#30 祭りの始まり

 システィナと名乗った女はヒュンと細剣レイピアの切っ先を天に向け、俺もよく知る構えに入った。


 ミドルネームを持つという事は貴族。しかも姓にエリスとくれば、この西大陸で名乗ることを許される一族は一つしかない。


「これは、これはエリス大公姫殿下。決闘とは勇ましいな」


 相手が他国の大貴族子弟だろうが、ここでは俺が先生で彼女は生徒。遠慮はしない。


 エリス大公はピレウス王家の血筋で、君主を除いてこの西大陸で最も広大な領地を持つ臣下である。


 戦が弱く、芸術や文化に重きを置いている平和的思想? のお国柄だが、まさか娘を帝国の学院に通わせているとは思いもよらなかった。


「四剣以上は学院内での帯剣が許されています。素手でなくて残念でしたね」


 俺を睨みつけるシスティナ嬢を見る限り、とてもそんな国の姫君とは思えない。


 俺は構えたままの彼女に向かって踏み込み、すかさず左上段蹴りを見舞ってやった。


 ガコッ!


「っつ!!」


 両腕で辛くも防いだシスティナ嬢。苦痛に顔をゆがめ、細剣を持つ右腕の負傷は明らかである。


「よく防いだな」


「い、いきなり何を! 先に仕掛けることはないと―――っく!」


 最後まで聞くことなくそのまま立て続けに蹴りと拳を見舞う。


 防戦一方だが、初撃に比べると幾分マシな対応を見せている。しかし攻撃に転じることはできていない。


 このまま終わらせるのは勿体ないと、俺はいったん距離を取って収納魔法スクエアガーデンから木刀を取り出した。


「収納魔法ですって!?……なのにわざわざ棒っ切れを出すなんて、馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」


 一瞬負傷でふらついたが、システィナ嬢は力強く踏み込み、鋭い刺突を繰り出した。


 真っすぐで正直な、美しい刺突。


 得物で叩き落すこともできたが、かわされた後の動きも見てみたかったので、身をよじって空を突かせた。


 シュパパパパパッ!


 追撃も顔面や脚を狙うことなく、もっとも面積の広い胸を狙い続けている。剣を引く動作も練られており、この連続する刺突に長い鍛錬を費やしていることが伺えた。


 しかし、全くかすりもしない様子に困惑の色が出始めている。


 連続での刺突は無呼吸運動で、かわされ続けた場合の疲労は斬撃の数倍ともいわれている。


 それを補うのが足捌きで、位置や距離、攻撃個所を変えることで相手の警戒を分散、更に相手の心身の疲労や油断も誘っていかなければならない。


 最低限の動きは出来ており細剣の強みを活かせてはいるが、幼いころからこの数倍は厄介な細剣使いに鍛えられてきた俺からすると、かなり物足りない。


 おそらくだが、システィナ嬢はこれまで一人で鍛錬してきたのではないだろうか。対人訓練もしてはいるだろうが、その才ゆえに苦戦する相手に恵まれなかったのかもしれない。


 一方のシスティナもジンの読み通り、一向に当たる気配のない攻撃に驚きを隠せずにいた。それでも歯を食いしばり攻撃を続けなければ、再度ジンから猛攻を加えられれば耐えられそうになかった。


(わたしはっ……負けるわけにはいかないっ! 大樹海の脅威は冒険者任せ、他国の侵略を簡単に許す。そんな安穏とした公国を変えなければならない!)


「大公国公女システィナ・ブリュノード・エリス! 故国の未来を切り開く者! その私に日和ったなどというセリフ、絶対に許さない!」


 肩で息をしつつもシスティナ嬢は叫び、大きく後ろへ飛んだ。


 全身の強化魔法がさらに強化され、姿勢を極端に低く構えた彼女は、これまでにない踏み込みを見せる。


 ドッ!


 疲労を感じさせない怒りの一閃。


 だが、それも威力が増しただけでかわせない一撃ではなく、俺は当たらぬとわかっているはずの攻撃を繰り出した彼女の限界を感じた。


 ビシュン!


 案の定空を突き、態勢を崩すであろうその首筋真上に木刀を振り上げる。


 しかし俺の予想に反し、システィナ嬢の攻撃はまだ終わらなかった。


 木刀を振り上げた俺の懐に踏み込み、空を突き、置かれたままの細剣の切っ先に身体を合わせる。


(間際で掴んだか!)


「はぁっ!」


 システィナ嬢はこれまでの突き出した腕を引く動作ではなく、腕はそのままに細剣に身を寄せ、零距離から刺突を繰り出した。


 ついの一撃だと思わせてからの二撃目。彼女は勝手に体が動いただけなのかもしれないが、この攻防を駆け引きという観点から見れば俺の負けは否めない。


 だが懐に入られる前に身を引き、木刀を振り下ろすぐらいの反応速度は持ち合わせている。


 ガンッ!


 胸に切っ先が届く前に、迫る細剣を叩き落した。


「お見事」

「!?」


 カランと地に落ちた細剣。そしてようやく首筋に木刀が添えられていることに気づいたシスティナ嬢は、愕然とした様子でその場に片膝をついた。


「わ……私の負けです」


 負けの宣言が闘技場を震わせる。


 決してシスティナ嬢の声が観覧席に届いたわけではないが、ガクリと首をもたげた彼女を見れば、誰の目にも勝敗が決したことは明らかだろう。


 観覧席からは多くの増幅する魔力反応が感じられる。今か今かと魔法を放つ機を狙っているようだ。


 だが傍に彼女がいる限りそれもできず、歓声に埋もれながら次々に魔力反応は増えていた。


 甘いなと思いつつも、健闘した彼女を巻き込めないという思いが見て取れる。良い生徒ばかりのようだ。


 俺は木刀を引き、うなだれるシスティナ嬢に語りかける。


「最後の一撃だが」

「えっ?」


 大言壮語を吐いた手前、システィナはジンから手厳しい言葉を投げかけられるものだと思っていた。


 だがそうではなく、表情は柔らかくなり、続いたのは助言と謝罪の言葉だった。


「これからはあの一撃を思い出しながら励むといい」

「な、なんなのです」


 彼女の反応を無視して続ける。助言と思って取り入れるか、嫌味だと思ってさえぎるかは彼女次第。


「腕を振るうだけでは均衡する相手や格上にはあまりに不足。脚を使い、狙いを変え、相手の動きを次の切っ先に誘導する。それが出来れば、君の剣は俺の知る高みには届くと思う」


「次の切っ先へ……そんなことが……」

「きっと出来る。そして日和ったという言葉、君に限って取り消そう」

「え?」

「背負うんだろ? エリスの国を」

「……そう、ですか……ならばもう何も申しません」


 ゆっくりと立ち上がった彼女の表情は、殺気を帯びていた先程までとは違い、晴れやかなものだった。


 細剣を納刀し頭を下げる。


「貴殿……いえ、リカルド先生を侮っておりました。頭を冷やして参ります」


 ツカツカと舞台を去る背中を見送る。


 そして俺は周囲を見渡して三戦目、次は魔法師学院の生徒らの出番だ。


 ―――火球魔法イグ・スフィア

 ―――氷針魔法アイス・ニードル

 ―――水弾魔法アクア・バレット!!


 まずは殺傷能力が高く、比較的遠距離からの攻撃も可能な定番魔法があちこちから飛んでくる。


 魔法師学院生も三千人いるのだ。俺と相対するのならいざ知らず、観覧席から打ち込む程度なら難なくできるだろう。


 ドドドドドドド!


 雨ように火球や氷針が舞台に降り注ぐが、その場からほとんど動くことなくかわしてゆく。八割がた俺まで届くことなく舞台に落下しているのを見るに、下手に動けば自ら被弾しに行くマヌケな事態になってしまう。


 舞台上でひょいひょいと踊っていれば、下手な鉄砲では数を撃っても当たらない事は分かってもらえるだろう。


 そうこうしつつ、どうやら行く手を阻む地魔法での壁や上位魔法の類は無いようなのでここらが潮時。的になり続けるのも馬鹿らしいので、ここらで引き揚げさせてもらう事にしよう。


 だが、そんな俺の脚を止めたのは一枚の紙きれだった。


(ん? かなりの魔力だな)


 引き上げようとする俺の頭上に、突如大きな魔力反応が出現。


 そこには継ぎはぎの紙に書かれた魔法陣が浮かんでおり、驚いた俺がとっさに見上げたと同時に、魔法陣は黄土の光を放った。


「うおっ!」


 ガコンガコンガコンッ!


 瞬く間に巨大な岩石が形成され、その質量は増大し続けてとうとう舞台を覆いつくすほどの巨岩に成長。


 観覧席から放たれていた多様な攻撃魔法にもまったく害されることなく、魔法陣の魔力を使い切った塊は、音もなく舞台目がけて落下し始めた。


「うわぁぁぁぁっ!」

「なんだよあれ! にげろーっ!」


 観覧席から悲鳴が聞こえ、遠く教士らの叫び声も聞こえてくる。


 この事態は流石にだれも想定していなかったようで、観覧席は大混乱に陥っていた。


「これほどの使い手がいるとはな!」


 俺は嬉しくなり、木刀を手放して左腰にある夜桜の鞘を上下反転。鯉口を切り、柄を逆手に握る。


(おそらく魔法陣を描いた紙を風で俺の真上まで移動させ、遠距離から陣を発動させたんだ。証拠に、今も岩は軌道がズレぬように風のトンネルを通っている。念の入ったことだ)


 一人で成しているなら紛れもなく天才。二人もしくはそれ以上で成しているなら見事な連携、これは二人以上で発動する融合魔法とも呼べるかもしれない。


 やはり、選ばれし者たちが集う学院だ。


(名付けるなら大風岩陣魔法メテオライト・ゲートといったところか。……全力で応える!)


 フッと息を吐き、静かに目を閉じた。


 風刃ウインドエッジを夜桜を介して放つ、原素魔法を使った俺の固有技スキル


 九尾大狐との闘いで得た経験をもとに、殺傷力を大幅に上げた渾身の一撃。



「―――天羽々斬アメノハバキリ乱れ断みだれだち



 スン―――ガガガガガガガガァン!



 逆手で夜桜を抜き、頭上に振りぬくとほぼ同時に両断された巨岩。


 見えざる風の刃は対象に触れるやそれを切り裂き、同時に自身を暴走させて対象を巻き込んで破壊する。


 風は何かに触れれば方向を変え、その風力が強ければ強いほど乱流は強力なものになる。


 俺は自身でイメージ攻撃よりも、風本来の特性をつかみ、自然現象とは御し難いものであるという事を悟ることが重要であるとソアラさんから教わった。


 斬れば血を吹く魔獣には使いたくない技ではあるが、魔物や魔法の迎撃にはためらうことなく放てる。


 魔力の消費が甚大なので乱発は出来ないが、見事な陣魔法だったからこそ、この技で応えたかった。


 バラバラにされた巨岩がその糧となっていた魔力を霧散され、跡形もなくなって大騒ぎとなっている観覧席。


「ともに恐ろしい魔法と剣技でした。正直、震えています」


 振り返ると、細剣を抜いたシスティナ嬢が立っていた。


「見上げたしつこさだな」


「だって、先生の言ったことはこういうことでしょう?」


 その混乱に乗じ、いきなりビュンと細剣で突いてきたので思わず抜いたままの夜桜で受け流してしまった。


 生徒相手に刀は使わないと決めていたのだが、これは早速一本取られてしまった。


 剣を交えることなく敗れるなど恥だと彼女は言う。


「疲労した相手から襲う。これが戦争」

「そうだな。卑怯があるなら即実行だ」

「……剣を交えられて光栄でした」


 どうやら俺を案じて様子をうかがいに来ただけのようで、あっさりと引き下がったシスティナ嬢。


 その背を見送ることなく、俺も今度こそ舞台を後にした。



 ◇



「ヒュ~、すっげ」


 観覧席最上段。柱にもたれつつ、ある一人の生徒が嘆息を漏らす。


「ありゃバケモンの類だ。ミラちゃんの巨岩魔法スカラ・フォールあっさりぶっ壊されちまった」


「あたしじゃないよぉ~」


「あ、いたの? つか、ミラちゃんじゃなけりゃ誰ができんのよ? まさか……教士か?」


 楽し気に縁石を歩いてきたミラと呼ばれた少女は、先ほどの巨岩は自分じゃないと否定して生徒を驚かせた。


「どうだろうねぇ~。これ見よがしに見せつけちゃってぇ、ウザいのは確定かなぁ。岩落としたヤツもぉ、あの黒髪もぉ」


 ふわふわと答えつつ、少女は未だ一言も発しない青年の背を見上げる。


 彼はジンの固有技スキルを見てからというもの、ただ黙りこくって舞台を見つめていた。


「グレンっちならぁ、あの黒髪殺せるぅ?」

「……」

「もぅ、またダンマリっ!」

「無駄無駄。こうなったらグレンは岩とおんなじ」


 ため息をつき、ミラことミラベルは両手を頭の後ろへやって退屈そうに空を見上げた。下段で騒ぐ他の生徒たちなど、全くお構いなしといった様子である。


「しっかし、あれをハメ殺すとなると情報がたりねぇなぁ……フランちゃん戻ってこねぇし、やっぱ厳しいのかな?」


「誰に言ってるのかしら。馬鹿ルク」


「わっ!」


 スッと背後に現れた背の高い女。馬鹿呼ばわりされた生徒マルクは、相変わらず気配を絶つのがうまい女の声に驚いて柱からずり落ちた。


「い、いや~。未来の軍師たる者? 言葉と腹ん中は真逆なんだ―――」

「一月」

「……え?」


 マルクの言い訳を遮って、背の高い女、フランは報酬を提示する。


「あの教士の情報の対価。ラコスタのランチ一月で売ってあげる」

「ラコスタ一月分!?」


 学院区画にある、学院生ならだれもが知るラコスタ。


 帝都では肉より高価で手に入りにくい新鮮な魚介と、自家栽培した野菜をふんだんに使った料理が有名な帝都屈指の名店である。


 価格も名店にふさわしく、一学院生がおいそれと足を運べる店ではない。主に学院に通う貴族子弟の親や、金持ちの学院関係者が利用する店である。


「うっわ、フランちごうよく~」

「失礼ね。それほどのヤツだったってことよ」

「マジかよ……でもなぁ、それじゃまた騎士団と狩りに行かなきゃだしなぁ。高い! 一週間にまけてくれ!」

「嫌」


 一日たりともまける気はないと、フランは即答する。


「じゃあじゃあ~、あたしとおバカで半分こっていうのはどうかなぁフランち」

「名前どこいった?」

「……ミラもやるの?」


 珍しくやる気を見せているミラベルにフランは多少の驚きを隠せない。


 魔法体系の完成を目指すミラベルは卒業後、師団志望ではなく帝国魔法研究所に入所志望の生徒である。自ら好んで戦いに赴くような気概は持っておらず、その才は主に法術論に向けられていた。


「今のやり合いさぁ、属性魔法のぶつかり合いだったと思うんだよねぇ」

「……へぇ、なんでまた」


 くるくると髪を指で遊びながら言ったミラベルの言葉に、マルクはここへ来て真剣に耳を傾けた。


 巨岩はまごうことなき魔法である。だが黒髪教士の一撃は、マルクの目には強化魔法を乗せた斬撃に映っていた。


 巨岩が砕けたのも斬撃からくる衝撃によるものだと考えていたのだが、ミラベルは違うという。


「そんなことが……でも、情報どおりならあり得ない話じゃない」


 ミラベルのフワッとした説明を聞き、巨岩と黒髪教士の出来事を見ていなかったフランは一人頷いた。


「いいわ。ミラと馬鹿ルクの折半で手を打ちましょう」

「え。オレ半分でもキツ―――」

「やりぃ~♪ あとグレンちで三等分にできるんだけど、どうするぅ~?」


 改めてミラベルが未だ黙ったままのグレンに話を振ると、彼はようやく背中越しに口を開いた。


「勝手にしろ」


 ザっとその場を立ち去ろうとするグレンに、マルクはどこへ行くのかと声をかける。


「気を練る」


 一言答え、グレンは闘技場を後にした。


「グレンち相変わらずムッズ~」

「いんや、今ほど分かりやすいアイツも珍しい」

「?」

「学院最強の剣士サマはヤル気まんまんだ」

「全然わからないわ……」



 ……――――



「すごいなぁ、かっこよかったなぁ。ボクの魔法が効かない人なんて初めてだ。退屈だったけど、学院ここに来て正解だったよ、シュリ」


《 よかったね。わたしはリアムが幸せならなんだっていいわ 》


「一月かぁ……もっと遊びたいなぁ……」


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