#10 至高と英雄

 ハンタース一階取引所。ここには複数の窓口があるが、大きく分けて冒険者用、商人用の窓口に分かれている。


 二日前ライン戦線から戻った俺とシリュウは、魔力核の引き取り価格が出たとの連絡を受けて冒険者用の窓口にいる。シリュウにとっては待ちに待った瞬間と言ったところか。


「こちらがリカルド様、こちらがシリュウ様の明細となっております」


 スッと二人分の紙が差し出され、二人して五日間の成果を眺める。


 俺の方は締めてシミオン白金貨一枚とピレニオル大金貨三枚、ピレニオル中金貨が一枚である。ちなみに白金貨にのみ、初代ピレウス王の名が冠されているらしい。


「全額バンクに入れておいてください」


 なかなかの金額だ。五日間がんばった甲斐があったというものだ。


「う~ん」


 横で唸っているのはシリュウ。多いのか少ないのかが分からないのだ。


「先に言っておくが、借りた金は返すんだぞ?」

「わかってるです! でも……ぜんぜんわからないっ」


 ちなみにシリュウの借金はピレニオル通貨に換算して金貨未満を切り捨てると大金貨一枚に中金貨一枚。報酬は俺より確実に多いはずなので、彼女が負の鎖から解放されることは確定だ。


 よかったよかった。


 『見て』と、明細をグィと押しつけてくる。はいはいと受け取りさっと目を通すなり、俺は腰が抜けそうになった。


「ば、ばかな! 白金貨六枚だと!?」


 つい叫んでしまい、周囲の目が一斉にこちらに向いてしまう。俺は苦笑いしながらなんとか誤魔化すが、白金貨だけではない、おまけのように大中小の金銀貨も数枚ずつある。


 白金貨だけで傷薬が七千五百個買えてしまうではないか。いくら何でも多すぎる。


 確かにシリュウの持ち込んだ核の量は多かった。持ち帰ったときも今のように周囲の好奇の目にさらされていたものだ。それにしても、だ。


 そのまま明細を流し読みしていき、末尾にとんでもない値がついた物を発見した。


 『新種の発見、討伐および調査協力報酬 白金貨三枚』


(うそだろ……先に言っといてくれよ……)


 なんと、俺が初日に遭遇、討伐し、五日目にシリュウが二体倒したあのカエルはやはり新種だったのだ。


 俺の絵とシリュウの絵を見比べられては恥をさらすことになるので、シリュウの絵の方に特徴や攻撃手段など、知り得た情報を書き込ませ、魔力核とあわせて渡すよう俺が指示したのだ。


 だがもう後の祭りである。今さら俺が―――なんて言えるはずもない。


(まぁ……いいか。実際シリュウはよくやってる)


 冒険者を辞めても絵師で十分食っていけそうな気がするが、それを言えばまたわめき出すだろうから余計なことは言わないでおく。


「お師……おかねたりる?」


 俺が明細を見て声を出して驚き、つかの間停止していたので、おずおずと不安そうに尋ねてくる。


「ああ、十分だ。美味いものをたらふく食っても全く問題ないぞ」

「ふおおおっ、ほんとです!? やったー!」


 わかりやすく全身で喜びを爆発させるシリュウ。


 借金のことはさして気にもしていないと思っていたが、案外そうでもなかったのか。あるいは『美味いものをたらふく』という言葉がそれほど嬉しかったのかは定かではない。


(前者ならシリュウの認識を改める必要があるなぁ)


 シリュウが全額持ち歩こうとしたので職員とともに断固として阻止し、金貨と銀貨各種、あわせて十数枚を受け取らせ、残りは彼女のバンクに入れさせた。


 どうしても手持ちをすぐに数えたいというのでとりあえず隅に移動し、シリュウは職員から椅子と机をむしり取る。


「こぉぉぉ……これがきんか、これが中きんか、ふとっちょが大きんか。ぎんかもいっぱい」


 ジャラジャラと金袋から硬貨を取り出し、初めて目にする金貨に目を輝かせて数えている。


 横で静かに待っていると、いつも通りシリュウは突然叫び出した。もちろんこれにももう慣れた。


「シィはかいしょうを手に入れた!」


 大金貨を高く掲げての宣言に、職員からの温かい眼差しと、周りからほめそやす言葉が投げかけられる。合間に『嬢ちゃんおごれー』のセリフも聞こえてくるが、シリュウはたいそうゴキゲンだった。


 ひとしきり騒いだ後、飯でも食いに行こうという事になり、荷を整えていると後ろからまた声をかけられる。


「おんやまぁ、こりゃ珍しいねぇ。竜人イグニスかえ」

「どれどれ!? うわっ、マジだ! めっずらしー!」


 投げかけられる好奇のセリフ。声の様子から老婆と若い男、というか子供な気もするが、今回も適当にやり過ごさせてもらおうと二人して振り返る。


「なぁおい、一緒にメシくおーぜ! 俺んちすぐだからよ!」


 振り返るや否や、やはり子供だった子がキラキラした目で俺とシリュウを見つめていた。こう来られたのは初めてだ。たしかに飯にしようと思ってはいたが、さすがに初対面の子供の家に招待されるのはマズいだろう。


 この子には悪いが、丁重にお断りさせていただくとする。


 目線を合わせようとしゃがむと、先に口を開いたのは腕を組みながらのけ反り、同じ背丈の子供を必死に見おろそうとしているシリュウだった。


「ずーずーしいこども人間め! シィたちはいそがしいのだ! そっちのおばば人間といっしょにたべればいい!」


 ビシッと老婆を指差して、相手が子供だろうが思ったことをそのまま吐き出した。


「なにおぅ!? この俺の誘いを断るってのか!」


 この子も存外勇気がある。同じ目線ならシリュウの眼力は相当強力なはずなのに、一歩も引く様子はない。なぜそうまでして一緒にメシが食いたいのか、逆に気になってしまった。


 もう少し様子を見てみよう。横にいる老婆も俺と同じことを思ってか、あいだに入る様子はない。


「あたりまえだ! なんでシィたちがいっしょしなきゃなんないのだ! おまえなんかこども人間からチビ人間にしんかさせてやる!」


「チビ!? チビのくせにチビっつったな!? それを言われちゃ戦争しかねぇ! ギタギタにしてやる!」


「なーっはっはっは! チビ人間のぶんざいでわらわせるな。かえりうちにしてやる!」


 ザッと距離を取り、やる気満々で構える二人。少年もさすがハンタースに出入りしているだけあって、なかなかの覇気を放っている。


 そっくりだな、この二人。しかし流石にここでケンカはマズい。


「やめろシリュウ!」

「やめんかクロード!」


 全く同じタイミングで発せられた俺と老婆の声は、美しい調べとなって二人に突き刺さった。


 ピタリと動きを止めた二人は拳を下ろし、それぞれの保護者にいろいろ文句を吐き出している。横であれやこれやと不満たらたらのシリュウはさておき、俺は老婆が言った少年の名で頭がいっぱいだった。


(クロードだって?)


「ソアラ~、たまにはいいじゃ~ん。あいつ結構強えーよ。軽くヒネるだけだからさぁ」

「良いわけあるか。街中で何をしようとしとるんじゃ」


(ソアラ……確定だな。まさかかの御仁がこんな子供の姿をしていたとは)


 クロード少年が老婆の名をそう呼び、職員がこの事態に全く慌てていないことも全てを物語っている。


「失礼。私はジン・リカルドと申します。もしやクロード・ドレイク殿、アナスタシア・ソアラ殿ではありませんか?」


「おっ、兄ちゃん俺らのこと知ってんの? いやぁ~、有名人だと誰もケンカしてくれねぇんだよな。えっと、シリュウだっけか? ちょっと戦わせてくんね?」


「ええ加減にせんか。この若者も其方そなたと変わらず名が知れとる。四称ジン・リカルドや。いかにも、この人間がアナスタシア・ソアラじゃ」


 人懐っこい笑顔でまだ食い下がってくるクロードを一喝し、おばばことソアラはシリュウを見てニヤリと笑う。


 たしかにその顔には多くのシワが刻まれ、後ろに束ねられた見事な白髪はくはつは老婆そのものと言える。だが、まっすぐに伸びた背筋、その眼力と穏やかな顔つきの中に鬼が潜んでいるように見えた。


 魔法師の最高位に位置し、至高と呼ばれる大魔導師エクスマギアアナスタシア・ソアラ。


 そしてこのシリュウそっくりの気質を持つ少年が、いや、少年時代に聖王竜リンブルムの力を得て時が止まったマラボ地方の英雄、従獣師テイマークロード・ドレイク。


「お会いできて光栄です。謹んでお受けしたく」

「お、お師! なんであたま下げる!? シィがわからせてやるです!」

「いいねぇ、話の分かるヤツは好きだぜ! いっちょやろうぜシリュウ!」


 話を蒸し返すなとシリュウに一言いい、改めてクロードさんとソアラさんに向き直る。


「共に食事を」

「……へ?」

「クロード。其方が言ったことじゃ」

「そうだった……お前、イェールと同じ匂いがするぜ」


 こうして俺たちは共に食事をするべく、クロードさんの自宅、ハンタース四階へ向かった。


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