二章 騎士学院・魔法師学院編
#19 嫌なことは走って忘れる
ドレイクの街を出た俺たちは数日をかけてエリス大公領を東へ横断、隣接する帝国南部三公の一角であるイブリース公爵領を通過し、とうとう帝国本土へ足を踏み入れた。
正確にはイブリース公爵領もアルバート帝国なのだが、南部三公が治める領地は帝国の庇護下にあるというだけで、基本的には完全自治が認められている特別区のようなものである。
法も帝国本土を習って整備されているというだけで、全く同じというわけではなく、特に犯罪に対する刑罰は非常に厳しくも苛烈だ。
例えばパンを一切れ盗んだだけで一月の投獄のち六月の強制労働を課せられるし、身分を偽って街に入ろうものなら即処刑というとんでもない厳しさである。
イブリース公爵領は三公の中でも比較的緩い方らしいが、それでも帝国本土に比べると格段に厳しい。
「つまり、何が言いたいかわかるか?」
俺はさっさと通り過ぎた、というより駆け抜けたイブリース公爵領を含む南部三公の話の総括として、シリュウに質問を投げかける。
「ウソついただけでころされるような、ちょうヤバいとこからはさっさと逃げる!」
「いいぞ。かなり分かってきたな」
「えへへ……シィはだんだんあたまがよくなってきた気がするです」
まぁ、シリュウが街で何かやらかして騎士団に追いかけられるのが目に見えているから、というのが俺の本音なのだが。
当たらずといえども遠からずの返答で俺は満足だった。
そんなこんなで帝国本土に入ってからはペースを落とし、俺たちはゆるりと北上している。
そして三日を過ぎた辺りで遠く西側、グレイ山脈の稜線がうっすらと見え始め、朝日で空との境界線がくっきりと見え始めた頃。
南からの侵略者に対する最終防衛線の拠点となる帝国南部最大の都市、ビターシャの街が目に映った。
「あれがていとです?」
興奮気味に遠くの街を指さすシリュウ。街といえばマラボ地方のポーティマスとドレイクしか知らない彼女にとって、城がある街というのは初めての経験だ。
規模も前二つと比べ物にならないし、人の多さも尋常ではない。帝国の
「いや、あれはビターシャという街だ。帝都はまだまだ先だ」
「ふ~ん。ていとはとおいですねぇ」
遠くビターシャを望みながら街道を歩いていると、一本の分かれ道に行き当たる。これを東に折れればビターシャへ、このまま北へ向かえば帝都である。
「ビターシャへは東大陸に向かう際に寄ろうと思ってる。今はこっちだ」
俺たちが歩む先はもちろん北。この辺りから街道が様変わりしているのでとても分かりやすい。
「これなんです? 石?」
シリュウは続く街道の色が変わったことを不思議に思い、地面をコンコンと叩く。
「ああ、石畳という。徒歩や馬はさておき、荷車や馬車がすばやく移動できるように帝国が敷いたものだ」
「いしだたみ……ながいぃぃ」
滑らかに、しかも均一に切り出されて敷き詰められている長大な石畳に感嘆の声をあげ、シリュウは背伸びして目の上に手をやった。
懐かしい。俺も村を出て初めて石畳の街道を見たときは軽く感動したものだ。
荷馬車が余裕ですれ違える広さがあり、道の中央に均等間隔で高い照明が設置されている。緊急時に急ぎ馬で駆ける際、月のない夜でも道を見失わないようにするための誘導灯の役割が大きいのだと聞いたことがある。
「特に帝都からビターシャへの道は重要な街道だからな。帝国も気合を入れて管理してるんだ。ほら」
俺が街道の先に目をやり、シリュウに見てみろと促すと、前から騎馬五頭がカツカツと向かってくる。
「あ、しってるです。あれはきしです」
「そうだが、知った風だな」
「里にいたころ、ピレウスのきしをいっぱいブッとばしたです。あと帝国のきしといっしょに、
……今のは愚問だったか。
ドラゴニアとピレウス王国のいざこざも、ジオルディーネ王国のドラゴニア侵攻もすべて周知の事実だ。
そのすべてに、シリュウは戦士として参戦していたのだ。
「そ、そうか……念のため言っておくが、あれは味方だからな?」
「だいじょうぶ! シィは帝国のきしに里を助けるの手伝ってもらったおんがあるです。たたかわないです」
いつになく真面目な表情で彼女はそう答えた。
そうこうしているうちに、帝国騎士らとすれ違う距離までくる。そして彼らが冒険者と無言ですれ違うことなどまずない。
案の定、先頭をゆく騎士が馬上から話しかけてくる。
「失礼、少しよろしいか」
と、第一声。
俺はシリュウに首から下げているギルドカードを見せるよう言うと、話が早いと騎士は兜を取った。
「我々はビターシャ騎士団四番隊第二中隊所属の即応小隊だ。現在街道警ら任務中につき、これまでの領内道中の様子をお教え願いたい」
「何いってるかぜんぜんわからない」
「ちょっ、シリュウ黙ってろ」
唖然とするシリュウが余計なことを言う前に、危険な魔物や魔獣、不逞の輩などには遭遇しなかったことを手短に伝え、聞かれる前に目的地も教えておく。
「協力感謝する。帝都までの道中に危険は確認されていない」
「ありがとうございます。任務ご苦労様です」
「良き旅路を。それでは失礼する」
カツカツと馬蹄を鳴らし互いにすれ違う。やはり他の地域とは治安の面でも一線を画す光景に、俺は彼らの背を見てまたも懐かしくなる。
「真面目というか何というか。どこまで行っても帝国騎士だな」
多くの帝国の子らが憧れるのもよく分かるというものだ。
騎士の背から視線を外し、歩みを進めようとしたが、シリュウは未だその背を見ている。
「どうした? いくぞ」
「あっ……」
シリュウは俺に声をかけられ騎士らの背中と俺を交互に見る。バカでかい声で今のやり取りの感想でも述べるのかと思いきや、なにやら様子がおかしい。
そして彼女は意を決したように声をあげた。
「な、なぁ! きし! 団長さまは生きてるか!?」
「はあっ!?」
何を言うかと思えば、まさか騎士を呼び止め、団長という単語が飛び出したことに俺は大いに慌ててしまった。
シリュウは立ち止まった五人の騎士のもとへ駆けて行き、慌ててそのあとを追う。
(なんだ!? 何を言ってるんだ!?)
しかも『生きてるか』なんて不穏な聞き方普通するだろうか。それでは過去に騎士団長といざこざでも起こしたと言っているようなものだ。
全力で思考を巡らせ、これまでの彼女の言動に心当たりを探るが真相はわからず。わからないものは仕方がないので、とにかくこの場をうまく切り抜けることに全力を注ぐべきだ。
「どういうことかね」
五人の騎士は馬から降り、すばやく半円の位置についた。囲まれないだけまだましだが、一発で怪しまれてしまった。
「待った! シリュウ、意味が分からないぞ。ちゃんと説明しろ」
「竜人の少女よ。団長と何かあったのか? 事と次第では隊舎まで来てもらう」
やはりこうなってしまったか……俺はここまでかと、アジェンテのカードを見せようと胸元に手をやる。とりあえずこれさえ見せておけば、不当な扱いは受けずに済むはずだ。
だが、もし本当に過去シリュウが騎士団長と事を構えていたとしたら?
出会った頃のシリュウを思い出し、さらに戦時中の彼女を想像すると、穏やかではないことは想像に難くない。
何かしら犯罪となるようなことをしてしまっている可能性もなくはないので、ここでアジェンテだと言ってしまったら、この場でシリュウを取り押さえる側にならざるを得ないのだ。
とまどい、固まる俺を見てシリュウは口を開いた。
「えっと、シィは里長と団長さまをこうげきして
……お、終わった。
……いや待て、獣人の里?
「おい、団長が竜人に襲われたなんて聞いたことあるか?」
「いや……聞いたことないな」
「俺もだ」
シリュウの言葉に騎士らも俺と同様に戸惑っている。各々記憶をさかのぼっているようだが、シリュウの話に覚えはないようだ。
俺は考えを巡らせ、獣人の里と騎士団長を結びつける答えを得た。
「騎士殿、お伺いしたい。先のジオルディーネ王国との戦乱。ドラゴニアを解放し、その後獣人国のイシスを解放した騎士団をご存じでしょうか」
「うむ? 確か……ペトラ騎士団が皇命によりその任に当たったはずだ」
顎に手を当てて記憶をさかのぼる騎士がそう答え、俺はシリュウの大いなる勘違い、というか知らないだけなんだろうが、誤りと事情をひも解く。
「シリュウ。その団長さまを殺そうとしたのか?」
「ち、ちがうです! 団長さまがまじんとたたかうって言って……シィが戦いたくて……」
ふむふむ。イシスに現れた魔人を倒したというのは以前シリュウから聞いていたので、ここの話は繋がる。
「つまり、魔人と戦いたいと言ったはいいが、ペトラ騎士団長と竜人の長に止められて仕方なく二人を攻撃……押し通ったと」
「そうです! シィは兄様のかたきをとりたかった! だからっ……その……」
申し訳なさそうにうつむいて服のすそをつかむ。
帝国騎士の姿を見てそのことを思い出したのか、ずっと心の楔となっていたのかはわからない。
だがシリュウはちゃんと反省し、騎士団長の安否を気遣っているのだ。これを悪と言うのなら、俺も悪人で構わない。
「ひみつにしてごめんなさい」
「よく言った」
うつむくシリュウに顔を上げるよう言い、俺は騎士らに向き直る。
「すみませんでした。ご説明するために、二、三お伺いしたいことがあります」
「構わない。なにやら複雑な事情があるようだ」
まず、シリュウは騎士団が複数あることを知らず、目の前の騎士らがペトラ騎士団長の部下だと思っていることだ。
だが目の前の騎士はビターシャ騎士団所属なので、当然ペトラ騎士団とは係わりがない。彼らの記憶にビターシャ騎士団長が竜人と事を構えた記憶などあるはずがないのだ。
「そのペトラの騎士団長は今なお任に就いておられますか?」
「そのはずだ。騎士団長の交代は帝国全騎士団に通達される。あの戦争以降、騎士団長の交代があったのはフリュクレフ騎士団だけだ」
「では、ペトラ騎士団長は自らを襲撃した者について、何かしらの手配されておられますか?」
「それは分からない。重罪人でない限り、帝国全土への通達はなされないのでな」
それもそうか。ペトラはたしか帝国西部地方の都市だ。ここ南部とは遠く離れている。
聞いたことを踏まえ、シリュウの言いたいことを端的に説明した。魔人やらなんやら、一年以上前の事件に最初は渋い顔をしていた騎士たちも、説明を聞くうちに徐々に警戒を解いていった。
最後に、俺は胸元のカードを取り出して名乗る。
「そっ、それはアジェンテの印!?」
「私はジン・リカルドと申します。万が一ペトラにて彼女が手配を受けているのなら、私が責任をもってアルバニア騎士団へ連れてゆきます故、今はお見逃し頂けませぬか?」
「はっ! 貴殿がそうおっしゃるのであれば、我々は同行を要請することはございません!」
俺がアジェンテだと知らされ、横一線に列を整えた騎士らは
「ふぅ」
騎士らと別れ、再びアルバニアへと歩みを進めるが、結局シリュウの知りたかったことは何もわかっていない。
「あのな、シリュウ」
「はい」
「実は、帝国には山ほど団長がいる」
「え゛ーっ!?」
「彼らの団長とシリュウの知る団長さまは全くの別人で、団長さまがどうなったかはまだ分からない」
「し、しらなかった……そうですか………ねぇ、お師」
「ん?」
「シィはつかまるです?」
俺は不安そうに見上げるシリュウの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「おわーっ! な、なに―――」
「大丈夫だ」
そうなったら、アジェンテなど辞してこんなカード叩き返してやる。
「走るぞシリュウ!」
「あーっ! 待つですお師ー!」
俺たちは気を取り直し、グレイ山脈の稜線を超えた暁光に照らされ駆ける。
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