#28 対の役割

 こうして俺は学院長室を出て、アルバニア騎士魔法師学院の全教士、三百人に向けて自己紹介を済ませる。


 一部の教士から冒険者など前代未聞、あるまじき事だと非難が飛んできていたが、心の中で仰る通りだと同意しつつ、学院長二人がゴリ押しで通した。


 まぁ、たかが一月である。申し訳ないが、先輩らには我慢していただく他ない。


 結局この学院で何をすべきなのかを考え抜き、学院長二人の意向を組みつつどうせやるならと、俺の考えを教士会議でぶち上げてやった。


「そんなことが許されるのですか! 教士わたしたちは持ち合わせない権限ではありませんか!」


 反対派の急先鋒、魔法師学院法術課教士のアルメイダ先生がクシュナー学院長に嚙みついた。


 勢ぞろいする教士らの中にあって、これだけ自己主張できる人もなかなかいない。とても熱い御方のようだ。


「そうですねぇ……でしたら、アルメイダ先生にもその権限差し上げましょうか?」

「なっ!? そ、そういう事を申し上げているのではありません! 学院の秩序の話をしているのです!」

「ええっ!? そうだったんですか!?」

「またこの人は……っ」


 のらりくらりとかわし、時間を潰す作戦に出ているクシュナー学院長。


 不思議と騎士学院の教士から異論は出ていない。これも学院長の影響力なのか威圧感なのか。


 確かに、今のヴィント学院長に異論など挟めば、獲って喰われそうな雰囲気があふれ出ている。


 どちらの学院長のあり方が正しいのか俺には分からないが、クシュナー学院長のように、色々な意見を聞きやすい体制も俺はありだと思う。


「私からも少し良いでしょうか」

「ややっ! どうぞどうぞ、リカルド先生!」


 少々、役者が過ぎる。


「アルメイダ先生の仰ること、ごもっともです」

「リカルド先生の方がお分かりのようですね。ならば先ほどの発言は取り消し、普通に授業のお手伝いをして頂けるという事で」

「申し訳ありません」

「……は?」


 俺の否定でアルメイダ先生の眉間に深いシワが刻まれる。


「私は冒険者です。此度の依頼は学院長であるこちらの御二方。申し上げた手段は依頼内容に則っており、依頼人の同意を得ております」


「だから何だというのです! 私は反対だと言っています!」


「……先生は冒険者にお知り合いは?」


「おりません、そんな人。いきなり何です!?」


 そんな人と来たか……まぁ、彼女が冒険者をどう思おうが知ったこっちゃないが、一応一月は同僚となる。きちんと説明する義務くらいはあるだろう。


「ならば知っておいて頂きたい。冒険者は依頼を達成するのが仕事であり、存在意義です。依頼人ではないアルメイダ先生の賛否は関係がないのです」


「なっ……」


「私はこの場に相談に来たのではありません。報告に来たのです」


「学院に無秩序をもたらすのが冒険者の仕事だと、そうおっしゃるのですかっ」


「いいえ。今回の私の仕事です」


「これ以上何を言っても無駄なようですね!」


 アルメイダ先生はガタリと席を立ち、退出していった。


「すみません。少々正直過ぎました」

「かまわん。君の言う事は正しい」

のよい教士なのですがねぇ……」


 では、とヴィント学院長は立ち上がり、会議の幕を下ろす。


「諸君。異論はリカルド先生の任期が明けてから聞こう。騎士学院の教士は不正行為が行われぬよう、審判を務めたまえ。公正な判断こそが学院の秩序を守ることに繋がる! 以上!」


 ぞろぞろと会場を後にする教士陣らと共に、次に向かうは全生徒が集まる大競技場。


 ここは学院対抗戦や強力な魔法の練習に使われる施設らしく、全生徒が集まることのできる場所、かつ万が一の時にもっとも対処がしやすい場所らしい。


(これじゃ見世物だな)


「はぁ……」


 ヴィント学院長は今競技場中央で生徒に向け、ありがたい話を繰り広げている真っ最中である。クシュナー学院長は生徒と共に観覧席にいる方がおもしろそうだと言って、さっさとどこかに消えてしまった。


 俺は一人、裏手で大きなため息をついている。


「おもしろい事になりましたな、リカルド先生」

「え? ええ……そう言っていただけると助かります」


 物腰柔らかく話しかけてきたのは、歴史課程の大ベテラン教士であるイストワルド先生。


 かなりの老年に差し掛かってはいるが、歴史課程に若さなど不要。どころかその経験値は年を追うごとに増し、万の大陸史が頭の中にあると言われているらしい。


「ヴィント学院長がなさりたいこと、ワシもよぉわかりますじゃ」

「と、いいますと?」

「今の学院の状況、端的に言えば安寧。毎年良き学生が卒業していきますじゃ」

「はい」

「で、あるなら、裏返せば停滞とも言えますじゃ」

「……停滞だとしても、良い者が国の未来を担うならそれでよいのでは」

「良き者たちだけが担う国……歴史はそれを否定しとりますじゃ」


 これは、絶対面白い話だ。


 俺は『ぜひに』とイストワルド先生に向き直る。


「ほっほっほ。リカルド先生は不良生徒じゃな」

「え゛っ!? ちょっ、それはどういう―――」


 先生はおもむろに立ち上がり、俺に質問の間を与えなかった。


「大きな声では言えませんがな。人も国も、対であるべきじゃと思うとります。すわ、そろそろ出番のようですぞ。リカルド先生には楽しませてもらいますじゃ」


「……あ、ありがとうございました! イストワルド先生!」


 立ち去る先生の背に頭を下げる。


 なんとも謎かけのような言葉を残されていったが、それについて深く考えている暇はないようで、闘技場の広間からざわめきが聞こえて来ていた。ヴィント学院長の話が終わったという事だろう。


 カツカツと戻ってきたヴィント学院長の視線が俺に突き刺さる。


「では先生。派手に頼むのである」

「あまり期待はしないで頂きたい……」


 うなだれる俺に、ヴィント学院長は会った時と同じように今度はバンバンと背を叩く。


 俺をリカルドではなくジンと呼ぶという事は、教士と学院長という形式的立場ではなく、冒険者と依頼主という実質的関係を強めて言っているのだ。


 憂鬱なのは間違いないが、そもそもこれは壁を破壊した俺が自分に与えた罰。逃げるわけにはいかないし、散々弱音は吐いてやった。


 そして依頼を受けた以上要望には応えねばならない。今回は確たる結果が求められているわけではないが、爪痕ぐらいは残さなければ依頼は未達成で終わってしまう。


「ふぅ……」


 俺は深呼吸をし、パンと両手で顔を叩いて気合を入れる。


「依頼を始めます」


「ふははははは! 貌だ! ゆくのである!」


 演じてやるさ。


 イストワルド先生の言った、『対』の役割を。


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