト、レーヴ、スキラ。耳は治癒されてるな。自分達で何とかしろ」
「ユース覚えてやがれっ!」
「雷っ!」
「やっぱりね!」
バァン!!
突然現れ、生徒らの目の前で同時爆発を引き起こした
「ユースっ!!」
とりわけ仲の良いファニエルは、この爆発に巻き込まれたユスティの名を悲痛な声で叫んだ。
「ユースっ! ユースっ!」
「待ってファニエル! 危ない!」
ガラガラと崩れ落ちる壁は粉塵を立ち上らせ、廊下は瓦礫の山と化した。駆け寄ろうとするファニエルを治癒隊の二人が制し、二人の腕の中でファニエルは泣きじゃくる。
「ぎゃあああ! あついあついあつい! いたいいたいいたい!」
「ぐうっっ!」
「ご、ご飯じゃ割にあわな……い……」
粉塵が徐々に晴れようとする中、生徒たちの耳にスキラの悲鳴とレーヴのうめき声が届いた。先にジンからダメージを受けていたエトは風の防御を突き破られ、紅の魔力刃に全身を切り刻まれ、身じろぎ一つできなくなっている。
「エト、スキラ、レーヴ! くそっ、ユースなんて無茶なことを!」
反対側にいたリッツバーグらもユスティの自爆に慌て、粉塵が晴れるのを見て瓦礫をかき分けた。
すると一部の瓦礫がうごめき、中からジンと、ジンに抱えられたユスティが姿を現す。
「せっ、先生っ!」
「ユース! ユースっ!」
「ふぅ……大丈夫だ。ユスティ嬢に怪我はない。手を貸してくれ」
爆発の寸前、俺は
泣きながら駆け寄ってきた生徒に、気を失ったままのユスティ嬢の身をゆっくりと預けた。
「君が
「はい。リッツバーグと言います」
「まだやるか? リッツバーグ君」
「いえ。僕たちの負けです」
「見事。君らが一番手強かった。皆これからも励んでくれ。あと、この娘にはあまり無茶な事はしないように言っておいてくれ」
「は……はいっ! ありがとうございますっ! 言い聞かせます!」
リッツバーグはジンの言葉で涙を浮かべ、結果は敗北だったが、この一月が報われた気がした。
手短な誉め言葉ではあったが、ジン・リカルドの正体を知る生徒らは、このSランク冒険者の言葉を生涯忘れることは無い。
「り、リカルドぜんぜー」
ぐしぐしと袖で涙をぬぐい、ユスティ嬢を抱えたままの女生徒が俺を見上げる。
「おバガなユ゛ーズのごどぉ、だずげでぐれでありがどーございばずぅ」
「あ、ああ……君は仲間思いだな」
拭った後からあふれ出る涙と鼻水で顔面が洪水状態になっているこの女生徒。感謝などお門違いだと思いつつも、この女生徒がそばに居るかぎりユスティ嬢ももうあんな無茶な事は控えるだろうと、一つ安心を得られた。
「三人共、生きてるか?」
「ひどいぜ先生……なんでユースだけ……げほっ、ごほっ」
「ほ、ほね二、三本どころじゃない……わちらの事嫌い、ですか?……
「好き嫌いではない。仮にも君らは戦士、これぐらいの窮地は当たり前だ。それに今のは俺の攻撃じゃないから怪我の具合など知らん」
「「うえぇぇぇ……(ガクッ)」」
「そうだよ……兄ちゃんはこうなんだよ……(ガクッ)」
「は、早く三人の治癒をっ!」
傷だらけになって力尽きた三人を見て、リッツバーグは慌てて左右の治癒隊に号令を出した。
だが治癒隊四名の魔力は尽きかけており、治癒は滞ってしまっているようだった。
「仕方ない。これを使え」
今の俺は教士だ。さすがに三人を放置しては具合が悪かろうと、収納魔法から傷薬を取り出してリッツバーグに渡す。
「あ、ありが―――」
―――それには及びません
リッツバーグが礼を言って傷薬を受け取ろうとした瞬間、透き通るような声が俺たちの手を止めた。
――――
「なっ!?」
瓦礫の山に降り注ぐ白光。
エトとスキラ、レーヴの三人の傷は瞬く間に塞がり、同時に俺も体力の充実を感じた。
「ふっかーつ!」
「おせーよ!」
「やっぱり来たんだ。そうこなくっちゃ」
「リカルド先生。僕たちは下がります」
リッツバーグは笑みを浮かべて差し出した手を引き、ユスティ嬢を抱えた女生徒と共に下がっていった。あっという間に復活した三人、エトとスキラはぶつくさ言いながらも瓦礫の山を下り、この魔法に驚きもせずに離れて行く。
(馬鹿な、最上位魔法だぞ!? 誰も驚かないという事は、全員がこの魔法を使える者を知っているという事……まだこんな隠し玉を持っていたのか!)
「リ―――むぐっ」
「だめよ、ファニ」
「ユース! よかった、気がついた!」
ファニエルが白光の主の名を呼ぼうとした口を、意識を取り戻したユスティが塞いだ。
「ごめんね。心配かけたみたいね」
「ううん……でも、もうあんな怖い事しないで……」
「約束するわ」
「うんっ」
「見届けましょう。一剣、一陣、二つの頂点の戦いを」
「うんっ!」
カツンカツン―――
廊下の角から届く靴の音。
この帝都で極光回復魔法を使える者は魔法師団でもかなり限られてくる。可能性が一番高いのは魔法師団のノルン団長だ。
学院長室に用があり、たまたまここに居合わせただけなのかもしれない。
しかし、ノルン団長が学院に出入りしているとは聞いていないし、生徒らと顔見知りだったとしても、この力を見た上で生徒らの落ち着きが説明できない。
「……」
殺気は感じない。
(何者だ……生徒だとしたら、五剣、いや五陣の生徒か)
靴の音がすぐそこまで近づき、白光の主は姿を現した。
「ふっ……完全に戦う気ではないか」
その者は女性用の騎士鎧に身を包み、静かに両腰の細剣を抜き放つ。
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