この顔にピンときたら……
「あのぉこの子なんですけど見かけたりは……?」
俺のスマホに表示された画像を確認した男性は首を横に振る。
「そうですか……ご協力ありがとうございました」
時間を割いてくれた男性の関心は自身のスマホに移り、俺もすぐさま次の行動に移る。
「あの、ちょっとお時間いただけますか? 実は猫を捜してまして――」
辟易した息遣いと燻る紫煙が入り混じる憩いの空間。
駅前に設置され、年々縮小化の一途を辿る小さな箱庭の中で俺は奔走していた。
「ありがとうございました」
二時間ちょっとの間でもう何度目のお礼か。気分は駅構内のコンビニスタッフ。俺のありがとうが売り切れるまえに補充せねば……。
「ねぇ! そっちは何か情報――をッ!?」
急接近してきた保科のあからさまな反応に、周囲から煙たがる視線が集まる。喫煙所に乗り込んできて露骨に嫌な顔を浮かべてたら、そりゃ敵視もされるわな。
仕方ない、ここは退却だ。
「で、そっちはどうなの? ノワール見た人いた?」
「全滅。これだけ聞き込みしても駅周辺で目撃者がいないなら、南畑くんたちの方がアタリかもしれないな。保科の方は?」
「あたしの方もダメ。あ、でも『見た人がいない』も情報に変わりないもんね。一応小夜ちゃんたちにも報告しとく」
スマホを耳にあててから通話までの間、保科は無意識だろうが体を小さく揺さぶって落ち着きがない。よほど心配が募っているようだ。
「もしもし、小夜ちゃん? あたし、楓だけど――――」
珍しく定時であがれた水曜日も気がつけば二十二時を回ろうとしていた。本来ならもうお開きになっていてもおかしくない青春活動だが、今日はまだ終わりが見えないでいる。
本日の活動は『迷い猫の捜索』。
なんと喫茶店アンモーマンのアイドル、ノワールが失踪した。
いなくなったのは昨日の朝からで、実に三十六時間ほどが経過している。
マスターの話では、滅多に外への興味を示さないノワールがドアを引っ掻いていたから開けたそうなのだが……そのまま帰ってこない。以前にも何度か同じようなことはあったがその際はいずれも数時間で必ず帰宅。今回のように丸一日以上の散歩は初めてのことでマスターはとても心配していた。
その不安は然る事ながら、一日や二日でいきなり警察に相談というのも難しいのかもしれない。
ただでさえアンモーマンにはアサガオの水遣りやら色々お世話になっている。恩返しではないがなんとしてでもノワールを絶対に見つけだしてやりたいとこ……ろ……。
――見つかった。
「あれぇ……先輩?」
ノワールではなく、俺が。
「お、おー! か、河合じゃないか! お疲れ~!」
やましいこともないのになぜか心拍数が跳ね上がって、数時間ぶりなのにまるで旧友と偶然再会したかのようなテンションになった。
「あ、おつかれッス。や、じゃなくてなんで先輩がここに……」
それはこっちのセリフでもある。河合の住んでいる地域でも会社の最寄り駅でもなんでもないここになぜお前がいるんだ。
「って……あ~~~……なるほど~?」
河合が俺の隣で電話してる保科を見て悪い笑み。保科も河合の存在に気付いて会釈すると少し離れた。
「最近先輩がかまってくれなくて冷たいな~って思ってたんスけど……そういうことなら言ってくださいよ~もう水臭いな~!」
イラッとくる間延びした声。こいつ絶対勘違いしてんな。だがなんて説明すりゃ……面倒だな。
「いや、この子と俺はお前が考えているような間柄じゃない。断じてない、誓っていい」
「そうなんスか? ま、でも言われてみればかなり若そう……じゃ妹さん、って先輩妹さんいましたっけ? たしかボクと同じで兄貴と……」
これは妹作戦もダメそうだ。
「姉。姉と兄が一人ずつ」
「でしたよね。なら……えっあ! じゃ、先輩も?」
「『も』ってなんだよ『も』って――あっ」
言って感づく。河合が歩いてきた通りは心なしかピンクや紫の看板が目に付く。
ちょいちょい、と手招きした河合が耳打ち。
「先々月、摘発された店もありますから。先輩も充分にお気をつけて」
「あ、ああ、そうか、ずいぶん詳しいな……肝に銘じとくわ」
河合はいい奴だ。だからこそこの一件はマジで申し訳なく思う。
「え、うそ!? 見つかってお店に警察が来たの!?」
保科が声を荒げた瞬間、咄嗟に振り向いた河合と目が合った。
「先輩、逃げましょう」
「まて河合ッ! 手を離してくれ!! 店ってのは誤解で――」
「ねぇアンタうるさい! お店は五階じゃなくて二階でしょッ!!」
「先輩ッ二回ならもし何か聞かれても知らなかったできっと押し通せますって!! だからいまは早く逃げ――」
力及ばず。
結局この場で誤解を解くことはできず、河合には明日経緯を説明するとだけ伝えて、俺と保科はアオハルビルへと向かった。
「ねぇ、さっきの人さ。腕ずくでアンタを連れてどっか行こうとしてたけど、大丈夫なの? ノワールも無事見つかったんだし、ムリにこっちを優先させる必要もないと思うんだけど」
「ああ、いや、大丈夫。気にしないでくれ。それよりも……すまん」
「……? なんで謝るの?」
すまん。俺にはそれしか言えなかった。
急ぎ足でようやくアオハルビルに到着。集まっていた五人の中に警察官の姿はすでになく、俺らが合流するとノワールを抱いたマスターが深々と頭を下げた。
「ナァン」
「……よかった」
元気そうなノワールを見て保科の顔に生色が戻る。
「だな。無事で何よりだよノワール。ところでなんで警察がノワールを? 届けは出してなかったんですよね?」
「ノワールを発見した警察官のかたは、アンモーマンの常連客だったみたいですよ」
「なるほど、ノワールだって気付いて保護してくれたのか」
南畑くんがうなずく。ノワールの特徴でもある蝶ネクタイが幸いしたんだろう。
「うんうん、一件落着。だけど警察が常連と聞いてしまうとアンモーマンを利用しづらくなったコラね」
「ええっまさかカリンちゃん何か悪いことしてるの?」
「んふふ、ワシはライブのたびにファンの心を射止めとる。殺人級の可愛さ、アイドルは罪深い生き物じゃて、のうノワール」
鳴き声はない。一緒にするなということだろうか。
「詐欺……言っておくが年齢詐称は誰も幸せにならんぞ。ファンも、事務所も、お前もな」
「……誰かワシの疼く右腕を押さえつけてくれ。このままでは本当に警察の世話になってしまうコラ」
香ばしい言動に釣られた月見さんがカリンの後ろから抱きついて拘束する。
「えーい!」
「はぅあ、背中に極楽が広がっておるコラ……!」
月見さんの柔らかな暴力にカリンはいとも簡単に屈する。機会があれば俺も右腕を疼かせてみようと決心した。
それから疼く右腕を担当した来栖さんはというと、真正面から右手を両手で押さえているだけなので、もはや握手会に参加した熱心なファンにしか見えなかった。
女三人寄れば
授業と授業の間、その短い休憩時間。寝不足でもなんでもないのに大きくあくびをして、机に突っ伏しただ過ぎ去るのを待っていただけの十代の俺は、あんなにも疎ましく感じていたはずなのにな。
遠ければ遠いほど、うるさくてつまらない。
近ければ近いほど、気にならなくて楽しい。
さて、それはいったいなんでしょう? チッチッチッチーン……はい、答えは青春。
これにて、本日の青春活動は終――
「ニァウッ!」
締めの挨拶にノワールが待ったをかけた。
いきなり暴れだした彼はマスターの腕を踏み台に、保科へ向かって大ジャンプ。
「ひッ……!?」
着地成功。固まった保科の上着にしがみついたノワールは器用によじ登っていく。
「ダメだよノワール。楓ちゃんを困らせたら」
一番近くにいた南畑くんが救世主を買って出て、ノワールに触れた時だった。
――ドンッ。
「――っ
保科は両手で南畑くんを突き飛ばし、彼はそのまま勢いよく尻餅をついた。その衝撃で驚いたノワールはマスターへ飛びつく。
みんな突然の出来事にどう反応していいかわからず固まっていた。
「ごめんっ……ごめんなさい……あたし……」
胸の前で組まれた保科の手は震えていた。
「成実くん、怪我は――あ、血が……」
「ありがとう小夜ちゃん、でも大丈夫だよ。地面に手をついたところが擦れただけで大したことないから。楓ちゃんもそんなに気にしないで」
「と、とにかく今救急箱を持ってきますね!」
そう言って慌てた来栖さんがビルに入ってからすぐのことだ。
「……今日はもうこれで終わりだよね、ごめんあたし先に帰る。ほんとうに……ごめんなさい」
南畑くんに頭を下げた保科は逃げるようにこの場を去っていった。
「急だったからちょーっとばかしビックリしたねー。楓っち、ヘーキかな」
「まぁ……そう、だな」
ノワールも無事発見されて事態が収拾したかと思えば、また新しい問題が浮き彫りになった。
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