#27 いざ、学院へ

 帝都アルバニア南西に位置する学院区画。冒険者にとっては全く縁のない場所だ。


 その名の通り、区画入り口には学院生も含めた学院の関係者しか通ることができない門が設置されており、その中は独特の雰囲気を醸し出している。


 今朝、学院の関係者と壁建設の責任者がほぼ同時に宿を訪れてきて、俺とシリュウは案内されてそれぞれの戦場へと向かった。


 シリュウと親方が徒歩なのに対し、俺は馬車に揺られている。シリュウが自分も馬車がいいと言って宿の前でギャーギャー騒いだが、その内乗せてやると言って黙らせたのが四半刻前。


「学院の生徒は基本的にこの学院区画で過ごします」

「例外があるのですね」

「ええ。授業の一環で帝都の見回りなどがあるのですが、その時くらいでしょうか」

「なるほど」


 馬車に揺られながら、学院区画警備責任者のマイナーさんが門をくぐった先に見える風景、建物の説明を流れるようにしてくれる。


 あれは学生寮、関係者専用の商店や食堂と言った具合だ。


 特に商店が集まった一帯は商店街と呼ばれており、一帯がガラスの屋根で覆われていたのには度肝を抜かれてしまった。


 マイナーさん曰く、学院の生徒は将来帝国の中枢を担う者たちであり、その扱いもそれ相応になるのは当然だと言った。


 一般区画の活気と効率を求めた街並みではなく、格式と優美さが重要視されている。だがそのあたりの感性は俺は残念ながら乏しいらしく、言われてみれば程度だ。


 全くその通りだと同意しておき、一般区画とはまた違った雰囲気を味わっておく。


 かといって物静かな雰囲気ではなく、行き交う学生らは歓談しながら楽しそうに通院していた。


(ずっと切った張ったしてきた俺には望むべくも無し……か)


 これと言って羨ましさは感じないが、こういった道を歩む者もいるのだと、少し感傷的なったりならなかったり。


 俺のもう一人の母ともいえるコーデリアさんはアルバニア騎士学院の卒業生だが、学院の話は取り立てて聞いたことが無い。こんなことになるのなら色々聞いておけばよかったと、今更ながらに後悔した。


 ここまで馬車で乗り入るのは珍しいのか、道行く学生がこちらを見てコソコソと何かを話している。


 アイレの風魔法『遠耳』ならあれも聞こえるのかと、今はどうでもいいことを思って緊張を紛らわせる。


「着きましたよ」

「ありがとうございました」

「そのお若さで院教士とは恐れ入りました。このマイヤー、リカルド先生のご活躍を祈っております」


 仰々しく頭を下げてマイヤーさんは馬車へと戻り、本来の仕事に戻っていった。


「院教士ね……詐欺師の方がよっぽどお似合いだ」


 アルバニア騎士学院、魔法師学院の荘厳な門前。


 門を見上げつつ、


「マイヤーさん、すみませぬ。もう帰りたい」


 俺はそっとつぶやいた。


「入学希望かな」

「さぁ……制服じゃないし剣差してるから生徒じゃないのは確かだな。先生にしては若すぎるし」

「だよな。でもそっから入ったら一発失格なの知らねぇのかな」

「俺らがこっちから入ろうとしてるの見て悩んでるんだろ。固まってるし」


 俺の正面にある大きく口を開く門の左右両側にある別の門、通称『通院門』に吸い込まれてゆく生徒の声が聞こえてくる。


 いつまでもこんなところで立ち尽くしていれば恰好のネタになってしまう。


(進むも地獄、退くも地獄。ならば前進……中央突破あるのみっ)


 俺は意を決し、通院門ではなく目の前の『騎士門』をくぐった。


「はい、失格~」

「調べもしねぇで学院ここくるんじゃねぇっての」


 騎士門は騎士団員や爵位を持つ者のみがくぐることを許されている門である。


 それ以外の者はたとえ学院の関係者であろうと通ることは許されず、通院門を通るのが決まりとなっていた。


 例外として、学院の卒業生はここをくぐって学院生活を終えるというのが習わしとなっており、この門をくぐること自体が誉れ高いこととされている。


 当然このことはマイヤーさんから聞いていたし、一応この身はアルバニア騎士団と魔法師団の隊長扱いなので、通る事に問題はなかったりする。


 門をくぐったすぐ側にある建物に入り、名乗った上でクシュナー先生までと伝えると、俺の来院は伝え聞いていたらしくあっさりと学院長室まで案内してもらえた。


 途中大勢の生徒とすれ違うが、ほとんどが年下なのか皆とにかく若い。元気よく挨拶をする者、ブツブツと本を片手に歩いている者など様々だ。


 しばらく歩いて建物を移動し、学院長室前で案内の者は下がっていった。


 一呼吸置き、扉越しに声をかけると『どうぞ』と返ってきたので、スッと扉を開けて中に入る。


 そこにはクシュナー先生の他にもう一人、やたらとガタイのいい初老らしき男が腕を組んで座っていた。白髪まじりの総髪、こめかみから顎にかけての傷は歴戦の古強者を思わせる。


 左胸に多くの勲章をぶら下げ、その姿はまさに威風堂々。


 部屋に入るや俺を見るその鋭い眼光は、獲物を見定めるようだ。


「やぁ、よく来たねジン君。こちらは騎士学院長のダールマン・ヴィント先生だ」


「お初にお目にかかります。ジン・リカルドと申します。一月という短い期間ではありますが、よろしくご指導賜りたく存じます」


 相手は騎士学院長であり、間違いなくどこかに領地を持っている高位貴族である。


 騎士の振る舞いも一応は知ってはいるものの、俺はあくまで冒険者。


 口上だけは丁寧にしておき、軽く頭を下げる程度にとどめておいた。


「……ふっ」

「?」

「ふははははは!」


 突然豪快に笑い出したヴィント卿は立ち上がり、バンバンと俺の肩を叩く。


「冒険者と聞いて多少心配したが、なかなかどうしてデキる若者ではないか」


「だから言ったでしょう? その辺りも問題ないと」


「実際に見る前に納得しろというのが無理な話である」


 対座する両者の間に促され、俺も座る。


「改めて、騎士学院長のダールマン・ヴィントである。学院ここでの敬称はクシュナー学院長と私を除いて全員が先生となる。覚えておくように」


「わかりました。ヴィント学院長」


 軽く自己紹介をした後、事前に調べていたであろう俺のこれまでの行動や成したことについて、ヴィント学院長は興味津々と言った様子で身を乗り出してきた。


 三年前の黒竜討伐、エーデルタクトの解放、エレ・ノアでの戦いは歴史に刻まれるだろうと、興奮気味に話している。


 聞けばヴィント学院長は見た目通りの生粋の武人で、元々は帝国北部トロンハイム地方を治める伯爵だったそうだ。


 昔、軍務大臣のコミンドン卿と共に貴族ながら戦いの前線に出ていたいわゆる武闘派貴族で、戦いは騎士団に任せて領地経営に専念する貴族とはまた異なる存在である。


 南部三公の一角であるセト公爵などもこれに当たり、逆に領地経営に専念しているのはマイルズのドリード子爵や、ガーランドのウェストランド子爵がそうである。


 ヴィント学院長は爵位を息子のダーヴィド伯に譲り、今は帝都にある別宅を居にしているらしい。


「『肩たたき』でわかったぞ。ジンは一切軸がぶれなかった。叩かれるとわかっていても難しいものだ。さすがはSランク冒険者であるな」


 さりげなく試されていたことを知って少し驚くが、どうやら合格したらしい。


 その後、この学院について最低限知っておくべきことを二人は説明するといったが、


「わざわざ学院長お二人でなくとも。お忙しいでしょうし、他の方に伺えれば―――」


「「ジン先生」」


 二人の声が揃う。


「?」


「私が学院で最も暇である」

「私が学院で一番暇なんだよ」


 ……さようですか。



 まず知っておくべきは学院の剣績制度だろう。


 いわゆる進級制度で入学時に無剣で始まり、五剣が最上位となる。その印は生徒一人一人に与えられる五本の剣が扇状にあしらわれた紋章に示されており、無剣の者が一剣の試験に合格すれば一剣となり、紋章の一本目の剣に黄金の刺繍が施されるのだという。


 二剣なら二本の剣が、三剣なら三本の剣といった具合だ。


「ちなみに魔法師学院も制度は同じだけど剣じゃなくて、魔法陣を模した刺繡だよ」

「なるほど。非常に分かりやすいですね」


 そして三剣を得た時点で卒業試験を受けることができ、合格すれば希望する騎士団へ即時入団できるという仕組みである。


 なお、帝国騎士となるには二つの方法がある。


 一つは今述べた騎士学院で三剣以上となること。


 権威のアルバニア騎士学院

 英知のディオス騎士学院

 強剛のビターシャ騎士学院


 現在帝国には三つの騎士学院があるが、新都市エレ・ノアにも騎士学院の創設が決まっており、将来的にはエレ・ノア騎士学院を含めると四つの騎士学院が帝国に存在することになる。


 ディオス騎士学院は旧王都ディオスにあり、もともと魔法師育成が強かったらしい。しかしアルバニアに魔法師学院が出来てからというもの、もっぱら内政向きの騎士を多く輩出するようになったのだという。


 ビターシャ騎士学院は帝国南部防衛の要である城塞都市ビターシャにある。帝国南部はラングリッツ平原を挟んで東大陸の玄関口となるリーゼリア王国の侵略に常時備えているという土地柄、戦うことに特化した騎士を多く輩出しているのだそうだ。


「で、アルバニア騎士学院の権威は……」

「帝都にあるからだね」


 クシュナー先生の返答に『そのままだな』と思いつつ、ヴィント学院長が言うには昔の特徴がそのまま枕詞まくらことば的に残っているだけで、今はどこの学院も大差はないらしい。


 もちろん学院間でより優れた人材を輩出しようという競争はあるらしいが、この辺りは俺にあまり関係がないので軽く聞いておく。


 騎士団に入団する二つ目の手段が、各騎士団の門を直接叩く方法だ。


 こちらは各地の騎士団長に認められれば、騎士見習いとして数年を様々な雑務をこなすところから始まる。学院のように六年という期間は設けられておらず、学院の試験に落ちた者や、そもそも学院に通うという発想がない、地理的に通えないといった平民が多くとる手段である。


 正式に騎士となるには相応の力と知識を自ら養うことが必須となるが、例えばペトラ騎士団の実力者のほとんどが騎士団の門を叩いた者で構成されているらしく、あながち帝国騎士全体で見れば少数という訳ではないことがうかがえる。


 簡単に言ってしまえば学院出身者が精鋭エリート、直接入団が叩き上げといったところか。


 クシュナー先生曰く、元マイルズ騎士団長で俺の剣の師でもあるボルツさんは、この叩き上げ組から団長になったという稀有な存在だったらしい。


 これは知らなかった。さすが俺の師だ。田舎のスルト村までわざわざ足を運んで気さくに訓練を付けてくれていたのも、この辺りが要因の一つだったのかもしれない。


 以降は学院の特徴と、どういった教程が組まれているかの説明だったので、忘れぬよう書き付けを残しておくことにした。



 ◇



 アルバニア騎士学院・魔法師学院について


 生徒数計  約8000名   

 騎士学院   5000名

 魔法師学院  3000名


 無剣     3000名

 一剣     3000名

 二剣     1200名

 三剣      700名

 四剣      100名

 五剣        4名


 平均入学年齢 貴族子弟 齢十二 平民 齢十四

 三剣に至る平均年数 約五年

 三剣過去最短卒業年数 二年

 四剣過去最短卒業年数 三年

 五剣過去最短卒業年数 四年

 卒業する割合 五割未満


 完全実力主義が取られ、たとえ年下だろうと剣積次第で立場は逆転する。


 三剣の者が四剣の試験に合格すれば卒業して騎士団への入団か、四剣に上がるかを選ぶことができる。


 四剣、五剣に上がる利点としては入団時に即時小隊長クラスでの入団扱いとなり、加えて学院に在籍しながら戦場への出陣が認められる。


 つまり、学生でありながら各地の騎士団とともに魔物の討伐や他国との戦争に参戦することができる。


 なお、四剣の者は参戦経験が無ければ五剣に上がることはできない。


 さらに五剣には卒業と共に騎士爵位が与えられることになっており、貴族の長子を除く子弟や平民にとっては夢のような制度である。


 昇格試験は年に一度。めざましい成果を上げた者は二剣以上昇格することもできる。


 学院共通課程(必修)

 騎馬 体力 歴史 野外調理 一般教養


 騎士学院課程(戦楽、調査は選択)

 戦闘 戦術 魔法 戦楽 調査


 魔法師学院課程(必修)

 法術 法陣術 法術論


 その他専門課程(騎士学院生のみ内一課程以上を選択)

 経済 外交 統治 建築 農林 水産船舶


 専門課程を除き、各課程にも段階が設定されており、基本的には剣積相当の位を治める必要がある。


 なお、卒業後に騎士団へ入団せず、家督を継いで領地経営に専念する者、その他各分野に活躍の場を求める者も一定数存在する。地位や栄誉、人脈を求めて入学する者にその傾向が強い。


 家督を継ぐ予定の貴族子弟の多くは、専門課程において外交、統治の二つを選択することが多い。


 帝国騎士、魔法師にふさわしくないと認められる行為を行った場合、学院長の裁可によりその者は即時退学となる。


 またそのような行為を貴族子弟が行った場合、親族にもその累が及ぶ。過去、降爵例は数回あり、一度だけ奪爵の例がある。



 ◇



(ふーむ。卒業できる者が半分にも満たないのがわかるな)


「これはすごい内容ですね……」


 俺は一連の説明を聞き終え、騎士はこんなに学ばなければならないのかと、あまりの教程の量に嘆息をもらした。


「あとの細かいことは必要な時に誰かに聞けばいいさ」

「うむ、次は君の学院での役割である」


 ヴィント学院長はまたも身を乗り出し、ニヤリと口角を上げる。


「昨晩クシュナー学院長から君が来ることを聞いたときから考えていたんだが、特に言うことは無いようだ」


「そ、それはどういう?」


「私も。だけど方向性の希望はあるよ」


 俺にここに来るよう言いだした本人が『言う事なし』などあるのか……方向性といわれても、それぞれの生徒に何らかの手助けすることしか思い浮かばない。


 それに必要なことは全て他の教士から教わるはずで、あるとすれば事の利点を教えられる程度。


 騎士の卵らには強敵から逃げる術と露店風呂の良さを、魔法師の卵らには、申し訳ないがソアラさんから教わったことをそのまま横流ししてやろうと思っていた。


 クシュナー学院長の言葉に耳を傾ける。


「私はジン先生に両学院ともに頂きたいですね」

「……はい?」

「ぶはっ、それはいい! 面白くなってきたのである!」


 何を言われるのかと思いきや、無茶苦茶な要望を投げつけられる。


 実際に建物をぶっ壊してやろうかと一瞬闇が押し寄せたが、つまりは好きにしろという事なのか。


 戸惑う俺を放置したまま、二人は『何をどうぶっ壊すか』の話に華を咲かせている。





――――――――――――――――――


校正一回で急ぎアップしました。

多数誤字脱字の可能性あり。ご容赦を。

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