#29 叫ぶ

「新しい先生って言ってもさ、あたしらそもそもほとんどの先生知らないよね」

「まぁね。でもわざわざこんな場所でお披露目するんだから、きっとすごい人なんだよ」


「かったりぃ~……早く終わってくれ~」

「今日いきなり戦闘課程なんだよな」


 ざわめく大競技場。


 入学時期も試験も、先月終わったばかりのこのタイミングで全生徒が集められるなど過去無かったことである。


 入学したばかりの無剣の生徒たちにはまだわからないが、一年以上在籍している学生らはこの集会にいまいちピンと来ていない。


 いつもなら既に授業が始まり、皆が皆各教課に精を出している時間である。


 彼らは極めて狭き門をくぐり抜けた、貴族平民問わず選ばれたエリートである。そんな彼らが学院生として一流の教士の指導の下、毎日勉強し、毎日訓練する。


 こうなると、胸の内に芽生えるのは並の矜持とは比べ物にならない。


 自分は、いつか帝国を担う者なのだと。剣持ちの生徒はほぼ全員がこの矜持を胸に秘めていると言っても過言ではない。


 この集会は普段の学院生活の中にはない、ほんの少しのスパイス程度の認識だった。退屈を口にする者、このあとの授業の事で頭がいっぱいの者、本を片手に読書にいそしむ者もいる。


 さて、そんな彼らの目に映ったのは、闘技場中央へと進み出る、教士の制服に身を包んだ黒髪の青年である。


 明確には分からないが、かなり若いように見える。下手をすれば自分たちと同じ世代なのではないだろうか。


 その競技場中央で、青年は口を開いた。



 ◇



 競技場中央に進み出た俺は、まずポツンとおかれた教壇に立つ。


 ここに通信魔法トランスミヨン陣が描かれていたので、これで大声を出さずとも拡声されるというわけだ。


 便利だ。すばらしい。


 俺は間を置かず事を告げることにした。こういうのは勢いが大事なんだと思う。


 ……多分。


「俺の名はジン・リカルド。学院の教士として、一月のあいだ通う事になった。よろしく」


「えっ、今両学院って言った?」

「ていうか一月って」

「どういうことだ?」

「そんなのアリっていうか、大丈夫なのかあの先生」


 自己紹介は手短でいい。


 静まり返る間もなく騎士学院、魔法師学院の両方の教士を務めると聞き、ざわめきは大きくなる。


 教壇を中心に舞台を一周しながら気にせずに続ける。


「しかしだ。たった一月で俺からたちに教える事など何もない。聞きたいことがあるなら、そっちから聞いてこい」


 教士としてのあるまじき発言にざわめきは増す。


 なら何をしに来たんだと、不遜な物言いにも罵詈雑言が飛んでくるものと思っていたが、教士と名乗った相手にそういう事は言えないようで、ひそひそと内輪で話している。なんともむず痒い光景だ。


「だが、それでは俺は庭で一月昼寝をする羽目になる。悪くはないが、寝覚ねざめが悪い」


 ちゃんと笑ってくれた生徒がいるようで、もう満足である。


 ここからが勝負だ。


「なので、俺は昼寝のごとく安穏と過ごすお前たち全員に―――」


 そしてのどと腹を強化し、これでもかという大声で叫んだ。



 ―――宣戦布告するっ!



 ビリビリビリッ!


 空振で震える大闘技場。これまで欠伸をかいていた生徒らの目を覚ますには、十分な威力だろう。


「はぁ!? 今なんつった!?」

「せんせんふこくぅ!?」



 ―――期間は今この瞬間より一月!



「おい、先生たち誰も止めないぞ!」

「公認ってことか!」

 


 ―――未熟なお前たちには手心として、俺から仕掛けることはしない!



「み、みじゅ……っ!」

「私たち選ばれたエリートよ!?」



 ―――剣、槍、素手、魔法、罠、奇襲! あらゆる手段を許す!


 ―――俺は一人、戦いには学院の敷地内なら場所も、人数も問わない!



「舐め過ぎだろ!」

「っざけんなぁっ!」



 ―――俺に一撃入れれば無剣から三剣の者には即卒業資格を!


 ―――四剣、五剣の者にはA級単独討伐記録を与える!



「たった一発で卒業!?」

「まっ、マジかよ!」

「A級って、騎士団長クラスじゃないと無理なやつじゃない!?」



 ―――これ以上ない戦利品と言えるだろう!


 ―――日和ひよったお前たちにはまたとない機会だ!



「いい加減ムカついてきた」

「おんもしれぇ! やろうぜ!」

「ポッと出の野郎にここがどういう場所かわからせてやる!」



 ―――かかってくる者は骨の二、三本は覚悟しろ!



「っ!」

「構うか! やってやる!」



 ―――己の武器を持て! 心をたぎらせろ! 大いにたかぶらなければ勝の目はないぞっ!



「もう知らねぇ! 皆でいこうぜ!」

「おおっ!」



 ―――御託はここまでだ! 全員死ぬ気でかかってこいっ!



 競技場の熱気は最高潮に達してくれたようだ。やはり祭りの始まりはこうでなくてはならない。


 俺は両腕を広げ、かつてない規模で全方向に無属性魔法の波を生み出した。



 ―――さぁ、竜の威圧っかいせんだっ



 ドンッ!



「うわぁっ!」

「ひっ!」

「きゃあっ!」


 俺の一言一言で上がっていった会場の熱気を威圧で一気に押しつぶす。


 これで折れてしまう者もいるだろうが、お遊び感覚で相手はしていられない。元々八千人全員など相手にできる訳がないのだ。これで一割ほどまで減ってくれれば御の字である。


 渾身の威圧は、本気で獲りに来る者の機会を増やしてやれる、俺なりの一手だったりする。



 ヒュォォォォ―――



「来るか」


 布告を終え、舞台から降りようとする俺の周囲に風が巻き起こる。


 俺は力の発生源を見上げ、この戦争において栄誉を掴もうとしている者を見る。


 一番槍は、風人エルフの少年だった。


「うぉぉぉっ! シルヴェストルーっ!」


 風の力を利用して舞い上がり、俺の周囲を渦巻く風で囲う事によって動きを制限しているのか。


 さらに追い風を生むことによって落下の勢いを加速している。手に武器はなく、一直線に足蹴を見舞おうとしていた。


(まさかここで会うとは……)


 それと同時に接近する二つの気配。観覧席から勢いよく飛び出したそれは、またもや人間のそれではない。


「いくわよスキラ!」

「おぅよ! 風人なんかに負けてられるかっ!」


「来い!」


 俺は真っ先に届いた風人の少年の脚を空中で掴み、少年の纏う風を無視してそのまま舞台に叩きつけた。


 ドガッ!


「ぐはっ!」


 その隙に間合いまで届いた二人の獣人ベスティアの少年と少女。力をためた拳には雷が纏われ、生身で受けては感電してしまう。


 しかし、ここでかわすという選択は俺にはできない。


「―――迅雷」


 バチン!


「えっ、なんで!?」

「うけられた!」


 左右からほぼ同時に繰り出された拳を、俺は両手で受け止める。その見事な連携には舌を巻くが、攻撃の威力はまだまだだ。


 そしてそのまま拳を掴んで腕を引き、二人の頭に優しく手を添えた。


「二人とも、食いしばれ」

「「え?」」


 ゴガン!


「っつ!」

「っぶ!」


 顔面を容赦なく舞台に叩きつける。


 一瞬の出来事、容赦のない反撃を受けた風人の少年と、並んで地に伏した獣人の子らみて闘技場は静まり返った。


「あ、あの三人って、あたしたち一剣の上位クラス……だよね?」

「そうだよ。二位から四位。ウチのクラスじゃ有名人、なんだけど」

「大人が子供に本気って……いや、でも戦争っていってたから……」


(ふむ。この場はここまでかな?)


 掛かってくるとしたら、一剣か二剣の生徒だとは思っていた。


 ある程度の戦闘訓練と戦術を学んでいる三剣以上の生徒は、戦力がわからない相手に無策で挑むなど愚の骨頂だと教え込まれているはずだからだ。


 ともあれ足元で気を失っている三人に、俺はその栄誉を称えてやらなければならない。


「戦において一番槍は誇るべきことだ! この風人の少年は見事な胆力を見せた! 獣人の子らよ、その気骨は必ずや女王ルーナの下へ届くだろう!」


 高々と宣言すると、シンと静まり返っていた闘技場にパチパチと拍手が沸き起こる。そしてそれは、主に教士陣からのものだった。


 それは生徒にも伝播して喝采は徐々に大きくなり、方々から三人を称賛する声が飛んでくる。


 戦果を挙げた者にはそれに見合う称賛と褒美を。これこそが騎士の行きつかんとする先の一つだという事を、生徒が学んでくれればそれでいい。


 学院の教士たちもそれはよく分かっているはずで、俺と同じ思いだろう。


「うぐっ……」


 喝采の中、うめき声をあげて意識を取り戻した風人の少年。さらに獣人の子らも目を覚まし、頭を抱えながら立ち上がった。


「まだやるか? エト、それに獣人の子らよ」

「本気なんてひどいよ兄ちゃ……風霊の呼人シルヴェストル。感動の再会で油断すると思ったのに」

「さ、さすが……救世主ハイラントジンです」

「痛つつ~。くっそ~、あっという間に負けたぁ」


「ここではジン先生だ。それで大声出してかかってくるとは甘いな。俺は戦争だといったぞ? 黙って仕掛けるべきだったが、いい風だった。またやろう」

「や、約束だからな! ジン先生!」


「君らはイシスにいた子らだな。名を聞いていいか?」

「戦士アギョウの娘、レーヴです!」

「戦士ウギョウの息子、スキラだ!……です!」


 獅子の獣人アギョウと、狛犬の獣人ウギョウは先の大戦で散った戦士である。


 女王ルーナを支え、共に戦った獣王戦士団で双頭を務めるほどの大人物だったはずだ。


「……そうか。レーヴ、スキラ。共に偉大な戦士を父にもつ君らなら、まだまだ強くなれる。その名に恥じぬ戦士となれ」


「「はいっ、ジン先生!」」


 頭に添えた手にクルルと喉を鳴らす二人。どんな発声器官をしているのか知らないが、人間のそれとは違う反応に、ふとマーナとコハクを思い出してしまう。


 もともとイシスで俺の事を知っていたこの二人には、先ほどの俺の悪態もさほど効いていないようだ。


 三人はぎゃーぎゃーと言い合いながら観覧席に戻っていった。やり合ってはいるが、なんだかんだで仲の良さが伺える。


「いい組み合わせだな……さて」


 隠されることのない殺気に、ゴキリと首を鳴らして振り返る。


 次はあの三人のようにはいかないだろう。


 開戦早々、俺の教士生活は順調に役目を果たせそうで何よりだ。


「子供を蹂躙して楽しかったかしら?」


 蔑む視線を俺に向け、その細剣を向けて宣言する。


「四剣一位、システィナ・ブリュノード・エリス。ジン・リカルド、あなたに決闘を申し込みます」


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