この中に一人だけ仲間はずれがいます。さあ、俺でしょう

 運命の日曜。

 今週は土曜にアオハル学級がなかったために保科とはあの公園ぶりだった。


 昼時にも関わらず優雅な時間が流れるお洒落なレストラン。そこで俺は任務の説明を受けていた。


「いい? アンタはたまたまオフが被ったバイト先の店長で、偶然アタシと街で会った」

「ああ」

「『これからお母さんとその彼氏を交えた、初顔合わせのランチなんです』ってアンタは聞いて」

「おう」

「『ぜひご一緒したい』って厚かましくもお願いしてきたのが今日のアンタ。わかった?」

「わからない。そこだけなんッッッ度聞いてもわからない。なんだその紳士を装った化け物は。え、これが俗に言うコミュりょくモンスター? 普通に考えてさ、バイトのプライベートや家庭事情にそこまで首突っ込まなくない?」


 保科が耳を塞いでジト目になるけど俺は構わず続ける。俺を守ってやれるのは俺だけだからな。


「保科もよくそんな奴の同席を許したよ。そもそもリアリティーに凝った前半部必要か? ラストのサイコパスな言動が全部台無しにして……もはやファンタジー、創作物の域だろ」

「うるさっ……そんなリアリティーに拘るなら『来るなってさんざん言われたのにあたしを脅して無理やり店までついてきた』ってことにすれば」

「俺は警察24時にしろと言ってるんじゃない。俺がお母さんの立場だったら、そんな店長のもとで娘を働かせるのはとんでもなく不安になるから、その設定は変えようと提言しているんだ。誰も幸せにならない嘘はやめよう、な?」

「じゃ具体案」

「装うのは店長じゃなくて彼氏でどうだ? こっちのが自然だろ」

「それは絶対イヤ」

「…………」

「あっ! もうお母さん来た――とにかくアンタは打ち合わせ通りにやって!」


 保科は席を立って、店の入り口に向かう。


 ……打ち合わせ通り、ね。

 良く言えば投げ出された作戦会議の進捗率は全体の半分。

 悪く言えば5W1Hのいつ、だれが、どこで、という情報だけを伝えられて、なにを、なぜ、どのようにがすっぽり抜けた状態だ。


 なぜこんなにも段取りが悪いのか。それは事前準備が一切なかったからである。

 連絡を待つだけの日々、刻々と迫る日曜に怯えた俺は保科に何度もメッセージを飛ばしたが、ことごとく既読スルー。人としてこれはどうなんだ。

 そしてついに昨日、土曜の夜(ほぼ日曜)に待ち合わせ場所と時間だけが送られてきた。当然俺の返信には応答なしだ。いっそここまで徹底していると、


『……受け子……?』


 当時の俺はよからぬことに荷担してしまったのだろうかと気が気じゃなかったし、おかげで寝不足だ。

 しかしそれがいまの説明で合点がいく。これが約束だったとはいえ事前に内容を聞かされていたら、すまん休日出勤だ! を口実にトンズラしてた自信がある。実際、土壇場まで食い下がるほどやりたくないわけだし。


 考えようによってはこのギリギリの伝達、すぐ逃げだす青瀬三春の本質を理解したうえでの戦略だったのかもしれない。

 であれば、もう少しだけ思考を張り巡らせて導入部も考えてほしかったし、それが無理なら百歩譲った彼氏設定を採用していただきたかった……。


「はぁ~~~……もう、なるようになれ」


 覚悟を決めよう。

 地獄のランチタイム、もとい乱痴気タイムに突入だ。


「ええと……楓、そちらの方は……?」

「ちゃんと紹介するからまずは座って」


 保科に案内されてきた保科母とその彼氏さんが困惑した様子で席に着く。対して開き直った俺は堂々とした面持ちで待ち構えていた。

 席は保科と保科母、俺と彼氏さんが隣り合うことになったがそこに異論はない。


「初めまして、クボタです」

「どうも。青瀬です」


 挨拶と同時に彼氏さんが握手を求めてきて俺は戸惑いながらも応じる。

 ごりごりごり――えっ、力つよくね? 俺の手を握力測定器か何かだと勘違いしていらっしゃる?


 スマートカジュアルな服装に高そうな腕時計。

 ジェルでセットされたオールバックの髪に、鍛えているであろうガッシリとした体つき。

 おまけというか当然のように精悍せいかんな顔立ちをしていたクボタさんからは、自信が服を着て歩いているかのような印象を受けた。


 関わる前提であれば、ゴミ拾いの際にタバコをポイ捨てした若者以上に俺が苦手なタイプである。


「紹介するね。この人は青瀬さん。バイト先の店長」

「店長さんでしたか! ご挨拶が遅れてごめんなさい。保科アカネです、娘がいつもお世話になっております」

「いえいえ、むしろ私やお店の方こそ保科さん――あー、楓さんに助けられているくらいでして。みんな楓さんくらい積極的にシフト入ってくれるならほんと大助かりなんですけどね、はっはっは」

「この子、私がいくら訊いても自分の話はしてくれなくて。青瀬さんにそう言っていただけて安心しました。それで、普段楓はどんな――」

「お母さんっ!」

「もう、いいじゃないちょっとくらい。こういう機会じゃないと知れないんだし」


 二人の掛け合いは母娘ではなく姉妹のようだった。というか、実は姉なのではないかと疑っている。


 エレガントコーデを着こなすスタイルとモデル顔負けの美貌。保科のお母さんだから綺麗な人だろうなとは見越していたがここまでとは。

 たしか18でって……え、今は37ってこと? うそだろ……。


「それで青瀬さん、仕事中の楓はどんな感じなんでしょうか……?」

「そ、そうですねぇ、仕事中の楓さんはですね~……」


 ――あれ、今気付いたけど俺ってなんの店長……?

 まずい、まずいマズい不味い! 調子に乗って答えるんじゃなかった!

 考えろ。保科のバイト先を考えろ。客と接触する可能性がある、すなわち接客業は避けるはず……なら飲食店の厨房? いやでも、保科はホールに借り出されそうな感じあるよな。その危険性を考慮して倉庫とか裏方……もしくはスタッフも利用客も女性が多い職場……はっ! コスメやアパレル!? 保科お洒落さんだから間違いない、きっとそうだ!


 となれば語るうえでの問題は俺自身か。


 高校生の頃に着ていた服を部屋着に回し、さらにごくごく一部は未だ前線を張っている。俺の長所は物持ちの良さ。だが今この瞬間に至ってはデメリットにしかなり得ない……ファッションに関して無関心な俺は上っ面な知識しか持っていないんだ。


 FSZファッションセンスゼロ。だから俺はアオハル学級でも常にシャツにスラックスの出勤スタイルだし、河合がたまに愚痴る『営業ない日ぐらいは服装自由にならないスかね』に同意アグリーしかねていた。

 何を隠そう俺は衣類の汎用品コモディティ化を推進する超過激派であり、アパレルショップ(仮定)の店長としてはあるまじき思想の持ち主である。


 ファッションも知らん、アパレル関係の業務形態も内容も知らん。

 そんな俺が打てる最善手――


「どんなことにも真面目で努力を惜しまない。そんな楓さんをスタッフみんなが慕っていますし、持ち前の行動力で牽引してくれるから、店長の私なんかよりもよっぽど頼りにされていますよ」


 当たり障りのない抽象的なトークでやり過ごす。インチキ占い師にでもなった気分だ。


「……よかった。楓は上手くやれてるんですね」


 保科母のホッとした様子に俺も安堵する。

 まぁ娘の方は依然として仏頂面で余計なことはするなと視線で訴えてくるが。


「その、青瀬さんの前でこんなこと言うべきじゃないんでしょうけど……」

「はい? 何か?」

「正直、楓がアルバイトを続けていること自体私はあまり……。気難しい部分がある子だから、色々ご迷惑をおかけしているんじゃないかとか……何より楓のことがもう心配でしんぱいで。だから青瀬さんのお話を伺えて本当によかったです」


 保科母が力なく笑った。

 俺はそんな彼女を騙しているようで――いや、騙しているからか。胸にチクチクした痛みが走った。


「……いえ、そんな」


 保科母が抱える心配の種は俺も本人から直接手渡されている。

 子どもはおろか交際経験のない俺だって、親の視点で想像するぐらいはできるわけで。


 アルバイトだけじゃない。中学、高校、大学だって、自分がそばについていられない間は不安が付いてまわる。バイトや学校で起こった出来事を訊いてもはぐらかされるなら尚のことで、そんな調子じゃアオハル学級のことも伏せてるだろうな。

 不安だからいちいち確認されるのであって、保科はそれがわかってないんだ。確認が面倒に感じるならされないよう嘘でもなんでもいて、不安を取り除けばいいだけなのに……。


「――実を言うと最初は……いや今もちょこちょこ。楓さんの真っ直ぐな一面が衝突を招くことはあります。ですがそれ以上に彼女は気付きをくれるんですよ。お客様以外からの忌憚きたんのない意見というのもたいへん貴重でして、それを受け容れることができるのもひとえに、楓さんの頑張りが伝わってくるからなんです」


 嘘に真実を混ぜれば信憑性が増す、とはいえメリットばかり並べるのは胡散臭い。多少のデメリットはその臭みを消すスパイスとして必須だ。


「先ほども言いましたが楓さんはみんなに慕われています。もし楓さんが困っていたら快く手を貸してくれるはずですよ。当然、店長として私も楓さんを全力でサポートいたします! ですから、そんなに心配されなくても大丈夫ですよ――ねっ、楓さん?」


 俺の不意を突いたパスに保科はバツが悪そうにそっぽを向いた。

 とまぁとにかくこれで、俺が店長だという嘘はちょっとやそっとの衝撃じゃ崩れないほど強固なものとなった。


「……青瀬さん」

「楓ちゃんの働いてるお店が素敵な職場みたいで僕らも安心だね」


 カップルが示し合う。

 俺は打ち合わせで保科に誰も幸せにならない嘘はやめようと言った。嘘はよくないからだ。

 しかし誰かを笑顔にする、安心させるための嘘ならどうだろうか。

 その答えは――


「それはそうと、楓ちゃんが働いてるお店の店長さんが、どういった経緯で今日こちらに?」


 優しい嘘の是非はさておき無責任なことに変わりはないので許されない、だ。


「HAHAHA、あのですね、えーと……」


 久々の登場お世辞笑いベストスマイル。なんかこのままいける流れだと思ったんだけどなー……。

 人望の厚い店長から面の皮が厚く、母親の彼氏と初めて会うデリケートな家族会議に乱入するようなサイコパス店長へと早がわり。諸行無常。


「――あたしがお願いしたんです」

「……っ、保科」

「お母さんともここ最近ちょっと気まずかったし、いざとなってランチが不安になっちゃって。急遽あたしが無理を言って同席してもらったんです。いつも頼りにしてる店長がいれば緊張も和らぐかなって」


 保科お前、俺を庇って……いや、よく考えたらこいつが俺を海に突き落として自分で助け舟を出してるだけなのか。


「そうだったんだ。青瀬さんは楓ちゃんによっぽど信頼されているんですね」

「やーどうでしょう」

「僕も青瀬さんのようになれると嬉しいんだけど――っとごめんなさい。先に飲み物でも頂きましょうか」

「そうね、そうしましょう。楓はどれにする? 色々あるみたいだけど……」

「これにする」

「相変わらず即決ね~じゃママもそれにしよ」

「……たまには自分の好きなの選びなよ」

「だから選んでるでしょ~好きなやつを。青瀬さんは何を頼まれます?」

「あっ、じゃあ……自分はコーラを――」




 ――ランチが楽しかったか楽しくなかったかと問われれば……楽しいわけがなかった。

 俺の知らない話題で盛り上がる中、テキトーに相槌を打ちながら奮発した昼飯を食べただけ。頼んだ料理はどんな味だったかも覚えてないが、あの疎外感には覚えがある。

 そう、机を寄せ合ってはんのみんなでご飯を食べる習慣が根付いていた中学校の給食である。

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