アオハル学級・四天王

 思春期はその後の人生に多大な影響及ぼし人格形成の、うんちゃらかんちゃらがどうとか言っていたがそっち系はさっぱりだった。

 カフェで聞いた『青春クラフトサービス』とは噛み砕いて説明すれば、


「モルモットですね」


 と来栖さんは言う。

 しかしそれは砕きすぎなのではと心配になった。なので砕かれたものを繋ぎ合わせる。


 来栖さんが勤める企業は心理実験のデータ収集を目的として、被験者たちへ青春しごとと報酬を与える。

 このシステムが『青春クラフトサービス』なのだと、俺はとりあえず理解した。

 そして青春クラフトサービスが提供するコンテンツこそが『アオハル学級』。


 思春期とは十八歳頃までを指し、その期間は青春と呼ばれる青年時代と大きく重なる。

 思春期と密接な関係を持つ青春の経験が、成熟した大人にどのような影響を及ぼすのか、などという心理実験の名がアオハル学級なんだそうだ。


 ここで俺の置かれた状況も併せて整理する。


 俺は制服の代わりにスーツを身にまとい、実験に協力するためアオハル学級に体験入学した。以上。

 そして現在進行形、俺は自分の名前を書き記した黒板の前で、


「初めまして、WLBSダブリューエルビーエスの青瀬三春と申します」


 緊張のあまりやらかしていた。


 昨晩めちゃくちゃ粋な挨拶を考えてきたのに頭から飛んで、なんの変哲もないお堅い挨拶になってしまった。脊髄反射で営業挨拶が飛び出すのは誇りとするか、悲しむべきか……。

 それもこれもすべてあの銀髪少女のせいだ。


「……」


 こっわ、机に肩肘ついてすっげー睨んでるよ。もしかして俺の心の声聞こえてたりする?


「はい! では青瀬さんへの質問等はレクリエーションにて行うとして、次は皆さんが青瀬さんに挨拶しましょう!」


 こうして元気良く腕を突き上げる来栖さん進行のもと、生徒たちによる自己紹介が始まった。




月見小夜つきみこよるっていいます。二十歳で、その、こよるもちょっとまえにアオハル学級に参加したばかりで……仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」


 なるほど、月見さんね。

 少し気が弱そうというかオドオドしてる。こうやって注目されるのが苦手なのか、はたまた単純に人見知りなのか……?


 身長は――でかっ!? いや、何がとは言わないがでっか……ヴヴンッ、160センチはあるだろうか。


 長袖の淡い水色のブラウスにシックなロングスカート。

 髪はミディアムボブのダークブラウンで透明感のある白い肌によく映えていた。

 全体的におしとやかで謙虚。有りていにいえば地味。

 俗に言う清楚系女子というやつだ。

 あと彼女の癖なのか、自己紹介の間もずっと鎖骨にかかった毛先をこしょこしょといじっていた。


「青瀬さん、月見さんに何か質問があれば!」

「質問……」


 俺の視線は謎の引力によってとある一部分に固定されるが、さすがにそれはけない。


 仕切り直そう。

 企業説明会や面接においての『何か質問があれば』の真意は質問をしろ、であると俺は学んできた。

 アピールポイントを「いえ、特に」とみすみす逃す手もあるまいて。


「……」

「あの、青瀬さーん? 質問を……」


 まずい。おっぱいの主張が激しすぎて至高――じゃない思考が侵食されている。

 確実に迫り来る微妙な空気の気配を感じるぞ。何か、何か手立てをっ!


「なっ、長袖って暑くないですか? 今日とか特に気温高いし」


 静まり返る教室で月見さんが首をかしげた。

 そりゃそうだよな、俺も一緒にかしげそうになったもん。


「……ええと」


 彼女の胸元。毛先をいじってた手に目がいっただけの些細な質問だったのに。


「こよる、肌がとても弱くてすぐ真っ赤になっちゃうんです。あと体温調節も苦手で……実はこの教室の冷房でもちょっと、肌寒いかなってくらいで」


 月見さんは誠心誠意答えてくれた。

 落ち着いた服装だし大人っぽい雰囲気はあったんだけど、一人称が自分の名前のせいか喋ってみると年齢よりもずっと幼く感じた。


「ええっそうだったんです!? すみません、設定温度ちょっと上げときますね」

「あっいえ! 全然! そのままで大丈夫ですから! ……と、とりあえず質問に上手く答えられたかはわかりませんけど……」

「いやっデリカシーに欠けた軽率な質問でした。ありがとうございました」


 最後にぺこりとお辞儀して顔を上げた月見さんは、えへへと照れた笑いをみせてくれた。かわいい。

 デリケートな話題だったのに、笑顔で対応してくれた月見さんの人柄が伝わってきた気がする。




 続いて二人目。

 ふわふわしてて優しそうだった月見さんの次は別の意味でふわふわしていた。


真論まろんカリン、十八歳! アイドルやってまーす! 気軽にカリンって呼んでね、よろしくコラ~♪」


 ……コラ?

 両手でひらひら愛嬌振りまく黒髪ツーサイドアップの彼女は、清潔感あふれる白いシャツにチェック柄のスカート。

 それはまさしくフレッシュな存在、女子高生そのものであった――――格好は。


 なんだろう、この違和感。


「よ、よろしくねカリンさん」


 聞こえな~いとカリンさんはとぼけた態度で耳に手を添える。

 すると声をひそめたまま叫ぶ来栖さんが「コ・ラですコ・ラー」と助言をくれた。


 え、本気で言ってる? いやでも、あ、来栖さんがメガネ持ち上げたってことはマジだ。


「よ、よろしく……コラー……?」


 うんうんと噛み締めるようにうなずいた彼女は満足した様子で、


「はぁい、たいへん良くできましたコラ~! でもでも、『さん』は余計だコラコラ♪」


 パチパチ、ウインクを決めた。

 ちなみに『コラ』の音程だが、ラが不自然なほどグイっと上がる。


「青瀬さん、カリンさんに質問はありますコラ?」


 あるよ、ありすぎるよ。強烈な語尾、アイドルといってもソロなのかユニットなのか。しかし一番気になるのは……。


「あのカリンさ……カリンの十八歳ってあくまでも設定ですよね……?」


 彼女はキレイな童顔だ。そう、キレイなんだよ。

 がっつりナチュラルメイクという矛盾で自身を飾る彼女は少女ではない。


 女性に年齢を尋ねるのは禁忌だが、それを理解していながらも俺は溢れだす探求心を抑えられなかった。

 俺のなかにもまだ少年の心は残っていたんだな。ちょっぴり感動した。


「真論のマは真実の真。ロンは正論の論。ワシは十八歳コラー」


 なんか怖いぞ……けど俺も後には引けない。

 一人称のワシも突っ込みたいが今は――チィっ膝を見ればヒントが得られるはずだと踏んだが対策済みオーバーニーソのようだ。それなら――


「失礼しました。では好きな少女漫画を教えてください」

「…………おねがい☆マイドリーム」


 ワンテンポどころかスリーテンポ遅れての、おねがい☆妹ドリーム。


 少女まんが誌『しょこら』にて掲載されていた漫画。

 全十二巻。通称、おマド。

 アイドルを夢見る女の子が血縁関係のない義兄五人の協力のもと、トップアイドルを目指すサクセスストーリーだ。

 なぜ俺がここまで詳しいのか。それは、


「たしか俺が中学に上がるくらいの頃、アニメ化もしてめちゃくちゃ流行った――」

「もう黙れコラ」


 あれ、ラのアクセントが……。




 ――ゴホン。気を取り直して三人目。


南畑成実みなはたなるみ、二十一歳、学生です。青瀬さんが来るまで男は僕だけだったのでちょっとホッとしてます。ぜひ仲良くしてくださいね」


 彼は狭そうにしていた肩を竦ませて、はにかんだ笑みを浮かべた。


 中性的であどけなさが残る甘いマスクと声。

 シンプルなシャツに主張しすぎないアクセサリーで身なりを整えた南畑くんの印象は、かなり爽やかなものだった。


 シンプルイズザベスト。

 それは素材の良さに物を言わせる芸風であると同時に、俺に劣等感を抱かせる精神的な暴力といえよう。

 とまぁ冗談は置いといて、カリンさんの好きな少女漫画おマドに登場するキャラの実写化を任せられるような、まさに2・5次元的な好青年だ。


 お決まりの流れで質問した内容は好きなゲームと漫画。

 カリンの時とは意図が異なって、こちらは純粋に親睦を深めるきっかけになればと思った。


「そうですね、ゲームならポコモンやアペ、有名どころは遊んでますね。もう少しで発売されるモン狩も遊ぶ予定ではありますけど……」

「おおっ! 俺もっ! 俺もモン狩予約してて、全シリーズ通してプレイするぐらいにはやりこんでてさ!」


 彼が挙げていったゲームタイトルに思わずテンションが上がり、その熱意に押され気味だった南畑くんがニコっと返す。


「三春さんも狩人なんですね! それを聞くと発売日がさらに待ち遠しくなりました」

「俺もだよ。よろしくね南畑くん!」


 すげーいい子じゃん。

 ごめんな、内心どこかいけ好かない野郎だと思っていたことをどうか許して欲しい。

 顔がいい男ってだけで自動的に身構えちまうこの習性、どうにかしたいな。




 ――して、遂に最終決戦。


 教室にWをなぞらえて配置された五つの席。その後列から放たれる禍々しい波動。

 玉座の上で器用に体育座りしていたラスボスが立ち上がる、その刻が訪れてしまった。


 オーバーサイズのTシャツにショートパンツというスタイリッシュなファッション。

 そんな彼女のスタイルを表すかのように、銀色ショートヘアの毛先が自由にはねている。

 ぴょこっと飛び出た片耳にぱっちり大きなおめめ……間違いない。ここまで特徴が一致してて他人の空似はないわな。

 紛れもなく、俺をボロクソに罵ったあの少女だ。


 公園、自己紹介と遅れを取ったが、もう貴様の好きにはさせんぞ。今はアルコールという枷もない。

 シラフの俺は……強えぞ? さあ来い、大人の力を見せてや――


保科楓ほしなかえで。十九」


 すとん。意気込んだ俺をよそに、自分の名前と年齢を吐き捨てた彼女は着席した。


「あ、青瀬さん。保科さんに質問があれば」

「…………いえ、特に」


 俺の闘志はわずかに温度の上がった冷房によって難なく鎮められた。

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