可愛い後輩河合と夜の公園で泣く銀髪JK(仮)
「へぇ~そんなことになってたんスね。昨日、先輩が会社の前で見知らぬメガネ女子と話し込んでた時は『あ、先輩にも春がきたんだなぁ』って思ってたのに。まさか、ちょっとばかし過激なコンセプトカフェの流れになるなんて……」
花の金曜日。
くたびれた社畜たちの大笑いが飛び交う中、俺のかわいい後輩である
「かぁーッこれこれ! 七月のあたま、もうこれ無しには生きられない季節になりましたね~」
「……そうだな」
ため
二時間ちょっと残業したのち俺は後輩を誘って居酒屋『
そこで昨日の出来事を河合に愚痴って今に至る。
「ったく、何が青春を作るだ。ばかばかしい」
「まぁまぁ抑えてください。えーっと、青春クラフトサービス……うっわ、スマホで検索してもヒットしないし怪しさ満っ点。同じクラフトならボクはビールで充分かな~っと、先輩もビールでいいです?」
俺がうなずくと河合がタブレット端末で注文を済ませた。
やっぱり誰がどう考えても怪しいし、おかしいよな。青春がどうだの、作るだの。
「っぱクアドラブルゴッデスしか勝たん!」
「あーお前が沼ってる地下ドルだっけ?」
「んでー俺の推しはこの子なんだけど――」
「いやオレの話聞けし!」
ゲラゲラと気持ちいいくらい響く笑い声。
隣の卓は四人組で全員カジュアルな服装だ。
きっと気心の知れた仲なんだろうな。ツッコミとして背中を叩かれた男の子が酒をこぼすと、それだけのことなのに他の三人が涙を浮かべるほど笑い転げている。
……何がそんなに面白いんだよ。飲み物を粗末にして、店を汚すだけの迷惑行為じゃねえか。
「大学生ですかね? いいなぁ~毎日が楽しそうで。キィー! ほんの数年前のあの頃に『戻りたい』!」
河合がおしぼりを噛みそうな勢いで羨望の眼差しを彼らに向ける。
戻りたい、か。
それはつまり河合にも彼らみたいな時期があったってことで。
「うわっどーしてくれんだよ! この服次のデートで着てこうって決めてるくらいお気に入りなのに……」
「悪いわるい。けどデートも何もお前彼女いないじゃん」
「そーそー。それに次があると思ってる時点で間違いなんだよなぁ」
「おい、やめて差し上げろ。デートってあれだろ、推しのライブの事だもんな?」
「おっ、お前ら!」
彼らの会話に聞き耳を立てて「楽しそうだ」という河合と「うるさい」が先にくる俺。
聞こえてくる声の大きさなんて同じはずなのに、この違いはいったいどこで生まれてんだ。
「……なぁ河合」
焼き鳥を頬張る河合が「ふぁい?」と答える。
「お前の、その、青春時代はどんなだった?」
「えー……? あー……そうだなぁ」
考え込む河合は手に持った串をくるくると回す。しばらくしてその串を杖のように振りかざした。さながら魔法使いだ。
「ボクはなんていうか、普通でしたね。うん。中学、高校、大学と普通に友だちとバカやって、フツーに部活とかサークルに精を出して、フッツーに彼女と過ごしたり……今はフリーですけど」
串の先から飛び出したものは魔法ではなく普通。
ファンタジーの産物である魔法とは対極にあるものだった。
「特別な人生ってわけじゃないけど、それでも楽しかったとハッキリ言えますよ。だって社会人三年目、あの輝かしい日々を超えたことなんて一度もありませんからね。十年、二十年後も同じこと言ってるんじゃないスかねぇ」
カラになったジョッキの底をぼんやり見つめる河合の顔はどこか寂しそうで、満足そうでもあった。
「まっ、それはボクの隣が空いてることと関係してるかもだけど。ほら、お嫁さんもらったら楽しかった青春の日々も色褪せるくらい、今が幸せになるかもだし!? けど問題は働いてると業種によっては出会い自体がめっきり減ることですよ。そういう意味じゃ先輩がさっき言ってたやつって真理かも?」
「ん? さっき?」
河合が何か言いかけたとき、スタッフの女性がビールを運んできてくれた。
「ありがとう。わざわざ持って来てくれるなんてキミ、気が利くね」
「仕事なんで」
目も合わせない見事な塩対応。河合がダル絡みして本当に申し訳ない。
「もし良かったらなんだけど――」
「私、彼氏いるんで」
お、いい笑顔だ。口惜しそうに河合が女性スタッフを見送る。次も絡むようなら本気で注意しないとな。
「失恋タイムアタック記録更新か? おめでとう」
「どーも。でも残念ながら自己ベストならず。先輩、つまりこういうことなんですよ」
「……? 何がだ?」
「出会いとかきっかけは作るもの。待ってるだけじゃ始まらない」
『――思い出や青春は作るもの。手をこまねいているだけでは決して得られない』
河合の言葉とあの女の言葉が重なる。
「それはきっと青春も同じ。青春は自分の手で作りあげるものーっ! ……なーんて――って、先輩……?」
「どうせ進むのなら昨日ではなく明日に向かって進め……か」
呟いた口の中で広がる苦味。それを押し流すために勢いよくビールを体内へとそそぐ。
まるで空っぽの容器に中身を移し替えるみたいに。
「うはぁ、いい飲みっぷり!」
楽しかった。
充実していた。
夢や希望に満ちていた、あの頃。
人はそれを青春と呼ぶ。
河合は学生を見て、戻りたいと言った。
戻りたいと願う
これが明日に進むこと、だって?
――ふざけんな。
心の中で文句を垂れてからというもの酒のペースは早まって、ビールは日本酒に変わった。
どうやら俺には青春ではなく清酒がお似合いらしい。
何杯飲んだかも曖昧で、厄介な酔っ払いがくだを巻くだけという極悪なシチュエーションだったにも関わらず、
「先輩、今日はご馳走様でした!」
河合は嫌な顔ひとつせず聞き手に回ってくれた。
店先で律儀に両手を合わせた河合に言う。
「誘ったのはこっちだし気にすんな。俺の方こそつまらん愚痴に付き合わせて悪かった」
河合は良い奴だ。胸を張って「いえいえ」と偉そうに茶化してくる可愛げのある後輩だ。
「それじゃボク帰りますけど先輩は……」
「俺はこのまま隣の駅まで歩いた方が早いから」
「ですよね。……かなりハイペースで飲んでましたけど一人で大丈夫スか? 介護しましょうか?」
「舐めるな河合。俺はあの酒豪伝説を持つ課長と張り合える唯一の男だぞ?」
と息巻いたものの――
「……うっぷ」
熱いものが食道をせり上がるもなんとか押し戻すことに成功した。喉の辺りが酸っぱい。
「っぶねー……」
呼吸のたびに生暖かい夏風がアルコール臭を吹き返す。
一瞬ヒヤっとしたおかげでだいぶ頭がクリアになってきた。
俺は河合と別れたあと、おぼつかない足取りで道中にあった公園のベンチに行き着き、そこから一歩も動けずにいる。
後半戦、怒涛の日本酒が効いた。
街道からほんの少し外れた場所にあった小さな公園。
そこのベンチから一望できる光景はなんていうか、こう、新鮮だった。
それは初めてここに訪れたからってわけじゃない。
ベンチでふんぞり返った俺は上手く言い表せない『新鮮味の根拠』を探して、狭い敷地をぼーっと眺める。
俺の足もとで散らかった、花火で遊ばれた形跡。
途中でつっかえて止まりそうな滑り台。
錆びてそうな鎖に不安を覚えるブランコ。
馬……じゃない犬か? 塗装が剥げててわからん。バネがついた得体の知れない騎乗遊具。
冗談抜きで二十年ぶりくらいか? 最後に公園なんて来たの小学生のとき以来……。
「あっ……そうか。俺はもう、あっち側なのか」
すとんと腑に落ちて、意外に早く『新鮮味の根拠』へ辿り着いた。
将来、自分が見れるか定かではない親視点の景色。新鮮味の正体はこれだ。
結婚して子どもがいてもなんら不思議はない年齢。そうか、これが親の目線……。
「って言ってしみじみするほど、子どもの頃なんて覚えてねーし、どうでもいいわ」
一瞬だけ感傷に浸るもすぐにセルフツッコミを入れて自嘲した。そして夜の公園で思考だだ漏れアラサーは考える。
「しかし今ブランコに乗ったとして、そこから見える景色はどっちだ? 親でも子どもでもない俺が見る光景はいったい――なに視点だ……?」
――ぐすん。
自問した瞬間、鼻をすするような音が聴こえて一メートルほど離れた隣のベンチを見やる。
そこには素足で体を丸めて体育座りをするアルマジロ、もとい女子高生? が居た。
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