#16 嫉妬の竜

「あっちは何をやってるんだか」


 聖王竜がそのままよく見せろというので、俺は魔法陣を展開したまま待っている。


 この魔法陣は星刻石を通して発現する原素魔法なので、発現中も通常の魔法とは比べ物にならない燃費の悪さでゴリゴリ魔力が削られていくのだ。


 心中早く閉じたいところなのだが、そうもいかない。聖獣にじっくり見てもらえる機会などこの先あるかどうか。こうなったら魔力と引き換えに、是が非でも有意義な情報を得てやろうと腹を決めている。


 そんな折に見えたシリュウの様子。


 こちとらシリュウにも見せたことのない力だけに、どんな反応をするのか多少気をもんでいたのだが……


 彼女は洗われていた。


 実に気持ちよさそうだ。


 気をもんだ自分が馬鹿らしい。


「なんでああなったのか……わからぬ」


 あれはおそらくソアラさんの魔法だが、当の本人はイェールさんと話し込んでいる様子で、完全に片手間で遊ばれているようにしか見えない。


 俺がため息交じりにつぶやくと、魔法陣を文字通り穴が開くほど見ていた聖王竜が『もういい』というので、ようやく魔法陣を閉じることができた。


《 マジで冗談キツイぜ 》

《 なんか分かったのか? 俺にゃ原素魔法ってこと以外わかんなかったわ 》

《 いいのか。言っちまっても 》


 聖王竜が意外にも俺に気を使ってきたが、ここまで見せたのだ。何を隠そうものか。


《 かまわない。というか、俺もよく分かってないから教えてもらいたい 》

《 はっ。お気楽なこった 》


 聖王竜はやれやれといった様子で、その場にずしりと寝そべった。


 ようやく警戒を解いた聖王竜を見てイェールさんらも肩の力が抜けたようで、視線を向けた俺に向かって両手を挙げている。


 視線を合わすことなく、竜は端的に分かったことを告げた。


《 マジで丘と繋がってやがる。そいつを行き来できるのはヤツだけで、てめぇは出入口を出せるだけだな。意思なら共有できるはずだ 》


 とはここでは樹人国ピクリアにある『風鳴りの丘』をいい、幻王馬の棲家を指している。神に連なる者たちは、人間が名付けた『幻王馬スレイプニル』や『聖王竜リンブルム』などの呼び名を使うことはなく、それぞれの棲家で呼び合うのだ。


 なるほど。予想は大きく外れていなかったが、意志の共有、すなわち言葉を交わせるというのは意外だった。


 まぁ、こちらから話しかけてズィと頭を出されでもしたらたまったもんじゃないのでやらないが、話せるという情報は知っておいて損はないはずだ。


《 つ、つまりよ。ジンはその気になれば幻獣を呼び出せるってことだよな? 》

《 藪蛇かもしれねぇが、そういうことだ 》


 聖王竜の肯定にクロードさんは天を仰ぎ、もう一度俺を見る。


「お前さぁ、マジでナニモノ?」


「ただの冒険者ですよ。クロードさんこそ、あまり自分を棚に上げられては困ります」


「くはっ、ちげえねぇ!」


 俺の返答に、冒険者の頂点は笑いながらそう言った。



 ◇



《 おい、マジでやんのか? 》

《 珍しいもん見せてもらったしな。こっちから見せてやるとか粋がってよ、これじゃ返しきれてねーじゃんか 》

《 知るか。釣りにしやがって、俺様にとっちゃ迷惑なだけだ! 》


 クロードさんと聖王竜は今、自身らの能力を見せるか否かで揉めている。


 俺としては聖王狼マーナガルムの『万物の選別エレクシオン』、あらゆる干渉を選んで拒否できるという無茶苦茶な魔法をさんざん見てきたので、聖王竜がどのような原素魔法を使うのか非常に興味がある。


 クロードさんが見せてやるよというので『是非』と即答したのだが、これに反対したのが聖王竜だった。


《 下手にで刺激して丘が出てきたらどーすんだ! 殺されるぞ! 》


 あの陽気なマーナも幻獣の前では縮みあがっていた。後ほど散々文句を垂れるくらいにまで復活していたが、彼らにとって上の存在である幻獣は、自らの眷属を除き、それほどに関わりたくない存在なんだろう。


 しかし、聖王竜の心配は無用である。


《 それには及ばない。俺はこの魔法陣を得てから、原素魔法を帯びた攻撃を食らって二度死にかけている 》


 あの時は本気で死にかけたのだが、出てくるどころか、なんの音沙汰も無かった。間違いなくあっちから助勢に来るような繋がりではない。


《 あー、女王サマね…… 》

《 あん? 》


 クロードさんの中で眠っていた聖王竜には、先ほど俺の話したことが伝わっていなかったらしい。


 手短にクロードさんが説明すると、聖王竜は束の間黙っていたかと思いきや、立ち上がって元の黄土の色の珠に姿を変えた。


《 ふん。俺様はやらねぇぞ。言い忘れてたがな、丘は常にてめぇを見てやがるからな。覚えとけ 》


 視られている……か。それは想像もつかなかったが、何もしてこないなら別にどうという事はない。気を張ったところで意味もなく、徒労に終わるだけだろう。


 もう色々ありすぎて、その辺の感覚がマヒしてしまっている。


《 そうなのか。伝えてくれて感謝する。聖王竜 》

《 チッ……ブルだ。ジン 》


 そういって聖王竜はクロードさんの周りを二、三周まわり、消えていった。


「はっはっは! あのブルが照れてやがんの! ……ありがとよジン。俺たちの前に現れてくれてよ」


 微妙な感謝の言葉だが、マーナも俺と初めて会ったときに『話せて嬉しい』みたいなことを言っていた気がするので、にも近しい感覚があったのかもしれないな。


「ややこしい友がまた増えて嬉しい限りです」

「友、ね。いいな、それ!」


 クロードさんは口元に笑みを浮かべ、手を空にかざした。


「じゃあ始めっか。それはそれは大昔―――」

「?」


 突然語りだしたクロードさん。俺は首をひねるが、『ただの小話だ』と続ける。



 空飛ぶ竜を見た地を這う竜は嫉妬した

 翼が羨ましい

 どうすれば翼が手に入るのか

 どうすれば空を飛べるのか


 背に翼が生えるよう願った

 願うだけではない

 数百年 宙に浮く餌だけを喰らい

 数百年 身体が軽くなるようにと何も食べなかった

 ある時強い風が吹き 高い崖から飛び降りた

 

 何度も

 何度も

 何度も

 そんなことを数百年繰り返した


 ぼろぼろになった地を這う竜を見て

 空飛ぶ竜は悠然と頭上を飛び去った


 願いは―――叶わなかった



「嫉妬に狂った地を這う竜がとった最後の手段。なんだと思うよ?」


「……」


 クロードさんの手から、聖王竜のすさまじい魔力が解放される。


「答えは―――『空を墜とす』だった、ってな」



 ―――墜空ウラノスカート



 ズシンッ



「うおっ! なんだっ!?」


「堪えろよ? でなきゃ一瞬で気を失うぞ」


「ぐっ!」


 クロードさんがその手を振り下ろしたと同時に襲い来る。押さえつけられるというより、身体全体が地面に吸い寄せられているような感覚だった。自重が何倍にも膨れ上がったようにも思える。


 とっさに全身に強化魔法をかけ、膝をつかぬよう必死でこらえてはいるが、この場から動くなど到底できなかった。腰にある刀を抜くなどもってのほかで、身動き一つとれない。


(い、いかん!)


 フッと気を失いそうになり、ガキリと歯を食いしばる。


 しかし、ここまで何もできないとなると逆に抗いたくなるのが俺という人間だ。


 堪えながら風魔法を発動してみる。どうやら魔法には影響はないようで、俺は全力で立ち上る気流を作り出す。


 ゴォォォォッ!


「へぇ……それで軽くなんのか?」

「全然、効果は……薄い……ようですっ」


 次元の違う力の前に、風の浮力はほとんど効果なし。当のクロードさんは手を俺に向けてかざし、ただ屹立しているだけだった。これが聖獣の力だとすれば、このは無限に続くはずだ。


 耐えているだけではやがて力尽き、あっけなく終わってしまう。


「なら、ばっ―――迅雷!」


 バチッ、バチチチチチ!


「おっ!?」


 風に加えて雷を全身にまとい、無理やり筋肉を操る。


 ぐぃと背筋を伸ばした俺を見て、クロードさんは大きく目を見開いた。


「全く、どうして聖獣の力はこう訳がわからんのです」


 『万物の選別エレクシオン』と同様に、原理も底も見えないこの謎の力を前に、俺は全力で抗う。


 迅雷は自身の身体能力、反応を極限まで高めることができるが、その使用時間が長くなるほど術後のダメージが大きくなる諸刃の剣だ。


 基本的に切り札なのだが、あのまま何もできずに地に沈められるのは我慢ならない。


 一歩一歩、地に足形を残しながらゆっくりと歩を進める俺に向かい、クロードさんはかざした手を拳に変える。


三重唱魔法師ガンマってか。腰の剣は飾りか?」

「剣の方が得意なつもりですが、まだいけますよ。……クロードさんと同じようにね」

「マジか! ぷっ……はーっはっはっは! さすがこの俺と同格なだけあるな。今日のとこはこれで勘弁してやるよ」


 グッと俺も拳を突き出して互いの拳をあわせた瞬間、


 ゴツ


 謎の力は霧散した。


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