#14 聖王竜リンブルム
大いに盛り上がったシリュウとドーザさんの戦い。
敗者となったドーザさんが虚ろな目で敗北の証を掃除し始めたと同時に、周囲の観客は散っていった。
ちなみに俺がシリュウから受けた攻撃によって汚物となってしまったシャツは、さっさと着替えて
「さぁて、俺らの番だな」
「よろしくお願いします」
そう言って俺とクロードさんは広場の中央に進み出た。
さっき食後に話した世界の守護者について、俺が得たもの以上に
「んじゃあ、さっそく。ブル! 起きろ!」
突然大声を発したクロードさん。『ブル』とはおそらく、彼が契約する聖獣の呼び名だろう。目の届く範囲にはいないし、魔力の反応も無いのだが……
「ったく……いつまで寝てんだ! お客さんだぞ、さっさと出てこい!」
ウンともスンとも言わない聖獣に、クロードさんはもう一度語気を強めて言った。事情を知らない者から見れば完全に独り言なのだが、俺にはマーナの事もある。しばしば見せていた適当さに呆れていた頃がつい懐かしくなってしまった。
「クロードさん。ムリに呼びつけなくて構いません。聖獣の事は私も多少は知るところですので」
「ん? ああ、わりぃな。こいつ一旦寝ちまうとなかなか起きねぇんだよ。もういっちょガツンと言って起きなけりゃ―――」
《 ……っせーなぁ。気持ちよく寝てんのに。なんか用かよ 》
ブワッ
!?
突然聞こえた声に合わせ、クロードさんの身体から凄まじい魔力の塊が放出される。それは彼の魔力ではなく、明らかに別の魔力だ。
「うわぁっ! なにごとだ!?」
声ではなく、突然現れた強力な魔力に飛び起きるシリュウ。
当然だ。こんなものを前にして無防備に寝転がっていては、野生では命に係わる。
現れた塊は丸く、黄土の色に発光し、クロードさんから距離を取るやみるみるその形を変えていった。
(これが、彼の聖獣か)
ズンッ
目算で体高三メートル、尾を入れた体長は十メートル弱と言ったところか。
四本の脚で大地に降り立ったそれは、黄土の鱗を全身に纏い、縦に三つずつある目は特に驚異だ。つま先から伸びるやや丸みを帯びた極太の爪は、敵を斬り裂くというよりも、大地を踏みしだく質量を思わせた。
顕現したのは、紛うことなき竜。
六つの目は辺りを観察するようにそれぞれ周囲に向けられている。それが何を意味するのか定かではないが、
「見事」
気が付けば、俺は率直に思ったことを口に出していた。
「ははっ、ありがとよ。つーか出てくんのおせーんだよ!」
《 るせぇ! せまっ苦しい場所で呼ぶんじゃねーよ。こんなちっせぇのダセェだろーが! 》
「いやいや、カッコに大きさなんざカンケーねぇって。この広場に丁度いい大きさだぜ? ジン、とりあえず紹介するわ。聖王竜リンブルム、俺はブルって呼んでる。いわゆる地竜ってやつだな。ちなみに俺の口調はガキん時から一緒に居るコイツのせいな」
《 はぁ? なに俺様のせいにしてんだ。ぶっとばすぞ 》
クリスさんとマーナとはまた違った関係に、俺は思わず笑ってしまう。聖獣にも色々いるものだ。両者とも口は悪いが、根底には揺るぎない信頼関係があるからこそ、俺も安心して見ていられるのだろう。
《 俺はジン・リカルド。俺のためにクロードさんは貴方を呼んだんだ。彼を責めないでほしい 》
「おっ!?」
《 ん? 》
今度はクロードさんと聖王竜が驚く番だった。聖獣に直接話しかけることのできる力を持つ者は決して多くはない。
《 ジン……それできんのかよ。先に言えよ 》
《 クロードさんにも伝わるのですね。黙っていてすみません。聖獣と古代種にしか効果がないと思っていました 》
《 まぁ、それは俺も初めて知ったから許す! 》
ニカッと歯を見せて笑うクロードさん。彼は続けて『なんかうれしいぜ』と、初めて出会った同じ力を持つ人間に出会えたことを喜んでいた。
だが、あとで分かった事だが、この力は聖獣を顕現させている状況でなければ使えないことが判明し、クロードさんと共に苦笑いを浮かべた。
使いどころが限定される説明のしようもない不思議な力だが、こと今の状況では、周りから見ればただ向かい合っているだけの二人に加え、隣に竜がいるという謎の光景はさぞ不気味に見えるだろう。
しかしここで互いの事を待たず、クロードさんも予期しない事態が起こった。
『ギャォォォォォォッ!!』
ビリビリビリビリ!
「どうしたブル! 魔物か!?」
《 そいつから離れろクロード! 》
聖王竜が突如、地を鳴らす咆哮とともに大きく後ろに飛び退いた。
「なっ!?」
敵意むき出しに俺を睨みつけて距離を取った聖王竜は、主であるクロードさんに警告。
完全に敵視され、殺気を向けられた俺は咄嗟に腰を落とし、夜桜の
会話を聞き取ることはできないが、聖王竜が俺を敵視している事は周りから見ても明らかである。
「いけない! ジンさん離れて下さい!」
「クロード、はよ鎮めんかっ!」
「何なんだ急に!」
成り行きを見ていたイェールさんが
「こんのクソドラゴン、だれにむかってほえてる!」
シリュウは畏れを怒りで塗りつぶして俺に並び立ち、同じく聖王竜と対峙した。
その場にいる誰もが戦いを覚悟したが、ここにきて主であるクロードさんだけは違った。
「珍しいなぁ。お前がビビっちまうなんて」
《 っざけんな、ビビってんじゃねぇ。そいつはヤベェって言ってんだ! クロード、そいつは敵か、味方か! 》
「落ち着けって、敵意なんてねぇ。どう見ても味方だろ。なんでそんなに焦ってんだよ」
《 味方……マジなんだろうな……? 》
ギロリと俺を睨みつける聖王竜だったが、とりあえず聞く耳は持っていそうだ。
俺は
《 本当だ。俺は敵じゃない。かかって来るというのなら抵抗はさせてもらうが、こちらから何かをすることは決してない。剣に誓おう 》
《 ……剣に、ねぇ。てめぇ騎士ってやつか? 臭ぇが、まぁどうでもいい。それより説明しろ。何と繋がってやがる 》
「……」
「おい、ブル。何言ってんだ?」
やはり分かってしまうものだったか……
あの時ルーナは驚きつつもそれほど警戒していなかったのは、マーナの記憶であらかじめ事の成り行きが分かっていたからだったのだ。
「わかった。だが、隠していた訳じゃない。この展開は予想できなかった」
未だ距離を取ったまま、警戒を解かない聖王竜が何を言っているのかを知れるのは俺とクロードさんだけ。シリュウら四人の緊張は未だ解けていない。
俺が今口にした言葉も、彼女らには訳が分からないだろう。証拠に、シリュウは俺と聖王竜、交互に視線をやるのに忙しい。
「お、お師?」
「大丈夫だシリュウ、離れていろ」
「?? は、はい」
シリュウがイェールさんらの元へ戻っていくのを確認して続ける。
「クロードさん、先程の私の話に幻獣が出てきたのを覚えていますか?」
「あ、ああ。……もしかしてジンお前、幻獣と契約を?」
「まさか。私は守護者ではありません。ですが、こういうものを託されています」
俺は夜桜を抜き、その刃となっている星刻石を介して魔法陣を展開した。
ズッ―――
俺の背後に巨大な魔法陣が現れ、発動と同時に魔法陣の円周に刻まれた未知の文様がゆっくりと回転を始める。
「っ! この魔力は!?」
《 まさかとは思ったが、上が人間に手を貸すなんざありえるのか…… 》
「貴方の言う繋がりとは、おそらくこれの事でしょう。この陣は、幻王馬が通る陣間空間のはずです。私も展開したのは初めてなのですが……どうやらいきなり飛び出して来る、なんて事が無くて安心しました」
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