#35 操り人形

 ジンが学院と水路管理局北支部に出入りする日々を送る中。


 ここはとある帝都の一角、月のない夜道を一本の街灯だけが照らしている。


 ギルドの依頼に失敗した三名の冒険者が、ヤケ酒に溺れていた店をようやく後にした。リーダー格の男はギリギリと歯を食いしばりながら金袋を叩きつけて店を出ている。


「っざけんな! なんでたかが酒一杯が大銅貨一枚もしやがんだ! せっかくの酔いが醒めちまったじゃねーか!」


「どうすんだよ……明日宿代払えねぇぞ……」


「宿なんかバックれりゃいいんだよ。帝都っつーから来てやったのに、ロクな依頼もねぇんじゃこのまま居たって俺ら破産だぜ? さっさと出ようぜ」


「あのクソ店主、なーにが『払わないなら騎士団を呼んでやる』だっ。自分じゃ何もできねぇザコの分際で舐めやがってっ!」


 怒りの収まらない男が隅に置かれた木箱を蹴り上げると、中に入っていた大きめの盆がグワワンと回る音が静まり返る路地に響き渡る。


 さすがに帝国最強と呼ばれているアルバニア騎士団を敵に回すわけにはいかないと、三人は怒りのぶつけ所を探すように夜道を歩いた。



 ―――ずいぶん荒れてるね



「ああん!?」

「ようこそ~サンドバッ……グ?」

「あれ?」


 突然声をかけられ、三人は舐めるように振り返るがそこには誰もいない。



 ―――つまんないよねぇ、この街。



「どこに居やがる!」

「隠れてねぇで出てきやがれ!」


 辺りを見渡しても誰もいない。近いような遠いような、遠くの囁きが耳に届いているかのような不思議な感覚を覚えつつ、しびれを切らした三人は各々武器を取って声の主に脅しをかけた。


「ここだよー。こーこ」


 すると先ほどまでとは違い、明らかに近くで実体化した声にあわせ、声の主は姿を現した。


「なっ、いつの間に!?」

「ガ、ガキ?」


 屈託のない笑みを浮かべ、突然現れた少年は驚く三人の周りを小気味よく話し出す。


「わかる、わかるよー。ボクも初めて帝都ここに来たときは驚いた。バカみたいに高いモノに、法律に縛られて操り人形みたいに働く人間。稼いだお金は税とか言って搾り取られて、そのほとんどが他の国への侵攻に使われる。しかも戦うのはほとんどが民兵なんだ。冗談じゃないよね。もっと楽しく生きないと。そう思わない?」


 立ち止まってグィと顔を突き出し、困った顔をする少年に三人は思わず武器を向けた。


「べらべらと何言ってんだこのガキ」

「俺らは冒険者だ。税の事なんか知るか」

「たしか帝国は募兵制で、徴兵じゃねぇから納得していくんだぜ」


 一人がまともな事を言うが、少年は意に介することなく自らの言をやめない。


「増えすぎた人間使って、自分の野心を満たすために世界中に触手を伸ばす皇帝。これを放っておいたら、世界がむちゃくちゃになっちゃうよ。冒険者だってそうさ。依頼料って、帝国に納める税を切り取ったあとなんだよ? 知ってた?」


 いつの間にか論点が帝国に移され、少年の饒舌さに三人は不穏な気配を感じずにはいられなくなる。数歩後ずさり、一言二言相談してリーダー格の男が前に出た。


「よくお勉強みたいだがよ。んで? テメーはその帝国をどうしたいんだ?」


 三人が話した内容は、明らかに帝国に反逆の意志を見せている少年を騎士団に突き出し、あわよくば報奨金を得てやろうと言うもの。


 子供が他国の間者に操られているということはよくあることで、その裏で操っている者を芋ずる式に捕縛できれば、裏が大物であればあるほどその額は跳ね上がっていく。


 生意気なガキだと力でねじ伏せたところで自分たちに残るものは何もない。しかもここは帝都。三人はさすがにそこまで馬鹿ではなかった。


 リーダー格の男は剣を納め、少年に単純な質問を投げかける。子供にあれこれと複雑な誘導は必要ない。


「そうだなぁ、滅べばいいなぁ……だけどボク一人じゃどうしようもないしさ、もう少ししてから皇帝は殺しちゃうとして、とりあえず今は楽しければどうでもいいかな? で、荒れてるお兄さんたち! よかったらボクたちの仲間になってよ!」


 人差し指を口元に当て、無邪気に振る舞う少年に男らは笑みを浮かべた。


「たち、ね。はい決定。来な、俺らが楽しい散歩に連れてってやるよ」

「よく見たらこいついい恰好してやがる。どっかの貴族かもしれねぇぞ」

「く~っ、ボウズぅ♪ 頼むからデカいヤツに操られててくれよぅ♪」


 なぜか嬉しそうに自分の手を引こうとする男らに、少年は不思議そうに首を傾げる。


「なになに? 仲間になってくれるの? お兄さんたちもやっぱり帝国のこと嫌い?」


「おうよ~、大っ嫌いだぜぇ?」


「おれもー」


「はははっ! 少なくともオレたちゃ騎士団嫌いだ、ボウズ♪」


「ほんとに!? やったぁ!」


 飛び跳ねて喜ぶ少年を見て、思わぬ収穫に内心高笑いの三人。


(所詮ガキだな。飼い主もさぞ馬鹿なんだろ)


 だが、そのおかげで空気が重く歪んでいることに気が付かなかった。



 ゴキッ



「……ん?」


 鈍い音と同時に、少年の手を引く男の腕が力なく宙に浮く。


「ひぎゃぁぁぁぁっっ!!」


 プラプラと揺れる自分の腕を持ち上げ、ようやく事に気が付いた男は叫声をあげた。


「なっ!? どうしたっ!」

「おっ、おい! 大丈夫か!?」

「くっそがぁぁぁっ! 痛てぇ! 痛てぇよぉ!」


 二人が攻撃したであろう少年に再度武器を向けるが、飛びのいた少年もなぜか慌てた様子である。



「えっ、なんで!?」


「そうなの? でも帝国は嫌いって……」


「うん……うん。そうなんだ……騙されちゃったのかボク」


「わかった。残念だけど、仕方ないね」



 リーダー格の男を介抱しつつ、男二人は何もない空間に一人話しかけて肩を落とした少年に怪訝な顔を向ける。


 だが、やったのは間違いなくこの少年。仲間をやられたからには黙っていられないと、一人が少年に向かって怒声をあげ、怒りまかせに突進した。


「クソガキが! タダじゃ済まさねぇぞ!」


 男は勢いそのままに剣を振り下ろした。



 フワッ



「はぁっ!?」


 確かに剣の軌道を通った少年。だが振り下ろした剣には何の感触もなく、真っ二つになったはずの少年はかすみのように消えてしまった。


「ダメだったかぁ……せっかく仲間になれると思ったのに」


 突進した反対側から声がし慌てて振り返ると、何事も無かったように少年が立っていた。変わらず肩を落としたままのその様に、三人の背筋が凍る。


「なっ……何をしたっ!」

「何なんだこいつ」

「ううっ」


 腕を折られた男とそれを介抱する男も少年の異常さにあてられ、ゴクリと息をのむ。


「うおぁぁぁっ!」


 恐怖を振り払うかのように男は声を上げ、いつの間にか反対側に回っていた少年に再度突進。


 だが、次は剣を振り下ろすことはできなかった。


「うそつき」


 言葉と共にギラリと目を光らせた少年が手を前にかざすと、男たちの体から突如感覚が無くなり、ピクリとも動けなくなってしまった。


「うっ!」

「うご……け……な」

「麻痺……かっ!」


 生気を失った少年の、冷たい視線が三人に突き刺さる。


 次第に声も発することが出来なくなり、三人は自分たちの命の終わりを突き付けられた。


「じゃあね」


「ご……は……」

「あ゛っ……」

「……ぶっ」


 ギリギリと肺を締め付けられる感覚と共に、三人の視界が赤く染まってゆく。


 浮き出た血管は皮膚を食い破って次々と弾け、およそ人体に流れる血液のほぼすべてを噴出させた。


 プチプチと血管が弾ける音がやみ、血の勢いがなくなり始めた頃、三人は見るも無残な姿で絶命した。




「そうだね、明日はきっと楽しいよね!」


 元気に答えた少年の頭には、既に三人の男は存在しない。


「きったないなぁ」


 街灯に照らされた血だまりをピョンと飛び越え、少年は鼻歌交じりに闇に溶けゆく。


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