#34 思慮深くかつ大胆に

(流れる水の如く……とめどなく動いて相手の動きを誘い、後の先を仕掛ける)


 俺が半歩前に出ると、前に出ていた生徒がそれに合わせて剣を突き出してくる。それを見る前にくるりと一回転してかわして足をかけ、つまづいたその背を蹴飛ばして背後に回っていたもう一人とぶつけてやった。


「ぐっ!」

「完全に読まれてたっ」


 前二人が崩されるのを見て、焦った後衛の二人が火球を放とうと魔力を収縮させるが、発動の前に同じ火球でそれを迎撃。


 手元で俺の火球と自分たちの火球が衝突し、後衛の二人は衝撃で吹き飛んで壁に打ち付けられた。


「うがっ!」

「きゃぁっ!」


「勝負ありっ!」


 審判に入っていた教士の声で前衛の二人は剣を納めてうなだれる。


「まだまだだ。分かりやすい誘いに乗って安易に距離をつめるんじゃない。とにかく、後衛が崩されたら隊として終わり。相手が強大ならなおさらだ。諸君らの負けとする」


「くそっ!」


「剣すら抜かせられないなんて……」


 戦闘課程の教士が、敗れた前衛二人に軽く助言をしながら壁に打ち付けられた後衛二人の様子を見る。


 どうやら軽い脳震とうで済んでいるようだが、教士が念のため救護室まで運ぶよう指示すると、二人は頭を抱える後衛二人に肩を貸してその場を離れて行った。


「ありがとうございました」


 たまたま近くを通りかかり、審判を引き受けてくれた教士に感謝を述べる。


「いえいえ、謝意は不要ですよ。これも仕事なんでね」


「そう言って頂けると助かります」


 今日で五日目。


 これまで幾度となく繰り返してきたこのやり取りにもかなり慣れてきた。この五日間ですでに数えきれない挑戦を受けてきた俺からすると、通りがかりに駆り出される教士に申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、毎回同じ教士な訳もなく。


 多くの教士いわく学院中がもっと殺伐とすると思っていたのが、生徒に大した怪我もなく、一戦一戦の決着があまりに早いので拍子抜けしているらしい。


「どうですかな? 三剣、四剣の生徒らは」


 教士にそう聞かれ、今の四人について俺は正直に感想を述べる。


「一、二剣の生徒に比べれば格段にできますね。今の子も誘いには乗ってしまいましたが、半歩の誘いに乗ることが出来るのも、相手をよく見ていることに他なりません」


「ほほぅ。そういう見方もできますか。たしかに、未熟が過ぎれば誘いにすら気づきませんからな」


「然り。ですが仕方のない事ではありますが、あまりに実践経験が少ないですね。考えてから動いているうちは、剣も魔法も私に届くことはありません」


「思考と動きを連動させつつ、果ては最善手を反射で繰り出せるようにならなければならないと」


「野生では一瞬の判断が生死を分かちます。師からそう学びましたし、私もそうするよう心がけています」


「……生徒では敵わない訳だ。正直、他の先生たちと言ってたんですよ。大量卒業もありうるぞと。初めはどうなる事かと心配していたんですが、もしかしてリカルド先生は誰一人として?」


「ええ。微塵も卒業させるつもりはありません」


 笑みを浮かべながら断言すると、教士は高らかに笑って『また審判させて頂きます』と言い残して去っていった。


(生徒らには悪いが、俺の修行に付き合ってもらう)


 学院生活初日に巡り会ったゴトーさんとズミフさん。


 彼らに見守られながら修行する中、ゴトーさんがふと口にした、『陸も水面も変わらない』の言葉は俺にとって大きな糸口となった。


 三日目にそのイメージを焼き付け、目を瞑って水面に足をやった瞬間、ズブリと水に入ったのだ。


 驚いたことに水に粘性が現れ、一瞬、しかも片足ではあるが俺は水面に体重を乗せることが出来たのだ。そのあとは想像通り、粘性は失われて上から下までずぶ濡れになる羽目になったが、それにももう慣れてしまった。


 何も浸かりきってしまう水路でなくとも、水たまりのようなものでいいのではと思って二人に言ってみたのだが、あっさり却下されてしまったのは言うまでもないだろう。


「ミズタマリニタッテ、ホントウニウレシイノカ?」

「そんなヌルいことしてる暇はなイ!」


 確かに、水たまりに乗っかって何が嬉しいのか。


 ヌルいと言われれば、その通りだとしか言えない。


 それ以降、俺は学院の放課後は服を脱ぎ棄て、裸一貫で水路管理局北支部一階にこもっていた。


(学院の廊下は水面みなも、水面、水面……)


 学院にいるうちは地面を水面と想像し、北支部にいるときは水面を地面と思い込む。


 それが今の俺の修行である。


 その間も探知魔法を広げることを忘れてはならない。訳の分からない想像で油断してあっさり一太刀入れられたら目も当てられない。


「曲がり角、階段。三人とも視えてるぞ。狭い廊下では待ち伏せより背後、もしくは窓から急襲すべきだ」


 俺は廊下の曲がり角に一人、さらに階段の陰にいる二人の反応に向かって声をかけた。さっきの四人の三剣生徒との戦闘も遠目で見ていたのだろう。


「やっぱバレた!」

探知魔法サーチ使いなの!? というか窓からって、ここ三階ですよ!?」

「いいや、事前に知れてよかった。とにかく逃げろっ」


 うち一人は聞き覚えのある声だったが、逃げるのならわざわざ追わない。これも彼らの戦い方なんだろう。


「事前、ね」


 その時を楽しみにしておこう。



 ◇



「では、騎士学院、魔法師学院合同の作戦会議を始める!」


 その日の課程が終了した放課後、騎士学院一剣の戦術課程で最も優秀な成績を収めている生徒が声を上げた。


「我々騎士学院に所属する全員で五日間必死に情報収集して、悩みに悩んで考えた作戦だっ! その苦労をまずはみんなに話して―――」


「そんなのどうでもいいから早く始めて頂戴」


 魔法師学院一陣二位のユスティが冷たい視線を送ると、生徒はシュンと肩を落とす。


「わ、わかったよぅ……」


 生徒は気を取り直し、眼鏡をキリリと正してまずは自己紹介から入った。


「騎士学院のリッツバーグ。騎士学院を代表して進めさせてもらう。まずは敵の戦力確認から。エト君、君の知るリカルド先生の戦力を皆に教えてくれないか」


「いいぜ~」


 話を振られ、エトは椅子をゆらゆらと揺らしながら知る限りの情報を話す。


「兄ちゃんはちょーつえー。アイレ様の次だけどな!」


 教室にいる約六十人に沈黙が流れる。


 何も、分からない。


「リッツバーグ。エト君相手にあなたの聞き方が悪いわ」


「ぼ、僕か……そうだね、うん。僕が悪い」


 ユスティにまたも冷たい視線を送られ、リッツバーグは咳払いをして質問を変える。


「ではエト君。リカルド先生の属性魔法を教えてくれ」


「えー……おいらが知ってるのは風と火と地……あと樹だ」


「ありがとう。初日に大岩を粉々に砕いたのがエト君の言う通り風魔法だとすると、この五日間で先生の火球魔法も確認されてる。地と樹に関してはまだ確認されていないが……」


「マジだって! 昔おいらたちを襲ってきたデカい鳥に向かって壁出したし、倒したあと木動かして吊るし上げてたんだよ!」


「あと雷も使えるよ、ジン先生。わちらの雷パンチ、同化されちゃったもんね」


「だなぁ~」


 レーヴが付け加え、スキラが同意すると、リッツバーグは再度眼鏡を正す。


「皆、聞いた通りだ。七大属性の内五つが使えて、残るは水と氷だが、はっきり言う。この際、先生は全ての属性魔法を実践レベルで使えると思った方がいい」


「そんなやつ存在するのかよ……」

「クシュナー学院長でも四つとか言ってたよね?」


 ざわめく教室内。加えてと、リッツバーグは更なる追い打ちをかけ、皆に現実を叩きつける。


「エト君らを素手であっさりと退け、さらに四剣のシスティナ嬢を一撃で伏したのも知っての通りだ。僕ら独自の調べでも、この五日間で三剣、四剣の生徒が魔法無しであっさり負けてる」


 つまりと続け、


「体術、剣術、魔法。どれも超一流、正真正銘のバケモノ。それが五日間で得た結論だ」


 ざわめきから一転してシンと静まり返った教室。敵の戦力分析はとても大事だと口酸っぱく教わってきているものの、それほどの相手になす術はあるのかと、魔法師学院の生徒らが作戦を聞く前にうなだれてしまった。


「で、分かった上でどうするの? そんなの、エーデルタクトとラクリから称号を贈られてる時点で分かっていたことよ。ここで怖気づいてる場合じゃないわ」


 話だけで気負ってしまう前に、ユスティは肝心の作戦の中身について話すよう促した。


「くふっ、さすがユスティ嬢。では発表する! そんなバケモノに一矢報いる作戦を!」


 バンと教壇を叩き、リッツバーグは騎士学院の生徒を代表していきり立った。


「題して『前衛がゾンビの肉壁なら絶対に負けない! 略してなぜかアクト作戦!』の詳細はこうだっ!」



 ……――――



「なるほど。先生の言った『骨の二、三本は覚悟しろ』っていったあれを逆手にとるのね?」


「その通り。この五日で救護室に運ばれた人たちの怪我の具合を先生に聞いたら、骨折どころか全員が大したことなかったんだよ」


「そこまでせざるを得ない相手がいないっていったところかしら」


「それもだと思うけど、そもそも『骨の二、三本』っていうのは最悪の場合で、事故みたいなものを想定してるんじゃないかな」


「その線が濃さそうね」


 ひとしきり作戦の説明が終わり、各々の役割を与えられた生徒たち。


 リッツバーグは騎士学院の生徒へ、ユスティは魔法師学院の生徒に向かって改めて念を押す。


「この作戦は一にも二にも根性が試される! 指示は僕が出すから、本番で動けないなんてことにならないように、その前に最低一人一回は必ず先生に挑んでおこう!」


 おぅ、と気合の入った声を上げ、騎士学院側の生徒らの覚悟は決まった。


「この作戦のキモは治癒隊ヒーラーの五人! とにかく前衛を間断なく治癒し続けることが肝心よ」


「作戦は分かるけど……ほんとに出来るのかなぁ?」


「出来る出来ないじゃなくてやるの。この間授業でやったときは出来てたじゃない。あれを勝つまでやればいいだけよ」


「あの時はほんの少しの間だったし……はぁ、アリアさんがいてくれたらまだ……」


 弱気なままの生徒の一言で、ユスティは眉間にシワを寄せる。


(確かに。よりにもよって、この作戦はアリアがいるのといないのとでは大きく成功率は変わってくる……でもっ!)


「アリアにはアリアの事情があるわ。いない人をアテしちゃダメ!」


 一喝され、仲の良いはずのユスティがそこまでいうのなら、アリアが参戦する希望は無いのだと思い知った治癒隊の五人。


 同じく治癒隊と共に要の役割が与えられているファニエルを見て、自分たちはまだマシかなと机に突っ伏す彼女に苦笑いを向けた。


「リア~、リア~。ファニを見捨てないで……むにゃむにゃ」


「全くこの娘はっ……どんな夢をみてるのかしら? ファニ、起きなさい!」


 ツカツカとファニエルに歩み寄ったユスティは、勢いそのままに咥えられたペンを引っこ抜く。


「あ、ユースおはよ~」


「おはようではありません! 今から治癒隊の皆と特訓ですっ! 時間はありませんよ!」


「え?」


 ベチンと額にペンを当てられ、頭をさすりながらファニエルは腕を引かれてゆく。


「やっぱ人間の考えるは細かい。なぁ、レー」

「うん。でも結局わちらのやることは変わらない。そうよね? エト」

「ああそうさ……このエト様が究極のゾンビを見せてやるぜっ!」


 三人はあっという間に負けたことなどさっぱり忘れて気合十分。


 この共通課程を共にするクラスには、ほかに三人の獣人の生徒が在籍しており、彼らを合わせたこの六人は前衛として大きな期待を背負っていた。


 そもそも彼らは他の人間の生徒と比べて、国を出た時点から覚悟の次元が違うのだ。


 今か今かとその日を待ちわび、『ククク』とニヤつくその姿に教室の皆が頼もしく思いつつも、その不気味さに震えているのを彼らは知らない。









――――――――――

■近況ノート

Oculus Quest2買ってみた

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16816927860529857464

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