#44 二百一戦目の大勝負Ⅱ

 ゴゴゴゴゴゴ―――


 爆煙が視界を覆う中、何とか火球魔法の直撃を免れたユスティは自らの無事を確認。周りからも口々に驚きと安堵の声が漏れ出ているので、何とか防御隊の展開が間に合ったようだ。


「状況っ!」


 とにかく皆の無事を確認するため、かすれる声で仲間の安否を確認する。


 時を移さず各隊から次々に損害軽微の報告を受けるが、とりわけ思わしくない隊があった。


「ぐっ……損害あり。対処をっ」


 最前列で大盾を構えて火球を受け止めた、40番台の防御隊五人である。中でもジンの風刃ウィンドエッジで倒れた前衛三人を庇い、不十分な体勢を突かれた内二人は、盾を弾かれてまともに火球を食らっていた。


治癒魔法ヒールお願い!」


 制服の至る所が焼けて穴が開き、そこから見える肌は真っ赤に腫れあがっている。右翼で治癒魔法を扱う二人はユスティの指示で慌てて治癒に入った。


(大怪我じゃない……だけど、こっちの治癒隊の手が塞がってしまった……)


「(リッツバーグ! 左翼の状況は!?)」


 ユスティが通信魔法トランスミヨンを使って反対側にいる左翼へ連絡を取ると、リッツバーグも折よく連絡するところだったと言い、左翼は風刃で倒れた三人除き、防御隊の一人が火球の威力に耐え切れずにダメージを負ったと報せた。


右翼こっちの治癒隊は離脱、左翼あっちの二人で水療魔法アクアヒールを維持しなきゃならないってこと……駄目だわ、それじゃ回復が間に合わないっ)


 ユスティらはもちろんジンの攻撃を予期していなかった訳ではない。


 だが、たった一手でを被らされたことに、ユスティの口角が上がる。


「まだよ! みんな立って!」



 ……――――



通信魔法トランスミヨンか)


 爆煙の中、両翼から感じる魔力反応に攻撃性はない。これまでを考えれば右翼先頭にいた女生徒と左翼の誰かが連絡を取っているのは明らかだが、俺が気になったのはそれではなかった。


 右翼から通信魔法の気配が消えたのにもかかわらず、左翼の中から引き続き通信魔法の反応を感じるのだ。


 おそらく、彼らは未だ切っていない手札を持っている。


 女生徒の『立て』という声が廊下に響くと同時に晴れた爆煙。その向こうには闘志みなぎる生徒らが立っていた。


(火球百発で後衛にほとんどダメージ無し。優秀な盾術士スクード……いや、帝国騎士団なら重装歩兵隊候補者といったところか)


 とにもかくにも次の一手。


 俺は水魔法で濡れた敷物に手を添えた。


「―――地の隆起グランドジャット


 ガコンッ!


 床と同じ素材の石壁を左右に創り出して両腕を広げ、石壁を生徒らに向かって勢いよく移動させた。


(さぁ、どうする)


 廊下と同じ幅と高さの壁を避けることはできない。破壊するか、戦域から脱出するかの二択を迫られたユスティは即座に対応する。


(これは想定内っ!)


 ―――39!


 指令を受けた両翼合わせて八人の生徒が一斉に床に手を置き、あらかじめ仕込んでおいた魔法陣を発動させる。


「なにっ!?」


 石壁は複数の魔力反応を感じた途端にピタリと止まり、微細な振動を起こしてガラガラと崩れ始めた。


 実は石壁で生徒らを退場させようとしたのはこれが二回目。


 一度目は二剣の生徒らに同じく廊下で挑まれた時だが、彼らは壁を破壊できずに隅まで追いやられ、半数の生徒が廊下の壁と石壁に挟まれて身動きが取れなくなり、審判の教士が生徒らに敗北を言い渡した。


 この生徒らはその事を知り、あらかじめ地属性魔法に相性を持つ生徒が魔法陣を構築し、俺の石壁に備えていたのだ。


 陣魔法は魔法陣さえ描ければ相性を持たずとも高威力を発揮できる。複数人で魔力を込めればその発動速度と威力が飛躍的に上がるので、俺の地の隆起グランドジャットにも対処できたのだろう。


 大した犠牲もなく火球魔法を防ぎ切り、石壁の一手も地魔法で相殺した。


 彼らは初めからのか、はたまた俺に一矢報いるべく一月という短期間でここまで積み上げたのか。


 ここまでで見せた三位一体の連携、符号、波状攻撃、水療魔法に加え、練られた守勢に陣魔法。


(この子らは今までの生徒らとは次元が違う)


「後者なら甲斐があったというものだ」



 ―――20! 90! 80!



 俺のつぶやきを上書きするように女生徒は叫び、両翼から攪乱攻撃隊と突撃隊が、加えて後衛から複数の魔力反応が浮かび上がった。


(30番台はおそらく迎撃魔法隊、先ほどの29の魔力反応からして20番台は攻撃魔法隊か。そこまで細かく分業できるのも集団ならでは、といったところだな)


「君らの意気に応えよう」


 俺は収納魔法スクエアガーデンから舶刀はくとうを取り出し、90番台の0、すなわち彼らが出しうる最も優秀な突撃隊を迎え撃つ。


(剣を取った!?)


 右翼のユスティと左翼のリッツバーグはジンの舶刀を見て、ここからだと拳を握った。


 というのも、リッツバーグを含めた騎士学院の生徒らが調べた限り、ジンはこれまで生徒相手に一度も武器を持たなかったのだ。唯一武器といえる木剣を持ったのが初日で、その相手だった四剣のシスティナは剣を交えることなく敗れたのでまるで参考にならなかった。


 素手相手に何もできずにいたにもかかわらず、前衛の生徒らはジンの剣捌きがどれほどのものなのか、不思議と期待で胸が膨らんだ。


 90の突撃隊はジン目がけて突進。80の攪乱攻撃隊も突撃隊と共に前に出て、ジンとの間合いを取りつつ突撃隊の予備戦力を兼ねた。


 ジンの舶刀は広く使われている武器ではない。一見短剣のようにも見えるが、とくに見慣れないのは両刃ではなく片刃であるという事。刀身も短剣のそれより若干長く、突撃隊の三人は舶刀の射程に慣れるのにまず苦戦した。


 構図としては三対一なのだが、剣を持ったジンは突撃隊三人の間隙をまるで舞踏のような動きですり抜け、周りを固める攪乱攻撃隊を脅かす。


 不意に接近された攪乱攻撃隊は慌てて対処しようとするが、追い詰められて振るう剣に相手を制する力はない。斬撃はあっさりとジンに受け流され、中にいる突撃隊は流れてきた仲間の剣で身を引かざるを得なくなっていた。


 ゴギャンッ!


「痛っつ!」


 そこに襲い来るジンの斬撃。


 身体の流れに任せただけの攻撃だが、それを受けた生徒の手は剣を持っていられないほどの悲鳴を上げた。


 ヒュンヒュンヒュンッ!


 続けざまに繰り出される攻撃は身体を回転させながら放たれる連続攻撃。これも同じく生徒らが持つ剣が狙われている。


(重すぎるっ! 腕の力でも強化魔法でもない、先生はどうやってここまで体重を乗せてるんだ!?)


 一方的に打たれた鈍い剣戟の声を上げ、突撃隊三人の剣は瞬く間に地に打ち落とされた。


 これを見た攪乱攻撃隊の三人は、痛む手を押さえる突撃隊と位置を入れ替え、何とか剣を交えないよう間合いを計る。


 だがこれによりジンが一歩前へ出れば一歩下がらざるを得なくなり、前衛の役目をまるで果たせなくなってしまった。恐怖や畏れではない。嫌というほど思い知らされる実践経験不足。彼らはただただ攻略法が見つけられなかった。


 そんな彼らにもまだ後衛の手が残っている。完全に攻めあぐねた攪乱攻撃隊の三人は、互いに目配せして一斉に陣へ引き返した。


(まぁ、やみくもに斬りかかるよりよほどマシだな)


 またもガラ空きの背に風刃ウィンドエッジを撃ち込んでやろうかと思ったが、さすがに同じ手は食わないと、女生徒の指示で魔力を凝縮していた攻撃魔法隊が遠距離魔法を発動させた。


 俺が前衛六人を相手取っている間、十分に魔力を練っていただけはあるようだ。


 ―――氷針魔法アイスニードル


 ―――地礫魔法ラピスウォラーレ!!


 ―――風突魔法エア・シューターっ!


 ある種の融合魔法といえる鋭い氷針と数えきれないつぶてが、突風の勢いを借りて彼らと入れ替わりに襲い掛かってきた。


 俺は風魔法を発動させて逆風を当てると、氷針と礫は勢いを失う。


 ヒュカカカカカカカンッ!


 刃で氷針を割って叩き落し、礫を舶刀の腹で受けつつ弾き飛ばした。


 ジンの目にも止まらぬ早業に、生徒らはつい感嘆を漏らす。


 しかしユスティはこの時、ジンが早々に反撃の準備をしていることを感じ取り、先ほどの火球とは比べ物にならない気配に怖気立つ。


 ゴオッ!


「のっ、大火球魔法ノーブル・スフィア!?」

「目茶苦茶だよ先生! 学院壊す気!?」

「くっそ! 防御だっ!」


 ユスティは視界を覆いつくす大火球に膝を折られそうになる。まさかジンが建物内でこれほどの魔法を使ってくるとは思いもよらなかったのだ。


 もう一度防御隊が大盾を最前列で構え、宙に浮く大火球を前に全力で強化魔法を自身に施した。先ほどの火球百発とは違い、この一撃を全身全霊で耐え抜けばいい。


 防御隊は心折れることなく、皆を背負った。


「いくぞ―――」


 百発の火球魔法を止めた彼らなら、この大火球魔法も何とか止められるだろうというのが俺の予想。もちろん、防御隊と迎撃魔法隊全員が全力で止めなければ骨の二、三本では済まないが。


 大きさはこれくらいでいいかと大火球を放とうとしたその時、窓ガラスに逆光で浮かぶ影の輪郭を視界の端に捉えた。


 ガシャン!


「来たかっ! ……ん?」


 割れたガラスの破片が足元に散らばり、警戒した俺の目に飛び込んできたのは、紐に吊るされた頭大の石だった。


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