#46 零


 ダンダンダンダンッ!


 エトが必殺技を放つ間際、床を蹴り仲間を飛び越え、両翼から凄まじい速度で獣化したレーヴとスキラがジンに襲い掛かる。


 一糸乱れぬ阿吽の呼吸を見せ、二人はジンの左右から雷を纏った拳を突き出した。


 この二人の参戦を見て、ユスティの号令に応えるのはファニエル。


 彼女はクラス唯一の水属性魔法の使い手であり、一陣の中でも魔力操作の一点では誰にも譲らない天性の才を持っていた。


「いきますぅっ! ―――水檻魔法アクアジェイル!」


 ファニエルの放った水檻魔法はジン、エト、レーヴ、スキラの四人を分厚い水膜で囲み、まとめて逃げ道を塞いでしまうと言うもの。この水膜の粘度は今のファニエルが成せる限界まで高められており、魔物でいうところのジュリー並みの固形物となっていた。


 さらに、この檻は未だ仕上がっていない。


 ファニエルの水檻魔法が形成し終わる瞬間を見逃さず、リッツバーグが残る三人の獣人に通信魔法を飛ばすと、兎の獣人コニー、山猫の獣人リュンクス、鹿の獣人シェルバは全魔力を掌に凝縮する。


 そして潜んでいた屋上から一斉に飛び降り、ありったけの雷をファニエルの水檻と融合させた。


 見事しか言いようのない、全てが完璧なタイミングだった。


 エトに向かって偉そうに降伏勧告したはいいものの、一転してこの様だ。今となってはよくもまぁ言えたものだと、俺は彼らを侮りすぎていたことを恥じるばかり。


(これほどの準備、初日から策を練っていたとしか思えないっ!)


「来いっ!」


 俺は全身を強化。加えて左右の手に雷を纏い、まずは最初に届くレーヴとスキラの拳を全力で防ぎにかかる。


「ガォン!」

「ウォ゛ン!」


 ドンッ! ―――バチチチチチチッ!


 右に舶刀の腹を、左に掌を突き出して二人の挟撃を受け止めると、ぶつかり合った雷は弾け、水檻の中で雷花が咲き乱れた。


 止められたとてレーヴとスキラは拳を緩めない。獣化の膂力は俺の想像を超え、強化した俺の腕を押し曲げるほどの力を見せた。


「ワチラガカァーツ!」

「ツブレロセンセーッ!!」


 二人の目には白黄の魔力が揺らめき、まばゆい雷光にレーヴの瞳孔は一本の線となっている。


 ビシッ―――バチンバチンバチンッ!


 二人の拳が俺の動きを止めた瞬間、周囲の水膜に別の魔力が注ぎ込まれているのを察知。新手が頭上から水膜に乗って雷を込めたようで、退路を塞ぐ水膜は、触れるだけで雷のダメージとなる脅威となった訳である。


 ―――80!


 魔力をすべて使い果たしたコニー、リュンクス、シェルパの獣人三人はその場で気を失い、水檻から力なく滑り落ちた。


 だがこの事態を想定していたユスティの素早い号令により、攪乱攻撃隊三人が急いで彼らの肩を担ぎ、戦域から離脱させる。


(まずい、まずいぞっ! 一撃どころか下手をすれば大ダメージをもらってしまう!)


 ここまでの攻防はほんの数秒。


 俺は大いに焦る。両手を塞がれ、退くにしても水膜を切り裂く一手間が必要な状況だ。


 そしてこれを見逃すエトではない。練りに練られた必殺技の発動には時間こそかかれど、威力は十分だろう。後は俺に向けて撃ち込むのみ。


 だが簡単に撃たせるわけにはいかない。俺は両腕を押し込まれながらも仰け反り、大きく息を吸った。


(ナニカスルキ!)

(サセルカッ!)


 ジンの動きを見たレーヴとスキラは反射的に拳を引き、その場でタンッと横一回転。ジンの仰け反り戻る位置に目掛け、全体重を乗せた雷脚を繰り出した。


(好機っ!)



 必殺技を放つエト


 回し蹴りを食らわせんとするレーヴとスキラ


 そして 刹那両腕を解放された俺


 それぞれの一手が今、衝突する。



「―――暴風の刺突エン・リル!!」


「「ラァッ!!」」



 これは自然の摂理


 風も


 蹴撃も


 



 ――― ア゛ッッッッ!!!





 パンッ





 音速には及ばない





 鼓膜の破裂音と共に無音の世界へ叩き落されたエトとレーヴ、スキラの三人。


 揺れる世界に平衡感覚を失った。


 ありったけの声を吐き出して前傾となった俺の背を通り過ぎ、風の刺突は雷を纏う水膜を突き破って彼方へと消え、空を切った雷の蹴撃は残光を走らせた。


 バシャン


 貫かれた水膜は形を失って床へ広がり、倒れた三人の頬を濡らす。


「負け……た……」


 リッツバーグは全ての手札を出し尽くし、倒れた三人を見て膝を折った。それを見た左翼の生徒たちも次々に武器を手放し、曇天を見上げる。


 だがここに、『あんなに練習したのに』とすすり泣く生徒もいる中でたった一人、ジンに向かって歩み出た者がいる。


「10、9」

「……ふぇ? ユース?」

「三人を治してあげて」


 今となっては虚しく聞こえる数字。


 唯一の10番台であるファニエルと一桁台の右翼治癒隊二人は、小さくつぶやいたユスティを気にかけつつも、倒れた三人のために残りわずかな魔力を振り絞る。


「ユスティ・マクウィリアです」


「見事な采配だった。数は君の案か?」


 武器を持たぬ者に剣は向けられない。俺は舶刀を収納魔法スクエアガーデンに放り込み、歩み寄ってきたユスティ嬢に素直に賛辞を贈った。


「ありがとうございます。番号は左翼あちらの指揮官の案です。私はほんの少しの工夫を。本当はエト君たちにも番号を割り振ったのですが、みんな覚えてくれなくて。50と60は空き番なんです」


「ふっ、だろうな。おかげで通信魔法トランスミヨンの維持に一人費やしたんじゃないか?」


「残念ながら二人です。ですが、必要な配置だと判断いたしました」


「うむ。数字でも分かりやすく叫ぶ必要があるからな。俺は君が発する言葉全てを警戒する」


 通信魔法の魔力も逃さない俺にとってはそれも警戒対象だった、とは言わないでおく。


 ユスティ嬢はすすり泣き膝を折る生徒が大半の中、エトらに水療魔法アクアヒールを施すよう仲間に頼み、その合間を見て前に出てきたのだろう。言外に負けを認めに来たことを含めつつ答え合わせをしに来た、といったところか。


「人はあのような大声を出せるのですね」


「大事なのは腹と喉の部分強化だ……っと、三人は大した怪我は無い。俺はこの後も控えててな。悪いが行かせてもらう」


 生徒に『負けました』などと言わせる趣味はない。俺は話を切り上げ、ユスティ嬢に背を向けて歩き出す。


 しかし、それと同時に感じる大きな魔力反応。


 背にぶつけられる激しい闘志は、俺を素直に行かせるつもりはない。


「……軽い怪我で安心しました。エト君たちなら大丈夫ですね」


 ユスティは、まだ諦めていなかった。


 リッツバーグ含め、敗北を受け入れた生徒全員もユスティの作戦に無い行動に驚きを隠せずにいた。


 確かにユスティは一陣二位の実力者だが、エトらが倒れた今となっては成す術はない。それはユスティ本人が一番わかっているはずで、これ以上はこの戦いを穢すことにもなりかねないのだ。


(もう手はないぞ!? どうするつもりなんだっ) 


 リッツバーグは言葉を投げかけるようにユスティを見るが、彼女がそれに応えることは無い。二人に割って入ることもできず、皆彼女の不可解な行動を見届ける以外になかった。


「先生。実はまだ残っている数字がございます」


 ユスティ・マクウィリア。


 これまでに見せた優れた統率力から指揮官候補生かと思っていたが、どうやらこの生徒も才溢れる魔法師だったようだ。


 彼女は振り向いた俺に対しゆっくりと手を前にかざし、全魔力を瞬時に開放。


 そして、自分に定めた番号をはっきりと告げた。




 ―――― 零




 とびぬけた魔力出力に、魔法陣を構築する陣魔法師としての才能。これが、ユスティの一陣二位たる所以だった。


「っと……なるほど。エトの言う通り、君大馬鹿のようだ」


 床と壁一面に描かれた大量の魔法陣を瞬時に発動させて気を失い、俺はその場で頭から倒れ込んだユスティ嬢を抱きかかえた。


 彼女が他の生徒に秘していた最後の手段。


 それは、近くで倒れるエトらをも巻き込む、自爆攻撃だった。


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