#22 アルバニア冒険者ギルド
まさか、シリュウ特産の食い物と思っていた幼虫の丸焼きと帝都の露店で出会うとは思いもよらなかったが、過去被害に遭っていた冒険者たちと同様の反応をしてしまったので、食わず嫌いを少々反省。
シリュウの好奇心に振り回されながらもお目当ての宿に到着する。
この宿は路地裏と言っていい場所にあり、愛想もへったくれもない店主と、対照的に明るく気立てのよい女将が二人で切り盛りしている宿だ。
路地裏と言ってもギルドに近く、何よりここは帝都。よほどでなければ宿はどこも繁盛してしまうらしく、参入したい多くの商会がここら一帯に空きが出るのを目を光らせていると聞く。
扉を開けると、相変わらず来店客に全く媚びることのない店主が地蔵のように座っていた。
「店主殿。ジンです」
「……おぅ」
覚えてくれているのか分からないが、とりあえず反応はもらった。これで追い出されることはない。
店主が手元にある呼び鈴を軽く鳴らすと、奥からパタパタと女将が顔をだす。
「いらっしゃい、お待たせしてすまないね! ……あら? まぁ、ジン君じゃない! 久しぶりねぇ、三年ぶりくらいかしら?」
「お久しぶりです、女将殿。また少しの間世話になりたいのですが」
挨拶と世間話を済ませ、部屋は開いているというので外で待たせているシリュウに中へ入るよう呼びかける。
「たのもー!」
「あらあら、元気なお嬢さんね」
「おかみ人間! シィもとめてくれ!」
「もちろんよ、シィちゃん。ようこそアエドの宿へ」
『おかみ人間』という失敬な呼ばれ方も、多くの荒くれ冒険者の相手をしてきた女将にとっては些細な事。今では獣人もさほど珍しくないのだろう。
部屋は三つ空いているというが、これから来る客のことを考えて寝床が二つある一部屋で済ませることにした。
部屋に適当に荷を置いて、まず向かうのは冒険者ギルド。何をするにしてもまずは金を換えねば飯も食えないし宿代も払えない。
「おくにいたうごかない人間。あれ、おきゃくです?」
道中先ほど見た地蔵のような店主を思い出し、シリュウは不思議がっている。三人がやり取りをする中、彼は一言たりとも喋っていない。
「あの御仁は店主で女将の夫だ。ああして最初に客をふるいにかけてるんだ」
「めおとですか。ふるいってなんです?」
「ここはギルドがある一帯だからな。客はどうしても冒険者が多くなる。宿に迷惑をかけそうなヤツは完全に無視されて、最終的に出ていくしかなくなる」
あの呼び鈴が鳴らなければ、女将が表に出てくることない。つまり部屋を取る手続きができないので宿の利用はできない。
いかに問題がありそうなヤツだろうが、入ってきた者を無視し続けるというのは相当な強心臓が要求されるはず。あの店主は元の無口な性格を十二分に発揮し、妻である女将を危険からあらかじめ遠ざけているのだ。
それと気づいたとき、俺はアエドの宿を気に入ってしまった。
「いわば門番みたいなもんだな」
「なるほど……なにもしてないように見えて、おかみ人間の役に立ってるです」
こうして色々とシリュウは学んでいっている。
本当に、出会った頃の粗暴さを思うと涙が出そうになる。
まぁ、出ないが。
「それに、あの店主の作る飯はうまい」
「!?」
最後に決定打となることを伝え、シリュウが二人に無礼のないよう言い含めておくのを忘れてはならない。
そうこうしているうちにギルドへ到着。
金のかかっていそうな外観と大きさにシリュウはおどろ……くまいと必死に我慢している。
「むっ、ぐぅ……ぎるどはシィのきち。びっくりなんかしない!」
「はいはい」
よく分からない抵抗を見せるシリュウは放っておき、さっさと中に入る。俺にとってはポーティマス、ドッキア冒険者ギルドに次ぐ期間世話になったギルドである。久しい意外に取り立てて何もない。強いて言えば……
(ノーラさんはまだいるかな?)
俺の窓口を同僚から横取りしてまで勤めてくれたノーラさんなら、気の置けない仲なのでいろいろ面倒事も言いやすい。
中に入ると相変わらずスッカスカの依頼掲示板に、依頼取りに出遅れた冒険者たちが情報交換やら暇つぶしに駄弁っている。急な依頼も出ることがあるので、ここで待っているのは正解と言える。
「それにしても増えたよなぁ、
「そうだな。やっぱミトレスとの同盟がデカい」
横にいるシリュウに気が付いた冒険者が口々に話しているのが聞こえる。当の本人は
すでに昼を過ぎ、冒険者の戻ってくる夕刻まで窓口はすいている。見渡してノーラさんはいないようなので、受付には珍しい同年代だろうか、男の座る窓口へ足を向ける。
「よろしいですか?」
「は、はい! こんにちは!」
何やら緊張の面持ちだが、ビシッと制服を着て折り目正しく挨拶をするところを見ると新人なのかもしれない。
「両替とバンクから銀貨で―――」
「おまえ男か?」
「は?」
「え? は、はい」
俺が要件を伝え終わる前に、シリュウが珍しいものを見たときの顔でズィと受付青年に顔を寄せる。
「ちょっ、顔ちかっ……」
「ふ~ん。えらいんだな。でも強そうに見えない」
(ここで出るか。謎発言)
「訳のわからん事言わんでいい」
俺はグィとシリュウの頭を押さえ、『あぅ』と一鳴く彼女を押しのけて要件を伝える。
「わ、わかりました。ではギルドカードをお預かりさせて……これは?……ひゃぁぁぁぁぁっ!」
ドシン!
カードを見てひっくり返り、青年は椅子から転げ落ちた。
「ぎゃははははは! なにやってるこいつ! おもしろ人間はっけん!」
「やめんか」
黒のギルドカードを見て驚いたのは言うまでもない。初めて見る者にはこの先こんなことが頻発するのかと思うと、俺は少し気だるくなってしまう。
失礼極まりないシリュウを一喝し、なんとか立ち上がろうとする青年を見やって声をかける。
「大丈夫ですか? 別に取って食いはしませんから、落ち着いて」
「し、ししししし失礼しましたっ! 少々お待ちいただけますか!?」
そう言って受付青年は逃げるように慌てて裏に引っ込んでしまった。
両替を頼むだけなのに、なぜこんなひと騒ぎが起こるんだと俺は頭が痛くなる。だんだん黒カードが恨めしく思えてきた。
周りの冒険者、他の受付嬢らもこちらの騒ぎに注目してしまっている。
「お騒がせしてすみません」
なるべく騒ぎが大きくならないよう、にこやかに愛想を振りまいておくのを忘れない。
そしてそうかからず勢いよく裏の扉が開かれ、ようやく見知った顔を見ることができた。
「やっぱり! ジンくーん!」
ノーラさんである。
裏の扉から途中にある机や椅子を軽やかに飛び越え、受付カウンターから豪快に飛びついてきた。
そうはさせまいと、スッと無慈悲に身をかわす。歓迎はうれしいが衆目もあるし、何より気恥ずかしい。彼女には床と対面していただく他ない。
「甘いっ!」
ドフッ
「ぐぉっ!……う、腕をあげましたね、ノーラさん」
かわされてバランスを崩すと思いきや、見事に立て直して俺の回避先に的確に飛び込んできた。
「でしょ? 去年から調査班に同行してるの」
「なるほど。体術訓練のたまものという訳ですね」
「そーいうことっ。また会えて嬉しいわぁ♪ 背めっちゃ伸びたね!」
確かにこの一、二年、時折節々が痛くなっている。成長痛というやつだ。
それはそうと、この人は初めてギルドで会った時から何かと『お気に入り合図』を送って来ているのは分かっていたが、ここまで激化されると困りものである。
「こ、こ、こらぁっ! お師からはなれろ、ぎるど人間め!」
「あら? この子……ちょーかわいーっ!」
「なおっ!? けど、あまいっ!」
シリュウのおかげで抱擁から解放された俺。
シリュウもギルド職員に手を出せば大目玉をくらうのはわかっているので、反撃もままならず、二人はしばらくかわしかわされを繰り返した。
◇
「ふぅ……疲れたわ。今日はもう帰りたい」
「仕事してください」
「ぎるど人間じゃなかったらギタギタにしてるのにっ……」
なぜか会議室に通された俺たち。
本来ならギルドマスターのアイザックさんに通されるのだが、今は出払っているというので、代わりにギルド職員六年目のノーラさんが引き続き対応するという。
彼女は今や昇進し、新人教育を任されている立場らしい。
「し、失礼します」
恐る恐る扉を開けて入ってきたのは先ほど窓口にいた受付青年。
俺とシリュウの両替と出金やその他諸々の手続きを済ませてくれたようだ。
アルバ通貨の入った袋と預かっていたギルドカードを置き、おずおずと出て行こうとする青年をノーラさんが呼び止める。
「ちょっとどこ行くの」
「えっ? し、仕事に戻ろうかと……」
「夕方までヒマでしょ? ちょっと座りなさい」
「で、でも先輩、マスターにバレたら……」
「いいのよ、これも仕事なんだから。大丈夫、怒られるのは慣れてるわ」
結局怒られるのか……ほんと大丈夫かこの人。
「それにSランク冒険者とあの竜人とお近づきになれる機会なんてそうそうないわよ?」
腕を組んだまま不機嫌そうにしているシリュウの自己紹介は済んでいる。獣人の冒険者はここ一年よく出入りするらしいが、竜人は初めてだと、その可愛らしさも相まってノーラさんは大層興奮したらしい。
「た、たしかにそうですけど……」
先輩にいわれて仕方なく席に着く青年。
「ナトリと言いますっ。よろしくお願いします!」
「ジンです。こちらこそよろしく頼みます」
「つーん」
ふくれっ面でそっぽ向いたままのシリュウを軽くはたく。
「……シリュウ」
小さく名乗り、怒ってるのも可愛いと興奮するノーラさんに笑顔を向けると、彼女は咳払いをしてようやく仕事様式に入る。
「じゃ、じゃあ、ナトリ君お願い」
「は、はい!」
緊張の面持ちで手元にあったギルドカードをスッとシリュウに差し出す。
「おおっ!」
一瞬でふくれっ面を吹き飛ばし、目の前のギルドカードにくぎ付けになる。
「ハ、ハンタースマスターのイェール・ナイトレイ氏の認可により、シリュウさんは二ランク昇格のでぃ、Dランクとなります! おめでとうございます!」
勢いよく腰を曲げ、ナトリさんはシリュウの昇格を通達する。
これまで持っていた黄のギルドカードから青に変わったギルドカードを見て、シリュウは大いに喜んだ。
「やったー! あおになった! すげーっ、かっけー! お師っ! みてみて!」
「よかったな、おめでとう」
「おめでとうシリュウちゃん! パチパチパチ~♪」
首からギルドカードを下げ、腰に手を当てて得意げに胸を張る。
GからFに上がったときは単独で依頼を受けられるようになったので多少の喜びはあったが、それ以降はほぼ無感動に昇格を果たしてきた俺とは大違いだ。
「にしし……ありがとう、ナットー!」
「い、いえっ! 僕は何も!」
とびきりの笑顔を向けられたナトリさんは、恥ずかしそうに俯いた。
ひとしきり見せびらかした後、今度は新しいお金を数えると言って金袋ひっくり返すシリュウ。これが始まるとしばらく動かないし、突然叫びだすことはあるにせよ割と静かにしているので、この隙にここ最近の情勢について聞いておく。
「獣人の冒険者さんが増えたのは帝国とミトレスの同盟もそうだけど、アレが効いてるのよ。えっと―――」
獣王戦士団。
先の
大勢の戦士を死なせた挙句、己のみ生き残ってしまった女王ルーナは、敗れた責任を取って女王を辞し国を出ると言ったが、全国民が嘆願を出してそれに反対したらしい。
ならばと五年は復興に尽力するという名目で、五年間は女王としての責務を全うすると約束したとのことだ。
そして他のミトレス連邦に属する亜人国の手前、女王ルーナは獣王国と名乗り続けるのは不遜だといい、獣人国と名を変えたのは周知の事実である。
だが、大勢の新たな戦士候補者らは亡き戦士たちの意志を継ぐべく、『獣王戦士団』の名は変えないでほしいと女王に頼み込んだ。
そこで戦士候補者らに女王が出した条件が―――
「獣王戦士団としたければ、冒険者として世界を見てまわれ……ですか」
「そうなの。しかも上位のBランク以上を条件に加えられたのよ」
「それはなんとも厳しい」
「ナトリ君」
「はい」
そういって話を振られたナトリさんは居住まいを正して、さらに詳細に話してくれる。
「じょ、女王が課されたのは、五年以内にBランクの冒険者を百人、自分の前に連れてくることです。統計では最終的に上位ランクに至る冒険者は二割ほどで、さらに五年以内となると……ほぼ百人に一人の割合となります」
女王が出した条件は無茶というものだろう。
ただし人間の場合は、である。
「彼らならやるでしょう」
「やっぱりジン君もそう思う? マスターもそういってたわ」
「げ、現状を見る限りでは、ぼ、僕も可能だと思います」
ナトリさん曰く、すでに獣人の中級ランカーは百人を超え、戦士団筆頭候補のジャックという獣人はAランク。他八人も、たった一年でBランクになっているという。
「半年前そのジャックさんがここに来て、二日で次の街に行ったわ」
「さすがはジャックさん。他の上位ランカーも生き残った旧戦士団の方たちでしょう。彼らにとっては力を証明するだけでいいのですから、たやすい事かと」
「あ、当たり前に知り合いなのね……」
「ジャックさんとは一度顔を合わせていますし、何より私の大切な人を敵から救ってもらった恩があります」
「そうなんだ……行先はカードを追えばわかるけど?」
「一方的な恩とも言えますので、機会は風に任せます」
「詩人かっ!」
「ありがたく」
色々話し込んでいるうちに日が傾いて来ていた。
滞在日数は決めていないが、帝都へは知り合いへの挨拶と、シリュウの経験のために寄ったようなものなので長居するつもりはないと伝え、その日はギルドを後にした。
……――――
ジンとシリュウがギルドを出た後、ナトリはポーッと天井を仰いでいる。
「……魂抜けちゃってるわよ?」
「はっ! す、すみません! ジンさんのお話が壮大すぎて少し夢を見ていました!」
「ふふっ、確かにねぇ。初めて会った時は初々しいFランク冒険者さんだったのに、遠い人になっちゃって。お姉さん、少し寂しいわ」
「ぼ、僕とそう年も変わらないのにすごいですよね……それに……」
「シリュウちゃん射止めるのはジン君以上に大変かもよ?」
「なっ、何をいってるんですか! そんなんじゃありません!!」
「そぉ? じゃあ、マスター帰ってくる前に仕事もどろっか」
「私が、なにか?」
「「!?」」
―――――――――――――
話数跨ぎたくなかったので詰め込みました。
二話連続長くなってすみません……。
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