#23 玩具

「ぶっぐやー、ぶっぐやー、ぶっぐやーはどっこだー♪」

「場所も知らんのによく前を歩けるな」

「……ぶっぐやー、ぶっぐやー、ぶっぐやーはあっちー♪」

「逆」


 買い物。


 普通に暮らす人々が日常的に使う店とは異なり、冒険者のそれは物騒なものが多い。


 武具屋はその最たるものだろう。


 昨晩うごかない人間こと店主の作ったうまい夕食にありついた後、シリュウは部屋で俺がポーティマスで手に入れた武具大全を楽しそうに読ん……絵を見ていた。


 そして突然叫びだしたのだ。


「あーっ、タマだ! これ、兄様のぶき!」


 挿絵の入ったページを開き、大層興奮気味に俺に見せてくる。


 そのページに描かれていたのは、トゲのついた鉄球に鎖が繋がれているという、何とも扱いづらそうな武器。俺はさっさと読み飛ばした記憶がある。


「球ね……兄はこんなものを武器にしてたのか」


 スッと絵から視線をはずし、引き続き故郷への手紙をしたためる。


 言っちゃ悪いが、その実用性は非常に怪しい。実際、この武器をもった者を見たことが無かった。


「兄様はおもちゃって言ってたです。こうやってー」


 頭の上で鎖を手に遠心力で鉄球を振り回す仕草をして使い方を説明しているが、逆にそれ以外の使い道はないと思う。


「ザコをいっぺんにたおすときに使ってた。シィもいっぱいあそんだです。ひゃっぱつひゃくちゅうです!」


 部屋の隅に行き、対角にあるランタンめがけて鉄球を振り下ろしている。


「ふ~ん。まぁ、玩具としては有りなのかもな」


 ふとそんなことを言ってみるが、あくまで言葉通りで到底戦いを共にできるとは思っていない。


「かう!」

「……え?」


 俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに、シリュウは目を輝かせた。


 その様子から聞き流すわけにもいかないので、手紙を書きつつ、どうせ思いつきだろうとあれこれ欠点を挙げて諦めさせるのが吉と判断した。


「邪魔だろう」

「? じゃまならおいとけばいいです」


 ごもっとも。


「物によるだろうがかなり重いぞ。旅には不向き過ぎる」

「? べつにおもくないです」


 さすが竜人。


「そもそも素手の方が強いだろう。その竜爪は立派な武器だ」

「? ほんきだすときはそうです」


 あれ、俺が間違ってるのか?


 手紙を書く手を止め、シリュウに向き直る。


「慣れない武器で隙を突かれでもしたらどうする」


 これは言い返せまい。


「? いっぱいあそんだです。カエルたおしたです」


 ……そういえばそんなこともあったな。


「……」


 大樹海の周期、ライン戦線に挑んだ最終日に新種の六つ足ガエルへのとどめの一撃を思い出し、俺は言い淀んでしまう。


 俺の弾切れを察したところで、そこをついてくるようなヤツではないのがシリュウのいいところだと、後から思い知らされてしまった。


「えっと、だめ……です?」


 すこし残念そうにうつむくシリュウを見て、俺は自分の過ちに気が付いた。


 そうだ。べつに俺の懐から代金を出すわけではないし、シリュウがどう戦おうが彼女の自由。欠点らしい欠点は今ので取り除かれてしまったし、戦闘センスの塊ともいえる彼女にとっては、遊びを入れたところでどうということは無い。


 何より、直接ではないが兄との思い出の品なのだ。俺があれこれケチを付けていいものなのか。


 少々保護者気取りが過ぎてしまった……反省せねばなるまい。


「すまなかった。駄目じゃない。明日一緒に武具屋に行ってみるか」

「ほんと!? いく!」



 ――――という始末である。


 シリュウお得意の調子を奏でて武具屋に到着。


 ここは騎士向けの煌びやかな商品は置いておらず、武骨で実用的な冒険者向けの武具を扱う店である。


 以前、アルバニア騎士団中隊長のベルモッドさんに教えてもらった店で、舶刀はくとうの手入れもしてもらったことのある信頼できる店だ。


「けん、やり、ぼう、たて、よろい……なにこれ?……なーいっ! なんでない!」


 俺の記憶通り、そんな珍しい武器は置いていなかった。一応ここらで最も品ぞろえの良い店なのだが、さすがに珍品が過ぎるか。


 武具屋に入ると俺もうずいてしまったのでついシリュウを置き去りにしていたが、さすがに突然大声で喚いた彼女に店主が驚いてしまっている。


「落ち着け。諦めるのはまだ早い」

「あ、あるです!?」

「それを店主に聞くんだ」


 武具大全を見せて聞いてみる。


「はぁ~、鎖針球チェーンスフィラねぇ。また古いもん探してるなぁ。ちょっと待っててくれ」


 そういって奥に消えた店主。


 と言われてしまうのは既に廃れて使われなくなったという事。過去使われていたのか定かではないが、どう考えても使い手を選ぶ武器なのは間違いない。


 にしても、そんな恰好の良い名前だったのかと改めて武具大全を凝視してしまう。


 即答で無いと言われないところを見ると、もしかしたら奥に眠っているのかもしれない。こうなると、だんだん実物を見たくなってくるのが性というものだろう。


 しばらく待っていると、奥から店主の呼ぶ声がした。


「おーい、あるにはあるんだが、構わねぇから中入ってくれー」

「あるのかっ」

「きたーっ!」


 呼ばれて遠慮なく奥の倉庫らしき空間へ入ると、そこには表に並んでいない大量の武器防具が所狭しと置かれていた。


 少々埃っぽくはあるものの、裸で置かれている剣や槍、布にまかれた大斧らしき長柄モノや輪の形をした投擲武器らしき物が目に入る。


 ここで一日過ごせるなと少し興奮しながら店主の元まで行くと、床に置かれた年季を感じさせる木箱に目当ての物が入っていた。


「ここで勘弁してくれ、重くて出すのが面倒だ。親父の代に仕入れたもんだな」

「お、おお……」

「わーっ! あいたかったぞ、タマ! なぁなぁ、もっていいか?」


 簡単な名付けでよろしい。


 黒光りする鉄球にトゲが生え、重々しい、いかにもと言わんばかりの武骨な鎖が繋がっている。先代からここにあるという事は錆びも気になるところだが、見たところ錆びもなくきれいな状態だった。


「そりゃかまわねぇが……えっ!? 嬢ちゃんのお目当てなのか!?」

「ええ、実は」


 シリュウは慣れた手つきで鎖をたすき掛けに体に巻いていき、頭の二倍ほどの大きさの鉄球を片手でひょいと持ち上げる。


 持ち上げられて初めて気づいたが、鎖の終端にはもう一つ鉄球がついており、そっちはやや小さい鉄球だった。


「か、片手で軽々と……ははは。すげぇな嬢ちゃん」


 ちょっと興味が湧いたので俺も負けじとシリュウから鉄球を受け取ってみたが、ではとてもじゃないが持っていられなかった。


「ちょっとちっちゃい。これしかないのか?」


 十分危険な大きさのような気がするが、鉄球をポンポンと軽々遊んでいるところを見ると、兄と遊んでいたものと比べると物足りないらしい。


「すまねぇがこれだけだな。他の店のこたわからねぇが……うちは品ぞろえが自慢とだけ言っておこう」


 普通は焦って買ったりせず、他の店も見て回るだろう。だが、この店の品ぞろえの多さは俺もよく分かっているし、そもそも武器自体が珍しいので他は期待薄と言える。


 店主は箱の側面に書かれた仕入れた時期と値段を中腰でチェックしている。


「嬢ちゃんは三十年眠ってたヤツを起こしてくれたからな。この」


 と、箱に書かれた価格らしき数字をバンと叩き、


「半額で売ってやる! どうだい?」


 箱には大金貨一枚と書かれている。半額という事は金貨二枚半という事だ。


 俺には妥当かどうかわからないが、箱に書かれた値段は当時書かれたものだという事はわかる。


 わざと値を書かず、客を見て暴利につけた値をこれ見よがしに値下げし、特価に見せかけて購買意欲を煽るというやり方はよくあること。


 あえて箱に書かれた値を俺たちに見せたのは、『そうではない』という店主の気遣いということだ。


 珍しい武器で劣化も見られずこの質感なら大金貨一枚でも許容範囲、金貨二枚半は十分に安いと思える。何も言わずにあとはシリュウに任せることにした。


 当のシリュウはというと、引き続き鉄球で遊んでいる。


 そして、頭の二倍の大きさの鉄球を片手でつかみ、


 ボッ!


 店主に向かって鉄球を突き出すと、風圧で店主の衣服がゆれた。


「シィがおむかえにこなかったらタマはずっとここで一人ぼっち。ちがうか?」

「あ、ああ。そのとおりだ」


 迫力に押された店主は、思わずシリュウのに頷いてしまった。


(脅しギリギリだが……まさかシリュウが値の交渉をするとは)


 俺は心中驚きながら、店主の敗北を感じ取る。


「なら半分の半分。かわいそうなタマはシィに会えてよろこんでる!」


 可哀そうなタマ、もっと言えば兄との思い出の品をそこまで値切るのか。すばやく細かい金の計算がまだできないので、『半分』という提案以外できないと見た。


「なっ!? じょ、嬢ちゃん、さすがにそれは原価大幅割れだぜ。勘弁し」

「げんかってなに」

「えっ? まいったな……」


 店主が困り顔を俺に向けてくる。このまま押せば店主は折れるだろうが、俺はつい可笑しくなって両方に助け舟を出すことにした。


 一応この店は紹介で知った店なので、あまり迷惑はかけられないというのもある。


「ここで彼女に売っておいた方が、今後も肥やしにならなくて済むのでは?」


 と言っても、半分の半分、つまり金貨一枚に銀貨らではさすがにこれまで掛かった保管費用に届かないだろう。


 俺は右腰に下がった舶刀を鞘ごと店主に渡す。


「手入れを頼みます。鞘は新調していただきたい」


 舶刀も珍しい武器ではあるので、鞘も基本特注となる。既製品よりも当然値は張るのだが、店としては利を得やすい良い案件と言えるだろう。


 もともと頼むつもりだったので、タマとの抱き合わせで俺としては良いきっかけだ。


「かーっ、わかったわかった! あんたらいいコンビだよ!」


 こうして、シリュウは新たに相棒を手に入れた。


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