#26 審判の行く末Ⅱ
「今のが今回の件を『事故』だったと断定された理由だ」
そう、ジェイク団長が話してくれたのは故意の犯罪ではなく、事故だったという事を証明しただけで、罪それ自体が消えるわけではないのだ。
「そこも法だよジン君」
一連の話を聞いてなお、俺の中に未だに残るしこりに気づいているのはクシュナー先生だ。
「法ですか……」
「そうさ。事故だとしても、法により裁かれなければならないという君の考えはよく分かる。しかし、」
と、クシュナー先生は続ける。
「帝国法は究極的に『帝国を繁栄させる』ためにある。罪人を裁くのはその手段一つでしかないのは分かるね?」
「はい」
帝都の壁を侵すことは帝都の民に不安を抱かせ、帝国内で最も安全な都市と言われる帝都の信を落としかねない。さらに、そのことにより皇帝の威厳を損なうに至ったとみなされた場合、非常に重い罪となる。
「だが、故意ではない上に未だ帝都外と見なされている建設中の壁でのこと、さらに怪我人も出ていないんだ。これを法に則って死罪、もしくはそれに準ずる刑に君を処したところで、帝国になんの益もないどころか損失でしかない」
「……」
「法は平等ではないんだ。あくまで公正なのだよ。君の事だ、納得しなくて構わない。ただ、理解はしてくれ」
「……よく、わかりました」
つまるところ、特別扱いという訳である。
先生の言う通り理解はできる。
しかし、決して納得してはならない。
そこに
「ふっ、貴殿の事がよく分かった。我が騎士団員らが気に入る訳だ」
コミンドン卿が俺の様子を見て、クツクツと笑った。
「言うつもりはなかったが、その刺さった小骨、取り除いてしまおう」
(まだ何かあるのか?)
俺は若干前のめりになり、耳を傾けた。
「今まで話したのは、Sランク冒険者たる貴殿を処するに際し、誰もが思う当たり前の理由だ。たった半日足らずで元老院が断案し、陛下がご裁断に至られたのには前提がある」
「本音が別にある、ということでしょうか」
「その通り。とくに元老院と我々は―――」
一呼吸置き、コミンドン卿は何かを思うように目を閉じた。
「恐れているのだ、獣人国女王を」
「っ!」
完全に忘れていた。
『ジンはんがどっかの国と戦争したら、獣人国は味方すんで』
ルーナはそう言って、国ごと俺と同盟を結んでしまっている。
「元老院はなぁ……ちょっとお年寄りが多くてな。昔の『狂獣』のイメージが拭えないんだよ。俺もこないだ城で女王を見たが、やり合うのだけは絶対に避けるべきだと思う」
「そうですね。女王の怒りを買う、それこそ国に大きな損害が生じます」
「という訳です。ジン君の特別扱いも、先に女王ありきなんですよ」
三人はうんうんと首を縦に振り、そもそも論をようやく出せたと頷いた。
「そういうことですか……腑に落ちました。ですが、帝国とミトレスも同盟を結んでおられますよね? 私個人と帝国とを天秤にかければ、女王が静観する可能性の方が遥かに高いと思われますが」
「ほぅ、貴殿は少ない可能性を陛下が鑑みないとでも?」
「……愚問でした。申し訳ありません」
「少ないどころか、女王は貴殿につくだろうと、陛下は考えるまでもなく仰っていた。仮に一月牢に入れただけで、必ず本人が動くはずだとな」
「私の知る女王なら……そう、かもしれません」
「女王が一人独断で動いたとしても、必ず国中の戦士たちが我先にと後を追う。そこに国の利害も何もない。そういう者たちなのだ、
確かにルーナを連れてイシスに帰還したとき、気絶した者も居たほどの獣人たちの狂喜っぷりと、ルーナが捕らわれていた時の状況を知った時の怒り狂った様には、俺も血の気が引いた。
狂信めいていると言ったら怒られてしまうが、ルーナが生きて再度ラクリの土を踏めて、別の意味でも本当に良かったと思えた程だった。
そのルーナが俺の縛を知り、本当にアルバニアに乗り込んで来たとしたら……下手をすれば俺の放免を求めるルーナの意志を通そうと、獣人たちがアルバニアと争ってしまう。
これ以上なく最悪の事例ではないか……
俺が頭を抱えるのを見つつ、コミンドン卿は続けた。
「そして、シリュウ君が不問となったのも女王が関係する」
そ、そうだった。
今までのは俺の事で、シリュウは一切関係ない。
今回の事故は俺が人間向けに造られた
「先日、帝国で手配中だった野盗集団が獣人国から送られてきたのだ。本来なら我々に知らされることなく、女王の命で処刑されてもおかしくはなかった連中なんだが」
コミンドン卿が続きを言い淀んだところで、ジェイク団長が続ける。
「ガーランドに送られてきたんだよ。『オスとしては殺した。人間はそっちでやりや』の一言を添えてな」
おぅ……ご愁傷様。
「ゴホン。つまり、帝国が捕らえられなかった罪人が獣人国に流れて性犯罪を犯し、女王が代わりに捕らえてくれたという事だ」
なるほど。同盟間もないこの時期に、すでに女王に借りがあるという訳か。
「ガーランド騎士団がすぐさま女王に礼を言いに行ったんだが、一年前の借りはまだ返せてないと言って女王は礼を受け取らなかったんだ。だが、帝国としてはそうもいかない」
「わかります」
結果的にミトレス連邦を救った先の戦争。
対価を支払う必要は、助けを請うたドルムンド以外は存在しないというのが帝国の方針である。
「なるほど、私と女王の前提と同じようなものですね」
「そう。その前提を踏まえ、シリュウ君にはペトラ騎士団から感状が出されているのが大きい」
「か、感状!?」
気になっていたシリュウの『団長さま』の件。手配どころか感状が下されていたとは、さすがに予想外だ。
「シリュウ君」
「……んぁ?」
(こやつ、いつの間にか寝てやがったな……)
おとなしく抱かれていると思ったら、まさか布団代わりにしていたとは。
ニコニコと笑みを絶やさずにシリュウを抱くノルン団長が、俺にも聖母に見えた。
コミンドン卿もシリュウが寝ていたことに気づいたが、何事も無かったように続ける。
「ペトラ騎士団のヴィスコンティが、君に謝りたいそうだ」
「……ぶぃす? だれそれ」
「団長さまだ」
「団長さまっ! 元気か!? 生きてるか!?」
俺がシリュウ風に訳すと、シリュウは勢いよく立ち上がる。
突然前のめりになった彼女を見て俺を除く五人は目を見開いた。
「シリュウちゃん。ヴィスコンティ団長と何かあったの?」
「あ……うん」
優しく問うたノルン団長にシリュウは口ごもったが、申し訳なさそうに指を遊びつつ答えた。
「団長さまのことこうげきした……で、でもちがう!」
俺はシリュウに代わり、先日ビターシャの騎士に説明したのと同じように皆に事情を伝えた。
(めちゃくちゃいい子じゃないか……現場の
ジェイクと同じことをその場の皆が思う。
「こ、こういう迫る話は……軍部を預かる私には毒だ。ノルン、任せる」
「あのヴィスコンティ殿が落ち込むわけですねぇ」
腕を組んで天井を見上げるコミンドン卿とクシュナー先生。そして頭を
アイザックさんも目頭をおさえ、『歳をはとりたくありませんね』とつぶやいた。
「団長さまは、元気も元気。シリュウちゃんにありがとうって言ってたわ」
「そっかげんきか! よかった! でも、なんでありがと? シィは―――」
シリュウが胸をなでおろすと同時に生まれた疑問を不思議そうにぶつけると、ノルン団長は『兄』と『魔人』という単語を避け、シリュウの肩に手をやって答えた。
「あなたがいなかったら騎士団の皆はどうなっていたか分からない。もしかしたら戦いに負けていたかもしれないの。だから、がんばったシリュウちゃんにありがとう、ですよ」
◇
俺は立ち上がって居住まいを正す。
「皆様の、ひいては皇帝陛下の寛大な処置に感謝申し上げます。冒険者として、これからも故国に報いることができるのなら、これ以上の誉はありません」
深々と頭を下げ、今度は謝罪ではなく感謝を伝えた。
ですが、と続け、
「可能なら、壁の修繕を手伝わせていただけないでしょうか。私が撒いた種です。せめてそれくらいはせねば私の気が済みませぬ」
俺の言葉にコミンドン卿は皆に視線をやり、一人立ち上がった。
「私の仕事は終わった、これで失礼する。パルテール殿、あとは任せる」
「ええ」
部屋を出たコミンドン卿に後を託されたクシュナー先生は、俺とシリュウに向き直る。
「さて、ジン君が勝手に責任を負おうとするのはこちらも予想済みです」
「は、はい」
「なので、ジン君には壁の修繕を手伝うよりもはるかに帝国のためになる案があるんだけど、どうだろう?」
「ちなみに、シリュウちゃんにはもう
クシュナー先生とジェイク団長が、俺とシリュウがやれることを提案してくれる。
俺としては断る理由はない。
先にジェイク団長が、『お願い』としてシリュウを貸してほしいと続ける。
「シリュウちゃんさ、壁造るの手伝ってもらえないかな? もちろん、ギルドを通して騎士団からの依頼として受けて欲しい」
「え゛~っ、つまんなそうだからイヤだ」
「承りましょう」
プィと首を曲げたシリュウを捨て置き、アイザックさんがすかさず依頼の受注を承諾する。
「シリュウ君。色々あって名乗るのが遅くなりましたが、私はアルバニア冒険者ギルドマスターのアイザックと言います」
「お、おまえぎるど人間だったのかっ! しかも毛むくじゃらのなかま!」
『毛むくじゃら』とは海賊の風体をしていたポーティマス冒険者ギルドマスターの事である。シリュウは彼にしょっちゅう怒られていた。
それに反発しまくっていた彼女も、ギルドの人間には手が出せないので苦手意識が刷り込まれているのだ。
ノルン団長の陰に隠れて『がるる』と牙をむくシリュウに、アイザックさんは淡々と言う。
「ハンタースのナイトレイ氏から聞いているよ。Dランク昇格、おめでとう」
「ん、まぁ……とうぜんだ!」
陰から出て、胸を張って青のギルドカードを見せびらかせるシリュウ。
褒められれば伸びるタイプだとは思うが、アイザックさんもそれでは彼女が際限なく調子に乗ることを知ってか知らずか。
「という事は、Dランクとしての責任を果たさなければなりません」
「せ、せきにん」
「そこには覚悟も伴いますが……どうやらシリュウ君にそれらは無いようだね」
「むっ!? あるもん! せきにんあるっ! ソラばぁとエルにせきにんっていわれた!」
持てと言われただけだが。
「本当に?」
「ほんとうだ!
完全にアイザックさんの手のひらである。
「ならば、壁に穴を空けた責任を取って、壁造りを手伝わなければならないのではないかな?」
「そのとーりだ!……あれ? まいっか、まかせろ!」
その場でアイザックさんとジェイク団長が契約を交わし、シリュウがバンっとインクを塗った手を依頼書について受注が完了した。
期間は一月。初めは俺と共に壁の建設に携わると思っていたシリュウは受けた後に文句を言っていたが、アイザックさんの巧妙な誘導にあっさり納得させられた。
依頼主とギルドの契約が成立する瞬間を初めてみたので、俺はその過程を目の前にして少し興奮している。
「次はジン君だね。単刀直入に言ってしまうけど、君も一月で結構。学院に通ってもらいたい」
シリュウの罰を見届けたあと、クシュナー先生が言う。
学院とは当然アルバニア騎士学院、魔法師学院を指す。
これまで全く縁のないところだったが、一から色々学べるのは非常にありがたい上にめったにない機会だ。
たしか学院生らは行動できる区画が決まっており、冒険者として行動を制限されるのは罰と言えなくもない。
クシュナー先生のこの優しすぎる提案に、俺は頭を下げる。
これは罰の部分を十分に上書きできるほどの、俺にとって非常にためになる提案なのだ。
「承知しました。しかと教えを学び、今後も冒険者として故国の役に立って見せましょう。代金は―――」
と、俺が学院に払う金をアイザックさんにバンクから出しておいてもらえるか聞くと、アイザックさんは深いため息をついた。
クシュナー先生、ジェイク団長、ノルン団長の三人も互いに顔を見合わせ、あきれた視線を俺に向ける。
「こればかりはシリュウ君の事はあまり言えませんねぇ」
「はぁ……何言ってんだお前さん」
「久しぶりにズレたジン君を見られて満足しました。ある意味安心です」
「え?」
あきれを通り越して鼻で笑われてしまっている。
なにが可笑しいのか。
「生徒? ははっ、それもいいけどね。逆だよ」
提案した当のクシュナー先生も得たりと笑い、
「逆……とは?」
「君には教える側として、学院に通ってもらう」
信じがたい始末を俺に突き付けた。
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