第45話 再会
東京都民病院に着くと愛羽はとっとと1人で中に行ってしまおうとした。
『あ、ねぇ!』
全く、何を考えているか分からない。仕方なく愛羽の後を追って雪ノ瀬も病院に入った。
中に入るとボコボコで傷だらけの顔で受け付けの人と話をしていた。
『都河泪さんは4階です。そちらでまた受付に声をかけて下さい』
『ありがとうございます!』
愛羽はそのボコボコの顔で精一杯笑顔を見せ頭を下げていた。
こんな朝っぱらから特攻服姿で中を歩き回っているのは、はっきり言って良く見えたものではないが、周りに気を配り、お年寄りに親切にしながら愛羽は進んでいき、雪ノ瀬はその後ろをついていった。
エレベーターに乗れば乗り合わせた人に
『何階ですか?』
と声をかけたり、開いたドアをいきなり閉まらないようにしたり、とにかくできる限り人に親切に丁寧に気を使い4階を目指した。
そんな愛羽を雪ノ瀬はただ横で眺めていた。
結局4階で受付に通され都河泪の部屋にたどり着くまで、一言も口をきくことなく来てしまった。
場所なら覚えている。道路側の奥から3番目の1人部屋。そこに彼女はいた。
愛羽はベッドの前に立ち、泪という少女を見つめていた。雪ノ瀬はまさか目を覚ましているんじゃないかと心のどこかで期待してしまったが、それはあまりにも軽い考えだったことを知った。
都河泪は最後に雪ノ瀬が会いに来た日と何1つ変わることなく眠っていた。
『…もう十分でしょ。行こう…』
雪ノ瀬はドアに手をかけようとしたが、愛羽はそこを動こうとしなかった。
『ねぇ、あんたもこっち来て』
愛羽が言うので仕方なく隣に立つと、座らせようと袖を引っぱってくる。
『ねぇ!』
『しー。いいからじっとこの子見てあげてよ』
そう言われても、もう見ているのがツラいのだ。つながれている点滴以外には動きもない。だが愛羽はそんな泪を静かに見つめ続けた。
『お話したいな、この子と』
『…』
『聞かせてよ、この子のこと。あんたが覚えてることでいいから』
『そんなこと…なんであんたなんかに』
『あんたにも見えるでしょ?この子が微かに呼吸してるとこ。この子、今も頑張ってるよ。こんな風になって、もうあんたたちがここに来てくれなくなっても、ずっと1人で頑張ってる。戦ってるよ』
雪ノ瀬は泪の顔を見つめたが、胸が痛くなるばかりだった。
『何かこの子のこと知ってあげたいって思ったの。あたしにできることなんて多分、ほとんどないけど。あたし、この子応援してあげたい。ねぇ、なんか教えてよ』
『いい加減にしてよ。それで何になるの?泪はもう目覚めないの。あたしにもあんたにもできることなんてないの。分かってよ…』
『本当にそう思う?』
『思うじゃなくて、そうなんだから仕方ないでしょ!』
『例えば本当にそうだとしても、目が覚めることを祈ったり応援してあげるのは悪いことなの?あんたはこの子が頑張って生きようとしてるのを見て、本当に何も思わないの?』
雪ノ瀬は言い返すことができなかった。
『ねぇ。教えてよ…』
愛羽がもう1度言うと、そこへ看護婦が入ってきた。
『あれ?あ、すいません。おはようございまーす』
まだ20代前半らしき若そうな看護婦だった。
『す、すごい格好ですね。ビックリした~。あ、ちょっと点滴替えてお熱計りますね~』
愛羽と雪ノ瀬は少しベッドから離れた。
『お久しぶりですね。雪ノ瀬さんですよね?』
『…え?は、はい』
突然看護婦に名前を呼ばれ驚いて返事をした。
『以前よく来てくれてましたよね?お友達の方2人位と。最近お見えにならないんで心配してたんですよ。泪ちゃんもずっと1人だったし』
『はぁ…』
『みんな忙しい時期ですもんね。なかなか来れないのは仕方ないなって思ってたんですけど。ほら、泪ちゃんち共働きでご兄弟も社会人じゃないですか。だから本当にいつも1人ぼっちなんですよ』
泪の両親が共働きなのも兄弟が社会人なのも知っているが、自分たちが来なかったのは単に忙しいというだけではなかった。
『泪ちゃんね、頑張ってるんですよ?寝てるだけに見えるかもしれないけど、一生懸命呼吸して、心臓動かして、毎日自分の体を動かそうとしてるんです。それにね、眠っている状態でも耳は聞こえてるんですよ。私の話、いつも聞いてくれてます。だから毎朝ここに来ると、おはよう熱計るね~なんて話しかけたり、時間がある時はここに来て色んな話するようにしてるんですよ。あとは愚痴聞いてもらっちゃったりとか…』
熱を計り終え点滴を替えると、部屋を出ていく前に看護婦はあることを思い出した。
『あ!そうそう!雪ノ瀬さんたち来てくれてた頃、まだ泪ちゃん動かなかったですよね!?』
『…動、くんですか?』
いきなり大きな声を出され雪ノ瀬はビクッとしたが、その言葉を聞くと思わず聞き返した。
『ちょっと見てて下さいね』
言うなり看護婦は泪の所までドタドタと来ると泪の耳元で話しかける。
『泪ちゃ~ん、おはよ~。今日はお友達が2人も来てくれてるよ~。よかったねぇ。嬉しいでしょ~』
少しゆっくりめにはっきりとした声でそう言うと、じっと反応を待った。
『あれー?今日はダメかなー。たまにね、手とか顔が少し動いてくれるんです。すごいでしょ?』
看護婦はニコニコしながら言うが、雪ノ瀬は信じられなかった。今からもう2年前、自分たちがまだ病院に来ていた頃はそんなことなんてなかった。それから都河泪は本当に1人で頑張っていた、ということだろうか。
『だから、これからも応援してあげて下さいね』
最後までニコニコしながら看護婦は出ていき、その後雪ノ瀬はしばらく泪のことを見つめていた。それを見て愛羽は声をかけた。
『ほら、言ったでしょ?この子頑張ってるって』
あれだけ人に笑いながら暴力を振るい、人を不幸に突き落とすことを楽しんできた狼が、ここへきてしおらしい顔をしている。
『この子、待ってたんじゃないの?あんたのこと』
愛羽は泪の前で立ち尽くす弱々しい背中を軽く押した。
『呼んであげなよ。話したいんじゃないの?あんたも』
最後まで自分は悪くないと己の非を認めなかった女の顔は、母親に怒られ、家に帰ってこなくていいと言われてしまった、まだ小さな子供のような表情をしていた。
『…いつか…目を覚ますこと、できるのかな…』
彼女はまだ悔しいのだ。
『言ってたでしょ?毎日自分の体を動かそうとしてるって。あんた次第なんじゃないの?何年かかっても、目、覚まさせてあげようよ』
きっと泪が目覚めていたら、少女は狼になどならなかっただろう。そういう意味では彼女たちも被害者だと思えた。
『泪…』
雪ノ瀬は悲しい目をしていた。愛羽はやっとそれがどうしてだったのか分かった気がした。
『泪ちゃーん♪こんにちわー。友達の雪ノ瀬瞬さんが来てるよー!』
愛羽はさっきの看護婦のように話しかけてみた。するとどうだろう。顔が少し動いたような気がした。いや、確かに動いた。
『嘘…ねぇ今…』
『泪…聞こえてるの?』
雪ノ瀬はとっさに近くに寄り声をかけた。
『ねぇ泪、あたし、瞬だよ。聞いてる?泪、ごめんね。ずっと来れないで、あたし…』
しかし泪は動かなかった。
『あたし、この子になんて言えば…』
悔しそうな声を出すと雪ノ瀬は涙を浮かべた。
泪を奪った東京連合に復讐して、泪を奪った東京連合になって、それからも色んな人たちを傷つけて、自分たちがされたことと同じことを繰り返し蘭菜や蓮華は泪と同じ目に合わせた。
『…今更あたし、この子になんて言えばいいか分からないよ…』
雪ノ瀬はひざを着き肩を落とすとうなだれてしまった。
『…言わなきゃダメだよ』
愛羽は迷わず声をかけた。
『言わなきゃ後悔する。眠ってても耳は聞こえてるって言ってたよね。言って、言い続けて、これからずっと側にいてあげればいいじゃん』
『だってあたしこの子にも、自分の周りにも、あんたたちにだって、もうなんて言えばいいか分からないよ。どんな顔しろって言うの?』
その時だった。
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