#36 シリュウの休日

「んぇ? やすみ?」

「そうだ。つーか昨日帰り際言っただろ! 全っ然聞いてねぇな!」


 朝早くに宿を出たシリュウはここ数日通う壁建設の現場まで出向いたはいいものの、早々に親方に追い出されてしまった。


「あれか! もう来なくていいやつか!」

「ちげぇよ! 何辞めようとしてんだっ。一昨日苦情が入ったんだよ」


 事あるごとに逃亡を図ろうとするシリュウに呆れ、親方は頭を掻きながらため息をついた。


「騎士団に言われちまったんだよ。ったく、冗談じゃねぇ」


 詳細はこうだ。


 壁に積み上げる石は通常、大人十人がかりで現場へ搬入するのだが、力仕事しかできないシリュウはその班に回されるや皆の仕事を奪ってしまっていた。


 なんせその石をたった一人でさっさと運んでしまうものだから、その班にいた者は得たりとサボっていたところを住人に見られたというもの。


 実際はサボっていたわけではなく、シリュウが担ぎやすいように数人がかりで石を傾けるという、これはこれで力のいる作業をしていたのだが、事情を知らぬ人から見ればそうは映らない。


 『獣人の女の子が、奴隷のように扱われている』


 そんな話が騎士団に持ち込まれ、見回りに来た騎士団員に事情を説明して事なきを得たものの、事はそう単純ではなかった。


 シリュウを気の毒に思った住人がちょくちょく見に来るようになり、あけっぴろげにシリュウを使えなくなってしまったのだ。


「つーわけで、お前の割り当てまだ決まってねぇし、そもそも他の奴らの何倍も働いてやがる。だから今日は休め。明日また来い」


 そんなこんなで、途端にやることが無くなったシリュウは一人街を歩く。


「やっすみ~ やっすみ~ 今日はやっすみ~」


 ここで彼女は重大な事に気が付いた。


「……あれ? やすみって何すればいいんだっけ」


 里に居た頃は毎日仲間と訓練していたし、遠出の狩りにもしょっちゅう出かけていた。鉱山に入って交易用の石を集めていたこともある。


 だがここは人間の街で訓練どころか仲間もいない。勝手に街の外へ出るなとジンから言われているので、野に出て狩りもできない。


 よく考えたら、一人になったのは里を出て、ジンに会って以来なかった。


「うっ」


(急にさびくしくなって……)


「……はっ!! だめだだめだっ。シィは戦士、泣きごとはゆるされないっ! よーし、お師のとこ行くっ」


 一人落ち込み、一人立ち直ったシリュウはパンと顔を叩き、突然大きな声を出した彼女に驚いて振り返る人々を気にかけることなく再び歩き出した。


「えーっと、お師はがくいんにいるんだっけ?」


 鼻歌を唄いながら、学院とはあさっての方向へ迷いなく歩く。


 そんな彼女を目にしたのは、偶然休みを取っていたギルド職員のナトリである。


(シリュウさん? なんでこんなところに?)


 いつもなら壁建設の現場にいるはずであることは職務上知っていたので、こんな時間に彼女が街をウロウロしているのはおかしい。


「まさか……何か問題を起こして追い出された、とか?」


 途端に心配になったナトリは買い出しに訪れていた店を後にし、靴やら鞄やらが置かれた棚をガラス越しに見ているシリュウに声をかけた。


「だいきんか七枚……っていうことは……?」

「シ、シリュウさん!」

「はにゃ? あ、ナットーだ」


 ガラスに張り付いて指を折っていたシリュウは、後ろで息を切らせているナトリを振り返る。


 ちなみにシリュウにとってナトリは新しいギルドカードをくれた『いいヤツ』という認識なので、強さはともかく数少ないお気に入りの一人だったりする。


「あ、あの……今日はお仕事はどうされたんですか?」

「おしごと?」

「壁建設のことですっ」

「石はこびか! さっきおやかた人間に今日はやっすみーっていわれた。このままにげるのもやぶさかじゃない」


 両手を頭の後ろにやり、石ころを蹴る仕草をする。


「だ、駄目ですよ! 一応ギルドの依頼なんですから! で、でも、そうですか……よかった……」


 何か問題を起こして追い出された訳ではなかったことが分かり、ナトリは一人安堵する。


「なにがよかった?」

「わっ! 近いっ!」


 ズィと顔を近づけられ、ナトリは顔を赤らめて慌てて引き下がる。


「な、なんでもありません……ところで、シリュウさんはこれから……」


 と、ここまで言いかけ、ナトリは自分がふと言おうとしたことの重大さに気が付ついて押し黙ってしまった。


(僕は何を!? シリュウさんはあの王竜殺しドラゴンキラージンの仲間なんだぞ!? それに彼女自身も一流の冒険者さんだし、そんな人に僕なんかがっ)


「なんだぁ? はっきりいえ」

「あ、あの……」


 またも何のためらいもなく顔を近づけるシリュウにナトリは『うっ』と息を止め、このままでは怒らせてしまうだけだと意を決した。


「あのっ! シリュウさんはこれからどこかへ行かれるんですか!?」

「おうっ!?」


 突然大声を出したナトリにシリュウは驚きつつ、目的地を告げる。


(がくいんって、騎士学院の事だよね……あっ)


「ジンさんに会いに行くんですか?」

「そーだ、よくわかったな!」

「そ、それはわかりますよ……」


 当然、ナトリはジンが帝国からの依頼として学院で教士をしていることも職務上知っている。


「あの、全然方向が違いますけど……どこか寄り道でもするんですか?」

「へ? そなの?」


(やっぱり……でもこの流れなら不自然さは全くない!)


 ナトリは呆れつつ、今日、自分が休みだったことに心の中で拳を握った。


 そして『おかしいなぁ』と首をかしげているシリュウに提案する。その決心は先ほどついていた。


「よ、よければ学院までご案内しましょうか!? 僕も今日は休みなんです!」



 ……――――



「おおっ!? 珍しいな、ナトリが女の子と歩いてるなんて!」

「なになにデートかしら? まぁまぁ~♪ 可愛い彼女さんじゃない!」

「やっぱギルド職員はモテるんだな。うらやましぃぜ」


 知り合いに会うたびに茶化され、反論し過ぎてすでに疲れ果てている。


 ナトリは知り合いだらけの生活圏から早く脱出せねばと思いつつも、道中のショーウィンドウや街のオブジェクトに興味を惹かれまくるシリュウを急かす事が出来ないでいた。


「本当にごめんなさい、シリュウさん」

「……ふぁにが?」


 お腹がすいたといったシリュウのおかげで今はからくも店内に避難中。平たく焼いたミンチ肉に野菜を重ね、それをパンで挟んだバグスという食べ物が名物の店だ。


 シリュウが食べているのは肉を十段に重ねたモンスター級のバグスで、口いっぱいにほお張りながらナトリがなぜ謝るのかわからないと首をかしげる。


「そ、その……デ、デートだとか……」


 モニュモニュ


「お、お付き合いし、してる、とか……」


 モニュモニュモニュ


「ははっ、ど、どうかしてますよね、みんな! そんな訳ないのに!」


 モニュモニュ―――ゴクン


 何とか誤魔化そうとするナトリを見ながら無言で食べ進めるシリュウ。最後の一口を放り込み、バンッとテーブルを叩いた。


「ひっ! ごめんなさいごめんなさいーっ!」


 ナトリは怒られることを覚悟してテーブルに突っ伏す。


「うまいっ、でもたりない! おやじ人間! 次、二十だんくれ!」


「……え?」


「がーっはっはっは! あっぱれな食いっぷりだなお嬢ちゃん! けど大丈夫か? ウチはいい肉使ってるから安くねぇぞ?」


「くっくっく……もってけドロボー!」


 シリュウは金袋から金貨を取り出し、テーブルに叩きつけた。


「ごはんのためにシィはまものをぶっころす!」


「いいぞーツノの嬢ちゃん! さすが冒険者だっ!」

「いよっ! 世界一!」

「シィちゃん応援してるわよー♪」


 立ち上がり、椅子に片足を乗せて胸を張るシリュウに方々から声援が飛んでくる。店の中と言ってもテラス席なので、道行く人にもその様子は丸見えだった。


「ナットー食べないのか?」

「あ、え……」


 声援を真っ向受け止め、座りなおしたシリュウは首から下がる青のギルドカードを遊ばせながら、未だ一口もつけられていないナトリのバグスを見ながら言う。


「シィは人間のことまだよくわからない。だからナットーのごめんなさいがわからない」


 困惑するナトリを見ながらシリュウは犬歯をのぞかせ、思っていることを口にした。


「シィは戦士だからひとりでもさびしくなんかないけどな。でもほんとは……ナットー来てうれしかった!」


 その笑顔に、ナトリの悩みは一瞬で吹き飛んだ。


「……う」

「?」

「うおおおおおっ!」

「おわっ! どうしたナットー!?」


 ナトリは目の前の冷めたバグスを一気にほお張り、シリュウと同じくバンッとテーブルを叩く。


「親父さん! 僕にも二十段下さいっ!」

「がーっはっはっは! いいぞ坊主! それでこそ男だ!」


 運ばれてきた塔のようなバグスに二人して向かい合い、舌なめずりしているシリュウにナトリは宣言する。


「シリュウさん! どっちが先に食べ終えるか勝負です!」

「なはっ! うけてたーつ!」


「僕が勝ったらあなたに告白します!」

「こくはく……なんの?」


 舞い上がった青くさい青年とハテナが乱立する少女に周りは大笑いしつつ、勝負はあっけなくシリュウの勝ち。


 以降しばらく、ナトリは頭を抱える日々を過ごした。



 ◇



「あれはシリュウさんではありませんか。一緒にいるのは……お友達かしら?」


 事件が発生したという現場へ赴く途中、魔法師団長のノルンはよく知る紅い髪をなびかせて歩くシリュウを偶然見かける。


 彼女は脇に抱える花をちぎっては口に運んでいた。その様に花ではなく頭を抱え、彼女の後を歩いているのはノルンの知らない青年。


 一輪手に持ち、振り返りざまに青年の口に花を押しやるシリュウにノルンは目を細めた。


(うふふっ、シリュウさんも隅に置けませんね。でも贈り物の花束を目の前で食べてしまっては、さすがに男性が可愛そうですよ?)


 ほほえましい光景にノルンは癒されつつ、今朝方三名の無残な死体が発見されたという現場へと到着した。


 死体はすでに騎士団が回収しているので確認はできないが、騎士団長のジェイクいわく、今回も何かしらの魔法が行使されたと聞いている。


「サファシュルト団長。この路地です」

「……ええ」


「お疲れ様です!」


 中を警備している数名の騎士団員がノルンを見て敬礼。


「貴方たちもご苦労様」


 立ち入りを禁ずる仕切りを騎士団員が移動させてノルンが現場に足を踏み入れると、そこはまるでダンジョンの中にいるような感覚をほうふつとさせた。


 分からない人間には分からないが、分かる人間には十分すぎるほどに分かってしまう。


(濃いわね……)


「推定犯行時刻は?」


「はっ。昨晩深夜、現場近くの店で酒を飲んでいたと、その店の店主に確認が取れています。目の前に住む住人が早朝に発見しており、犯行時刻は深夜二時から早朝五時の間と思われます」


 続いて、付き添いの騎士団員が被害者の情報を述べる。


「ギルドカードを所持していましたので冒険者ギルドに確認したところ、パーティーを組むDランク冒険者たちでした。四日前に受けていた依頼を失敗したようですが、こちらに事件性は見られません。また、三名は酒代の支払いをかなり渋っていたようですが、結局支払いを済ませて出てきているので店の係わりも薄いものかと」


「そう。今回もブエナフエンテ団長は毒によるものだと?」


「はっ。今回の被害者たちも、この二か月ほどで被害にあった七名と同様の状態で発見されています。また、同じく壁や石畳から毒物は見つかっておりません」


 血だまりに浮かぶ、見るに堪えないほど損傷した遺体。


 被害者の共通点も全く見いだせないことから、騎士団では無差別の犯行と見ていた。


(この重い魔素の残り香……魔法による犯行の可能性はかなり高い。でも毒魔法なんてまだ確立されていない研究段階の代物よ? 金目のものも取らず目的も不明。一体誰が何のために……)


「確かに今回も魔法による犯行の線は高いと思います。ですが、そう見せかけているのかもしれない。私も特殊な毒物による犯行の可能性もまだ残すべきだと思うと、ブエナフエンテ団長に伝えて頂戴」


「はっ!」


(今上陛下即位以降ありえない残虐事件。早急に尻尾を掴まないと、このままだと帝都が大混乱に陥るわ)


 ノルンはその場に膝をつき、被害者の三名に祈りを捧げてその場を後にした。


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