三章 青春課外活動

夜回りアラサー

 南畑くんの傷の手当が終わると同時に青春活動は終了。アオハルビルの前で解散となった。

 その帰り道、俺は居酒屋が建ち並んだ通りを歩いていた。


 そういえばあの時はたしか金曜だったか。それと比べれば週の半ばである今日は居酒屋に立ち寄る客足も減ってそうだし、出てくる人たちも皆こぞってシャキッとしていた。

 だけどそんな中にも一人だけ泥酔した男がいた。部下だとおぼしき男性の肩を借りていないと立っているのもままならないほどだ。

 飲みに付き合わされた挙句、酔っ払った上司の面倒まで……かわいそうに。ほとほと困り果てている部下に俺は自分を重ねた。


 俺は会社の飲み会ではいつも誰かを介抱する側だったし、ベロベロに酔っ払うという経験もなかった。酒の強さにそれなりの自信があった。

 で、俺はなぜか酒に強い=カッコいい、なんていう固定観念を持っている。これが小学生の頃は足が速い、中学生ではやる気のないダルそうな態度がそうだった。

 高校生になると斜に構えて穿った見方に憧れて、それが大学生では一転「そんな時期もあったあった、若かったんだよね」などと悟り、年寄りムーブをかます。自分自身を振り返って客観的に物事を捉えられる感受性にカッコよさを見いだしていた。


 社会人になって『カッコいい』の定義が途端にチープなものになってしまったが、それでも格好つける理由には充分。

 真っ直ぐ歩くこともままならないってのに、くだらない見栄で後輩の付き添いをはね除けて……だんだん思い出してきたぞ。

 どうも記憶していたよりも、あの居酒屋からそう距離はなかったようだ。


 駅までショートカット可能な最短ルート。街道からほんの少し外れて、アパートやマンションに囲まれた住宅街に位置する小さな公園。

 そこのベンチから一望できる光景は、新鮮味とはかけ離れた既視感に溢れるものだった。


 途中でつっかえて止まりそうな滑り台。

 錆びてそうな鎖に不安を覚えるブランコ。

 動物を模してはいるが塗装が剥げて正体不明な騎乗遊具。

 そして、隣のベンチで体育座りをする少女。


「……なに」


 俺の視線を鬱陶しく感じているんだろう。抱いた膝に顔をうずめて刺々しい口調だ。


「いやね、この辺りで酔っ払ったサラリーマンを巻くしたてながら動画を撮るような銀髪ガールを捜していまして。知りません?」

「さあね。警察に通報する銀髪ガールなら知ってるけど」

「なるほど、次は俺が捜される番ってわけか。とりあえずそのスマホはしまってくれないか」


 保科は意外にも俺の要求をすんなり聞き入れた。


「お尋ね者になる前に聞かせてよ。なんでアンタ、ここに来たの?」

「なんでって言われると……なんでだ?」

「ふーん、バカにされてんのはわかった」


 保科が不貞腐れて俺を視界から外す。彼女の機嫌を損ねてしまったわけだけど、本当に俺もなぜこの公園に足を運んだのかよくわかっていない。わからないだらけだ。


 俺と保科のエンカウントは七月あたまで今は八月。一ヶ月経過した今でも俺は彼女のことをよく知らない。どれだけ知らないかを語ることは難しいので、逆に知ってることを列挙してみる。


 十九歳の大学一年生。サークルに入らないでその分バイト詰め。陸上をやってた。母子家庭。負けず嫌い……さすがに少なすぎるな。


「保科ん家この辺か?」

「な、なに急に……そう、だけど……」


 体をぎゅっと丸めて、体一個分俺から遠ざかる。彼女に本気で警戒されてしまったことはこの際置いといて『自宅が公園近所このへん』を追加して計六個……これで及第点としよう。


 俺と保科の関係性はせいぜい同じクラスの男子、同級生レベルでしかない。でしかないのにわかってしまうもので。


 攻撃にステータス全振りみたいな、尖った性能した保科さん。その破壊力は折り紙付きで、一般成人男性の精神をブレイクすることなんて造作もなく、果てはその様子を撮影することで回復、蘇生不可にまで追い込もうとする攻撃性の持ち主。


 そんな彼女だが、


『ごめんっ……ごめんなさい……あたし……』


 南畑くんを突き飛ばした際に垣間見えた表情と震えていた指先。あれは攻撃なんかじゃない。

 今しがた住居を訪ねられた保科は俺を不審に思い、立てた膝をぐっと抱き寄せて丸まっている。

 アルマジロのように丸まって警戒し身を守っている。あれもこれも防衛本能、自分を守るための行動だ。


「そうか、家は近いのか。じゃここに来るのは近所だから? それとも保科にとってこの公園は思い出の詰まった大切な場所だからか?」

「思い出……」


 そう口にして、保科が確認するように公園を一望する。


「こっちに引っ越してきたのはもう五年以上前だけど思い出はべつに。ここは走った時に立ち寄る休憩ポイントぐらいにしか思ってない」

「ほうほう。この公園は汗を流す場所であって、涙を流す場所ではないと」


 間が空いた。たぶん保科は怒ってる。空気でわかる。


「……他人との距離感が掴めてなかったのは酔ってたからじゃないんだね」


 恐ろしく冷たい声。だが今はこれが、キンキンに冷えたビールよりも欲しかった。


「そんなことはない。無作法な自覚があるからな。わざとだ」

「なら、よりタチが悪い。でもそうだよね。わざわざあたしをストーカーするくらいだもんね」

「言い方……」

「いいよ。こうやって付き纏われる方が面倒だし、そんな気になるなら全部教えてあげる」


 釣れた。保科の性格を利用するようで心苦しいが、俺は人に相談されるような器量も度量も持ち合わせちゃいないから、こんな方法に頼るしかない。


「その代わり。今週の日曜日、アンタの休日をあたしにちょうだい」

「ああ、わかった」


 ギブアンドテイクはビジネスの基本――望むところだ。

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