#15 神代魔法
魔法陣が出現した直後、驚いたのはクロードと聖王竜だけではない。
至高と称される、アナスタシア・ソアラもである。
「……」
「ソアラさん、大丈夫ですか?」
「ばぁさん、やべぇのかあれ」
何事にも動じることなく、すべてを自身の知識と経験をもって収めてきたソアラにとって、前代未聞の事態が目の前で起こっている。
冷や汗を流しつつ隠しきれない動揺を見せるソアラに、イェールとドーザが声をかけるがソアラは黙ったまま。
そしてようやく口を開いたソアラは、普段、彼女以外の魔法師が言えば恥とも取られかねない言葉を漏らす。
「どうなっとるんじゃ、ありゃ」
「……」
「ん? 確かに一瞬で発現させたのはあっぱれだが、ただのデカい魔法陣じゃ」
言葉を漏らしたあとも思索にふけるソアラに代わり、イェールが言葉を付け加える。
「ドーザさん、今はそこではありません」
「?」
「あの魔法陣についてソアラさんが即座に判断できないことが我々にとって問題です。リンブルムと同様に、あの魔法陣にも警戒すべきでしょう」
「い、言われれば確かに……」
再度ジンらに意識を向けたイェールだったが、視界の端に映ったシリュウが気になった。彼女はニコニコと、とてもうれしそうに
「シリュウさんはうれしそうですねぇ」
「とーぜんだ♪ シィの代わりにお師がチビ人間とクソドラゴンをビビらせてくれてる」
「ふふっ、そうですね。どう見てもビビっていますね」
仲間をチビだのクソだの言われているイェールの辞書に、腹を立てるという言葉は存在しない。
「チビ人間はおごってくれたけどぜんぶ吐いちゃったし、よく考えたらしょうぶついてないからな。エルとツルドザもお師のすごいとこよーく見とけ? おばば人間はビビりすぎてさっきからしゃべってないしなっ」
周りの警戒心もどこ吹く風でカラカラと笑うシリュウに、イェールもつられて緩んでしまう。
(ドーザさんとはいい勝負をしたから名前を覚えたのですね。クロード達は放っておくとして……ソアラさんは気にもしないでしょうが、それではいけません。ここはひとつ)
「わかりました。よく見させて頂きますね。あと、シリュウさんにお願いがあるのですが」
「おねがい? なんだ、エルのならきく。ツルドザのはきかない」
「この小娘っ……!」
横で警戒していたドーザはあらぬ方向からの被弾にプルプルと肩を震わせるが、イェールは『ここは』となだめて続けた。
「ありがとうございます。出来ればですね、その……ソアラさんの事はソアラさんとお呼び頂けませんか?」
「……おばば人間?」
「ぜひ」
自分を負かせたイェールの頼みである。普段のシリュウなら内容次第だがやぶさかではない。だが、これに関しては自分が認めないとどうにも譲れない事だった。
「う~ん……おばば人間つよい?」
「私よりも」
つまりは自分より強いということである。即答したイェールにシリュウは驚きつつ、魔法陣のことでそれどころではないソアラをジッと見つめて
(パンチでとれそうなほそいくび。こんなに見てるのに気づきもしないゆだん。たしかにまりょくは多いけど、まほう使いは多いだけじゃはなしにならんって兄様もお師もいってたし……)
逡巡するソアラとシリュウ。
片や今後を左右するかもしない事象に思考を巡らせ、片や名を呼んでやる価値があるのか見極めようと眉間にシワを寄せている。
思考の領域はまるで違うが、悩める二人を見てイェールとドーザは互いに顔を見合わせる他なかった。
そして、先に口を開いたのはソアラだった。
「まさか、星刻石か? ならば説明はつくかの……」
「え?」
「なんだって?」
ソアラは自身のつぶやきがイェール達に届たことに気付き、まとめがてらに説明を始める。
「あの魔法陣は今で言う原素魔法の類じゃ」
「仰っていた、魔素とはまた別の理を媒介とする魔法ですね」
「そうじゃ。昔おったバカ弟子がそれを原素などと名付けおったからそれが分かる者はそう呼ぶようになってしもたがの」
「元帝国魔法師団長パルテール・クシュナーですか」
「うむ……ワシら古い魔法師は皆それを神代魔法と呼んでおった。人ならざる者、すなわち聖獣に始まり、幻獣、聖霊、果てや古代種らの使う魔法がそれじゃ」
言いつつ、ソアラは未だ悩めるシリュウに指先を向け、直径10cm程の水玉を十数個浮かべた。
水玉はゆっくりとシリュウに向かっていき、周囲を囲むが、イェールもドーザもあえて何も言わずにソアラの話に耳を傾けている。
「しかし、ジンさんはそれが使えてしまっていると」
「そこが分からなんだ。先ほどあ奴は幻獣から授けられたと言っておったが、それは嘘ではなかろう。だが、幻獣側から発現するのならまだしも、守護者でもない者が自らそれを……神代魔法など操ることなどできぬはずなのじゃ」
「確かに、そうですね」
シュンシュンシュン
「ほぇ? ―――どわぁぁぁぁっ!」
数十個の水玉は回転しながら悩めるシリュウに接触し、バシャバシャとシリュウを濡れネズミに変えていった。
シリュウからすれば音もなく近づき、殺気もなく、僅かすぎる魔力によって操られているこの水玉魔法に慌てふためく以外にない。
ソアラは指先をくるくると回し、何事も無いかのように話を続ける。
「そこで、あの剣じゃ」
ソアラが指したのはジンの持つ刀、夜桜である。
「刃先の魔力光。イェールや、ロマヌスのエリート神官だったお主なら一度くらいは見たことあるはずじゃ」
「刃先に魔力核埋めるなんざ普通は自殺行為だな」
一般的に魔力核は衝撃に弱く、魔道具としての使い道が主である。
武器の一部として利用される場合、打ち合いを前提とするのではなく、あくまで魔力量、魔力出力を上げるといった魔法を放つ際の補助が主である。
仮に剣の形を成している場合でも、接近された場合の非常手段として緊急回避的に使用するためのものなのだ。
ドーザの言う通り、通常は直接当てる刃先に魔力核を使用すればたちまち壊れてしまい、剣の機能は即座に失われることになる。
ドーザが目を細め、ジンの刀に視線をやりながらごくごく当たり前の感想を述べる中、イェールは違った。
(エリートではありませんが。とは仰いましても、二十年以上前ですし……ロマヌス……剣……)
「っ! クラウ・ソレス!?」
ソアラは引き続き指をくるくると回しながら、イェールの答えにコクリと頷いた。
クラウ・ソレスとは別名『宝剣』と呼ばれる、創世教の総本山である神聖ロマヌス自治領に安置されている剣である。
普段はロマヌス大神殿の奥に眠っており、その持ち主は教皇とされている宝剣だが、有事の際は『聖女』と呼ばれる神官の手にわたり、名を『聖剣』と改められる。
創世教は東大陸の多くの国々に信仰されており、西の八神教、東の創世教といった具合で勢力を二分する宗教である。
クラウ・ソレスはそんな創世教にとって権威の象徴であり、その威を示す破格の武器ともいえる代物なのだ。
「わぶぶぶぶぶ」
シリュウはちょっと気持ちよくなっている。
「確かにクラウ・ソレスは淡い光を放つ剣でしたが……まさかジンさんの剣が宝剣と同じ力を持っているなんて」
「ふん。宝剣だの聖剣だのと大層なことを言っとるがの。要はただ星刻石でできとるだけじゃて。しかしまぁ……その星刻石が欲しゅうてワシは大樹海に入り浸っとるわけじゃが」
ソアラは何も善意だけでクロード・ドレイクの守護者としての運命を見届けているのではなかった。彼女は彼女の目的のためにも守護者とともにいるのだ。
「まさかソアラさんの目的の品がこんな形で目の前に現れるとは」
「羨ましいのぅ。ワシも使いたいのぅ、神代魔法」
「そういえば……ギルドの情報によれば、ジンさんの故郷はあのスルト村だったはずです」
「なんとっ! 真かっ!」
「ええ。十数年前、神獣騒ぎで聖地となった」
「授けたのはロードフェニクスか……」
「決まりですかね」
「じゃの」
途中から話についてこられなくなったドーザは、目を丸くしていつになく饒舌な二人を見ている。彼はソアラが大樹海で神獣を探しているという事は聞いていたが、なぜ探しているのかまでは大して興味がなかった。
ドーザがそうなのも無理はない。冒険者であれば、誰だって神獣を一目見てみたいという気持ちは持つものだからだ。ほとんどの者は夢のまた夢だと諦めるのだが、大魔法師ソアラは違う、本気で神獣を見つけるつもりだ、という認識でいた。
「なんだかよく分からないけどよ。つまり俺らは大樹海でウヴォ、ヴォル……」
「ヴォストークです。神獣ヴォストーク」
「それだ! そいつを見つければいいんだろ?」
「ただの言い伝えだがの。だが、火のないところになんとやらじゃ。オルロワスなんぞ登れんからの。大樹海の方がまだましじゃて」
「やってやろうじゃねぇの! 俺はその心意気を聞いて
「ふふふっ、さすがドーザさんですね。ちなみに、ロマヌスの童謡にこういうものがあります」
イェールは音程も抑揚もなく、淡々と
まっくろそら
くらくてこわいまっくろそら
みんなこわいとこわいのふえる
ほらきたよ ほらきたよ
だんだんじめんもまっくろで
だんだんこころもまっくろで
おひさまいっしょにまぶしいな
おひさまかくれてまぶしいな
まぶしいまっくろおしのけて
まぶしいまっくろきえちゃった
「……怖い」
「?」
「怖いわっ! なんつー唄伝えてんだロマヌス! 嫌いになったわ創世教!」
「ドーザさん。私は自ら還俗した身ですのでなんとも思いませんが、間違っても信者の前で言ってはいけませんよ」
「いや、だってよ! なんで今言ったのかわからんし、意味不明すぎるし、とりあえず黒すぎるだろ!」
「隠された意味があるのですよ。童謡とはそういうものです。さもなくば」
「さ、さもなくば?」
「ドーザさんもまっくろになりますよ?」
「わかったからやめてくれ!」
童謡とは、かくも恐ろしいことはままある。
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