【完結】こじらせアラサーが公園で泣いてた銀髪ツンデレ美少女に声をかけたら、ボロクソに罵られて青春ラブコメがはじまった話

遅歩

一章 春、来たる

ムシムシじめじめ……え、性格の話なんてしてませんけど

 ムシムシ、ジメジメ。そんな不快な暑さをもたらした七月。

 決して快適とはいえない空調のカフェ店内、最奥のテーブル席に俺は居た。


黒春くろはるを覆い隠せし者……ですか」

「はいっ! 青春を謳歌せし者の対義語です。私が考案しました!」


 俺の正面に座る女性は得意げにメガネを持ち上げてそう言った。

 聞いたこともない言葉だったからピンときてなかったけど……どうりで知らないわけだ。


「それで、黒春くろはるを覆い隠せし者ってネーミング、どうでしょうか?」

「えっ……どう、とは?」

「謳歌せしと覆う隠せし、韻を踏んでるんです! 流行語大賞、輝いちゃいますかね?」


 カラン。俺のアイスコーヒーが冷笑する。


「ン、ヴンッ! あの、来栖くるすさん」

「そんなかしこまらずにしおりで結構ですよ、青瀬三春あおせみはるさん」


 馴れ馴れしく青瀬三春と俺のフルネームが呼ばれた。


 メガネの奥でつぶらな瞳をキラキラさせる彼女は来栖栞くるすしおり。強引に渡された名刺にはそう書かれていた。

 メガネ、ポニーテール、小柄、スーツ。要はそれくらいしか知らない間柄で他人だ。気軽に下の名前で呼ぶような仲ではない。


「来栖さんの話を一回整理させてもらっていいですか? 先ほどから僕の理解が追いついていなくてですね」

「あっすみません。これ以上にないくらい……サルでもわかる説明ができたと思っていたんですが……どうしよう、なんて言ったらわかってもらえるかな」


 すみませんね、サル以下で。


「私がお伝えしたいことはただ一つだけです。最初に申し上げたとおりでして――青瀬さん」


 ワントーン下がった声に思わず身構える。そしてイスから立ち上がった来栖さんはテーブルに身を乗り出し、


「青春をその手で作りませんかッ!?」


 と、衆目に晒されるぐらいには大声で言い放った。


 店内がざわめく。


「来栖さん、一旦落ち着きましょう。他のお客さんもびっくりされてるんで」


 はわわ、と取り乱していた彼女はその場で一礼して慌しく席に戻る。


「すみません、私熱くなると周りが見えなくなっちゃうんですよね……」

「いえ、まぁ、熱意のようなものはきちんと伝わってきましたよ」

「ほんとうですか!? じゃあ――」

「でも、青春を作るかって言われたら、ちょっと……」


 政治家よろしく声高に謳っていた理念が冗談ではなく本気なのだと伝わってきた。でもそれだけ。店でくつろぐ客の注目は集まっても、票が集まらなかっただけの話だ。


「どうしてですか!? 青春、アオハルですよ!?」

「いや、どうしてって……」


 逆にどうしてそこまで食い下がるのか、こっちが聞きたい。

 ハァと一息。俺は彼女をなだめようと試みる。


「未来しかない十代の少年少女ならまだしも僕はもう二十八。恥ずかしながら年齢=彼女いない歴なわけでして、申し訳ないんですがパートナー探しならともかく、学生ごっこに費やせる時間はないんですよ」


 やべ、最後のほう嫌味全開で課長に似ちまった。


 気まずさから言い終わってすぐに来栖さんから視線を外す。そこで目に付いた、テーブルに広げられた『アオハル学級』と題された書類の数々。

 その中の一枚。ドリンクの水滴でびしょびしょになった紙にはこう記されている。


 友と手を取り合い、夢に向かって走り、恋をする――これヤバいやつだ。胡散臭すぎだろ。

 話が理解できないから拒むのではなく、理解しているからこそ拒絶してんだよ。


 青春をその手で作りましょうと言われて「はい! 作ります!」と快諾するアラサー男はこの地球上に存在するんだろうか。もしいるならそいつはどうしようもないバカだ。


 久しぶりの定時退社に浮かれてたんだろう。

 会社の前でちょっと綺麗だなって内心思った女性に、簡単なアンケートに協力してほしいとお願いされて、快く引き受けたのが運の尽きだった。


 知らない人に付いて行っちゃダメ。小学生の耳にタコであろう警句が二十八のこの身に染みた。


「ねぇあそこの席やばくない? スーツ着た男女が青春を作るとか言ってるけど」

「見ない方がいいって! きっと変な宗教とか怪しいネットビジネスの勧誘だろうから……」

「えー! やばw この様子あげたらバズるかな?」

「やめときなって」


 女子高生だろうか。きゃぴきゃぴした会話が別テーブルから聞こえてきた。

 いくら怪しくても面と向かって突っぱねるのもなかなか難しいんだぞって、お嬢さん達にも教えてあげたいよ。


「……です」

「えっ? あ、ごめんなさい、ぼーっとしちゃって。もう一度言っ――」


 ダンッ!


「私の年齢は二十九ですッ!!」


 彼女がテーブルに手をついた衝撃で俺のアイスコーヒーが波打つ。

 まるで戦闘力を誇示するかのように年齢を叩きつけられ、俺は唖然とするほかなかった。

 いくらなんでも情緒不安定すぎないか……。


「三十路秒読み女が友情を深め、夢を叶えるために努力し、キュンキュンで甘酸っぱい恋愛を求める。いけませんか!?」

「誰もそこまで言っては……、来栖さんは関係なく僕の方で時間が無いというだけの話で……」

「いいですか、青瀬さん。無いなら生みだす、時間は作るものですよ」

「は、はぁ。そうですか」


 メガネを軽く持ち上げた彼女はもはや別人。さっきまでの愉快なあの女性はどこへ行ってしまわれたのか。今はただ冷たく鋭い視線が浴びせられるのみ。


 再びテーブルに身を乗り出した来栖さんの黒髪ポニーテールが揺れる。


「楽しい思い出や青春は作るもの。手をこまねいているだけでは決して得られない。青瀬さん、アンケートでも『私は青春を望む』にチェックされてましたよね?」

「……確かにチェックは入れました。けどそれはできるならしたい程度のもので……ほら、駅前のティッシュ配りあるじゃないですか。誰でもタダで貰えるやつ。日頃から使うもんだしくれるなら貰っとくかの精神ですよ」

「なるほど、つまりは必要があるからポケットティッシュを受け取るわけですよね。少なくとも青瀬さんにとって青春とは必要なものであるという認識で間違いありませんね?」

「っ……それは……言葉の綾ですよ」


 なんなんだよこの人。

 いい歳して青春青春って。女子高生たちに今も笑われてんの気付かないのかよ。


「配られているティッシュだって誰もが貰えるわけじゃありません。近くを通るすれ違う方々にお渡ししているんです。遠くから眺めて立ち止まっているだけの人のもとには絶対に届きません。一歩踏み出す勇気、欲しいなら自分から歩み寄りましょう」

「……いやいや、踏み出す勇気っ――て!?」

「そうです!! 時間は有限、ずっと立ち止まってもいられませんよね? どうせ進むのなら昨日ではなく明日に向かって進みませんか!」


 さらにグッと顔を近づけてきた彼女は一歩どころじゃない。

 息がかかるほどの距離。

 三歩、四歩と物理的にも精神的にも詰め寄ってくる彼女に、俺は体を引いて精一杯の拒絶を示す――が、


「一人ではダメでも誰かと一緒なら……マンガやアニメに出てくる背中を押してくれる友人がいたら、支えてくれる恋人がいたらどうでしょう。世界が変わるとは思いませんか!?」


 彼女はお構いなしだ。

 黙って聞いてりゃ勇気が足りないだの、立ち止まってるだの、お前は一人じゃ何もできない奴だって言ってるようなもんじゃねえか。

 初対面の相手によくもまぁそこまで言える。


 いるんだよなーこうやって好き勝手持論並び立てて断定してくるやから。あんたに俺の何がわかるんだよ。俺の人生をその目で見てきたんですか?

 ここまで悪気もなく失礼だと逆に哀れみすら覚える。その歳になっても追い求めてる友情、夢、恋愛が手に入らないの、そういうとこだぞ。


「私どもが提供する青春クラフトサービスは青春の疑似体験をもって、つらく苦しい青春時代、黒春を――」


 ――もう、限界だ。


「青瀬さん……?」


 俺を見上げる彼女の表情が曇る。

 だがここまで無思慮な人に付き合う義理はない、知ったことじゃない。


「ご馳走様でした」


 そう吐き捨てて俺は店を出た。

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