#41 図南の両翼

 その日の夕刻。


 教士が集まる室内はジンとフォルモンドの話題で持ちきりだった。


「いや~、あの雄姿! 是非とも皆さんにもお目に触れて頂きたかったっ」

「たびたび処分案が上がっていた問題馬もこれで一件落着ですな」

「あの馬はまだ若いでしょう? また軍役に戻されるかもしれませんねぇ」


 特に騎馬課程を担当する教士は興奮した様子で十メートルを優に超える大飛越を語り、戦闘課程や体力課程を担当する教士もその功績に賛同している。


 その中には当初ジンの学院入りはともかく、全生徒に向かって喧嘩を売ることに反対していた魔法師学院の教士らも含まれていた。


 そんな中に一人、興奮する教士らを苦々しく見ている者がいる。


 未だに生徒を侮辱したあのジンの布告に腸が煮えくり返ったままの、魔法師学院法術課程の教士アルメイダである。


(相当な実力者であることは認めます。しかしっ! 私の生徒を馬鹿にし、下賤な思想を持ち込んでただ暴れるばかりのあの男は許せません!)


「皆さんっ!」


 アルメイダはとうとう痺れを切らせて立ち上がり、カツカツと教士の輪に歩み寄った。


「たかが馬一頭大人しくなった程度で何を興奮しているのです! 生徒に示しがつきませんよ!」


 怒鳴られた教士らは『しまった』という顔をし、アルメイダがこの場に居たことに気づかなかった事を後悔する。


 だがこのアルメイダの言葉に断固として異を唱えたのは、フォルモンドの雄姿を間近で見ていた騎馬課程の教士である。


「たかがとは聞き捨てなりません、アルメイダ先生。あの馬、ハルプモンド改めフォルモンドは元団長馬であり名馬です。フォルモンドに限らず騎士にとって馬は大切な相棒であり、魔法師といえどもそれぐらいはご理解いただいているでしょう」


「ええ、理解しています。ですがそのとやらに私の生徒が大怪我をさせられているのです。人間に危害を加えるような馬を相棒と呼ぶのですか? ヴィント学院長の肝煎りか何だか知りませんが、辛うじて処分を免れているような駄馬ではありませんか」


「あれは威嚇された生徒が腹いせに魔法を放ったからでしょう! 馬からすれば正当防衛以外の何物でもありません! それはあなたの指導不足ともいえる!」


「なんですって!? 私のせいだと仰るのですかっ! 駄馬だろうがしっかりと躾けるのも騎馬課程教士の役目でしょう! 事もあろうに正当防衛などと……たかが馬に何の権利があるというのです。責任転嫁はやめて頂けますか!」


「人馬は一体! こちらこその駄馬というのをやめて頂きたい! 誠に残念ですが、魔法師のあなたに騎士の何たるかはご理解いただけないようだ!」


「あなたの仰る野蛮な騎士精神など分かりたくもありません!」


 両者一向に退かぬ応酬に、さすがにマズいと感じた他の教士が止めに入り、アルメイダはそれらを押しのけ目を吊り上げたままその場を後にする。


 靴の尖ったヒール音を響かせ、無意識に自らの属性魔力を纏いながら生徒らのいない廊下を歩く。


「忌忌しいあの未熟で下賤な男、この私に指導不足などとっ……魔法師こそが帝国の礎なのです。動物に乗って棒っ切れを振り回して……何が騎士ですか、時代錯誤も甚だしいっ!」


 興奮してとんでもないことを口走るアルメイダ。


 斜陽の差し込む廊下が、いつになく朱く染まっていく。


「元はと言えばジン・リカルド、あの薄汚い冒険者さえいなければ……私のミラベルが五剣の二人と何か企んでいるようだけど、あの男の任期が明ける前に何としてでも思い知らせてやるわ」



 ―――ずいぶん荒れてるね



「っ!? 誰です!」




 ◇ ◇ ◇ ◇




「失礼します陛下。コミンドン卿、ブエナフエンテ騎士団長の二名が謁見を願い出ております」


「通せ」


「はっ」


 クルドヘイム城、皇帝の居室。


 侍従の言葉に皇帝ウィンザルフは即座に応え、ペリースをという片側のみのマントを身に着け、足早に玉座の間へ向かった。


 十五代皇帝ウィンザルフ・ディオス・アルバートは『雷帝』と称される稀代の魔法師の一面を持つ。


 帝位に就いて以降長らくその力は振るわれていないが、年を追うごとに法術に磨きがかかっており、並の魔法師では到底及ばない実力をもつと言われている。


 稀に感情が揺れ動いたときに見せる、雷を纏うその姿は周囲の者らに呼吸を忘れさせる威厳をまき散らす。


 ウィンザルフが玉座の間に姿を現すと、すでに軍務大臣カーライル・コミンドン、アルバニア騎士団長ジェイク・ブエナフエンテの両名は跪いていた。


「両名、面を上げよ」


「「はっ」」


 代表してカーライルが拝謁の口上を述べ、続いてジェイクが此度の用向きを述べる。


「拝謁賜り恐悦至極に存じます。本日は陛下にご報告したき儀と、それに伴う願いの儀により参上仕りました」


「願いとな。申してみよ」


「はっ。まずは騎士団をお預かりする身として、恥ずべきご報告をせねばなりません」


 ウィンザルフは沈黙し、この沈黙を続けよと捉えたジェイクがこの数か月、帝都で起きている連続殺人についての続報を述べた。


「昨日、新たな犠牲者が生まれました。これにより犠牲者は計十一名となり、未だ犯人の確保には至っておりません。これほどの被害をもたらしているにも関わらず、解決に至らぬのは全て騎士団長である私の力不足が故にございます」


「……そのようなことをこの玉座で余の耳に入れるという事は、それに見合う報があるのであろうな」


「はっ。恐れながら昨日の犠牲者により、わずかな道筋が見えました」


「ほぅ」


「犠牲者は十歳の少年であります。事件後、母親の証言によりますと少年は最近『おもしろい友達ができた』と言っていたようです。よく家を抜け出して遊びに行っていたのだとか」


「……」


「殺された少年はその日の夜も家を抜け出して遊びに出ており、殺された現場近くに住む老夫婦がたまたまその少年と、楽し気に歩く友人らしき人物を目撃しておりました」


 十歳の少年の友人。これの意味するところは、つまりその友人も子供であることは容易に推察できる。


 これにより少年殺害の犯人はその友人の可能性が一気に増すが、さりとてその友人と別れた後で別の誰かに殺されたのかもしれない。


 だがジェイクはこの目撃証言を聞き、犯人が子供であるかもしれないという可能性を考慮に入れたとき、何もかもが繋がる気がしてならなかった。


 被害者に年齢や性別といった共通点はなく、殺される場所の特徴や時間も日が落ちてからという部分のみ同じだがバラバラだった。


 まるで、夜の散歩中に肩のぶつかった相手を放埓に手にかけるような、無邪気さが見え隠れする。


「実際に二人の話し声が聞こえていたようですが内容は分からず、しばらくすると声は聞こえなくなり、もう帰ったのかと確認したところ遺体が発見されたという経緯です」


 ウィンザルフは聡い。ジェイクが最後まで言い終える前に、この報告の要点を正確に射抜いた。


「……最も可能性が高いのは学院というわけだな?」


「仰せの通りにございます」


 報告の半分も言い終えていないにもかかわらず、ジェイクが最も言い出しずらかった急所をウィンザルフが代わって告げたことに、ある意味恐怖を覚える次元である。


 一連の連続殺人は強力な毒を用いる残虐なもので、さらに現場には魔法の痕跡が色濃く残されていた。未だ毒魔法は確立されていないにも関わらずだ。


 犯人が子供だとするならば、国中のエリートが集まるアルバニア騎士学院、魔法師学院の生徒が真っ先に挙がるのはごく自然な思考と言える。


「問題は、それほどの使い手が果たして学院にいるかどうかですが……仮に居るとなれば、犯人は両学院長と教士の目をかいくぐり、実力を隠したまま在籍しているという事になります」


 ジェイクは事件が初めて起こった日と、学院に新たな生徒が入学した時期が一致することを鑑みて、これは偶然ではない可能性まで示唆した。


 長らく学院に在籍していれば、どれだけ隠そうとその者の存在は必ず明るみに出る。


 毒を操る魔法の使い手がいれば必ず学院中が騒ぎとなっているはずであり、ましてや帝国魔法研究所長を兼任する学院長パルテール・クシュナーがその者を放っておくはずがないのだ。


 それが無いという事は、ごく最近入学した無剣の生徒の中に犯人がいる可能性が高いと、カーライル、ジェイク、ノルンの三人は見ていた。


「あるいは何者かに操られている、か。そして未知の魔法を操る……まさかっ」


 ウィンザルフは勢いよく玉座を立ち、ジェイク、カーライル、加えて魔法師団長のノルンも行き着いた可能性にたどり着く。


 これに繋がり、以降は騎士団長ジェイクに代わり軍務大臣のカーライルが続ける。このを奏上する権利は騎士団長にはない。


「恐れながら、我々も陛下と同様、相手は王を従えているものと考えております」


 落ち着き払っていたカーライルはここまでだと、ウィンザルフをしかと見据え、帝都の、さらにはウィンザルフ自身に迫りくる危機を訴えた。


「これが見込み通りであるならば、帝都は過去類を見ない災厄に見舞われるのは必至。さらには御身すら危ぶまれる事態も考慮に入れるべきであります」


「それで貴様の出番だというわけだな、カーライル」


「はっ。対王種を想定し、ここにいるブエナフエンテ騎士団長およびサファシュルト魔法師団長への皇器おうき拝借を賜りたく存じます」


「相分かった。ただし、ブエナフエンテ。手にするからには分かっておろうな」


「はっ! 身命を賭す所存!」


「カーライル。パルテールのやつめにも渡しておけ。たまには体を動かせとな」


「仰せのままに。パルテール殿もさぞ皇命に奮い立つことでしょう」


「ふっ、だといいがな」


 皇命を携え、二人は玉座の間を後にしようと立ち上がるが、そんな二人にウィンザルフはふと思い出したように告げた。


「たしか、あの冒険者も学院におるのではないか?」


 ギクリとジェイクは背をこわばらせ、即座に跪く。


「はっ。その者の学院入りは我々が依頼したことであり、その者にとっては寝耳に水。事件とは何ら関係がないものと断言できます」


「疑っておるのではない。遅れをとるな」


「ぜ、善処いたします」


 ジェイクは冷や汗をかきながら、玉座の間を後にした。


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