四章 青春クラフト

エターナルサマーバケーション

「信じられない。絶対やっちゃダメでしょ」


 アオハル学級の教室。

 スマホに向かって毒づくと机に突っ伏す。

 あたしの気を煩わせる元凶、それは四日前の日曜に送られてきた。


『高校大学は共学か?』


 バイト終わりにスマホを確認したら届いていたメッセージだ。

 正直なんかキモいなって思ったけど、無視するわけにもいかないしあたしはこれに、


『ごめんバイトさっき終わった。そうだけど、なに』


 と返した。

 この日引き継ぎの子が一人来れなくなっちゃって、その分バイトが延びていたから返信が夜遅くになった。だからその日のうちに反応がなくてもなんとも思わなかったけど……四日経った今でも既読がついてるだけで返事はない。


「あれだけあたしには連絡返さないことを批難しておいて自分は平気でやるんだ。ほんと信じられない」


 とはいうものの、改めて送ったメッセージを読み返したとき自分でも素っ気なく感じたし、はてなマークぐらい付けとけばよかったかなってちょっと反省した。

 

 それから一日空けて火曜日。


『そういえば明日シフト提出なんだけど服買いに行くって話あったじゃん。行くとしたらやっぱ土日のどっちかって感じ?』

『大学は夏休みだからいいんだけど、バイトは土日の片方絶対でる約束で働かせてもらってるし、アオハル学級もあるでしょ』

『時間調節しないとだからそっちの都合いい日教えてよ』


 水曜日。


『ねえ』

『連絡こなかったら土曜にシフト入れた』

『こんな時間にごめん。なんかお母さんとクボタさん別れたって。アンタには一応報告しとこうと思って』

『ちょっと聞きたいこともあるし明日のアオハル学級終わったあと話せない?』


 CHANIのやり取り……というか、あたしの一方的なメッセージはここで終わっている。日曜以降は既読すらついていない。


 そして木曜日、メッセージにもあった明日がやってきた。

 文句の一つでも言ってやらないと気がすまない。そう思っていた時――ガチャリ、教室のドアが開いて机に突っ伏していたあたしは反射的に振り返った。


「アンタあたしにはさんざん連絡は返せって――あっ」

「ひぃい! す、すみません! 私なにか保科さんを怒らせるようなことを!?」


 栞先生が頭を押さえて縮こまる。


「ご、ごめんなさい栞先生。アイツかと勘違いしちゃって」

「アイツ?」

「あっ……青瀬、さんのことです」


 なんでだろ、アイツの名前すごい言いづらかった。『さん』付けだから? でもランチのときは違和感もなく普通に言えてたし……なんにせよいつまでもアンタアイツじゃ不便か……。


「青瀬さんと何か?」

「何かってほどじゃ。ただ連絡してもずっと無視されてて」

「えっ、青瀬さんが連絡を無視? 意外です、とてもマメに連絡をくださる方なので」

「そうなんですか?」

「はい、たとえ一分一秒でも遅刻の可能性があれば必ず。ですから今日はもう青瀬さんはいらっしゃってるのかとばかり」


 栞先生が不思議そうに辺りを見渡した。

 教室にはあたし、小夜ちゃん、成実くん、カリンの四人だけでアイツの姿はない。


「じゃあなに、音沙汰ないのはランチの仕返しってこと? 信っじられない……」


 スマホの画面、CHANIにあるアイツの名前を睨みつけた時だった。

 ポンと通知が画面に現れる。


『青瀬三春がグループを退会しました。』


   ◇   ◆   ◇


『待ちに待った週末、遂にお盆がやってまいりました! 皆さんこの大型連休を利用して――――』


 土曜の昼下がり。

 見たいテレビがあるわけでもなく、テキトーに流していたワイドショーの中で女性リポーターがはしゃぐ。


「このリポーター、少し月見さんに似てんな」


 そんな月見さん似の彼女がお伝えしてくれたように世間はお盆、夏休みだ。そしてもちろん俺にも長い、とても長ぁ~い夏休みが訪れていた。


 青瀬三春、二十八歳にしてジョブチェンジ――無職である。


 クボタを殴ったあの日。

 あいつがアカネさんをいいように扱うための道具いいわけとして、保科を利用したことが許せなかった。あの母娘おやこの想いを踏み躙り、そのうえ保科さえも毒牙にかけようとした。


 この男のせいで今度こそ保科が立ち止まって動けなくなってしまうかもしれない……そう考えたら理性を失っていた。だが時間を置いた今でも殴ったこと自体は反省もしていなければ後悔もない。

 このように情状酌量の余地なしなのだがクボタは被害届を出さなかった。おかげで傷害事件までには発展していない。店側からも厳重注意、出禁だけで済んだ。


 俺を取り調べた警察官からは「こんなに寛大な人はいないぞ、良かったな」って背中バシバシ叩かれたけど、俺に情けをかけるくらいの思い遣りを持ち合わせていたのなら、もっと前から別のところにつかってほしかった。


 それから驚いたことにチープなご都合展開……じゃなかった。運命的な出来事なんだが、クボタは我が社の取引先に勤めており、しかもそれなりに偉いお方だった。

 会社の信用問題にまで繋がっているのに犯行に及んだ動機を頑なに明かさない。なのに逮捕もされず懲戒解雇も免れての辞職。運がよかった。


 欲を言えばこの運命力、空から美少女が降ってくるとかモテモテハーレムやら異世界に転生やJKと同棲……タイムリープなど、そっち方面に働いてほしかったけどね。

 とまぁこのとおり、俺は新卒からずっと勤めてきた職を失ったわけだけど、しょうもないことを考えられるだけの余裕はある。まだ実感が湧かないだけかもしれないけど。


 あと辞めたといえばアオハル学級のトークグループも一昨日抜けた。

 いや~ぶっちゃけダルかったんだよね。最初は楽しかったけど、歳かなぁ若い子のノリに合わせるのも疲れちゃった。貴重な土日も潰れるし、やっぱ休日は体を労わる日だよ。


 とにかくトークグループの退会が、面倒だったアオハル学級の脱退と同義のはずだからこれで俺は晴れて自由の身だ。

 つまり社会のしがらみから、青春の呪縛からも解き放たれたのだ……!


「あれだけ欲していた自由だぞ、もっと喜べよ」


 テレビを流し見していた俺はがっくり項垂うなだれる。


 やはり俺は逃げてばかりなんだなと痛感した。

 唯一無二の個性とはそう簡単にバイバイできないらしい――ッチーン。

 お昼のシンキングタイム終了。電子レンジさん、空気読めるようになったね。


 さてさて、今日のちょっと遅いランチは冷凍チャーハン。なんと袋のままで皿要らず。素晴らしい。

 焼き飯の香ばしい匂いが食欲を掻き立て、一本しかないために週七日24時間体勢の劣悪な労働環境下で働くスプーンを握らせた。


「いただき――」


 ピンポーンと軽快なチャイムが食事を遮る。


「んだよ、俺に残された唯一の楽しみを邪魔しやがって。面倒だな……」


 ――ピピピピピピピピピピピピピピピピピンポーン。

 怖い怖い怖い怖い、何ッ!?

 まさかっ労働基準監督署!? スプーンくんが内部告発を……!?


 ピンポーン。どうやら正解らしい。


 抜き足差し足忍び足。ドアの前に辿り着き、おそるおそる覗き穴から外を確認するも……指かなんかで塞がれてるのか真っ暗だった。まるで俺の未来を示唆するかのようである。

 嫌な予感を前に深呼吸して俺はゆっくりドアを押し開ける。


 ギィ――軋んだ音をたてたドアはチェーンの限界、手のひらほどの隙間で止まる。そこから自由な銀髪を覗かせる少女は唇を尖らせていた。


「おはよ」


 今この世で一番会いたくなかった人だ。

 嫌な予感てなんで当たるんだろうな。


「お、おはよう」


 つーか、どうして保科に住所がバレてんだ……。ったくストーカーはどっちなんだか。


「お昼、もう済ませてるよね?」

「いや、まだだけど。ちょうど今チャーハンをレンチンしたとこ」

「っそ。じゃ食べ終わったら顔貸して。外で待ってるから――」

「あ、おい! 家、来栖さんも知らないはずなのになんで知ってる?」


 保科が考えるように上を向いたあと、澄ました顔で言う。


「河合さん、いい人だね」

「なんであいつが出てくる……ほんと余計なことを」


 密告したのはスプーンくんではなく信頼していた元後輩という、なんともスクいようのない話だった。


「はぁー……十分くれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る