#24 ばねき生く強

 ただでさえシリュウの紅い髪と瞳、双角はよく目立つ。


 そこに加えて禍々しい鉄球が背負われているとなれば、それはもう悪目立って仕方がなかった。


 案の定、買ったばかりのタマこと鎖針球チェーンスフィラを試したいというので、俺たちは帝都の北門を出て街道を少し外れたところまで来ている。


 宿では百発百中とまで言ってのけたし、店での取り回しを見ても扱い慣れているのはよく分かった。実際に武器として振るった場合、どれほどのものなのか興味深い。


「どれ、自慢の鉄球さばきを見せてくれ」

「……」


 前に立つシリュウの背中にそう言ってあおってやるが、なにやら鎖を持ったままピクリとも動かない。


「どうした?」

「……つまんない」

「は?」

「ひとりであそんでもつまんないっ!」


 ここまで来ておいて、とんでもないわがままを言いだした。若干耳を疑ったが、つまり魔物らを相手にしたいという事……だと思いたい。


「ここらに魔物がいないのは分かるだろ。ギルドまで依頼を受けに戻る時間はないぞ? 昼から騎士団宿舎に―――」


「お師。あそんで」


 分かっていたさ。だが、もし付き合えば自ら沼にハマるようなもの。


「断る」

「え゛ーっ! なんでです!?」

「何故も何もない。振り回すのに相手が必要なわけ―――」

「すきありーっ!!」

「うおっ!?」


 またもや言い終える前に、今度は言葉ではなく鉄球を投げてきた。


 ガキン!


 俺は慌ててのけ反ったが、鉄球は元居た場所の手前で鎖の長さの限界を迎え、ズンと地面に落ちる。


「おいっ!」

「ながさわかった! つぎは当てるです!」


 全然聞いてない上にシリュウは本気だった。


(仕方ない……興味を抱いた俺の負けってことだな)


 伸びきった鎖はシリュウの怪力によってあっと言う間に鉄球ごと引き戻され、手元に戻すや即次弾を投げてくる。


 だが射程をとらえたのは俺も同じ。その距離では届かないし、もう不意打ちをくらう事はない。


 念のため体をずらして射線から外れてやったが、鉄球はかなり手前で曲がって戻っていった。


 ブオォォォォ―――


「おいおいおい……どんな力で振り回してるんだ」

「ふっふっふー」


 先に付いているはずの鉄球が目で追えない速度で回され、地面の草が揺れ伸びていた。


「お師、かくごーっ!」

「絶対に当たってやらんぞ!」


 手元にある状態から鉄球を振るのではなく、一旦投げて鎖を伸ばしきってから回転させる。


 この上なく力技ではあるものの、投擲自体が攻撃を担っているのでまずはこれが初見殺しか。初弾を躱せたとしても、その刷り込みから次弾も同じように対処すればいいと思ったら大間違いだった。


 高速回転させたまま距離を縮められると、容赦なく鉄球の間合いに入れられてしまう。


 だが鉄球自体を目で追えずとも、近づく円に触れさえしなければ当たることは無い。


 ゴオッ!


 容赦ない鉄球が俺の頭上を鈍い風切り音を立てて通り過ぎる。


(これは当たったら頭が吹き飛ぶぞ! 俺を信頼しすぎだろ!)


「むっ!?」


 グンと軌道を変えた円を今度は後方転回してかわす。


 円は的確に俺の高さを捉えてきており、また、距離を取れば接近され、近づけば離れるといった具合で、その射程の維持は絶妙である。


 シリュウは脚だけでなく、腕の曲げ伸ばしも利用して鉄球の射程を維持し続け、さらには回転も維持しているのだ。


 到底一朝一夕で身に付く技術ではないのは間違いない。


 かくいう俺もの状態では太刀打ちできないと見切り、全身に強化魔法を纏っている。特に目の強化は必須だ。


「あはっ、ぜんぜん当たらないです! たんのしーっ!」


 急接近して手元をむんずとつかんでやれば終わるとわかってはいるものの、これはあくまで本気の遊び。


 シリュウが攻撃し、俺がかわし続けることに意味がある。


 正直ここまでやれるとは思っていなかったので、俺も久しぶりにいい緊張感を得ていた。


 このままでは当たらずに拮抗するだけと思ったのか、シリュウは回転を維持したまま跳躍。


 遅れて鉄球も上昇し、頭上で維持していた鎖を持つ手をグッと横へいなすと、急激に縦回転へと変わる。


 ドガァン!


 横回転から縦の回転へと変わった鉄球は、俺にかわされ地面に大穴をあけてめり込んだ。


(少し試してやるか)


 俺は着地したシリュウと入れ替わりで彼女の頭上へと跳躍。


 鉄球が地面にめり込んだ状態からどうするのか試してみる。さらに真上へはどう対応するのか、あわよくばみっともなく頭を踏んづけてやる算段だ。


「にししっ、とんだらおしまいです!」


 俺を見上げて勝機を得たと言わんばかりに不敵に笑い、シリュウはグッと腰をかがめて鎖を背負う形になる。めり込んだ鉄球のおかげで鎖はギリギリと音を立て、力をため込んでいった。


「ひっさーつ……ふんっ!」


 そして、引き金が引かれる。


「―――タマ大砲!!」


 ボゴン!


 地面からすっぽ抜けた鉄球が、もの凄い速度で俺目掛けて飛んできた。


「そうくるかっ!」


 シリュウが『おしまい』といったのは通常、空中では躱しようがないからである。


 だが俺は、落下の軌道を変える術を持っている。


(風渡り!)


 ブワッ


 右側面に風の足場を作って右足で蹴り、迫りくる鉄球の方向斜め上に回避する。


「あ゛っ!? ず―――」

「ズルいとは言うまいな?」

「うぐっ!」


 標的を失った鉄球は、このままだと鎖を持つシリュウごと遥か彼方へ飛んでいくだろう。


 タマを手放すか、共に去りゆくか。見物である。


「いーかーせーるーかーっ!」

「おいおいおいっ、どこまで本気なんだ!」


 勝利を確信したのもつかの間、シリュウは雄たけびを上げて半竜化し、鎖を最長距離で持ったままその場で回転し始めた。


 そして直進する力を横に流された鉄球は本来あるべき円環へと戻り、半竜化したシリュウの力により彼女の頭上で凄まじい渦を描き始める。


 シュゴォォォォッ!


「ふーっ、あぶないあぶない。おかえりタマ」

「いや、もう鉄球が出せる音じゃないだろ」


 沼に入って暴れれば、更なる深みに入ってしまう。


 十分にやった、と思った所からがシリュウの本番である。このしつこさは遊びとて同じなのだ。


 さすがにもう身一つで捌き切れるものではないと判断し、俺は夜桜を抜刀。


 刃から峰に返して迎撃態勢をとった。


「きゃはっ! けんもった!」

「その鉄球、ガタガタにしてやる」

「おもしろいおもしろいおもしろいっ! いっくぞーっ、タマぁっ!」


 半竜化し、興奮状態のシリュウの目に真紅の魔力が宿る。


 尖った犬歯をのぞかせ、楽しげに師を殺しにくる弟子がこの世にはいるのだ。


 こうなれば俺も本気。


 掛け値なしで殺人鉄球が頭上から降ってくるが、威力は違えど同じ攻撃は遠慮なく受け流させてもらう。


 だが、その時―――


 ギャリン!


 鉄球と夜桜が触れようかという瞬間、俺の頭上ギリギリを黒い塊が飛び去った。


(馬鹿なっ! どこからっ!?)


 完全に予測を超えられた一撃に俺の背筋が凍る。あと少しズレいれば、頭を砕かれていてもおかしくはなかった。



 バシャン!



 そして、鎖が地を打ちつける音が響き渡る。


 その音は俺の驚愕と思考を遮断し、少しの間、構えたままの夜桜に虚しく風を切らせた。



「……」

「……ありゃ?」



 ドゴァッ!



 遠く後方から衝撃音が聞こえてくる。



 風うへに ありか定めぬ 塵の身は

    ゆくへも知らず なりぬべらなり ※



「っ!」


(今のは前世の!? くそっ、誰かの高い茶碗を割ってしまった時の記憶か!)


 突然、誰とも知らない歌と記憶が走馬灯のように流れる。それはあまりに不吉なこの状況を的確に映しており、今にも逃げ出したい心持ちだった。


 しかし、幻王馬に背後を取られた時の事を思えば……


 逃げずに振り返ることができる。


 俺は首を曲げ、シリュウは顔を上げ、互いに黒い塊の行く先に視線をやった。



「「あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ! カベ(タマ)がぁぁぁっ!」」






――――――――――――


※古今和歌集・巻第十八・九八九 超訳

やらかした俺は風に吹かれた塵のようだ。この先どうなるか分かったもんじゃない。


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