人はこれをデートと呼ぶ

 大急ぎでチャーハンかっこんで、ヒゲ剃って、スーツ着て。出掛ける前だってのに息を切らして家を出る。


 俺が借りているアパートの部屋は二階。階段を慌しく下りるも半分を過ぎたとこで何食わぬ顔してスピードダウン。大人の余裕を演出だ。

 そして俺に気づくや否やアパートの前でちょこんと座り込んでいた保科が立ち上がる。


「待たせたな。その、わざわざウチまで尋ねてくる用事――っておいっ! どこ行くんだ!」


 咄嗟に腕が伸びる。俺を無視して歩き始めた保科を呼び止めると、彼女は首を傾けるようにしてわずかに振り返る。


「いいから、ついてきて」

「えー……」


 有無を言わさず。しかし何を言われるんだろうと内心ビクビクしていただけに、保科の普段と変わらない横暴な態度は少しだけ俺の気を楽にした。


 俺はいつかのように黙って彼女の後ろをついていく。ただし彼女が肩にかけていたのはボランティア清掃のタスキじゃなくて、小さなショルダーバッグだった。


「なんかいつもより人が多いような」


 そのまま会話もなく最寄り駅に到着した俺は、大きなリュックを背負ってはしゃぐ子どもやキャリーバッグを引くカップルを見て悟る。


「あ、今日からお盆だった……ん? もしかして保科、ここまで電車使――っておい! またかよっ!?」


 すでに保科は改札をくぐっており、置き去りにされた俺もすぐさま追いかけた。


 利用者の少ない昼下がりの二時とはいえお盆初日。ホームは混雑しているんじゃないかと身構えていたが普段より少し多いくらいだった。


『まもなく、二番線に当駅止まりの列車が――』

「これ、乗る」


 隣に居るってのに独り言そのものだった。

 

 電車に乗ると保科は空席には目もくれずドアのすぐ脇、座席の仕切りになっている壁と手すりに寄りかかった。


 ま、座らないよな。それはわかってた。

 離れて俺だけ座るのもアレだしとりあえず保科の反対側を陣取ったけど……ドア一枚分の距離って会話するには絶妙に遠いな。

 まだしばらく無言は続きそうだ。


 やがて電車が動く。


 目を引く銀髪を耳にかけ、どこか物憂げに外を眺める女の子。

 だぼっとした余裕のあるシャツにショートパンツ。ハイウエストっていうんだっけ、脚なっが……。


 こうしてみると、電車に乗って立ってるだけで絵になるというか、つくづく存在感がある。

 そしてそう思っているのは俺だけじゃないらしく、他の乗客もチラチラと保科に興味を示す。

 それに気付いているのかいないのか、保科は眉ひとつ動かさないでツーンと涼しげだ。


 そうだ、涼しげといえばさっき聞きそびれたけど、どう考えても保科電車乗ってきてるよな。あの公園から五駅以上離れたウチまで炎天下のなか歩いてきたようには見えなかった。

 時間的にも今よりもっと乗客は多かっただろうに、ほんと何を考えてんだか。

 

「あのさ、さっきもなんか言いかけてたけど、気にしすぎってあたし前に言ったよね」

「そうは言うが気にするなって方が難し……えっ?」

「だから電車くらい普通に乗れるって。さすがに満員だったら避けるけど……。正直、変に気を遣われる方がウザい」

「いや、え、あの、保科って実は相手の心読むようなチートスキルを女神から授かってたりする?」


 こくり。保科がうなずいた。


「……マジかよ」

「――なわけないでしょ本気にしないでよ。心を読んでるんじゃなくて、顔に書いてあんの」

「顔に……? ハッおもしれー女。もう騙されんぞ」

「これはホント。こうやって、眉間にぐっとしわ寄せて怖い顔してさ、わかりやすい」

「……っ!」


 保科がムスッと不機嫌モードに入ったかと思えばいたずらっぽく笑った。


「そんな顔してないだろ」

「してる。今度写真とって見せてあげる」

「撮らなくていい。どっかの誰かさんのせいでカメラがトラウマでな」

「……あっ……ごめん……」


 わかりやすさならおたくも負けてないぞ。


「冗談だ。それで、俺はいったいどこに連行されてんの?」

「……服、選んであげるって言ったでしょ」


   ◇   ◆   ◇


 以前保科さんたちとランチをご一緒したお店も内包されている駅近のショッピングモール、そのメインストリート。初々しい学生カップル、仲睦まじい夫婦と買い物客が行き来する道を俺らは歩いていた。


 ショッピングモールを男女が二人並んで歩くその様は……おいおい、これじゃまるで――


「勇者ご一行だな。職業あそび人を引き連れての二人旅ってしばりプレイ中かよ」


 これが縦ではなく横並びであればまた心象が違っただろう。

 勇者・保科楓は突き進み、そのまま洋服屋ぼうぐやへと入っていった。


 若者が多く落ち着いた雰囲気の店内。

 保科がハンガーラックにかけられていた洋服を取り出すと、


「好きなファッションってある?」


 手に持った服と俺を交互に見比べる。


「ないな。どんな系統があるのかもよく知らん」

「そ。じゃ色とかでもいいけど」

「ないな」


 保科のジト目が不満を訴える。


「なんでもいいじゃ選び甲斐がないんだけど」

「そう言われてもな……」


 俺は店内を見回し、マネキンに注目する。

 半袖短パン、柄シャツ、うーん。


「どれもピンとこないな」

「わかった、あたしの趣味で選ぶ。じゃ早速これ着てみて」

「お、おう。いつの間に……即決だな」


 保科が見繕った服を受け取った俺は試着室に移動した。


 カーテンで仕切られた閉ざされた空間、スーツ買う以外で利用したのは初めてだな。さっさと着替えるか……。


「どう、着れた?」

「ああ、ちょうど装備したとこだ」


 シャッ――俺が勢いよくカーテンを開けると保科が目を丸くする。


「うん、悪くないよ。似合う……じゃん――ふっ」

「ランウェイ歩けそうか?」

「……歩ける……ふふっ」


 上下ともビリッビリに引き裂かれたメンズ服。もはや防御力はゼロで繊維の隙間からは情けない贅肉がこんにちは。

 ランウェイを歩けるほど先鋭的な攻めたファッション……というかむしろ何者かに攻められたあと。山道を歩いてて賊に襲撃された人みたいだ。

 これを着た俺も俺だけどさ……よく見つけたよねこんな服。


「ありがとうな一生懸命選んでくれて。風通し最高で夏にピッタリだな。俺買うわコレ」

「ごめん、ふざけすぎた。それはもういいからこっちも着てみて」


 着せ替え人形で遊ぶかのように。俺は次々と運ばれてくる服に袖をした。


「これが馬子にも衣装ってやつか」


 試着室で一人憎まれ口を叩く。


 夏仕様のテーラードジャケットなるものにストライプのTシャツ、黒スキニー……自分じゃ絶対試さないコーディネートだ。

 保科はこういうスッキリとした落ち着いた服装が好み……いや、アラサーの俺に合わせてくれた感じなのだろうか。


 俺はいつも無地の白や黒の半袖Tシャツといった、なんの面白みもなくシンプルで無難なものばかり選んできた。

 だから季節に合わせた色合いとか流行とか、そんなものにまったく興味はなかったし、着られれば服なんてなんでもいいと思っていた……はずなんだが、鏡の向こうにいる俺はまんざらでもなさそうだった。


「……ふーん」


 右、左、右。ちょこまかと保科が視点を変える。

 俺の身長は176cm、対して保科は158cmだったか、確か。意図せずとも自然にそうなってしまうとはいえ、上目遣いの女の子と目を合わせ続けるだけの胆力を俺は持っていない。


「ちょっと! じっとしててよ」

「もういいだろ。そんなに変か?」

「そういうわけじゃないけど。ね、ちょっと手で前髪上げてみてよ」


 俺を値踏みしていた保科が一歩下がって全体像を確認しようとする。


「……はいはい。これで満足か?」

「うん。思ったとおり爽やかでいいね、カッコいいよ」


 シャッ――。


「ちょっ、びっくりした。急にカーテン閉めないでよ」


 びっくりしたのは俺の方ですけどォ!? なんだよ今のォ!? ラブコメヒロインの気持ちがわかった。いや、わかったというか一瞬ヒロインになった気がする。

 軽率に褒めちゃうのも相手を意識していないがゆえ、主人公の中でも保科さんは無自覚鈍感系だったか。攻略されちゃうヒロインは苦労するだろうな……。


「あのさ、せっかくだし他に見たいものとかあったら遠慮なく言ってね」

「他に買いたい物か。急に言われると……」


 カーテン越しの提案に頭を悩ませること数秒。


「あっ、じゃあ一箇所付き合ってもらっていいか」

「なに見たいの?」

「靴、ずっと買い換えたかったの思い出した」


 そうと決まれば、保科に選んでもらった服をいくつか購入してファッションショーは終了。俺らは次なる舞台へと向かった。




 店内にずらっと並んだ靴から漂ってくる特有の臭い、これはゴム由来のものなんだろうか。苦手な人もいるらしいけど俺は嫌いじゃなかった。


「この臭い、なつかしい。高二の時が最後だったかな、昔はよくお母さんともシューズ見にスポーツ用品店に寄ったりしてたんだよね」

「ほう、ならここにも?」

「……うん、このお店にもランニングシューズを買い替えに一回だけ来たことある」

「まぁ保科からしたらここはほとんど地元みたいな感じだもんな、そりゃ来たことあるか」


 他愛ない話をしてるうちにビジネスシューズのコーナーに辿り着いた。


「ね、革靴の本革ほんかわ合皮ごうひって何がどう違うの?」


 展示された靴を手に取って、しゃがみこんでいた俺に声がかかる。


「申し訳ございませんお客様、お店の人じゃないんで詳しい事わからないんですよ」

「すごいざっくりだけどホンモノとニセモノみたいな印象なんだよね。さっきからチェックしてるの全部本革の方だし、やっぱり仕事で履くってなると本革そっちなの?」


 こいつ俺の話聞いてねえな。


「まぁ、なんていうか天然皮革てんねんひかくは陽キャだよ」

「何その例え……。じゃあ合皮は、陰キャってこと?」

「ブブー残念」

「…………」


 いいから早く言え、そんな顔に脅迫されてすぐさま答え合わせの時間になった。


「正解は自称陰キャの陽キャでした」

「……ごめん、解説とかないの? 答え聞いてもサッパリなんだけど」


 その言葉待ってましたと咳払い。


「どっからどう見てもキラキラした連中が使う『陰キャ』は自身をへりくだる謙称でしかない。陰キャだからしょうがないよね許してね無害だよって、都合のいい時だけ陰キャの合成皮革かわを被るんだ。初めは俺ら陰キャの仲間だと思わせておいて……ぱくり。結局合皮くんは天然皮革あっち側さ」

「熱弁してるとこ悪いんだけど解説聞いても意味がわかんない」

「すまん、これは解説でもなんでもなく大学時代の私怨だ。つまり本物偽物なんて垣根はなくて、どっちも陽キャほんものってこと。両方ともビジネスシューズなんだ、本革でも合皮でも好きな方を選べばいい」

「じゃ本革を選んでる理由って」

「……好きだから……それだけの理由だよ」


 通気性や伸縮性が合皮と比べて本革は優れてる、そう言えばよかったのにいやに考え込んでしまった。


「っと、俺だけ見たい場所付き合せて悪いな。保科は行きたいとこないのか? 俺でよければ付き合うぞ」

「そう?」

「……っ!」


 顔が近い。

 しゃがむ俺と目線を合わせるように屈んだ保科が言った。


「なら、ちょっと付き合って」

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