#25 審判の行く末Ⅰ

 ここはアルバニア騎士団、魔法師団共用の


 固唾をのむ音すらはばかられる緊張感が室内を支配している。


 俺とシリュウはうつむき加減にその瞬間を待っているのだが、はっきり言って地獄。


 目の前のテーブルにはアジェンテのカードが窓から差し込む光を反射し、室内の空気に似つかわしくない光を放っていた。


 ガチャリ


 扉が開かれるや、俺たちを含めその場の全員が立ち上がって入室した人物を迎える。


「結構だ。皆、座ってくれ」


 そう言われ、俺とシリュウ以外は席に着くが、俺がその人物より先に座るわけにはいかない。


 シリュウに関しては俺の真似をして立っているだけなのだが……彼女もそれなりに落ち込んでいる。


「リカルド殿、シリュウ君も。構わんから座ってくれたまえ」

「いえ先に……この度は誠に申し訳ありませんでしたっ!」

「で、でした!」


 最初は現地に駆け付けた騎士団に土下座をしたのだが、土下座を受けた人物から『誠意は伝わるがその作法はあまり知られていないのでやめた方がいい』と言われ、今は直角に腰を折る謝罪にしている。


 その人物に連れられ、騎士団の詰め所で事情を話した後、しばらくしてここにされた。


 俺とシリュウを除き、ここにいるのは五人。


 アルバート帝国軍務大臣 カーライル・コミンドン

 アルバート帝国魔法研究所長兼アルバニア魔法師学院長 パルテール・クシュナー

 アルバニア騎士団長 ジェイク・ブエナフエンテ

 アルバニア魔法師団長 ノルン・サファシュルト

 アルバニア冒険者ギルドマスター アイザック・ベルシュタイン


 皆が皆、帝都にいる重鎮である。


 最後に入室したコミンドン卿がテーブルをはさんで俺と対面の一人掛けに座り、他の四人も両側を挟んでコの字に一人掛けに座っている。


 俺の謝罪を見てコミンドン卿が『ふぅ』とため息をつく。


 いつまでも立ったままでは話が進まないので、ため息を合図に静かに座ると、シリュウも続いて席に着いた。


 席と言っても、それはかなり高級そうなソファなので、俺たちがやらかした事を鑑みれば決してふさわしいものではない。


 座るのすらおこがましいとは思いつつも、次の言葉に神妙に耳を傾けた。


「元老院の断案を経て、陛下御自らご裁断なされた。皆、心して聞くように」


 そう言ってコミンドン卿はクシュナー先生、ジェイク団長、ノルン団長に目配せする。


(皇帝が!?)


 俺は驚き顔を伏せたまま、ビクリと肩を揺らした。


 冒険者となって帝国臣民でなくなったとはいえ、俺はただの平民の子である。天と地ほどの身分差にもかかわらず、大帝国皇帝がそのような者に……ありえない。


 では、とコミンドン卿は肘をつき両手を顎へ当て、皇帝の決定を口にした。


「不問とする。以上」


 ……え、それだけ? しかも許す?


「(ねぇねぇお師、ふもんってなんです?)」


 空気を読めているようで読めていないシリュウがヒソヒソと聞いてくるが、この静かな空間では皆に丸聞こえである。


(馬鹿者っ、今聞くな!)


 という目で睨みつけると、『うっ』と唸って再度だまった。やはり落ち込んでいるように見えたのはタマを失ったせいであり、壁を破壊した反省ではなかった。


 とは言っても壁については全く責められないので、この場は静かにしてくれているだけで十分だ。


「問わない。つまり貴方は悪くない、という事ですよ。シリュウさん」

「ほ、ほんとか!?」


 俺に代わってノルン団長が優しげに答えてくれた。そしてその言葉はコミンドン卿の、ひいては陛下の裁断が俺にとっても決定的となった。


 コミンドン卿がたった一言を終え、皆が張り詰めた姿勢を崩してソファにもたれた。


 同時に本領を発揮したのは……言うまでもないだろう。


「やっぱりお師もシィもわるくない! あんなすぐ穴あくよわっちいカベつくった地人ドワーフがわるい!」


「シ、シリュウっ! やめ―――」


「まぁまぁ、ジン君。気持ちは分かりますが、今は胸をなでおろさせて頂きましょう」


「し、しかしアイザックさん……」


「弱っちい壁、か。耳が痛いな、ジェイク」


「まったくです」


 帝都の壁は軍部が主導して建設しているものである。


 なので、軍部の頂点である軍務大臣のコミンドン卿、そして壁の守護も任務に含まれる騎士団の頂点であるジェイク団長にとって、シリュウの言葉はこの上なく失礼に当たるのだ。


「申し訳ありませんっ、卿、ジェイク団長! ノルン団長にも失礼な言葉を!」


 俺はグィとシリュウの頭を押さえ、最初と同じように頭を下げた。


「ジン君、すっかり保護者ね。私は全然気にしないわよ? むしろ新鮮で嬉しいくらい」

「でたな、聖母ノルン」

「え? 舌を引きちぎって治すふりをしてほしいと?」

「なかなかいい耳してるな。せめて治すべきだと思うが?」


 空気を揺らし、睨み合う二人。


 見ていると、俺はここに裁かれに来たことを忘れてしまいそうになる。


「二人とも痴話げんかは他所でやりなさい。ジン君が困っているでしょう」


 クシュナー先生の一言で二人はガタリと同時に立ち上がったが、すぐに落ち着きを取り戻し、ブツブツ言いながら腰を下ろす。


 ノルン団長とジェイク団長は俺が三年前に帝都に滞在していた時に世話になった二人である。今のやり取りも俺の緊張をほぐそうと、あえてこの場でふざけて見せたのかもしれない。


 当時はアジェンテとして騎士団、魔法師団に出入りしていたのだが、まさかこのような再開を果たすとは夢にも思わなかった。


 迷惑千万。本当に申し訳ないことをした。


 ノルン団長はここにいるクシュナー先生の後に魔法師団長となった人で、厳しくも優しいお方である。


 四十過ぎには全く見えない若々しい容姿は優れた治癒術師ヒーラーが持つ特徴で、母上や竜の狂宴ドラゴンソディアのイェールさんにも当てはまる。思い出せば、マイルズで世話になったシズルさんもそうだった。


 生命力を魔力を通じて分け与えるという、聖属性魔法特有の魔力の使い方がそうさせているというのが今の通説。


 分け与えるのなら逆に衰えるのでは、と思ったものだが、その詳細は未だに謎のままなのだそうだ。


 年齢と容姿が一致しない。少なくともこれだけでノルン団長が並の治癒術師ではないことがわかる。


 そして、そのノルン団長と仲が良いのがジェイク団長。


 ここにいるコミンドン卿の後任としてアルバニア騎士団長を務めており、そのひょうきんな性格からは想像できないほど市井しせいでは帝国騎士然としており、子供だけでなく大人からも尊敬される人である。


 帝国騎士団長は等しく冒険者で言うところのAランクに相当する実力を持つと言われており、この二人も例にもれずかなりの使い手だ。


「やはりジン君には説明が必要ですね」


 全く納得できない俺の心持ちを察し、クシュナー先生が不敵に笑みを浮かべる。


 もしかしたら、この中ではこの人が一番俺の事をよく分かっているかもしれない。


 クシュナー先生は不治の病である魔球班病の対処療法の発見に始まり、新たな魔法体系を次々と確立した人物である。中でも収納魔法スクエアガーデンの発現を成したのは非常に有名な話。


 その収納魔法スクエアガーデンの根幹をなす力を『原素』と名付け、世界中に『原素』の存在を知らしめた人物だ。


 その才は若かりし頃に大魔法師アナスタシア・ソアラに見いだされ、自身も凄腕の魔法師という側面も持つ。


 クシュナー先生が弟子だったことをソアラさんから聞いたとき俺は腰が抜けそうになったが、兄弟子に当たると知って余計に親近感が湧いたものだ。


「はい。なぜ不問なのですか。はっきり言って死罪でもおかしくありません」

「そ、そんなっ! あれは地人ドワーフの―――」


 俺の言葉にショックを受けたシリュウに、『大丈夫よ』と言ってノルン団長が手招きをすると、驚いたことにシリュウは素直にノルン団長の元へ行き、後ろからギュッと抱きしめられた。


(さすが巷で聖母と言われているだけあるな。あのシリュウがあんなに素直に……あとでコツを聞いておこう)


 帝都の壁を壊すという意味。


 当然、これはそこらにある壁を壊すのとは全く異なる。


「帝都の壁を破壊した、これだけを切り取れば、法に照らせばたしかに死罪もありうるね」


 クシュナー先生がそう言うと、だが、と次にコミンドン卿が元老院が陛下に上げた断案をとして続ける。


 元老院とは皇帝がまつりごとにかかわる重大な決定を下すための諮問機関のようなもので、こうすればよいのではないか、という案を上げる役割を担っている。


 俺は騎士団内部で処理されると思っていたので、皇帝陛下の裁断にかすんでしまったが、元老院に上げられたこと自体も驚くべきことなのだ。


「一つ、貴殿は過去、黒竜より帝都を守護している」


 それとこれは別だと思うが、ここで口を挟むほど馬鹿ではない。


「一つ、貴殿はアジェンテとして多くの罪人の捕縛、および討滅の実績がある。これに関しては帝国騎士団が把握しているものより多いと推測しているが、いかがだろう、アイザック殿」


「ええ、仰る通りです。旧ジオルディーネ王国の統制を離れ、のちに帝国新領となる地域とマラボ地方でも依頼を除いて実績がございます」


「……」


 襲ってきたやつらを返り討ちにして、戦意を失って逃げたやつらを捕まえて突き出しただけなのだが、『だけ』と片付けるだけでは済まないのは理解できる。


 それでも、『それはそれ』と思えてならない。


「一つ、貴殿とシリュウ君のを目撃……いや、わかりやすく観客というべきか。街道から見ていた者らが多数証言している」


 それは予想外だった。あの時は俺も周りを気にする余裕がなかった証拠なのかもしれない。


「それに関しては俺から言いましょう」


 タスキを受け取ったジェイク団長が『持ってこい』と声をかけると、ドアの外で待機していた騎士団員が鎖をもって入ってくる。


「あっ……」

「ちゃんと返すよ。もうちょっとだけ貸してくれな?」

「いい」


 タマの亡骸を見て声を上げたシリュウに向かい、ジェイク団長はすかさず反応して彼女の了承を得る。


 そしてズシリと重量感のある鎖を持ってテーブルに広げ、『ここ、ここ』と言って複数損傷の激しい箇所を指摘していく。


「激しい金属疲労が見られます。鉄球の方も回収作業に入っていますが、あっちは関係ないので省略します。今回の事、一言で言えば『人間業ではない』ですかね」


 一応誉め言葉なのだが、シリュウにそれはわからないので反応は無し。人間じゃないので当然だろうといったところか。


「飛び散った鎖のかけらも回収済みですが、観客の『よく見えなかったけどすごい戦いだった』という証言と、今日買ったばかりの武器であるという証拠を照らし合わせると、今回の遊びは故意に壁を破壊するために行ったものではないという推測は十分に立ちます。白昼堂々と犯罪を犯す者は目立つことを最も避けますからね」


 な、なるほど……今、ジェイク団長は俺が話した事情の裏付けを話しているのか。


「加えて、仮に故意に壁を破壊して逃げたとしても、鉄球は壁にめり込んだままです。だとすれば、購入証明書を出すよう店に言うはずがありません。そんなものを残せばすぐに身元が割れますからね」


 俺がそうするように店主に頼んだのだ。購入証明書は店にも残るので、俺としては今後シリュウが一人で店に行ったとしても一元の客ではなく、過去取引したことのある者だという証拠を残してもらい、次から便宜を図ってもらえたら御の字程度の考えだったのだが。


 まぁ、シリュウの事は忘れようもないと思うが……もう店まで調べがついているとはさすがとしか言いようがない。同時に、店主にも迷惑をかけた事になるので謝りに行かねばなるまい。


「っていう事をソッコーで調べ上げて諮問に上げた俺らの苦労、分かったかねジン君?」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ジェイク団長がソファの背にもたれて天井を見上げた。


「申し訳ありませんでした……」


「まぁ、お前さんの事知ってる団員も多いからよ。皆結構やってくれたよ。『ジンが帝都を襲う? そんなバカな』で、済まないのが法だな。ベルモッドなんか走り回ってたぞ。あとでメシでもおごってやれよ?」


「はい、必ず」


 ベルモッドさん……ありがたい。俺は人に恵まれた。


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