#45 二百一戦目の大勝負Ⅲ

 窓ガラスを破って侵入してきた石は、縁に括りつけられた紐に吊るされ宙に揺れている。


「何だ……?」


 石に魔法陣は……さすがにないか。


 俺に当てるはずが、紐の長さを見誤ったのか。


 それともこの石自体が彼らにとっても想定外の事態なのか。


 あまりに悪戯めいている些事に対し、俺はつい考え込んでしまった。


 そしてほんの数秒、俺の気を逸らす事だけを目的としたこの悪戯は、このクラスの最後にして、最も可能性のある戦力である一人の奇襲を成功させた。


 バシュンッ!


「うおっ!」


 俺は一瞬の隙を突かれ、両翼に展開していた大火球をかき消されてしまった。


「今度は静かに来たな。どこから湧いてきたっ」


「へっへー、びっくりした? 兄ちゃんの探知魔法サーチの外から飛んできたぜ!」


「そうか。あとここでは先生、だっ!」


 ガキンッ!


 火球をその風魔法でかき消し、俺に奇襲を仕掛けてきたのはエト。手に持つ短剣は風人エルフの長であるヴェリーンさんから授かったという、夫で前長のイクセル氏が使っていた名物だった事を後から聞かされた。


「そうだった! そんじゃあ行くぜ、せんせー!!」


 飛んできたと軽く言ったエトだが、そんな高速移動ができる生徒はほんの一握りだろう。


 決して油断していた訳ではないが、ここしばらく俺も生徒らの実力に見合うよう力を調整していたので、うまくその意識を突かれてしまった格好だ。


 エトは俺の一閃をその短剣で受け止め、すぐさま体勢を立て直して斬りかかってくる。


 数合打ち合うだけで分かる。短剣を携えたエトは初日に素手でかかってきた時とは大違いだった。


 戦い方はまるで風に舞う木の葉のよう。風を纏って宙に浮き、相手の周囲を縦横無尽に飛び回る。


 二年ほど前に初めて会った時に軽く手合わせしたことがあるが、当時よりはるかにその一撃は重く、鋭くなっていた。


 位置取りも頭上からの攻撃を意識しているのか、正面に相対する者と比べてかなりやりにくいのが正直なところだ。


「ふん!」


 ゴギャッ!


「っ! ……へへっ!」


 多くの場合、身軽さを生かした戦い方は強力な一撃を受ければ大きく体勢を崩すという弱点がある。


 だがエトは俺の剣を受け止めても体勢を崩すことなく、自ら吹き飛んでいるように感じ取れる。受け流すのではなく、攻撃を受けると同時に自ら退くことで威力を殺しているのだ。


 大きく後ろに押しやられたとしても得意の風魔法を背に跳ね返り、即時反撃を可能にしている。


 同じ風人でもアイレとは風の使い方がずいぶんと違う。エト自らたどり着いた戦闘術だとしたら大したものだと、俺は舌を巻いた。


 おそらくエトの実力は一剣どころか、この学院の中でも指折りの次元に入っていると言っても過言ではない。


 だが、それでもなお、俺の脅威足りえない。


「ところで、エトは何番だ? 50か? 60か? っと」


「なんでそんなこと聞くんだよ!―――うわっ!」


 バガンッ!


 俺は頭上をしつこく攻めてくるエトに対して両手を床に突き、逆さになって足蹴を浴びせつつ未だ空き番の数字を聞いてみる。


「そう答えるってことはどちらかって事だな。号令は飛んでなかったみたいだが、勝手に出て来ていいのか?」


 ギギィン!


「ぐっ! ……いいんだよっ! てか、脚とかズルいよ!」


「笑わせるな」


 短剣は体術ありき。分かっていながらも、そう言って何とか俺の手段を削ごうとエトなりに考えているのだ。つい吹いてしまった俺は、ある意味術中に嵌ってしまったのかもしれない。


「こんにゃろっ!―――風砲魔法エア・バスター!」


「―――風砲魔法エア・バスター


 ドッ!


「あっ!? くっそーっ! なら、これ、だあっ!―――大風砲魔法ノーブル・バスターっ!」


 エトは風人ゆえに風魔法しか扱えず、手に集まる魔力量とその体勢から繰り出す風魔法は大体想像できる。


 火球魔法イグ・スフィアを除いて固有魔法一辺倒だった俺も、ドレイクの街でソアラさんから一通りの基本魔法、それに連なる上位魔法は教わっていた。


 基本や上位と言った共通魔法は、扱いやすいから共通魔法として大陸中に広まるのだ。つまりそれは体系化され、固有魔法に比べて容易に会得できることを意味する。



「―――大風砲魔法ノーブル・バスター



 ズドンッ!



 上位魔法がぶつかった衝撃は周囲の状況を大きく変えた。


 学院長室前の廊下の窓は全て割れ、落ちた照明は無残な姿で転がっている。壁もあちこちめくれ上がり、文字通り戦場跡地の様相を呈していた。


「くっ……」


 エトの戦いを見ている事しかできないユスティとリッツバーグは心中歯噛みしているが、最後の手札は未だ手元にある。


 この二人の戦いに機を見出すのはかなり難しい。気後れして切り損ねれば、それこそ目も当てられない。


 それに先ほどから最後の手札である二人からは煩いほどの通信魔法が入ってきている。


 まだか、まだか、と。


 ジンの大風砲魔法ノーブル・バスターにより壁に打ち付けられ、ダメージが色濃く見えだしたエトが陥落する前に、今こそこの手札を切るべきだとリッツバーグは決心した。



 ……――――



「最後の最後ぉ?」

「そうだよ。でないと、先生を騙せない」

「わかんねぇ」

「わちも」


 リッツバーグに『君たちの出番は最後だ』と告げられたエト、レーヴ、スキラの三人。残りの獣人ベスティアの生徒三人もそれに次ぐと言われ、意気込みに水を差されている。


 理由を聞いてもピンと来ず、不満げな表情を浮かべるこの六人にユスティがかみ砕いて説明に加わった。


「つまり私たちは先生に『この程度か』って思わせる役目。エト君たちはその隙に勝負をつける役目って事よ」


「なるほどね。って、わちら難しい事わかんないけど、ユースたちはそれでいいの? なんていうかこう……」


 レーヴがモヤモヤする感じを言葉にできずにいると、ユスティはトンと胸に手を当てた。


「もちろんそうは言っても、私は引き立て役に甘んじるつもりは毛頭無いわっ!」


「にゃふっ、そっか」



 ……――――



「(エトっ! やろう!)」


 リッツバーグの通信魔法トランスミヨンを聞いたエトは事前の作戦通り、戦いは最終段階に入ったと改めて腹をくくる。


 ゴォォォォッ!


 壁に打ち付けられてもなお短剣を手放さず、エトは俺ごと渦巻く風で包み込んだ。


 脆くなった天井は風に吹き上げられて屋上を突き破り、落ちてくる残骸を見上げればどんよりとした灰色の空が広がった。


 『建物の損傷など気にしなくてよいのである』


 初日にヴィント学院長とクシュナー学院長の許可を得ていたからいいものの、本当に建物を破壊するほどの戦いになるとは思っていなかっただけに、俺は心の中で両学院長に謝罪しておく。


「凄まじいな」


「ごほっ! はぁっ、はぁっ……ホント泣きたくなるほど敵わないや」


「もうやめておけ。みんな十分にやった」


 俺の降伏勧告に、壁から床にずり落ちたエトは苦悶の表情をほころばせた。


「悔しいけどさ、おいらより馬鹿な奴がいるんだよ。だから―――」


 エトは立ち上がって両腕を広げ、渦巻いていた風を短剣に収束させる。


 俺は咄嗟に身構えた。二年前、『必殺技教えてくれ!』とせがまれ、その頃のエトには到底無理だと思いながら伝えた、俺の固有技スキルだ。


「(今だっ! レーヴ、スキラっ!)」


 エトがこのクラスの皆に自慢していた『必殺技』。その様に呆れつつも、その威力は本物であることも皆知っている。


 リッツバーグはエトの会心の一撃に合わせ、正真正銘、最後の手札を連続で切った。








――――――――――

■近況ノート

本日は珍しく連投

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16816927861366571485

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