#12 世界の守護者
「なぁ、ジンはん。『世界の守護者』って聞いたことありまっか?」
一年前、ジオルディーネ王国王都イシュドルにおける戦いの後、俺は
まずは獣人国ラクリの首都、イシスが目的地である。そこに至る道中、夜も更け、人間の街に入るのは今は避けたいというルーナの意向で野営となっている。
アイレとコハクが仲良く眠ったことを確認し、ルーナから出た質問は俺の知りたかったことだった。
「……ルーナなら話しても問題ないだろう。実はその世界の守護者とやらに間違われて、ピクリアで幻王馬スレイプニルに会った……というか
「やっぱりか!? あっ……」
驚いてつい大きな声を出してしまったルーナは、眠っている二人を起こさないよう注意深く続ける。
「ふぅ……やっぱりその繋がりとマーナはんの記憶、ほんまやったんやなぁ」
「繋がり?……ああ、幻王馬との陣間空間のことか。分かるもんなんだな。でもまぁ繋げられたのは確かだが、守護者が結局何なのか分からず仕舞いだった」
『ほんまワケわからんやっちゃで、ジンはんは』と、クスクス笑いながら世界の守護者について、知っている限りの事を話してくれた。
「世界の守護者っちゅーんはな、この世界に悪夢をもたらすヤツのこっちゃ。ほんでウチはマーナはんと半分になったのを境に、守護者になってもーた」
「……」
「今んところ聖獣の力を借りられるもんが、世界の守護者に選ばれるんやけどな? 幻獣はそいつ自身が守護者を兼ねつつ、眷属である聖獣を生み出して手ぇ増やしとるんが今のっちゅーか、ここ数万年が現状や。あ、ちなみに年数はテキトーや。たぶんそんくらい昔っからって意味やで? ジンはんはマーナはん連れとったし、聖獣宿す力もあったから幻王馬は間違えたんやろなぁ」
膝を立て、酒を片手にたき火を瞳に映しながら話すルーナ。はるか遠い記憶を思い出すかのように話すその横顔は、どこか
「世界の守護者なのに悪夢をもたらすのはおかしいだろ。悪夢から守るって事でいいんだな?」
「まぁ普通そう思うわな。ウチかてそうや。せやけどな、ややこしい事に『悪夢をもたらす』で間違いないんよ。ウチがマーナはんの記憶と力共有したときもせやし、昔おった守護者の知り合いもその認識は一緒やねん」
「その者は」
「死におった。守護者言うたかて人間や。なごぉても人間の寿命は百年足らずやしなぁ。べつにお涙するとこちゃうで」
「……そうか」
「つまりや。守護者はそん時が来るまで代替わりし続けるっちゅーこっちゃ。長い事それを繰り返しとる」
「ふ~む。その悪夢をもたらす時というのは、結局のところ来るかどうかも分からないということか」
『せや』と言って、ルーナはくいっと酒をあおる。
「くはぁ~……久々の酒はうまいのぉ」
ほんのり顔を赤らめながら、数か月ぶりの酒とつまみを堪能しつつ、たき火に
パチリと薪が音を立てて火の粉を飛ばすのを見て、ルーナは最も言いたかった事を口にした。
「ほいでな、ジンはん」
「ん?」
「万が一、ウチが悪夢っちゅーやつ撒き散らそうとしたら、今度こそウチのこと始末したって」
アイレとコハクの方を見ながら、ルーナは言う。
「はっきり言うて、マーナはんの力もろた今のウチは無敵や。少なくともどんだけおろうが人では太刀打ちできん。それこそ、王種でも引き連れてこんかぎりはな」
魔獣の頂点に君臨する『王種』。それと共闘などできるはずも無く、つまりルーナは
「半殺しにした相手に始末を頼むのか。冗談じゃない」
若干ふてくされながら、負けた相手として酒をあおる。
俺がルーナに勝てないのは分かっているし、仮にコハクとアイレの力を借りたとしても、マーナの力、つまり
そもそもこうして火を囲み、共に酒を飲んでいる。そんな相手に俺は刃を向けることは出来ないし、したくもなかった。
「コハクももう今のルーナに牙を向けることは無いだろうし、仮にルーナが敵に回ったとして、その隣にはコハクがいる。聖獣、幻獣も一切が守護者だとしたら……考えたくもないが、そうなれば人は滅びるしかないだろ」
気持ちの面はさておき、その万が一となった場合の現実を口にする。
ルーナはかっかと笑い、『まぁ、せやな』とそれをあっさり肯定した。
「せやけど、だからこそ」
眠るアイレに視線をやり、
「聖霊使いのアイレはんがおるんや」
と続けた。
「やはり気付いていたか」
「その様子やと知っとるみたいやな」
「ああ。聖霊がルーナに強烈な一撃をくらわす前に話しかけられたよ」
「あれは冗談抜きでハンパやなかったわ! まぁ、それはさておき……ほんま持っとるなぁ、ジンはんは」
アイレが聖霊を宿す者である事、そしてそれが覚醒し、今のアイレは『世界の解放者』の運命を背負う者である事をルーナは告げた。
「今度は解放者ときたか……」
世界の守護者、またの名を悪夢をもたらす者。それに対して世界の解放者とこられれば、誰だって両者は相いれないと思うだろう。
おそらく今のアイレはその事をまだ知らない。ルイがマーナを宿し、ルーナとして守護者となった瞬間、解放者であるアイレとは対極の存在となったのだ。
「要するに、ウチとアイレはんがケンカしそうになったら、アイレはんに付いてくれっちゅーこっちゃ」
「軽く言ってくれる」
「いや、ほんまに。魔人やった頃な、ウチの頭ん中どうなってた思う?」
唐突に話題を変えてきたと思ったが、ルーナの様子から全く別の話でもないようだ。何か関連があるのだろうか。
「人間を一人残らず消す、と言っていたな。記憶はあるのか?」
「記憶は残っとる。おっとろしいもんでな……そん時人間が大地に巣くう害虫に思えたっちゅーか、考えるまでも無く本能的に消さなあかん存在に思えたんや」
「き、嫌われたもんだ……」
「それや。嫌いとかちゃうねん。例えばせやな、ジンはんは怪我したらどないする?」
「ん? まぁ、大方洗って傷薬をぬるな」
「それと一緒、っちゅーてわかるか?」
つまり、人間が怪我や病と同じ存在に思えたという事か。それは誰だって治そうとするだろう。さらに好き嫌いの問題でもない気がする。怪我や病気は恐ろしい存在、ここでは出来事、現象と言えるだろう。嫌いと言えなくも無いが、その認識には若干のずれがある。
魔素から生まれる魔物が人間を襲うのはそういう事だったのか。つまり、魔物は本能的に人を害だと思っているのだ。言うなれば、怪我は見つけ次第、消さなければならないと。
魔物は災害のような存在だという事は大人から子供まで知っていることだが、魔物自身がなぜ人を襲うのかを口にすることは無い。一度魔物となり、人としての意思を取り戻したルーナのみがそれを知り、魔物となった恥を忍んで答えを俺にくれたんだろう。
そして『世界の守護者』としての使命を果たすとき、守護者は悪夢をもたらす者として、人間にとって最悪の本能にまた支配される可能性があるとルーナは言いたいのだ。
「怪我は……イヤだな」
「かかっ。ウチかてイヤや」
思案顔をしたジンの横顔と子供のような感想に、ルーナは目を細めた。大方言いたいことを察したジンが杯を空けると同時に、ルーナもぐぃと飲み干す。
「ほんま、悪い夢やったで」
「悪夢をもたらす者が、悪夢に苛まれてたら世話ないな」
「いけずなこと言わんとってやぁ」
眉尻を下げて犬歯をのぞかせたルーナは、真っ白な美しい尾をフワリと口元に運んだ。隠した口元に、その瞳は若干潤んで見える。
酔うているのか何なのか、ルーナには悪いが俺はその手を知っている。容姿に自信のある
「はぁ……いつ覚えたんだ? それ」
「なんや、つまらん。三百年前や!」
ルーナはそっぽ向いてバサッと横になる。どうせこれもふて腐れたフリなんだろうが、ここで
「今度は酒なしで頼む」
「アイレはんに言うたろ。ジンはんに夜這われたて」
俺の気づかいを完全に無視した手ひどい嘘だが、アイレなら簡単に間に受ける気がして血の気が引いた。
「その時はコハクを連れて逃げる」
「かかっ。まぁ……首の皮一枚残さんと合格にしといたる」
……こわい。
『おい』と言いかけたが、あっという間に眠ったルーナの寝息に遮られてしまった。
「まったく……」
(万が一は起こらんから万が一って言うんだろ)
殺されないようにしなければと膝を立て、乾いた枝を火にくべた。
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