#43 二百一戦目の大勝負Ⅰ
学院長室前の廊下。
扉を開けた左右に陣取る生徒ら。
俺がこの廊下を含めた学院長室では
さらに俺が学院長室から出てくる前に展開できたのも、事前にここを目標にして機を待っていたという事になる。
両翼合わせて五十人程か。場所も他より広い廊下を選択し、待ち伏せして挟み撃ち。
見事なものである。俺はこの先を見てみたい衝動に駆られた。
「作戦開始! ―――99!」
戦いの前の歓談など不要と言わんばかりに、右翼先頭に陣取る女生徒が鋭い視線と謎の数字と共に作戦開始の号令を発する。
それに合わせ、右翼から一人、左翼から二人、立ち尽くす俺に剣を携えて襲い掛かってきた。
(その数字も暴いてやる)
一度に襲い掛かれるのは三人が限度だ。攻撃してきた三人は上中下段きれいに分かれ、戦闘課程で習う手本のような三方向攻撃を繰り出した。
俺は脚を狙ってきた生徒の剣をひょいと跨ぎ、分かりやすく面を打ってきた生徒の腕を剣が振り下ろされる前に掴む。
ドシャッ!
「「ぐえっ!」」
飛びかかってきた勢いを利用して中段を打ってきた生徒にぶつけてやり、剣をかわされ、勢い余って転んだ生徒の腹に蹴りを入れる。
「ごぶっ!」
―――80!
瞬く間に三人がやられたのを見て、女生徒は次の数字を叫ぶ。
呼応した新たな三名の生徒が駆けだし、先ほどの一直線に向かって来た生徒とは違い、各々が位置を入れ替えながら俺の周りで剣の壁を形成する。
俺の動きを封じたいのか、それとも次の一手のための牽制か。心なしか先ほどの三名より剣の練度は高いように思える。
だが、残念ながらこの程度では攪乱にはならない。突き出してきた剣の腹を強化した手で勢いよく弾くと、持ち主が態勢を大きく崩し、位置を入れ替えながらの動きを途端に乱された残りの二人は『あっ』と声を上げて動きを止めた。
隙を見せた二人に先に退場してもらおうと、俺が踏み込んだ途端、すかさず次の数字が廊下にこだまする。
―――95! 19! 9!
(同時に三つ!?)
これが一つの命令だとしたら大したものだ。俺を動揺させることに成功している。
感心するのもつかの間、新たな三人が駆け出し、それと同時に俺の周囲にまとわりついていた三人が一挙に後退。次の三人が入れ替わりで一直線に攻撃を仕掛けてきた。
この生徒らは明らかに波状攻撃を仕掛けてきている。俺に付け入る隙を与えず、人数差を生かした良い戦術といえるだろう。
だが、明らかに個の戦力不足。俺が様子を見ているうちは通用しているように見えるだろうが、いつでも中央突破できる次元だ。
そろそろこちらから仕掛けてやろうと、向かって来た左翼の一人を警戒しつつ右翼の二人に視線を集中させたその時、
ピチャッ
「む?」
どういうわけか生徒の足元が薄い水膜に覆われ、その水は走りくる生徒に合わせて広がりを見せていた。
(何がしたいかさっぱりわからん!)
意表を突く手段にさすがに身構える。向かってきた生徒らは間合いに入るや、足元を何ら気にすることなく前後左右から攻撃を繰り出してきた。
攻撃をかわしつつ、一人、また一人と打拳で退けながら、とうとう俺の足元も水に覆われた。しかし足を取られるほどの影響はなく、動きが阻害されるわけでもない。
ただの見かけ倒しか?
まんまと驚いてしまったと、苦笑う他にない。
だが、バシャンと水を踏みしだいた直後、床に薄く広がった水が白い光を放った。
(こ、これは……
◇
「数字?」
「考えてもみて欲しい。相手は魔物じゃなくて言葉の通じる人間なんだ。わざわざ次の行動を口頭で知らせるなんて愚かしいと思わないかい? それに長々と号令してたら、ここぞと言う時に詰めが甘くなると思うんだ」
時を遡ること二十日前。
作戦指揮を担うリッツバーグは得意げに鼻を鳴らし、眼鏡を押し上げる。
副官を務めるユスティはその様に冷めた目をしながらも、そこに考えは及んでいなかったとリッツバーグの提案に膝を打った。
「賛成よ。でも、ただ数字を当てはめるだけじゃ序盤で解かれてしまうわ。かといって複雑でも、多すぎてもみんなが混乱するだけ。だから、置き換えと符号化を組み合わせましょう」
「おおっ、君も天才だな! しかしなぁ、自分の数字と符号を覚えて、即座に対応となると……みんなはもう連携攻撃の練習に入ってるし、今更覚えて反応まで持っていくのは厳しいかもしれないよ」
誰でも思いつくでしょうと、一を二にした程度で天才だ何だと言われても困るとユスティは呆れつつ、リッツバーグの案を深く落とし込んでいく。
「もちろん覚えるまでも無い簡単なものにして、その符号は使い捨てるのよ。決めにかかる場合だけにすれば、後で先生に気づかれても問題ないわ」
「なるほど……例えば序盤の決め手なら?」
「そうね―――」
◇
―――1731!(立ちなさい!)
―――85!
俺が水魔法と治癒魔法の合わせ技に驚いたのを見逃すことなく、女生徒の声が響き渡る。
先に一直線に向かって来ていた生徒らを蹴散らした後、『85』で向かって来たのは『80』で向かって来た生徒らと同じ戦法を用いてきた。
(ふむ。80番台の二つは攪乱攻撃。最初の99は一直線に向かって来ていた。ということは95、19、9の内、95は今蹴散らした、一直線に向かって来た子らを指すのか。ならば19と9は水魔法と治癒魔法のいずれか。下一桁の数字は……)
「っ!」
思考を巡らせる中、背後の気配に反応して跳躍する。
ガキィン
「っち!」
「後ろに目でも付いてるのか!?」
俺の元居た位置に三本の剣が交差した。一番最初、99で向かって来た三人の生徒らがどうやら治癒魔法で復活したようだ。
(1731……わかりやすい合印だが、四桁はさすがに多すぎる。覚える必要のないものとして限定的に使われたか)
俺の見立てではこのペースで前衛を倒していけば早々に人員不足で崩れ、後衛をさらすだけだと思っていた。そうなれば、俺の一方的な展開となるのは明らか。
だが、この水と治癒の融合魔法、
その治癒効果は決して高いとは言えない。だが、俺が与える程度のダメージはすぐさま回復されてしまう。
(まさか逆手に取られるとは……)
そう、俺は生徒らに回復が間に合わないほどの大ダメージを与えられないのだ。せいぜい骨の二、三本が限度で、そう高々と宣言してしまっている。
そしてさらに言える事。
それは骨の二、三本のダメージを与える、そんなことを狙って行うのは実質不可能ということである。ダメージの多寡なんてものは一人一人違う。ただの脅し文句なのだ。
これの意味するところは、状況を見ながら、一人一人を戦闘不能の状態に持っていくしかないという事。
復活した生徒らは立ち上がり、臆することなく立ち向かってくるのも実は簡単なことではない。やられても回復するとはいえ、分かった上で剣を握るのは並の性根では難しいものだ。
(相応の覚悟はあるということか)
―――うおぉぉぉぉっっ!!
符号を使ってまで繰り出した渾身の奇襲をかわされた生徒三人は、それでも気落ちすることなく次の行動へ移る。
気迫と共に繰り出された横薙ぎを後ろに退いてかわし、それに合わせられた二人目の突きを伏してかわす。
そのままの状態で突いてきた生徒の脚を強めに払い、態勢を崩したところを胸ぐらをつかんで振り回し、俺と位置を入れ替えた。
「うわっ!」
横薙ぎからの追撃を狙っていた生徒と、しゃがんだ俺に剣を振り下ろそうとしていた三人目の生徒は、入れ替えられた仲間の目と鼻の先でピタリと剣を止め、あやうく同士討ちを逃れた。
「っぶね!」
「生徒を盾にすんのかよ!」
「君らなら止められると思ったぞ?」
もちろん半分は虚言。
止まりそうな気配が無ければ盾にした生徒の後ろから二人を蹴飛ばす算段だったのだが、彼らは剣を止めたことで俺の強撃を一歩遅らせることに成功した。
だが、一歩は所詮一歩。苦情を言っている暇があるなら、少しでも早く態勢を立て直すべき。
ガコッ! バキッ! ドゴン!
派手に殴り飛ばされた三人の生徒は気を失って倒れた。後衛まで吹き飛ばせば、水療魔法の範囲外である。
「くそっ!」
復活した三人と俺の戦いを見守るように包囲していた85の攪乱攻撃役の三人。退場させられた三人を見て、慌てて突っかかってきたその内の一人を軽くいなし、それに続けと後の二人が飛びかかってきた。
「おいおい、80番台の君らは攪乱攻撃役だろう?」
「はぁっ!?」
「なっ」
「もう!?」
目を見開いた三人は、動揺という形で自ら符号の一部を明かしてしまった。興奮し、冷静さを失えば、軽いはったりでもあっけなく引っかかるものである。
―――(あの馬鹿っ!)29!
指揮官の女生徒が次の数字を叫ぶと、85の三人は我に返ってそれぞれ右翼陣と左翼陣に後退しようと身を翻した。
それと同時に倒れていた95の三人も勢いよく立ち上がり、それぞれの陣に駆けて行く。彼らも水療魔法ですでに復活し、倒れたふりをして機を見計らっていたのだろう。
「行かせんよ」
29の指示で後衛から複数の魔力反応が発生するが、発動速度はまだまだ未熟。こちらへその遠距離魔法が届く前に、撤退する前衛六人を無力化させてもらう。
俺は両手に風魔法を発動させ、なるべく威力を抑えた
ヒュババババババッ!
「ぎゃっ!」
「い゛っ!?」
「くあ゛っ!」
背を切り裂かれ、85,95の六人全員が痛みでもんどりを打って倒れる。水面に滲む彼らの血が、その傷の大きさを物語っていた。
―――5!
「おっ?」
それを見た女生徒がすばやく指示を飛ばすと、明らかに
(19、9で水療魔法が放たれ、5で治癒魔法が強化された。となれば、一桁は治癒魔法の指示、加えて19、つまり10番台は水魔法という事になる。一桁目の数字は小さいほど威力を上げろという指示なのかもしれない)
だが治癒魔法の効果を上げたとしても、今背を割かれた六人はしばらく立ち上がれないだろう。
それにしても俺ごと回復するという荒業。といっても、そもそもダメージの無い俺を治癒魔法の影響下に置いたところで状況は何も変わらず、彼らに損は無い。
これは一人一人に治癒魔法を使える者を割り振るより、遥かに効率的だと言える。
「本当によく考えてるな。だが、そろそろ俺の手番だ」
今俺の近くに前衛はいない。遠距離魔法が届く前に、さらに次の一手を指揮官が繰り出す前に、俺は両手に大量の火球を浮かべて両翼に向けた。
一対多数の場合、まず為すべきなのは無謀にも一番前にいる指揮官を無力化することだが、生徒相手にそれをしては興をそぐ。
指揮官含め、全員まとめて吹き飛ばしてやるのが一番納得してもらえるだろう。
(あの数を一瞬で!? いけないっ!)
ユスティは背筋を走った悪寒を振り払い、自らを鼓舞するかのように絶叫する。
―――45っ!!
―――
ドドドドドドドドドドドッ!!
無慈悲に襲いかかった火球は生徒らの両翼へ全弾命中し、爆煙で視界が覆われた廊下に悲鳴が重なる。
(この反応は……)
爆煙の中、俺は油断なく
――――――――――
■近況ノート
ぬぁぜだぁ~
https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16817330653951733995
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