#21 帝都ふたたび

「お師っ! お師っ! あれぜったいていと!」

「……」


 大きく手招きするシリュウの後に続いて帝都を見るや、俺はすぐに言葉が出てこなかった。


「……お師?」

「あ、ああ。すまん、そうだ帝都だ」

「やっぱり! 城でかい! かべながい! でもこんな見わたせるところに里つくるとか、守りたいのか攻められたいのかわからない! ……こーてーはアホです?」

「絶対に街中で言うんじゃないぞ」


 同じく帝都に向かっていた行商人に、帝都を一望できるというこの高台を教えてもらい、途中木々を押しのけ立ち寄っている。


 眼前に広がる帝都アルバニア。


 ドレイクの街を出てから三週間という長い道のりだったが、ここアルバニアがほぼ帝国中央に位置し、ここより北部一帯も含めると帝国の版図がどれほど広いのか想像できるだろう。


 とにかく帝都に到着した俺たちだが、俺はまたデカくなっている、いや、デカくなろうとしている帝都にシリュウとは別の角度で驚いていた。


 三年ほど前に滞在していたころ、俺は冒険者ギルドのある北側のほんの一角でしか生活していなかったのがよくわかる。


 だが、ここで関心していても始まらない。気を取り直して高台を後にし、俺たちは帝都の南門へと向かった。


 俺が帝都の出入りに使っていたのは北門だったので、南門をくぐるのは初めてだ。だからなんだという話だが、こちらはこちらで賑やかだが、南からの商人や旅人はどこか帝国人とは異なる様相をしている人が多いように感じる。


 東西と北の出入口となっている門よりも、他国の人たちの出入りが多いせいだろう。


 建設中とみられる壁の中へは手続きもなく入ることができた。あちこちで建設作業が進められており、街に入る前から活気に満ち溢れていた。


 石畳もまだ敷かれておらず周りは草が生え放題だが、いたるところに杭が打ち込まれ、杭同士を紐で結んで境界線らしき目印が引かれている。


 これは何かしらの建設予定地で、今まで多くの街で見た光景ではあるが、これほど広い範囲で区画されているのは初めて見た。おそらく壁の完成を待って建物が建ち始めるのだろう。


 建設資材を運ぶための導線にだけ真新しい石畳が敷かれているが、関係者以外は使用禁止のようで、俺たちは門まで一直線に敷かれた古い街道を使って歩みを進める。


 大量の人と荷をさばく必要があるので、帝都の門はとても広い。俺の知る北門と同様に、この南門もさほど待つことなく俺たちの順が回ってくる。


「ん」


 シリュウはもう知ってると言わんばかりに、胸を張って首から下がるギルドカードを門番に見せる。


「おお。南門こっちから獣人さんとは珍しい。しかも冒険者かい。帝都によくきたな」


 流れ作業で人荷じんかの入りを確認していた門番が、予想通りにシリュウを見て声をかけた。だが、


(獣人はまずいですよ、門番殿……)


 今度は予想ではなく当たり前に、シリュウが怒る。


「こらぁっ! みはり人間! シィは獣人ベスティアじゃない!」

「えっ? その立派な角は牛の獣人じゃ……ないのか?」

「りっぱ……ま、まぁ……たしかに? シィのツノは色もツヤもかくどもふつくしいとよく言われる。やるな、わかってる人間」


 それでいいのか。


 後がつかえると、俺は目尻を下げる彼女を押し出して、意外? にもすんなり帝都へ入ることができた。


「お師もほめるべきです」

「……何を?」


 約三年ぶりの帝都の街並みを堪能する道すがら、耳上から後ろに向かって生えている両角をよく見ろと言わんばかりに、ズィと頭を突き出してくる。


 確かに、この紅と黒が入り混じる角は立派と言える。さらに半竜化するとこの紅い部分がほのかに光り、とても牛の角と見間違えるものではない。


 深竜化に至ってはこの角がググッと後ろに向かって伸びるので、その様を初めて見たときは男心をくすぐられ、恰好が良いと思ってしまったものだ。


「褒めて欲しいと」

「エルもほめたです」

「……恰好がいいと思う」


 何を言わされているのか。


 イェールさんは褒めとけば機嫌がよくなるだろ的な、半ばまじないのようにシリュウを褒めるというか、あやしていただけで、そのおかげでこの暴れん嬢が機嫌よくしていたのだから取り立てて言うことは無かったが……


 言わされると癪に障るのは俺の器の小ささか。


「まぁいい。とりあえず街に着いたらやることは分かってるな?」


 後ろに手を組み、機嫌よく前を歩くシリュウの背中に確認する。


「やどのかくほ!」

「うむ」


 だがこの南区画で宿を確保してはギルドからあまりに遠い。やはりここはギルドにほど近く、以前世話になった宿に再び世話になりたいものだ。


 南門から一般区街の中心部に向かうにつれ、街の様相は帝国の栄華を色濃く反映していく。


 宿は決まっているとシリュウに伝えて、街中を颯爽と……行きたいところだが、そうはいかない。


 珍しいものだらけのシリュウからすれば、首を回せば初めて見るものが映り込む。彫刻が施された手すりに街灯、ガラスがはめ込まれた扉に、街中を移動するためだけに造られた静かすぎる馬車や人力車。


 どれもこれも俺が故郷から出てきたころに見て驚いたものに、彼女も同じように驚き珍しいと騒いでいる。


 極めつけは道の両端に均等間隔に空いている小さな穴を見つけ、指さしながら興奮気味に聞いてきた。


「この穴なんです? あっちも! あ! あっちにも!」

「これは雨で道に水が溜まらないように、流れ込むようにしてるんだ」

「え!? う、うそだ……じゃ、じゃあこの穴どうし下でつながってどっかに水をポイしてる……です?」

「鋭いな。今のは普通に褒めてやれるぞ。通行人の邪魔にならないように、道を真ん中からしゃがんで見てみろ」


 シリュウは言われた通り、きょろきょろと辺りを見回して、通行人が途切れた隙を見計らってしゃがみ込む。


「ちょっとななめ?……あ! 水がはしっこに行くように!?」

「正解」

「うわーっ!」


 さすがに道のど真ん中で頭を抱えて悲鳴をあげられては、こっちまで何かしらの被害を被るので、腕をつかんでそそくさと端に寄せた。


 その様子を見ていた周りの人からはクスクスと笑い声が聞こえてきたので、俺は苦笑いを浮かべて軽く頭を下げておく。見てみろと言ったのは俺なので、ここはシリュウのせいではない。


「だ、だめですお師……これ以上おどろいたら人間にまけた気がするです」

「手遅れだ」


 何と勝負しているのかはさておき、いちいち驚き立ち止まる彼女を急かしてはさすがに可哀想なので、とりあえず適当に昼食でも取るかと提案してみる。


 あちこちに露店やら店やらがあるので、食べ物探しにはまず困らない。これは帝都の特徴の一つで、ここ一般区街は他の大きな街の特徴である住宅区や商業区、産業区などに区分けされておらず、あらゆる建物が雑多に建てられている。


 さすがに重産業と言われる、煙を大量に吐き出したり、騒音の激しい産業は区画が決められているが、それは普段の生活圏で共有するには厳しいので当然の処置だろう。


「ふっふっふ……ていとにはしてやられたですが、今のシィのふところにかてる店はないっ」


 『懐』という言葉の使い方は、俺が言っているのを聞いて覚えたのだそう。


「それはどうかな?」

「……え?」


 腰にある重たい金袋に手を添え、不敵に笑うシリュウの腰を折ってやることにする。


「よく思い出してみろ。ここはどこだ?」

「て、ていとです」

「そう。ここは帝都で、アルバート帝国だ」

「……?」

「エリス大公領じゃない。もっといえば、ドレイクじゃない」

「な、なにを言っ……はっ!?」


 何かに気づいたのか、シリュウは自らの金袋をつかみ上げ、勢いよく口を開いて中にある金銀貨を凝視する。


 ここまで言って気づかなければ、これまでの旅で何を学んできたのかとため息をつくところだったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。


「まさか……まさか……このおかね」


 シリュウが持つのはピレニオル通貨で、アルバート帝国で使用されるのはアルバ通貨である。


「ここじゃ使えない」

「ふぐっ……う……」


 『うわぁーん』となるのは分かっていたので、あらかじめ収納魔法スクエアガーデンから出しておいたアルバ通貨をシリュウにサッと握らせる。


「……うぇ?」


「安心しろ。ギルドに行けば全部帝国のに変えてくれるし、俺も少しなら手持ちがある。ギルドまでまだかかる。とりあえずこれで軽く食おう」


「そ、そうだった! ぎるどは役にたつ! シィはいちもんなしじゃない!」


 あふれそうだった涙をぬぐい、シリュウはアルバ大銀貨を両手で胸の前にかざしてまじまじと見つめている。


 大食漢のシリュウを考えると、銀貨では帝都の高級そうな店は太刀打ちできないので、そこらの露店を適当に選ぶように言うと途端にゴキゲンに店を選び始めた。


「あ、お師」

「ん?」

「シィをいじめたばつとして、このおかねはもらうです」


 角を褒めさせられた仕返しが過ぎたか。


 その代償はなんとも高くついてしまった。



 ◇



 時は少々さかのぼり、ここは南門。


 ジンとシリュウの入門手続きをとった門番はガチャガチャと手甲を外し、同僚と共に休憩に入る。


「いやぁ、さっき珍しい獣人を見たぞ」

「ふ~ん。どんな? つってもお前、門配備なったの最近だろ。獣人は全部めずらしいんじゃねぇか」

「いやいやそれがよ、街中でかすりもした事ねぇっていうか、見事な紅眼紅髪でよ。こう―――」


 門番は両手を耳の上にやり、後頭部に向かって角を形取る。


「そりゃ確かに見ないな」

「だろ? なんか本人は獣人じゃねぇって怒ってたけど」

「なんだそりゃ。じゃあ何なんだよ」

「さぁ……?」


 当然こうなる。竜人という種族名は知っているものの、彼らは人里に下りてくることが無く、その姿を人間が目にすることは無いと言える。


 ギルドカードをひっさげた竜人が、突然帝都を訪れるという発想にはまず至らないのだ。


「それでよ」


「まだなんかあんのか」


「いや、これはただの確認なんだが。ギルドカードに色塗んのってありだっけ?」


「普通にだめだろ。カードに手を加えるのはご法度だって習ったろ?」


「だよなぁ……その獣人の次に通った兄ちゃんのカードだったんだけどよ。ギルドの紋章は普通に光ってたし、魔法陣も普通に反応したから偽モンじゃぁなかった。ただ黒のカードなんかあったっけかって」


「魔法陣が反応してんなら問題ないだろ。でも黒かぁ……昔、色で低ランクってバレんの嫌だったってヤツが上のランクの色塗って、ギルドに大目玉食らったってハナシだ」


「へぇ、若いねぇ。調べりゃ一発でバレるだろうに」


「だな。身の丈に合わねぇことすっと、冒険者なんかあっという間にあの世行きだってのによ」


「違いねぇ」


 支給される固めのパンをスープにひたしながら楽し気に話す二人。門番はその職業柄、話のネタは尽きない。


 その後互いに食事をかっこみ、時間まで足を延ばしてくつろいでいた。


 だがここで、ふと同僚の背筋が凍る。


 ガタリと椅子から立ち上がって両手を机に突き、ともすれば自分たちのクビが飛びかねない事態になっているかもしれないことへの不安がよぎった。


 これも門番として、長年の経験を経た彼にとっての天啓だったのかもしれない。


「まて……まてよ……お前さっき、のギルドカードって言ったよな」


「ん? ああそうだ。かなりうまいこと塗られてたな。って、どうした?」


 口に手を当て『まさか、まさか』とつぶやく同僚を、門番としては新参の衛士が訝しむ。


「だぁぁぁっ、ちくしょう! やっちまってるぞ! おいっ、急いで上に報告しろ! 黒いカード持った冒険者が南門から入ったってよ!」


 いきなり大声をあげて慌てふためく同僚に、新参門番も『なんで今更』と先に言葉が口をつく。


「忘れてたんだよ! よくよく考えりゃ、が塗っただけだろうが関係ない! ホンモンにしろニセモンしろどっちにしろ報告しなきゃならねぇ! とにかくクビんなりたくなけりゃ事情はあとだ! 早く報告しろっ!」


「わ、わかんねぇけど、わかった! 行ってくる!」


 新参門番がバタバタと休憩室を後にすると、同僚は腰が抜けたようにストンと椅子に崩れ落ち、ガタガタと足を揺らす。


 黒のギルドカードは世界に十四枚しか存在してはならないカード。


 冒険者の頂点、Sランクの証である。


 それと偽れば世界中の国家を欺こうとする大罪人とみなされ、真なら国家戦力の来訪を意味する。


 門番という都市の水際で働く彼らは、どの機関よりも早く人と荷の往来を知ることができる。つまり重要、要注意事項はどの機関よりも先に国、この場合騎士団に報告する義務があるのだ。


 事前に通達があれば事は簡単だが、冒険者は突然やってくる上に基本素通りなのでカードの確認以上の事は要求されない。


 しかし黒カードとなれば話は別。持ち主が報告よりも先にギルドを訪れた場合、ギルドから騎士団への報告が先んじてしまう。


(黒のあんちゃん! 頼むっ、頼むから犯罪はやめてくれ! んでまだギルドに行っててくれるな! もひとつ騎士にも会っててくれるなっ!)


「遅れたらさすがに言い訳できねぇわ……ぐぁぁぁ……腹いってぇ……」


 連帯責任必至で二人の衛士のクビがかかっている状況にある中、当の『黒のあんちゃん』は、紅眼紅髪の獣人の強い押しに負け、露店にあった『何かの幼虫焼き』を口に押し込まれていた。









―――――――――――

■近況ノート

書き終わってすぐ投稿は久しぶり

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16816927859595738161

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