#13 しぬです

 細かなやり取りは省き、守護者について話し終えるとクロードさん、ソアラさん、イェールさんの三人は顔を見合わせている。


 守護者について何も知らなかったサクヤさんは、聖獣という存在、ひいてはクロードさんが背負っている運命について初めて聞かされ、うつむき加減に目をつむっていた。


「あ~」


 クロードさんはポリポリと頭をかき、どういえばいいのか困っている様子だ。


 そして一言。


「それ以上のこと、俺らも無くね?」

「じゃな」

「ですね」


 つまりは守護者について俺とルーナの認識と、クロードさんらの認識は一致しているという事である。新たな情報がないのは心なし残念ではあるが、同じ境遇の者がいるというのは心強い。


「まぁ、お主には同情せん事もないがの」

「えっ、どういうことです?」


 ソアラさんの一言に、俺は理解が追い付かない。


「つまりはアレだろ? ジンはよ、ヘタすりゃ女王とガチでやり合わなきゃなんねぇってこった」

「しかも、今のところお一人でだとお見受けします」

「聖獣の力を得た九尾大狐。つゆほどもやれる気がせんわ」

「……」


 黙りこくる俺に、クロードさんは続ける。


「俺もさ、頼んでんだよ。ソアラとイェールに。もしもの時はやってくれってさ。二人とも、そういう意味では俺が死んじまうまでのお目付け役ってわけ。俺が知ってる限りのヤツで、俺をどうこうできるのはこの二人しかいねぇんだ」


 クロードさんの言葉に、二人の表情がかげる。


「こちとら命がけじゃわ。散々見てきたが、聖王竜の力は未知にして異常じゃからの。なんとも世話の焼けるヤツじゃ」

「私はどうこうできる気は全くしませんが、クロードが人に害をなすというなら、全力で阻止しますよ。もちろん、クロードのためにです」

「ははっ、そん時は頼んだぜぇ? 二人とも。ていうこった!」


「同情された意味がよくわかりました……」


 確かにあの時、ルーナは軽い調子で言っていたが冗談には聞こえなかった。あの時は冗談さながらに流していたが、いざルーナが人に牙を向けたのなら、俺は迷いなく彼女の元へ駆けるだろう。


 ルーナの隣にコハクが居ようとも、だ。アイレの手を借りるつもりはない。彼女たちが戦い、傷つけあう光景など、もう微塵も見たくない。


 目の前の二人、ソアラさんとイェールさんはその時が訪れないよう祈りつつも、その運命も見据えて覚悟を決めているように思えた。


 イェールさんがシリュウと戦った後に漏らした、


『たまには対人訓練もしておかないと、いざという時困りますねぇ』


 あれも望まぬ運命に対しての言葉だったのかもしれない。


 ソアラさんが湯呑を、イェールさんがカップを傾けてカチャりとテーブルに置いたのと同時に、これまで黙っていたサクヤさんがとうとう重い口を開いた。


「そこにあたいも入ったって事でいいのかしら?」


 落ち着いた様子で腕を組み、視線は落とされたまま。唐突に告げられた信じがたい事実なのにも関わらず、さすがと言うべきかこの人の心臓も並ではない。


 だが、その落ち着きも、仲間の言葉でいともたやすく破られる。


「あー、聞かせたのはアレだ。もしそうなったら迷わず抜けてくれ。……てことでいいんだよな? ソアラ」

「そういう事じゃ。しかしあくまで万が一じゃて、さほど気に留める必要も――」


 ガタッ


「ふざけないで!」

「い゛っ!?」


 サクヤさんの怒声にクロードさんは思わずのけ反った。ソアラさんとイェールさんは静かなもので、かくいう部外者の俺でも、この展開はさすがに予想できている。


「あたいも竜の狂宴ドラゴンソディアのメンバーよ。クロードといいソアラ様といい、いつまでも新参扱いしないで! 万が一だろうが何だろうが、クロード! その時は八つ裂きにしてあげるから覚悟してなさいっ!」


 ダンッとテーブルを叩き、サクヤさんは振り返ることなく部屋を後にした。


 少しの沈黙が流れるが、俺は思ったことを口にする。


「うらやましい限りです」

「ひっひっひ。悪役引き受けた甲斐があったわぃ」

「後でフォローする私の身にもなって下さい」

「八つ裂き……はぁ、オレ嫌われてんのかなぁ」


 サクヤさんが仲間外れにされて悲しむ、という予想は誰もしていなかったようで、これでサクヤさんもクロードさんの守護者としての運命に立ち向かえる一員となった。しかも、あの様子から気後れする事もないだろう。


 体よく俺の持ち込んだ話を利用できたようで何よりだ。


「ちなみにイェールさん」

「はい」

「後学のために、いつからこの絵を?」

「推測に推測を重ねましたが、いつからかと言えば……すみません、サクヤからジンさんがこの街に向かっていると聞いた時、からですね」


 ……バケモノの類だったか。


「これで食事代に足りました?」

「どころか、こちらの大きな借りになってしまいました」

「クロード、其方が返すんじゃぞ」

「は? え? どゆこと?」



 ◇



「お、やってるやってる」


 クロードさんがハンタース裏手の広場に行こうというので、ソアラさん、イェールさんらと共に移動した。


 そこでは腹ごしらえと称して、シリュウとドーザさんが大食い勝負の決着をつけるべく、互いの威信を賭けて熱戦を繰り広げていた。


「おりゃぁっ! うぐっ」

「なんだその蹴りはぁっ! ぐっ」


「おおっ、トロるかぁ!?」


 シリュウは一撃放つたびに、ドーザさんはその盾で一撃受けるたびに襲い来る激しい嘔吐感と戦っていた。


 周りで囃し立てている者の様子から察するに、最初はイェールさんと大立ち回りを演じたシリュウと、鉄壁を誇るドーザさんの戦いに大いに沸いていたが、両者の様子がおかしいことにすぐに気が付いたようだ。


 そして情けないことに、どちらが先に『トロる』かで勝敗が決まる事になっていると。


 言うまでもないが、『トロる』とは、B級の魔物であるトロールが攻撃手段として吐しゃ物を繰り出す様をいう。


「ぎゃははははは! 二人ともやっちまえー!」

「この勝負、長引くほど消化が進んで勝敗が決まらんのぅ」

「負けた方に掃除していただきましょう」


 大笑いするクロードさん、冷静に戦局を見極めようとするソアラさん、そして戦いの後を見据えるイェールさん。


 この勝負に負けたら、きっとシリュウはまたも全力で落ち込むんだろう。


 だが、どうしても応援する気になれなかったので、俺は静かに見守る事にした。


(はっ!? お師がみてる!)


 ジンの存在に辛くも気が付いたシリュウは、ここまで封印していたひねりを加えた強烈な一撃を繰り出す。


(くらえ、すてみのいちげき!)

「だりゃぁっ!」


 ドギャッ!


「むおっ!」

「そこだっ! うぷっ!」


 ボスッ


 シリュウの蹴りでドーザさんの力無い盾が弾かれ、その隙を逃さずにシリュウの拳がドーザさんの腹へと命中した。その威力はお察しだが、この戦いにおいては致命を意味する。


 ピタリと動きを止めた両者。


 そして、流れる沈黙。


 破ったのは、敗者だった。


「み、みごと……う゛ごぉぉぉぉぉぉっ!」


「はい、ドーザの負けっ」

「っしゃぁっ! 嬢ちゃんよくやった! おらおら、掛け金よこせっ」

「ドーザてめっ、根性みせろよ!」


 決着がついた場内には歓声と怒声が入り混じっている。


 見事勝者となったシリュウは、フラフラと俺の元へ寄ってきた。


「おし……かった、です」

「そうか」

「でも、もぅ……シィは……しぬです……オ゛ロロロロロ!」

「おい!?」


 娯楽の少ないハンタースを大いに沸かせたシリュウとドーザさん。


 皆は健闘を称え、その日一日、彼女らを『トローる親子』と呼び、敬ったのだった。


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