#9 烈戦

(この気配、どこかで……)


《 リカルド様、どうかなさいましたか? 》


 俺は通信魔法トランスミヨンに応えることも忘れ、近づく気配の心当たりを探る。そばにいるシリュウも尋常ならざる気配に筆を置き、懐に紙をしまって身構えている。


「イヤなかんじ……」

「管制官殿」

《 はい、聞こえております 》


「強力な人型の魔物にお心当りは?」

《 なんですって!? しょ、少々お待ちください! 》


 俺の声が聞こえていたのか、管制官の周囲の騒ぎが通信魔法を通して伝わってくる。何かしらの心当たりがあるのか、警戒レベルを最大との声が聞こえてきた。


 その間も魔物は一直線にこちらに向かって来ている。速くはない、普通に歩いているようだが、近づくにつれ魔力のありようが鮮明になっていく。


 そして、俺の脳裏にあの存在が瞬時に浮かび上がった。


(まさかっ!)


 パキリと木の枝を踏み抜き、木陰から姿を現したのは子供ほどの背丈の人型だった。全身は真っ黒で目は落ち窪み、頭を囲む謎の魔法陣が展開されているその姿に、ゾワリと背筋に悪寒が走る。



『『アロウロ』』



 二重三重にも聞こえる子供特有の未熟な声道を通って発せられたは、玩具を見つけ、はしゃぐ様子の中に、えも言えぬ不気味さをはらんでいた。


「っ、シリュウ! 全力だ! 戦闘になる前に倒す!」


「うあ゛あ゛ああぁぁっ!」


 俺は夜桜を抜くと同時に全身に強化魔法を巡らせ、シリュウに最大警戒を呼びかけた。彼女も脅威が目の前にいることを瞬時に察し、半竜化を超えて深竜化。


 紅い髪はざわめき、ボンボンと小さな火球をまき散らしながら形態を変化させていく。


 ダンッ!


 その間、俺は敵頭上に向けて跳躍。抜いた夜桜を引き、敵の間合いの外から射程の長い固有技スキルを繰り出した。


「―――暴風の刺突エン・リル!」


 ズドン!


 風魔法によって形作られたうずまく巨大な風針が、地面に円錐えんすい状に大穴をあける。


『『ギュエェェェ!』』


 奇声で敵の健在が知れる。魔物は右腕を失いながらも風針からギリギリ逃れていた。だが相手はどんな姿形だろうが魔物は魔物。ダメージをもらったところで人を前に逃げることなど無い。


 風属性の固有技スキルをかわす反応速度は危険だ。俺は敵の速度を無力化すべく、着地後、夜桜を地面に突き刺す。


 夜桜を通じて放たれる魔法は通常の魔法ではなく、古代種や聖獣にも通ずる『原素魔法』に変換され、非常に強力な魔法となる。


「―――樹霊の縛ドリアドバインド


 ギャルルルルル!


 地面を介して木属性の魔力を送られた木々がいっせいに動き出し、枝を伸ばして急速に敵を包み込んだ。


『『キョア゛ァァァ!』』


「今だシリュウっ!」


「やるです!」


 ッドンッ!


 初撃は突進からの強烈なひざ蹴り。枝で固定された魔物は吹き飛ぶことなく、シリュウは飛び込んだままの極至近で烈火のごとく拳の連打をあびせる。深竜化した彼女の一撃は全てに爆発がともない、ごと砕き、消し炭にかえていった。


 俺の木属性魔法で操られている枝はもとよりある木枝こえだの強度ではない。にもかかわらず枝を弾き、燃やし、中にいる魔物にダメージを与えられる今のシリュウは紛れもなく全力だった。


「きえろきえろきえろきえろきえろーっ!!」


 ズドドドドドドドドド!!


 怒涛の攻撃で方々に散る魔物の反応。この状態でまだを感じるということは、未だ魔素に還っていないということを示していた。


「バケモノめ……っ ―――地の隆起グランドジャッド!」


 散らばる魔物の肉片を警戒し、最後の一撃で全てが終わるようシリュウと魔物の三方向を巨大な土壁で囲う。これをしないと、辺り一帯が火の海になってしまうのだ。


 土壁の出現と同時に枝と敵を砕ききったシリュウ。目の前には何も残っていないが、彼女もまた、魔物の肉片がまだ魔物であることを知っている。


 深竜化の膂力りょりょくと足裏の爆発の勢いを利用して高く跳躍し、中空で両手を掲げる。


「どん どん どどーん!」


 何とも言いがたいが、これがシリュウが放つ魔法のイメージなのだ。そしてかけ声とともに巨大化した火球が頭上を覆いつくした。


(しまった! 周辺の冒険者に警告するのを忘れたっ)


「くそっ、上手く逃げてくれ! ―――獅子の心ライオンハート!」


 俺が大地魔法で炎熱から身を守る耐性魔法レジストをかけた瞬間、火球が落とされる。


「きえてなくなれっ! ―――火竜炎星ドラゴ・ノヴァ!」


 辺り一帯に、大爆発と猛烈な熱波が吹き荒れた。



 ◇



 一方のハンタース三階管制室。


 膨大な魔力干渉を受け、ジンとの通信魔法トランスミヨンが通じなくなった管制官は事の重大さをすぐさま察知した。


《 こちら管制官! 1E20、30および1W10! 聞こえますか! 至急応答願います! 》


 管制官は急ぎ1E10地点から近い三つのパーティーに起きている事態について説明する。同時に別の管制官が、ジンのいる1E10の周辺5km以内に位置する第二ラインの冒険者たちに後退を指示した。


 すみやかに三パーティーは1E10へ向かい加勢するよう指示を終えると、管制室の扉が勢いよく開かれる。


「状況を」


 努めて落ち着いた様子で、イェールは事の成り行きをたずねた。


「マスター! 現在――――」


 ジンが言った『人型の魔物』という言葉と、通信魔法トランスミヨンの不調を踏まえ、管制官は自身が想像する最悪ケースを語る。


「アロウロ……前回からまだそう経っていません。まさかこんなにも早く発生するとは」


 イェールはジンがいる地点を地図で確認しながら対策を考える。管制官の采配に問題はないし、なにより今と衝突しているのはSランク冒険者であるジン・リカルドなのだ。


 いつもなら竜の狂宴ドラゴンソディアのメンバーであるサクヤとドーザと共に現場に急行するのだが、今回は思考を挟むくらいの余地はある。


(あのお二人ならやられてしまうということは無いでしょう。最悪でも撤退することはできるはず。それを想定して迎え撃つ準備をするべきですね)


「サクヤに連絡を。1E10地点に急行、手出しは無用、敵の動向を逐一報告するよう伝えて下さい。ジンさんらが劣勢ならただちに第二ラインまで後退させて下さい。それと応援に向かった冒険者ですが、彼らにも第二ラインまで下がって頂き、私とドーザさんがそこに加わります」


 イェールの指示を受け、管制官は急ぎ手配する。


「それと待機している冒険者全員に、街の南側を固めるよう伝えて下さい」


 指示を終え、イェールが二階待機場所にいるドーザをともないハンタースを出ようとしたその時、五階監視室の職員が大慌てで管制室に飛び込んできた。


「報告、第一ライン上に巨大な火の玉が出現、落下! 最上位クラスの火属性魔法と推定されます!」


「!? ソアラさんがいるのか!」



 ◇



 ゴゴゴゴゴゴゴ――――


 シリュウの火属性魔法は土壁の内側を荒野に変えた。砂塵が舞って視界は不明瞭だが、俺の遠視魔法ディヴィジョンに魔物の反応はない。


 微塵の容赦もなく、あの魔物は焼き尽くされた。


「見事だシリュウ!」

「お師ー! やったです!」


 互いの拳をゴツと当てる。


 彼女と行動を共にするようになってから、これまでで最も不穏な相手だった。それを無傷で倒せたことは何よりの収穫だろう。


「魔力はどうだ?」


 今の一撃は俺が夜桜を介さず、素で放てる最強の魔法である『竜の炎閃フレアブラス』を超える威力なのは間違いない。仮に火竜炎星あんなものを放てたとしても、俺の魔力は半分以上削られてしまう。


 シリュウは『ん~』と掌を開閉しながら自身の感覚に問いかけた。


「はんぶん……ちがう、はんぶんのはんぶん、使ったです」


 つまりは四分の三ほど残っているということ。いかに竜人イグニスが火属性魔法に特化しているとはいえ、その魔力効率は人間では到底とどかぬ領域といえる。


「さすがだな。もう弟子やる必要ないんじゃないか?」


 誰だってそう思うだろう。シリュウの武術と魔法は年齢から見ても規格外だし、教えることなんて何もない。


 しかし、喜びもほんの束の間。魔物の考察もする間もなく、俺の何気ない一言は彼女の怒りを買う事になってしまった。


「なっ、なんで今そんなこというです!? お師のすっとこどっこい!」

「すっと……ちょっ、火っ火っ!」


 深竜化したシリュウは、興奮すると髪から火の玉がとび出す。


「シィのこといやになったです!?」

「い、いや、冗談のつも」

「うわぁーん! おしのにぶちんーふぐりなしぃー!」


 ふぐっ……どこでそんな雑言おぼえたんだ。


「悪かった! ただの軽口だ! わめくんじゃない!」

「うわぁー……ん……(チラッ)」


 一瞬で泣き止み、スンとシリュウが懐から紙をのぞかせる。


「お、おぅ。例の絵だな。どれ見せてみろ」

「……」


 正直、悪い予感はしていた。ここで俺より下手だったのなら、多少は可愛げがあるというものなのだが。短時間で描かれたカエルの絵は、驚くほど上手かった。


「やるじゃないか」


 これが今の俺の精一杯。折りたたんで絵を返すや否や、シリュウは再度こちらに向けて絵を広げて見せ、


「これでお師はシィのでしです! はんせーするです!」


 なんて言い出した。わめかれ、罵倒され、甚大な被害をこうむったのはこっちだと思う。たしかに勝利したあとに無粋だったのは否定できんが……。


 そんなやり取りを、駆け付けていた優秀な斥候士スカウターに終始聞かれていた事に気付けなかったのは、心から反省しなければなるまい。


「……あなたたち、何をしているの?」


 サクヤさんにこれまでの寸劇を見られていたという、泣きたくなる事実を突きつけられる。


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