わからないをわからないと伝える勇気

「みなさん! 次はレクリエーション、フォーメーション『O《オー》』でいきましょう!」


 来栖さんの号令によって各自机を運ぶ。

 しかしフォーメーション『O』がわからない俺は机を持って立ち尽くすのみだった。

 

「三春さんの隣、いいですか?」

「あ、ああ! もちろん! 大歓迎だ」


 俺が南畑くんを受け入れると、


「よっコラしょ! んじゃワシはその反対側を失礼するコラー」


 自称アイドルがオマケで付いてきて、俺は二人に挟まれる形となった。


 来栖さんを含んだ人数分の机が円卓会議を見立てたような配置になる。

 なるほど、これがフォーメーションOなのか。発令した本人は机に囲まれて出られなくなってるけどそれも計画通りなんだろうな、きっと。




 全員が席につき始まったヒーローインタビュー形式での質問コーナー。その記念すべき一発目は月見さんだった。


「えっと、三春くんが自己紹介で言ってたダブル、える……?」

「WLBS。俺の勤め先で、ソフトウェアの開発をしてる会社だね」

「そふとうぇあ……?」


 はっきりとイメージが湧いてこないんだろう、彼女は申し訳なさそうに笑う。


「あー……自社製のアプリなんかを売ったり作ったりする会社、かな」

「アプリ!? すごい! こよる、機械に弱いから尊敬しちゃうなぁ」

「って言っても、営業だからそこまでプログラムにガッツリ詳しいわけじゃないけどね」


 すかさず謙遜を挟んで照れ隠し。

 指名はおろか金銭の授受も発生していないのに、女の子に褒められ名前をくん付け呼びされてだらしなく頬が緩む。俺の表情筋はチョロい。


「答えてくれてありがとう三春くん。今度はもっと、ゆっくりお話聞かせてね?」

「あ、ああ! こんなつまんない話でもいいなら俺は全然、いつでも!」


 月見さんニコニコ、俺ニヤニヤ。

 ほんの少し首をかしげて、縮こまる彼女は自身の可愛い角度なるものを熟知しているんだろう。かわいいな。


「はいっ! では次の方、質問をどうぞ!」


 来栖さんが仕切り、インタビューは時計回りで進んでいく。

 月見さんの右隣は退屈そうに頬杖をついた保科さん。彼女が投げた質問は、


「とある公園で最近不審者の目撃情報があったらしくて」


 職務質問……? まさか、またお仕事をきかれる流れなのか?


「なんでも夜中に酔っ払いが未成年の女の子に絡んだとか。そういうの、どう思う?」


 どう思うって、こ、こいつ……。


「うーん。こよるが女の子の立場だったら、やっぱりすごく怖かったと思うなぁ」

「そうですね。備えあれば憂いなし、護身用のスタンガンは手放せませんよね」

「ええと、す、すたん、がん?」


 月見さんと来栖さんのガールズトークが俺に追い討ちをかけた。

 俺は考えるフリして保科さんから視線を逸らす。


「到底許されるべき行為ではないと思う。ほんと許せないなぁそういうモラルのない人」

「ふーん。そっか」

「……っ」


 銀髪少女の冷ややかな視線により顔が凍りついてく。俺の表情筋は忙しい。


「――酔っ払い、ですか。お酒なら僕はよくワインを飲むんですけど、三春さんはお酒って?」

「おっ、俺はビールか日本酒かな! 家だと9%の缶チューハイばっかだけどね、ハハハ」


 助かったー……。南畑くんが割って入らなきゃ氷河期に突入して絶命するとこだった。


「それなー。ワシはもっぱらダブルレモンだわ」

「あーわかるわかる。迷ったらレモン、間違いない、よ……な」


 間違い、あるね。この場にいる全員の視線が自称十八歳のアイドルに向けられた。




 ――約三時間。衝撃のスキャンダルが発覚したレクリエーションが終わると同時に、俺の初となる青春活動も終了した。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるって本当なんだな。相対的に普段どれだけ仕事を退屈に感じていたのか証明されてしまった。


 俺は教室に一人残って書類を取りに行った来栖さんの帰りを待っていた。


「うわっ天井からぶら下がったモニター、これブラウン管か。本物の学校もまだブラウン管だったりすんのかな」


 中高の教室を忠実に再現した内装には感嘆かんたんのため息が尽きない。


 デタラメだらけの時間割表に給食の献立、掃除用具入れ。

 特にロッカーからはみ出たプリントは芸が細かい。

 惜しむらくは終了の合図であるチャイムが聴けなかったことくらいか。

 

 一通り教室を見て回り、窓側の席に座った俺は外を眺める。

 残念ながら見下ろしたそこに校庭はない。広がる景色は建ち並ぶビルだけで、グラウンドを走る野球部員の掛け声に代わり、往来する車がクラクションを鳴らす。


 不変。記憶の彼方にある光景と何ひとつ変わらないのは黄昏た空だけだった。




 初めてのアオハル学級でわかったこと。

 月見さんは俺のつまらん話でも笑顔で相槌を打ってくれる聞き上手。

 南畑くんは周りをほんとによく見てて、雰囲気が滞るとすかさず話題を出してフォローしてくれる気配りさん。

 カリンは不思議と一番話しやすかった。歓迎会後半、語尾の『コラ』はあったりなかったりで設定ガバガバだったな。


 保科さんとは……ほぼ会話なし。必要最低限の事務的なやり取りだけだった。南畑くんにはその都度苦労をかけてしまったと反省もしてる。なので――


「お待たせしました青瀬さん。その……初めての青春活動、いかがでしたか?」


 ――次は俺から保科さんに歩み寄っていこうと思う。


「楽しかったです、すごく。ぜひこれからも参加させてください」

「……はいっ!」


 緊張気味だった表情はパァっと明るくなって、上機嫌となった来栖さんが机を寄せる。


 放課後の教室で始まった二者面談。そこで改めて俺は来栖さんから説明を受ける。

 内容自体はひと悶着あったカフェと同じなのでかなりスムーズに進んだ。


 トークアプリ、CHAINチェインで作られたグループへの加入。

 これがアオハル学級への参加条件で、辞めるときはグループを抜けるだけでいいらしい。ずいぶんユルい。


 書面でのサインも誓約書だけで、『私は、青春クラフトサービス(以下、本活動)中に発生した、いかなる損害やトラブルに対し、自己責任を負うことをここに誓約いたします』という、自分のケツは自分で拭け文。

 生きていれば必ず一度は目にする誓約だ。俺はさっさとサインを済ませた。


「中身はちゃんと確認してくださいね」


 そう強くお願いされて、手渡された茶封筒を机の下でちらっと覗く。

 活動内容によって報酬は変動するそうだが、これがまたちょっとバカにできない額で驚いた。

 二時間ちょっと、ただ楽しくお喋りしただけで麗しい女性がひとり。

 ラクに楽しく簡単に稼げるお仕事ってあるんだな……。ぜひとも転職したいくらいだが基本週三回でそれなりに不定期。非常に残念だが本業にはできない。


「確かに。確認しました」

「では、最後にこちらの用紙にあるQRコードを読み込んでいただいて、『アオハル学級』のグループ参加をもって本日は終了となります」

「わかりました」


 実を言うといつ怪しげな商品や商談を持ち出されても平気なように、逃げ出す準備だけはしていたが徒労に終わった。


 俺は最後の仕事を済ませるべく、スマートに携帯をプリントにかざして――――から三分が経過する。


「あ、あの、申し訳ないんですがアプリ内のコード読み取りってどこでしたっけ……?」


 俺は操作に手間取るだけでQRコードを読み取れなかった。

 レクリエーションでそこそこ機械に強いアピールした手前すごく気まずい。


「いえいえ大丈夫ですよ! ちょっとお借りできますか?」


 うう、情けない……。俺は泣く泣く来栖さんに携帯を渡して――――から五分が経過した。

 しかめっ面で格闘していた来栖さんが咳払いすると、小型犬のような儚げな瞳でこちらを見つめる。ぴえん。


 こう言ったら失礼だけど黙っていればエリートキャリアウーマンな来栖さんのギャップはなかなかのものだと思う。

 そんな、とても可愛らしい彼女は力なく言葉をこぼした。


「手動で入力しましょう」


 無念なり。

 我らアナログ人間はこうやって時代に取り残されていくのだろう。

 かくして公式と河合以外に名前のなかった俺のチェインに新しい名が刻まれた。


「アオハル学級について不明な点などあれば、いつでもご連絡くださいね!」


 いそいそと机に広げた書類をしまう来栖さんが、チェインのホーム画面を感慨深く眺め入る俺に言った。


「不明な点……」


 なので俺はお言葉に甘えて。

 アオハル学級のいち生徒として。

 遠慮なく今ここで最大の疑問をぶつける。


「本当に生徒全員が『黒春を覆い隠せし者』なんですか?」


 ぴたり。書類を束ねていた手を止めて、彼女はメガネを持ち上げる。

 カフェの時と同じだ。柔らかい雰囲気から一変して、彼女は神妙な面持ちでゆっくりうなずいた。


「アオハル学級への参加を認められた対象者は『黒春』を経験されてきた……或いは今もなおその渦中にいる方々です。そこに例外はありません」


 俺は来栖さんの事務的な説明に耳を傾けた。

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