#31 悩める一位
「―――ア」
夢でも見ているのでしょうか。
まさか、学院でお会いすることになるなんて思いもよらなかった。
あの方の事。
きっと私には想像もつかない様々な出来事を経てきているのでしょう。
もう一度お会いしたい。会って飛びついてしまいたい。
でもそれをすれば、きっとあの方は笑って私を受け入れて下さる。
久しぶりに会う、妹のように。
「―――リア―――アリアっ」
「ひゃっ! ど、どうしました? ユース」
つい考えこみ、思いに
共通課程を共にする友人の声で現実に引き戻され、小さく悲鳴を上げてしまった。
恥ずかし気に口元に手をやり、友人で同じく貴族令嬢のユースことユスティ・マクウィリアの方を見て、あわてて姿勢を正す。
「リア、しんだ魚の目してた」
「そんな目はしておりませんっ」
いかに貴族平民を問わない実力至上主義を謳う学院とはいえ、おのずと貴族や金持ちを親に持つ子弟と、それ以外の子弟でグループができてしまう。
だが、貴族の娘であるアリアにずけずけと物を言ったもう一人の友人、ファニエルは平民の子である。
彼女は常にペンの尻を咥えており、何かを咀嚼していれば集中力が増すという、入学当時アリアに言われた言葉を信じて癖にまで昇華させた強者である。
入学初日に学院内で迷子になっていたファニエルはアリアに案内してもらってからというもの、アリアを気に入ってついて回っている。それから一年、アリアにとってもファニエルは良き友人の一人となっていた。
「どうしたの。ボーっとして。それとファニ! またペンに噛り付いて、はしたない! おやめなさいといつも言っているでしょう!」
「あ……脳が死ぬぅ」
「死にません!」
咥えていたペンを取り上げられ、ユスティにむかって手を泳がせるファニエル見てアリアはクスクスと笑う。
「すみません、少し考え事をしていました。ファニ、ずっと噛んでいる必要はないと思いますよ?」
「えー、もう手おくれ。わたしの体の一部」
「妙なクセはやめなさい! そんなことより!」
まるで母親のようにファニエルを諭すユスティは面倒見がいい。
片田舎の出で右も左も分からないファニエルに、『学院生として相応しい振る舞い』というものをあれこれと根気強く教えている。
もちろんこの面倒見の良さも、彼女の魔法師としての能力を知っているからこそ。水魔法の扱いに長け、自分たちと同様に無陣から一陣に一年で上がったファニエルの事を、アリアもユスティも十分に対等だと認めている。
よい子である、という事より、努力を怠らない、という事の方が学院では他者に認められる重要な要素なのだ。
「考え事って、やっぱりあの教士のこと?」
ペチンとペンをファニエルのでこに当て、ユスティはアリアが放心していた原因を突く。
「え、ええ……そうですね……」
「やっぱり。アリアが想いを寄せる殿方が、まさかあんな粗暴な方だとは思いませんでしたけど」
「ちょっ、ちょっとユース! 声が大きいですっ! なぜそういう事になるの!? それにジンさ……リカルド先生は何か事情があって!」
「リアの方が声おっきぃ~」
「うっ」
ユスティに言われ、思わず立ち上がったアリアにファニエルがのっぺりした声で指摘する。ちなみに、ぷるぷるとペンを咥えるのは我慢している。
静々と座りなおすアリアを見て、ユスティは『ふぅ』とため息をついた。
「わかってるわよ。何かあれば『これではジン様に追いつけない』って口癖みたいに言ってるものね、アリアは」
「そ……そんなに言ってる、かしら?」
「言ってるわ」
「ジンジンいってる~」
「恥ずかしい……」
顔を赤らめてうつむくアリア。
ユスティは素直で可愛らしい、そして良き友人でありライバルでもあるアリアの事が大好きだった。
心優しく穏やかな性格でありながら、いざ戦いとなるとその闘争心は誰よりも高く、それでいて
ひたすらに高みを目指すアリアの姿は、ユスティにとって眩しくさえあるのだ。
だからこそ、彼女が時折漏らす『ジン様』なる人物に興味があったし、闘技場でジンの姿を見たアリアが放心していたのも見逃さなった。
あの教士がアリアの言っていたジン様なのだとすぐに察したユスティは、そんな運命があるのかと、内心驚愕していた。
「しょうがないわね。私が協力してあげる」
「え?」
ユスティの言葉にアリアは顔を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる友人の顔を見る。
「私たちは学院生よ。旧交を懐かしんでる場合じゃないわ。リカルド先生の鼻っ柱を叩き折ってやるのよっ!」
「お~、ユースやる気」
「ファニ! あなたもやるの!」
「ふぇ!? 無理だよぉ、無謀だよぉ。レーちゃんたちみたいになりたくないよぉ」
しなしなと情けなく崩れ落ちていくファニを
「ユース……私は……」
「?」
色々なことに前向きに挑戦してきたアリアなら今回もやる気になると思っていたユスティだが、口ごもるアリアを見てこれは重症だと悟る。
ユスティがハッパをかけてやろうと声を上げようとしたその時、ガラリと教室の扉が開かれた。
「あ、レーちゃんだぁ」
扉を開けて入ってきたのは開戦の狼煙をあげ、殊勲を立てた三人である。
ファニエルはパタパタと三人のうちの一人である獅子の獣人レーヴの下へ駆け寄り、ぴょんと飛びついた。
体幹を鍛えに鍛えているレーヴにとって、このいつもの飛びつきも羽虫が止まった程度である。
「レーちゃんぶじ?」
「無事よ無事。ていうか心配するなら離れて」
「いやだぉ~」
「うにゃっ!?」
飛びつきついでにファニエルは頭にぴょこんと生えるレーヴの丸い獅子耳を咥える。日頃ユスティに怒られた後、ほとぼりが冷めるまで矛先を向ける、彼女お気に入りの一人がレーヴだった。
「耳を食うにゃわわわわわっ」
「レーちゃんのネコミミは至宝。学院に来てよかった」
「ネコじゃなーいっ! わちは誇り高き獅子のぉうにゃら……」
耳が弱点のレーヴは、途端にねこ科の本性を現してペタンとその場に座り込む。ふくれっ面のままクルルと喉を鳴らしながら、苦手なファニエルのされるがままになってしまった。
「ちょうどよかったわ、三人とも。ファニは離れな……さいっ!」
ツカツカと三人に歩み寄ったユスティは、レーヴからファニエルを引っぺがして続ける。
「なんだよ。こっちは激闘で疲れてるんだぞ」
「そうだそうだ」
エトとスキラは仲は悪いが気だけは合う。ヘタり込んだレーヴはさておき、ちょうどよいと言った宿敵のユスティに二人は警戒の色を隠さない。
おそらく、この二人はファニエル以上にユスティに日々の素行で怒られてきている。
「げきとう? あれが? 瞬殺だったじゃない」
「う、うるさいっ! 兄ちゃんにハナを持たせたんだ!」
「雷効かないなんて予想外だったんだよっ!」
はぁ、とため息をつき、ユスティは仮にも殊勲を立てた二人に対して称賛の気持ちは抱きつつも、日々の素行を考えれば差し引いても未だマイナスだと、二人に容赦はしない。
「スキラ君。あなたが自爆するのはどうでもいいわ。だけど、レーヴを巻き込まないでちょうだい」
「そのとーり」
「はぁっ!? レーおまっ! どっちかって言ったらこいつが先に突っ込んだんだけど!?」
「エト君は自殺願望でもあるのかしら」
「どーゆー意味だ!? 勇敢といえっ!」
一剣の中でも突出した戦闘力をもつ二人に対し、遠慮なく物申せるのはユスティの性格もあるが、それに伴う実力があってこそ。
この三人と同等の一陣二位の実力を持つユスティは、指揮官向きで鳴らしている。
エトとスキラがユスティの理不尽とも思える言葉にやんややんやと文句をいうが、皆の注目を集める中、ユスティは華麗に聞き流して教壇に立った。
「と・に・か・くっ! ここにいるみんなでリカルド先生を倒しましょう!」
このクラスは一剣の中でも上位の者が集まる、実力も気概も持ち合わせている優秀なクラスである。
だが、先ほどのジンの暴れっぷりを見た手前、いつものような旺盛な反応は返ってこなかった。
「ユースぅ、ホントにやるのー?」
「エトたちでも全然歯が立たなかったしなぁ」
「俺、正直あの威圧みたいなのでめっちゃビビった……」
あちこちから不安と諦めの声が上がる中、そんなことは想定内だと言わんばかりにユスティは続ける。
「わかるわ、みんなの気持ち。エト君、スキラ君、レーヴの三人がかりでも駄目だったし、四剣のシスティナさんでさえ私の目で見ても全く敵わなかった。もう一対一じゃどうにもならないと思う」
あの有名な四剣一位のシスティナがあっという間に負けてしまった事が、巨岩を砕く瞬間を見る前に全員が心の奥底で諦めている要因だった。
「一人じゃダメ、三人でもダメ。なら、ここにいる六十人なら? 騎士団と魔法師団も隊で魔物と戦うわ。みんなで戦うことは卑怯じゃない。言うなれば、私たちの武器よ」
相手教士を魔物扱いしていることに誰も触れることなく、『全員で』という要点にすばやく思考を巡らせる生徒たち。
ならばと、ちらほら『こうすればいい、ああすればいけるのでは』と意見が散見し出した様子を見て、ユスティは畳みかける。
「一つだけ言えることは、ここで何もしないなんて敵前逃亡と同じってこと。それで胸を張ってこれから学院生活を送れるかしら? 少なくとも、私には無理」
「俺だってそうさ!」
「わ、私も!」
「よく考えたら、一撃で卒業だぜ!? やっぱやるしかないだろ!」
(来たっ!)
凪の状態から大波へと昇華させたユスティはグッと拳を突き出し、皆の意識を固く結び、一本の矢とするべく最後の言葉を発した。
「覚悟は出来たわね。やるわよ! 作戦名アクト! 必ずや目標を撃破するっ!」
―――応っ!!
謎の作戦名などどこ吹く風。ユスティの
(さすがユース……ある意味怖いくらい)
『内容は放課後に詰めるわ』と言い残し、ユスティはアリアの席に戻った。
「もう逃げらんないわよアリア」
「もぅ……で、どうするつもり? やっぱりいつも通り?」
「もちろん。とりあえず私の仕事は終わり。あとは本番ね。細かい作戦は騎士の連中に任せるわ」
ユスティはあくまで魔法師学院の生徒であり、魔法の研鑽を積むのが本質である。持ち前の気質で皆のやる気を煽り、目標を提示した後の仕事はない。
目標に至るための戦術は、それを学ぶ騎士学院の生徒の方がやはり一枚も二枚も上手なのだ。
「私は剣を振れるのでしょうか……」
「傷を負わせたくないってこと?」
逃げられないと告げられたアリアのつぶやきを聞き逃すことなく、ユスティは反射的に聞き返す。
「まさか。遊びでないのなら、私が何をやってもジン様には通用しません」
「あ、あなたがそこまで断言するなんて……ならどうして―――」
続きを促したユスティだが、ギュッと拳を握って震えるアリア見てようやく察した。
(ああ……怖いのね。弱いって思われるのが)
「そう……わかったわ」
「ユース?」
「アリアがいなくたって、私たちはやる。それだけよ」
多くを語ることなく、ユスティは背を向けた。
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